知り合いの作家が僕の短編に興味を持って、ある編集者を紹介してくれた。

元々暇つぶしで書いている文章なので、特に批評されるのは快くは思わなかったが、その作家の顔を立てるということで、渋々その編集者を訪ねる事にした。

編集者は僕の前に座ると間髪いれずに話しはじめた。

「それぞれの話は良く出来てるし、それなりのリテラシーの高さは感じとる事が出来ます」

「リテラシー」僕は頭の中で繰り返す。

正直、あまり好きな言葉ではない。

そんな事は気にかけず彼は続ける。

「しかし決定的な欠点がある」

「何ですか?」

「率直に言いましょう。それぞれが何かの話に似ているんです」

そう言うと彼はポケットからタバコを取り出し火をつけた。

「つまり、あなたにとってあなたの作品がある種の経験意識的なニグレクト、またはその看過と言えるような状況下に置かれているという事です」

「はぁ・・・」僕は意味を捉え損ねる。

「例えばこの話を例にとりましょう。この話では家庭教師がその家の主人と恋に落ちていますよね?ストーリーは違いますけど設定は『ジェーン・エア』と一緒です」

言われて見ればそうかも知れないけど、家庭教師とその家の主人が愛し合えば、全てがジェーン・エアってほどこの世はシンプルじゃないと僕は思った。

理解不能な犯罪者が全てカミュを読んでるとは限らない。

その後、彼は僕に対して色々と忠告を始めた。

僕は黙って彼の言葉に耳を傾ける事にした。

その後どれくらいの時間がそこで流れ、どれだけの言葉が費やされたのか、正直なところ僕はほとんど覚えていない。

もしかしたら言葉はほとんど無かったのかも知れないし、あるいはその逆だったのかも知れない。

しかし、今となってはそのどちらかを確かめる事さえ出来ない。



名前の無い記憶は音も立てずに消え去って行く。



彼が僕に忠告をしている最中、僕は彼のマグカップに印刷されたイルカをじっと見つめていた。

イルカは実に気持ち良さそうに水面をジャンプしていた。


水面をジャンプするのってどんな気分なんだろう。


僕はイルカの気持ちを想像してみる。

でも、よく分からない。

僕は時々こっちの世界に戻って来て、たまに適当に相槌をうつ。

そして、再びイルカの気持ちを想像してみる。

どうして、水面をジャンプする必要があるんだろう?でもそこには何か理由があるはずだ。

理由も無くイルカがそんな事をするわけがない。

僕はまた深く考え込んでしまう。

「えぇ、分かります」僕は相槌をうつ。

「すなわち、全ての文学のパセティックな歴史の側面として・・・」編集者は自分のペースで持論を展開してゆく。


僕はイルカの事を考える。


きっとイルカには水面をジャンプしなければならない事情がいくつかあって、19世紀のトルコ王国の王位継承の条件みたいに、やたらにややこしい手順を一つ一つ丁寧にクリアしなければならないのかも知れない。

そのうちの1つでも欠けてしまったのならイルカはジャンプをしないだろう。

いや、したとしてもそれは不完全なジャンプになってしまう。


不完全なジャンプ


僕はなんだかこの言葉が気に入った。

「はい。そうですね」僕はうなずく。

編集者はさらに熱っぽく続ける。「近年のスタティックな文学に対するコンフリクトとは別に・・・」

もし仮にイルカのジャンプに特に理由が無かったとしても僕はイルカの事を決して責めてはいけない。

僕は僕で、イルカはイルカで、編集者はペダンチック。

それは最初から決まっていた事なのだ。


だから僕はイルカを責めない事にした。


そんな事を何度か繰り返した後、ようやく話は終わった。

結局僕は一方的に言われたままで家に戻った。

そしてもちろんイルカの事は何一つ解決はしなかった。



数日後、僕は知り合いの作家にその事を伝えた。

彼は何度も「申し訳ない事をした」と僕に謝った。

僕は「忍耐力の訓練を受けたと思えばなんとも無いよ」と言った。

彼は僕にコーヒーとドーナッツを出してくれた。

ドーナッツの乗った皿には、フリスビーを追いかける犬の姿が描かれていた。

フリスビーを追いかける気分って・・・。

僕はまたフリスビーを追いかける犬の気持ちを考え始めていた。