クレーム・ショップに行ってみようと思った。

特に何かに不満があるわけではなかったが、以前からどうしてもクレーム・ショップの存在が気になっていたからだ。

僕はなんというか、そういう性格なのだ。

店に入るとおびただしい本の山の中に、主人らしき人物が座っていた。

主人の風貌はいかにも神経質で、1000年生き抜いた山羊が持っているような独特の眼力を持っていた。

間違いない、彼は確かにクレームのスペシャリストだ。

僕の中で何かが確信に変わるのにはそれほど時間を要しなかった。

「今日はどういったクレームをお探しですか?」

クレームのスペシャリストは風貌とは裏腹の穏やかな口調で話しかけてきた。

僕は特にクレームを用意していなかったので、「この前行ったレストランの食事が不味かったんです」と、適当に答えてしまった。



クレーム・ショップで適当に答えてはいけない


そんな子どもでも分かる事を僕は忘れていた。

クレームのスペシャリストは明らかにがっかりした口調で僕に告げた。

「完璧で、非現実な形相は理性のみによって捉えることができるんです。お分かりですか?」

僕はしばらく考えた後、「感覚によって捕らえられるものは不完全ということですか?」と、聞き返した。

質問に質問で答えた僕に対して、彼は更に神経質な目を向け静かに語りだした。

今にして思えば、最初の質問の時に僕は帰るべきだった。

間違いなく僕が引き金を引いたのだ。

「いいですか、我々が扱うクレームというのはもっと悔しさに満ち溢れたものなんです。クレームの中でも特に苦みばしったクレームと言い表されるタイプのクレームです。料理が不味いのは個人の嗜好によるものですよね?そんな事ではクレームはお売りできません。このままでは気分がおさまらないといったレベルでないと・・・。確かにあなた様を一見見たところ人様に喜んでクレームをつける方には到底お見受けできません。人格者の様に見えると言っても差し支えないでしょう。いえ、我々のような仕事をしていると分かるんです、この人は喜んでクレームを言うような人物ではないなと言う事くらい。でもだからこそ、そういうお客様の望むクレームは生きてきます。そう、苦みばしっているのです。誰だって平穏な日々をちょっとした事で台無しにされたくは無いですからね。だから普段あまりクレームの類を口になさらない方のクレームは本当に生きているんです。まばゆい光を放ってると言っても言い過ぎではないくらいです。生きたクレームのためなら我々はそれなりの決意と覚悟を持ってお客様に接していくつもりです。もちろん、今までもそういう気持ちで営業をして参りました。そういう観点から見てみても先ほどのお客様のオーダーは少なからず我々の気持ちを不愉快にさせました。最初の一言で分かるんです。そのクレームが本物かどうかという事くらい。それに・・・」

クレームは延々と続く・・・。