幼い子供への虐待の話が聞こえ続けている。悲しく、嘆かわしく、痛ましい。報道番組から目を背けたくなるほど胸が締め付けられるような思いが押し寄せて来る。コメンテーターに依れば、加害者である親自身が過去に虐待を経験したケースが多いという。ならば、今の子供達への虐待が減れば、将来の加害者も被害者も少なくなるはずである。行政に期待するだけではならない。法や制度の不備では無い。罪を重くすれば防げる事でも無いだろう。全ての大人一人一人の課題である。子供を大事にできないなら、子を持つなとさえ言いたい。しかし、そんな非生産的で後ろ向きな怒りには、明るい未来は見えて来ない。これは、愛の問題なのだ。
今回のカードは、ニュービジョンデッキからの一枚。ライダーウェイトデッキのⅩⅠ JUSTICE (正義)を後ろ側から描いた想像図になっている。赤子を引き合う二人の女性が意味するのは、旧約聖書の列王記3:18-26 ソロモン王の裁きのことだ。聡明な知恵者である王の御前で二人の遊女が一人の赤子を互いに自分の子であると主張して止まない。二人の遊女は、同居しており三日違いで其々が出産した。しかし、一者の子は添い寝していた母親が寝返りを打って下敷きになり亡くなり、その後、もう一人の母親が寝ている時に寝所の中の赤子をすり替えてしまったというのだ。これを聞いたソロモン王は剣を持って来るように命じ「この場で赤子の体を真二つに切り、両方の母親に半分づつ与えよ」と言った。それを聞いた母親の一人は、王に対し我が身を案じず懇願し「どうか、向うの女性に生きたまま、この子を与えて欲しい」と異議を申し立てた。もう一人の母親は、子がどちらのものにもならぬように裂いて分ける事を願い同意した。それを聞いた王は、先の母親が子の<本当の母親>であると確信し「子を生きたまま、先の女に与えよ。この子を殺してはならない。」と宣言したのであった。
DNA鑑定はおろか血液型の認識も無かった頃の話である。記述は知恵者ソロモン王の見事な誘導尋問のエピソードなのであろう。しかし、それだけでは無い気がしてならない。もし、生物学上の実母が身勝手で残忍な人物の方であったとしても子をその母親の手に渡すより、王の裁定に逆らって自分が罪に問われかねない事をためらわず、子の命を尊重しようとした人物の元で育つべきと考えたのではないだろうか。それこそが<本当の母親>であると。今回のカードに描かれているように正義の背景には常に愛のある構造こそが理想的な正義のかたちなのである。これは、愛の問題なのだ。
