小さい路地脇の表示板。
説明文に 小き林叢森然たり・・・とある。
田んぼの畦道を6、70m程入った所。後方が隼人が立て篭もったとされる
姫木城の山。本丸は右側、左が国司岳。
田んぼの畦に建つ石碑。
この地に塚があったのであろうか、それは不明。国分市(現在霧島市)
石碑より道路側(案内板)方向を見る。「三国名勝図会」の説明によると
この地が隼人の霊を鎮める為の祭りをした所のようである。
「大穴持神社」 国分広瀬の国道10号線沿いにある。
境内に堤防(修復)?建立大正13年の記念碑がある。
小村新田ハ今ヨリ七拾有餘年前 嶋津家二拾七代斉興公ノ時代二開拓セラレ・・・
大正三年一月十二日 櫻島大爆発シ連日天地鳴動・・・白日ナオ暗ク時二巨石ヲ降ラシ灰砂ヲ飛バシ溶岩ヲ噴出・・・
堤防ノ西南角其他数ケ所ニ大決壊を生ジ海水溜々トシテ侵入青田変ジテ海トナリ浸水家屋百餘戸家財流出・・・
・・・と桜島大爆発時の災害の惨状が刻まれている。小村新田とは以前紹介した、この神社のすぐ前の干拓地のことである。
すぐ前を国道10号線がはしる。その向こう側が干拓地である。