ぬい-ぐるみ 【縫い包み】
(1)中に物を入れ、包み込むように周囲を縫ったもの。特に、綿などを中に詰め、動物や人形をかたどった玩具をいう。
「― の熊」
(2)芝居などで、俳優が動物などの役をするときに着る特殊な衣装。
(3)普通の人を超える力や知識、技術を持ち、それらを用いて一般社会にとって有益とされる行為、いわゆる英雄的行為を行う人物の着るコスチューム。
「君はこれからこの ― を着て正義の超人として働く事になる」
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「君はこれからこのぬいぐるみを着て正義の超人として働く事になる」
トレンチコートを着た謎の男が僕にそう告げる。
「戦うのは好きじゃない」僕は言う。
「何も常に戦う必要は無いんだ。相手は必ずしも怪人とは限らない」
「でも、相手は『悪』なんだろう」
「もちろん。でも、正確に言うとそれは対岸にあるというべきものだ」
「メタファーとしての悪」
「そうだ。君はなかなか飲み込みが良い」
そう言うと彼は僕に緑色で等身大のぬいぐるみを僕に差し出す。
「色にはそれぞれ役割がある。赤はリーダーで黄色はカレー好きとかだ」
「そして僕は役割は緑だと?」
「そうだ、君はまさしく緑の役割だ」
彼は僕にぬいぐるみを手渡そうとするが、僕はもちろん応じない。
別に緑の役割に不満という訳ではない。
そもそも正義の超人に納得していないのだ。
「いかにもピッタリという訳ではないが、君のサイズだ」
「いや・・・僕はまだ・・・」と僕の言葉をさえぎるように彼は続ける。
「心配はご無用。ちゃんとジッパーが付いている」
彼は再びぬいぐるみを僕に差し出す。
ジッパーの有無を問題にしている訳ではない。
僕がどうして正義の超人として働かなくてはならないのかそこのところがいまひとつ不明瞭なのだ。
それに、万が一これを受け取ってしまったら、絶対に後戻りが出来ない気がするのだ。
僕の予感は悪い時に限って大体当たる。
「それは僕である必要があるのかな」僕は訊く。
彼は深くうなずくとぬいぐるみを脇に抱えたまま話し始めた。
「多少の起伏があるにせよ、君はおおむね平穏で平凡な人生の草原を歩いて来た。そうだね?」
僕はうなずく。
彼はトレンチコートからタバコを取り出すと、片手で器用に火をつけ「これはもちろん比喩だが」と念を押し話を続ける。
「その平穏で平凡な人生の草原の中のたった1点、君は運命の隕石の落下する例外的な場所にたまたま居合わせた」
僕は黙って続きを聞く。
「君以外の無数の人間が君の周りにいたとすれば、その中の誰かに運命の隕石が当たるのではと君は考える」
僕はうなずく。
「でも、それは違う。周りに何人居ようとも、運命の隕石が君を捉える確率は変わらない。なぜなら君は運命の隕石の落下する例外的な場所に、たまたま居合わせたからだ」
「それはおかしい」僕は思う。
それじゃ、最初から僕以外の人は選ばれない事になる。
彼のアナロジーは少なくとも僕の現実を説明をした事にならない。
僕の思考を中断させるように彼は言う。
「そしてぬいぐるみにはちゃんとジッパーが付いている」
だから、ジッパーは関係ないんだ。
僕はひどく混乱する。
そしてジッパーの事が気になって仕方なくなる。
いや、落ち着け。
この問題は誰が選ばれるかとは全く独立して、僕が僕であることが決定している所に問題があるのだ。
この世に資格のある人間が何人いようとも、結果は何一つ変わらない。
決まってしまった事だけを取り出せば、運命の隕石が捉える人物は僕でしかありえなくなる。
結果を基準に物を考えれば全ては必然だ。
僕は用心深くロジックを探る。
そして、組み立てをじっくりと吟味してゆっくりと口を開く。
「運命の隕石が捉える人物が1人しかいないのならば、この状況は確かに説明が出来るかも知れない。まずは、そこをゆっくりと話し合いたい。ジッパーは抜きにして」
彼は2本目のタバコに火を点けるとニッコリと笑い「じゃ、ジッパーは抜きで良いんだね」と言う。
「ジッパーが抜きで良いとは言っていない」僕は慌てて口にする。
「先程から君はジッパーの必要性を感じていない様に見えるのだが」
「いや、ジッパーは付いていないと困る」僕はひどく動揺する。
「やれやれ、これじゃラチが明かないな。ジッパーは関係ないんじゃなかったのかい」
「そうは言ってない!」僕は興奮して彼に言い放つ。
すでに僕の頭の中はジッパーのことでいっぱいになっていた。
「じゃ、確認するよ。ジッパー付きでいいんだね」
彼は僕にぬいぐるみを差し出す。
そして僕は「もちろん」とそれを奪い取るように受け取った。
少しの沈黙の後、僕は深く落ち込んでしまう。
僕はどこかで間違ってしまったのだ・・・。
そしてその瞬間から僕は正義の超人(緑)として働く事になったのだ。
