今日出勤途中で財布を拾いました。
赤い布製で、マイメロディのプリントがされてる財布でした。
通勤路の途中に交番があるので、ちゃんと届けておきました。
実は以前にも似たような財布を拾った事があります。
少し長くなりますけど、聞いてもらえるでしょうか。
それは中1の春の日の出来事でした。
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部活の朝練に行く途中で私はそのマイメロディーの財布を拾ました。
私の所属していた部活は中1の部員に限り、先輩よりも早く行って準備をしておかないと、うさぎ跳びでグラウンド1周の刑が待っていたんです。
もちろん、職員室に寄って居たら間に合いません。
私はその財布を後で職員室に届けようと思い、カバンにしまい部活に出ることにしました。
そして朝練を終え、教室へ。
教室ではちょうど朝の会が行われていましたが、なんだかいつもと雰囲気が違っていました。
いつも落ち着きの無い落合くんも、うつむいておとなしくしています。
先生は私の顔を確認すると話を始めました。
『これで、全員揃ったな。今日の朝の会は中止して、先生から大事な話がある。今朝、瑠美の財布が盗まれた。マイメロディーというキャラクターが印刷された赤い財布だそうだ。彼女の財布を盗んだヤツは正直に名乗り出て欲しい。』
瑠美というのはクラスメイトで、正式には佐藤瑠美という名前です。
当時、私のクラスには3人の佐藤がいたので、彼女を含め佐藤姓の生徒は全員、下の名前で呼ばれていました。
話を戻しますね。
静まり返る教室の片隅で、私は事態が飲み込めませんでした。
誰が何を盗んだって?
『いいか、先生は財布を盗んだ事については、この際、何も言うつもりはない、本当だ。出来心ってのはあるものだ。出来心ならやり直せる。でも、嘘はダメだ!嘘を付くやつは最悪だ。だからここで勇気を出して名乗り出て欲しい。正直に申し出てくれれば、先生は本当にそれでイイと思っている。いいか、かのジョージ・ワシントンは・・・。』
なんて話を延々と始めました。
ジョージ・ワシントンの話は彼のお気に入りなのでしょうが、リズムも悪く所々聞き取れない上に、微妙にリンカーンの話と混ざっている、そんな最悪のお話でした。
しかも、例の桜の木のエピソードは作り話なのだから余計に始末におえません。
念のためにワシントンの話はと言うと…。
子供の頃のワシントンが庭で遊んでたら誤って父親が大切にしていた桜の木の枝を折ってしまった。
翌日になって桜の木の枝が折れていることに気付いた父親が周囲の人達にその事を問いただすとワシントンは自分がやったという事を正直に申し出た。
…という様な話だったと思います。
余談ですがこのエピソードは『逸話で綴るワシントンの生涯』で紹介されて一躍有名になった話です。
実は初版ではこの話は掲載されていなかったんですよね。
本が売れ始め、評判になり始めたのでより魅力的な逸話を付け足そうと、第五版の改訂の時に作者が勝手に付け加えたものだそうです。
もちろん、その頃の私はそんな事など知る由もありませんでしたし、そもそも今となってはどうでもいい事ですよね。
すいません、また話が逸れてしまいました。
とにかく「あぁ、拷問ってこういう事なんだな」ってその時の私は思ったほどです。
しかも、最悪な事に私は真実を話すタイミングを完全に失ってしまいました。
ジョージ・ワシントンの話を話し切った満足感なんでしょう、彼は幸せそうな表情で禁断の手段に出ました。
教室の全員の目をつぶらせて、誰も見てないから、盗んだヤツは正直に手を挙げろという、例のやつです。
ワシントンの話の前ならカミングアウトは可能でした。
ええ、そうです、もう全てが手遅れだったんです。
先生は誰もいないことを確認すると、『そうか…盗んだヤツはこのクラスには居ないかったんだな。先生、安心したよ。疑ったりして悪かったな…。』と言って満足げに天井に視線をやりました。
一瞬教室にホッとした空気が流れます。
その時、私はふと思ったんです、これが本当に最後のチャンスなのではないかと。
カミングアウトするなら、和みかけたこの瞬間しか無いと思ったんです。
精一杯の勇気を振り絞り私は行動に出ました。
『せ、先生、ぼ、僕・・・。』
先生は驚いた目で私を見ると、こう言いました。
『お前、もしかして、盗んだヤツに心当たりあるのか?』
私は言葉を失いました。
これ以上『盗んだと言うな』と思いましたが完全にタイミングを失ってしまったので
『もう、1時間目始まってますよ』と咄嗟に言ってしまったんです。
その日一日は生きた心地がしませんでした。
結局、その財布は放課後に元々落ちてた場所に、再び落とす事にしました。
私に出来ることは、もうそれしか残ってなかったんです。
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おっと、もうそろそろ受付が始まるようです。
こんな話に時間をとってしまってすいません。
これで遅れたら私の責任です、さぁ急ぎましょう。
