「ねぇ・・・」彼女は突然僕に切り出した。

「ねぇ、昔に戻りたいって思った事ってある?」
「別に」僕は本棚に本を戻しながら答えた。
「ちゃんと、考えて欲しいの」

彼女は少し不機嫌そうに言った後、僕を呼び寄せテーブルの向かいの席に座らせた。

そして軽い咳払いの後、再び言った。

「本当に昔に戻りたいって思った事は無いの?」
「うん」
「どうして?」
「さぁ・・・分からないな。別に戻る必要を感じないからかな」
「でも、若いって素敵な事だと思わない?」
「退屈なだけだよ」
「でも可能性はたくさんあるわ」
「そうだね」
「それでも戻りたいとは思わない?」
「それでも戻りたいとは思わないな」
「どうして?」
「さぁ・・・分からないな・・・」

少しの間沈黙の空気が流れた。

堂に入った堂々巡りである。

彼女は不服そうな表情を浮かべリビングから姿を消した。

仕方なく僕は彼女の代わりに昼食を用意する事にした。

タマゴを茹でようと鍋を火にかけながら考えた。

昔に戻ってどうしようというんだろう。

たとえ戻れたとして選択をやり直したのなら、今の僕はここに居ない事になる。

やり直すどころか僕自身の存在が消えてしまう。

自分自身を無くしてまでのやり直しなんて、僕にはまったく想像できない事だ。

でも、なんとか彼女の気持ちも理解してみようと、僕は僕なりの努力を試みてみようと思う。

丁度、書きかけの物語にちなんで、僕は僕の頭の中で17歳の僕を思い浮かべてみる。



17歳は人生の中で最も退屈な年齢なのかも知れない。



・・・いや違う。



その頃僕は17歳で、世の中は今より少しだけ退屈だったかのも知れない。



これぐらいが丁度いい。



17歳の僕のテーブルの向かいには、17歳の女の子が座っている。

17歳の僕は17歳の女の子と、とりとめの無い話をしている。

話がひと段落した頃に、17歳の僕はその17歳の女の子に切り出してみる。

「ねぇ・・・」と。

「昔に戻りたいって思った事ってある?」

17歳の僕は17歳の女の子の顔をのぞきこむ。

「別に」17歳の女の子はそっけなく17歳の僕に答える。

17歳の僕は軽い深呼吸の後もう1度訊ねてみる。

「本当に昔に戻りたいって思った事は無いの?」
「うん」
「どうして?」
「さぁ・・・分からないわ。別に戻る必要を感じないからかしら」
「でも、若いって素敵な事だとみんなは言うよ」
「退屈なだけよ」
「でも可能性はたくさんある」
「そうね」
「それでも戻りたいとは思わない?」
「うん」
「どうして?」
「今のままで充分だからかな」

17歳の女の子はイタズラっぽく笑ってみせる。

「どうしてそんなこと聞くの?」

「いや、良いんだ。ありがとう」

17歳の女の子は不思議そうな顔で17歳の僕の顔を
まじまじと見つめる。

そして僕は僕の時間に戻ることにする。

2021年。

現在の僕は昼食の為のタマゴを茹でている。

ここには17歳の僕も17歳の僕と会話したあの17歳の女の子も存在しない。

でも、さっきとは違う感覚が確かに僕の中には生まれてきている。

昔に戻るというのも案外悪くないかも知れない。