Fool's Journey 愚者の旅  Day54 ババ抜き | ∴MOLIVAN∵のブログ

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Success Fortune 筆頭占術士
フォーチュンアカデミー 専任講師

< 問題 >
 誰でも実際に遊んだ経験があるはずのトランプゲーム「ババ抜き」。
ゲームの中で相手の持ち札から一枚カードを引く時に、どれがジョーカー(ババ)以外の安全なカードか選ぼうとする行為(努力)に実用的な意味(価値)はあるのか?

 さあ、貴方の答えは?そしてその理由は?ダジャレやトンチの問題ではアリマセン。主旨は、ごく真面目な話です。まず問題が求めているのは、選ぼうとして選べるのかという点。運やカンあるいは特殊な能力で数学的な確率以上の成果を出せるか否か。だと思うでしょ。でも厳密には違うのです。正確には「選ぶ事が出来るかも知れない」と信じたい。が正しい心の状態なんじゃないかと思うのであります。ここまで書いておいて不確かな言いようで申し訳ないのですが上記の問題やこの先の考察は、何処かの大学や研究機関が行った調査に基づいたものではなく、単なる私見です。そこを御理解の上で続きをお読みください。

 ババ抜きを真剣かつ楽しくプレイしている人の全員が「超能力が自分に突然目覚めた」と本気で考えているのでしょうか。貴女はどうでしたか。自分がババ抜きのプレーヤーの一員としてカードを引く時に選ぼうとしましたか?選べるような気がしましたか?自分のカンや運に自信が持てる回と不安な回がありましたか?それと連鎖して、選んだカードを引いたり、敢えて選んだカードを引かずに他のカードにしたりしましたよね。カードを選ぶ努力が功を奏する場合があると信じていますよね。少なくともその瞬間は。そこに数学的根拠がなかろうが非科学的であろうが気にせずに。そして、その努力の成果は、どうだったのでしょうか。機械的に端から順番にカードを引いて行くより好結果が得られたのでしょうか。残念ながら数学的な統計を取っていない為ハッキリしません。でも、その事が重要なら、とっくにデータを集計して分析しているはず。普通はだれもしません。そんなこと。

 あれ?どっちなんでしょうか。信じているの信じていないの?勝率に変化はあるの無いの?

 カードを真剣に選ぼうとするほどゲームは楽しく盛り上がります。無機質な作業が行われているだけなら笑い声も聞こえて来ません。これが答えです。ババを引かないように本気で相手のカードを選んで一喜一憂して愉快な一時を過ごす。素敵な時間です。貴女が最後に楽しくババ抜きをしたのはいつですか?パソコンやスマホでソリティアやポーカーをしても数のうちには入りません。

 巷に溢れるタロット本の多くが、いや知る限り全てが読者にタロットカードの専門的知識を提供しようとする研究書か簡単なハウツー本の類である。中には熟読に値する良著もあるが不思議な事に、どの書にも技術向上の錬磨を説いた節が欠けている。アマチュアの占い好きであれ、プロのタロティストであれ、ソコがとても需要なファクターになるはずなのだが残念だ。著作者=研究者であって、熟達の実践者であるタロティストが書いていないからなのだろう。餅は餅屋とは言うものの、その実どうなのだろう。それで良いのだろうか。少々の誇張を容認して頂く前提で判りやすく表現するならば、タロットの専門書・研究書を執筆している著者の方々が実際に質問者を前にして占う事はほぼ無いだろうし、現場で活躍をしているプロのタロティスト達は出版していない。勿論、例外もある。我が国でのタロット第一世代の代表格であられる木星王先生は数々の著書を出版し、今日でも実践で占っておられることと思う。だが、そんな極僅かな例外を除けば、街の占いブースや電話の向こう側に居る鑑定士より、研究者達の方がタロットに関して豊かな知識を有していることは珍しくなく、反対に自書を何冊も積み上げる事の出来る著者にタロットデッキを持たせても腕前の方は如何なものだろうか。将と兵は分業が相応しいとされる。大概は。それは認める。しかしながらタロットに於いての理想ではない。

 なぜならば、読み手が欲するものは何であるのか。将来の研究者を目指して学びたい者だけが手に取る本なら、それで良かろう。だが実際は違う。「タロットカードを使った占いが上手になりたい」。そう願う者達がページをめくるのだ。研究者になりたい訳では無いのである。正しい知識を得る事は重用であり有用である。そして上達するには、同時に技術向上が必須なのだ。

 我が身を以って、この件を論じるのは不適切なのだろうか。もしかすると禁忌の森の中に足を踏み込もうとしているのかも知れない。あるいは、自分で自分の首を絞める行為に手を染めているのか。大袈裟に考えるのは止めておこう。以前から長い間ずっと疑問に感じていた事を少しだけぶちまけただけなのだから。

 今後は、この場で<知>ばかりでは無く<技>の話もしようと思う。上達を志していない方にとっては退屈な時も在るかも知れないが、その場合は読み飛ばして頂ければ幸いである。 

 画像のカードは、クロウリーのトートデッキからの一枚。ライダーウェイト等でⅩⅣはTEMPERANCE 節制と名付けられているがトートデッキでは、Artとなっている。この場合は、アートを芸術と訳すより、より原義的な解釈としての技(わざ)である。