その工場へは横浜からJRで約20分揺られた後、2両編成の短いローカル線に乗り換える。いまどき首都圏にこんな電車があるのかというシロモノだ。

「休日になると、この車両を写しにわざわざ遠くからやってくる人もいるのよ」
と、ムラセさんは言った。
ムラセさんはノスタルジー工場の案内係だ。
「とても珍しい車両なんですって。私にとっては日常だけど」
彼女は微笑む。

それはなんとも言えない素敵な微笑だ。

電車は工場地帯をゆっくりと進む。窓の外には無表情な工場と海が交互に姿を現す。スピードとしては自転車と同じくらいだ。おかげで電柱に張られた質屋の住所までちゃんと読むことが出来る。

やがて「野洲」という駅で電車は終点を迎える。駅と言っても短いベンチと時刻表だけの簡単な駅だ。まるで「シンプルなものこそ最良」と言わんばかりのたたずまいだ。

ナオキは駅周辺の写真を何枚かカメラに収める。ムラセさんはその様子を見つめている。

「元々この辺りは岸根という名前で呼ばれていたの」
「へぇ」ナオキは写真を撮りながら相槌をうつ。
「野洲はノスタルジー工場にちなんで付けられた駅名が、周辺の地名に広がっていったものなんですって」

ナオキはカメラのファインダーをのぞきながらムラセさんの方を振り返る。
「よくある話よね」彼女は微笑みながら僕に言った。
ナオキは「そうだね」と言うとシャッターを切り
彼女の微笑を写真の中に収めた。

ナオキはムラセさんに連れられ工業団地らしきエリアを進む。途中、様々な人々がムラセさんに声をかける。彼らはムラセさんにと言うよりは、彼女の着ているスカイブルーの制服や、胸の社章に声をかけているように思えた。それでもムラセさんはとても素敵に愛想よく一人ひとりに声を返す。

その様子からもこの辺りではノスタルジー工場に勤めるという事が、ちょっとした事なんだという事が分かる。