撮影日:2021年2月17日
こちらは「豊臣秀頼 淀殿ら自刃の地」の石碑です。
1615年にここ「山里丸」と呼ばれる場所で
「豊臣秀頼」は自害したと言い伝えられていますが
生き延びて薩摩に移り住んだ後に誕生した二人の子供の
次男「羽柴天四郎秀綱」が「天草四郎」になったと言う
面白い説を私は信じています。
今回は黒白写真にしてみましたが如何でしょうか?
豊臣秀頼 淀殿ら自刃の地
そして「刻印石広場」までやって来ました。
ここも私のブログではお馴染みの場所ですね!
その名の通り諸大名の紋が石に刻まれています。
刻印石広場
これらの刻印石は元々この場所にあったものでは無く
昔の石置場や周辺から出土したものを
大阪築城400年を記念した際に集められました。
巨石がいっぱい!
巨石と一緒に天守も撮影しました。
右奥に見える坂を上っていけば
天守まではすぐ目と鼻の先となります。
私は鼻が低いので鼻の先はさらに近くなりま〜す。
巨石と天守
Nikon D7100
SIGMA 8 -16mm F4.5-5.6 DC HSM
AF DX Fisheye - Nikkor 10.5mm f/2.8G ED
Photomatix / Photoshop
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