前回の小欄で登場したキアゲハの幼虫君は、サナギになった。しかし、これが一騒動を巻き起こしたのである。
日々モリモリと元気に餌のパセリを食べていた幼虫君が、ある日割り箸で作った羽化用の柱の上でピタッと止まったまま動かなくなった。サナギの状態になる前の休眠に入ったのだと確信し、食べ残した餌などを巣箱から取り除いたり、敷いた土にスプレーで湿気を与える等々の世話をしていた。作業の途中で宅配便が届いたり、急な仕事の電話でその場を一時的に離れるも彼はジッとしたままピクリともしていない。不覚にも、すっかり油断した。巣箱の蓋を閉めずに寝てしまったのだ。翌日か翌々日には、その場でサナギになっているものと疑わなかった。だが、翌朝は巣箱の中に彼の姿はない。小指大の芋虫がリビングの何処かに潜んでいるのだ。心の中で嫌な汗をかく。頼むからソファーの上には居ないでくれよと願いながら、気が気じゃない。イスやテーブルの脚はもとより壁から天井から、しらみつぶしに大走査を敢行する。暖かい所を好むのではと当たりを付けてTVの裏を探そうとするがTV台を動かすにも神経を使う。キャスターの下敷きにしてはならぬ。ライトの光で隙間を念入りに確認し、溜まったホコリは見ない事にしつつ、力を入れてソロリと前に出す。居ない。影も形も無い。折角だから、そこだけ掃除する。重いTV台を元の位置に戻したところで力尽き、第一日目の捜査は終了する。
翌日も恐る恐るリビングに入って行き、捜査を続ける。前日に探した所も改めて確認する。相手はジッとしているとは限らないのだ。カーテンの裏表を探すが発見には至らない。カーテンの緑色の草木柄が捜査の難易度を一層高めている。成長の度合いを考えても、サナギになろうとしている事に間違いはないはずである。餌を探しに遠出した訳では無いだろう。あ。巣箱の中の餌を片付けてしまった。それが原因かもしれない。いやいや、ここで後悔に暮れていて何になる。迷子の捜査は二日目も手掛かりも無いまま終わった。
半ば諦めの気持ちを抱きつつ捜査三日目を迎える。きっと、部屋の何処かに居てサナギになっているはず。一週間もすれば、見事な羽を広げて美しいキアゲハがリビングの中を飛んでいるだろうと極めて楽観的な想像に逃避して行く。とは言え、足元を見ずに進む事もソファーに倒れ込む事も出来ない。
4日目の朝、ベランダの菜園の水やりに出ようとした時に彼は居た。唄の歌詞じゃないが、探すのを止めた時に見つかる事もあるのである。カーテンレールの端が気に入ったようだ。その日から一週間は、カーテンの開け閉めは禁止である。
ネガティブな印象で捉えられがちなワンドの9だが蝶になる前のサナギに見えないだろうか。良く知られている解釈は「手負いの兵士が残った陣地の守りを固め、次の戦いに備えている」あるいは「大きな変化の為の準備」などである。子孫を残す為の相手から視認性が高い、大きく美しい体の蝶になるべく、幼虫の時には栄養価の高い葉を大量に食べるのだろう。そして、敵に狙われても逃げる事さえ出来ないサナギの時代を経て蝶になろうとしている。
