以前、1度だけ七色の夕焼けを見た事がある。
台風の影響で那覇発の航空便が駿河湾上空を何度も旋回している時、窓の外に七色の夕焼けが輝いていた。
僕はその時、特に急いでいるわけでも無かったのでイライラする事もなく素直にその美しい夕焼けをうっとりと眺めていた。

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もうずいぶんと昔の話だ。

高校の時にリュウイチという才能豊かな少年がいた。
彼とは3年生の時に同じクラスになったことがある。
リュウイチは善良な生徒としてクラスでも教師からも一目置かれるような存在だった。

スポーツマンであり、詩人であり、リベラルな政治思想を持っていた。
高校生にも関わらずカミュの解説も的確にすることが出来た。
そして何よりも気軽な印象があった。
彼の周りにはいつでもたくさんの人が集まっていて、彼はどんな人にも分け隔てなく接する事が出来た。

僕はその頃、今よりももっと無愛想だったし、人と握手が出来るような人間ではなかったので(リュウイチは誰とでも握手をしていたのだ)リュウイチとは接点を持たずに1年間を過ごした。

リュウイチには美しい恋人がいた。
折れそうなほど小柄だったが瞳に写る強い意志が印象的だった。
そして肩まで伸ばしたまっすぐな黒髪と美しく形の整った鼻を持った女の子だった。

リュウイチの事には全く興味が持てなかったが彼女の事は気になっていた。
もしかしたら彼女の事が気になっていたから、リュウイチの事に興味なんか持ちたくなかったのかも知れない。


今となってはどうでもいい事だ。


出会ってから1年後の春、リュウイチと彼女は揃って一橋大学に入学した。
同窓会ではその快挙に誰もが興奮を覚えた。
その場に居た人たちは2人は結婚するだろうと噂した。
そして、2人の間に生まれる子どもについてあれこれと話し出すものまでいた。

彼らは押しも押されぬ有名人となった。

彼らの世界と僕の世界は決して交わる事は無い。
でも、それも別にどうでもいい事だった。
世の中には様々な世界があって、僕には僕の世界の捕らえ方がある。
ただ、それだけのことなのだ。
それ以上の意味なんてこの世の中にありはしない。
それでもリュウイチについての話は人づてに僕の耳に届いてきた。


有名になると言うのはそういうことなんだと思う。


リュウイチは予定どうり4年間で大学の終了課程をきっちり終わらせ証券会社に入社した。
日本で名前を知らない人は居ないと言うほどの有名な証券会社だ。

多くの友人たちはリュウイチの勧めで口座を開いた。
勤勉な性格のリュウイチは常に株の動きを読み、決して友人たちに大きな損害を与える事は無かった。
時代は財テクブームの走りだったという事もリュウイチにとっては追い風だった。

最初のうちは小さかった取引もどんどん大きくなっていった。
彼らは株に熱中し、ちょっとした投資家気分を味わった。
そして誰もがリュウイチに今まで以上に尊敬の念を感じるようになった。


しかし、運命は急転する。


1997年11月21日の土曜日、リュウイチの会社は突然この世から姿を消した。
もちろん彼の友人たちは、誰もがパニックに陥った。
そして、誰もが血眼でリュウイチを探し回ったが、ひとりとしてリュウイチと連絡が取れた者は居なかった。
リュウイチの恋人でさえ、その行方は分からなかった。

それでも彼らはリュウイチを探し続けた。
彼らのリュウイチへの思いは怒りで塗りつぶされていた。



結局、口座の変更手数料以外にこれといって被害を受ける事が無いという事が分かると、一同は落ち着きを取り戻した。
そして、その日を境に彼らの株への熱は一気に冷めていった。
同時に僕の耳にリュウイチの話が入ってくる事もほとんど無くなった。



次に僕がリュウイチに会ったのは2001年の8月の事だった。
その日、僕は結婚式の2次会の帰りに繁華街を歩いていた。
そのまま帰るのには時間も少し早かったので、一人であらためて飲みなおす店を探している時に、僕に声をかけていた男がリュウイチだった。

知らない街で知ってる人に会うのはなんとも心強いものだ。
それが例え、よくは知らない間柄であったとしても。

ところが、リュウイチは僕をぐっと引き寄せると「お兄さん、遊び?飲み?いい女の子いるよ」と、下品な笑顔で声をかけてきた。
僕は一瞬声を失った。

でも間違いない、彼はリュウイチだった。

リュウイチは僕の腕をしっかりとつかむと耳元で「本番も出来るよ。1万でどう?」と言うと僕を路地裏に引き込もうとした。

リュウイチは僕に気が付いていない様だった。
いや、元々向こうはこちらを良く知らないのだから仕方が無い。
彼に昔の事を言い出すべきか黙っているべきか、僕の中に複雑な思いが交錯する。

リュウイチは僕の腕をまだつかんでいる。
その力の入れ具合から必死さが伝わってくる。
彼はポケットから次々と裸の女性の写真を取り出して僕の目の前にかざして見せ始めた。


「どう?この子なんてピチピチの18歳で・・・」そこまで聞くと僕はリュウイチの腕を思い切り振り払った。


「ゴメン。急いでるんだ」


僕は足早にその場を去った。
リュウイチは再び僕の腕をつかもうとしてバランスを崩し、手にしていた写真を地面にばら撒いてしまった。
慌てて写真を拾い集めるリュウイチを横目に僕は歩き始めた。


結局、彼は最後まで僕の事には気が付かなかった。


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僕は今でも時々七色の夕焼けの事を思い出す。
そして、夕焼けの去った後の夜の闇の事を思い出す。
寂しく切ないあの闇の事を。