むかしむかし、ある所にとても美しいお城がありました。
けれど麓の村の人達は決して近付く事はありませんでした。
お城にはとても恐ろしい魔女が棲んでいるという言い伝えがあったからです。
村の勇敢な者達や国の兵士達が魔女を倒す為に城に向かった事もありました。
ですが誰も魔女の姿を見る事すらできませんでした。
皆、口を揃えて言うのです。
「城が襲って来た!」と。
恐怖に引きつった顔で誰もがそう言いました。
だからその魔女がどんな姿なのか誰も知りません。
ある日、何も知らない遠方からの旅人が城に迷い込んでしまいました。
旅人は一夜の宿を借りようと城の門をくぐりました。
するとどうでしょう。
中庭には薔薇の園がありました。
しかし薔薇は全てが蕾。
咲いている薔薇は一つもありませんでしたが、月光に照らされた庭はとても美しいものでした。
旅人がうっとりと眺めていると、ひゅう、と冷たい風が吹きました。
ふと、城の扉の方を見ると誰かが立っていました。
ちょうど陰になっていて顔はよく見えませんでしたが、若い女のようでした。
旅人はおそるおそる声をかけました。
「この城の方ですか?すみません。迷い込んでしまって。どうか一晩だけ宿をお借りできませんか?」
女主人は鈴が鳴るような可憐な声音で返しました。
「宿は貸せません。どうか麓の村を頼って下さい。早くここから離れなさい。とても危険です」
旅人は不思議に思いました。
こんなに美しい城の何が危険なのだろうか?
次の瞬間、激しい風が吹き荒れました。
あまりに激しさに旅人は目を開けられない程でした。
ふと、風がやんだので目を開けてみると、すぐ傍に明かりが見えました。
さきほど聞いた村のようです。
村人達はとても優しくしてくれました。
旅人は村の人々に見聞きしたことを話しました。
すると村人達はとても驚きました。
それまで魔女の姿を見た者は誰もいなかったからです。
美しい城、蕾だらけの薔薇の庭、聡明で美しい――――魔女
旅人はしばし村に留まり、あの城で見た事を本にしました。
それからあの城の主は“こう”呼ばれるようになったのです。
―――不咲の庭の魔女、と。