猫さん犬に…ごひきの日常
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前庭疾患のこと

続きを書くのをわすれているな😕


一応健忘録として。


①前庭疾患の後遺症とみられる、頭の傾き(龍は左)は強い日と全く傾かない日とがある。

②眼振は、毎日毎秒あるが日常生活に支障は無さそう。

③歩行は、白内障のため全盲。これは4月からで4か月くらい経ったが排泄の為歩くのみ。後遺症とみられる回転歩行(ぐるぐる回ってしまうやつ)は今は全くない。


※見られるというのはMRIをしていないのでかもしれないにとどまっているため。全麻が必要なためうちは避けた。


前庭疾患後は真っ直ぐ歩ける車の来ない場所で歩く練習。といっても回転してしまうのでリードで調整したりしながらした。これは筋力の衰えを避けるため。人間と同じに考えていてはあっという間に体力も筋力も落ちてしまうと思って、排泄をかねてちょっとでも動いて欲しくて連れ出していた。本当に最初の頃は眼振が酷くて、犬用カートで乗せたり降ろしたりみたいなことの繰り返し。それも段々と回転が緩やかになり、真っ直ぐ歩ける歩数が増えてカートなしで散歩出来るようになった感じ。

元々ガンガン散歩に行っていて、夏は20時から散歩なんて当たり前だったし日の出の時間より前もガンガン行ってた。まじで近くに公園あってよかたと思う。

これが当たり前だったからシニア突入しても、歩いていたんだよね毎日毎日。

それか前庭疾患なってからは排泄だけ。目が見えなくなってからは排泄が終われば私の抱っこ待ち。全く歩かなくなってしまった。仕方がないことではあるけど、ふと、昔の動画を見るとやっぱり元気だなぁと思うんだ。

老いとは無常無慈悲必ず通る道とはいえ、それを辛く悲観してしまう瞬間もある。子育てとは違い、老いる一方を見守るのはメンタルに堪える時がある。

もう二度と生き物とは暮らせないし、暮らさないと決意しているくらい。


犬も衰えれば人間も同じように衰えていて、体力も集中力も無くなってホルモンに振り回されて外的ストレスに晒されて、生きるとはなんと苦しいことかと思う。

でもこう思った次には、私は恵まれているからこう思えるのだと必ず思う。生きているからこう思えるんだよね。


とかく、ない・あるにいつも囚われていて、今を生きることを忘れがちだ。


今を生きるとは、今を感じることだ。


今を五感、時には六感で感じながら生きること。

これに尽きる。

目が見えなくなっても嘆いたりしない。

前庭疾患になり、未来を嘆いたりもしない。

耳が聞こえなくなっても俺オワタとはならない。

いつだって受け入れて飯くれよって生きるだけ。

私はいつもそばにいて、共に生きるだけだ。


どんな終わりがこようとも彼が受け入れる時、見守り、手を離さなければならない。医療の発達に助けられ、どこまでもしてやりたい気持ちもあるけれど、、

そんなことを考えずにはいられない15歳まであと1か月。。


犬や猫の生き物と暮らすと、この視点にいつも立ち帰らされる。これを学ぶため一緒に生きているんだなと思う。



犬 前庭疾患記録 15日〜20日

覚え書きみたいな簡単にメモした📝だけの記録

この時は、どうなるかわからなくて淡々と記録を付けていただけだけど

そのうち私のデカデカとしたお気持ちが出てきます🥹


とにかく必死で時間が過ぎるのが早くて遅くて、動揺と寝不足と不眠と不安と心配とでどう過ごしたか覚えていない🥲自律神経もめちゃくちゃになって、龍が体調を崩せば自分も体調にくるほどで

多分、この1週間はふとした時と寝る間際とかに毎日泣いていたと思う

自分の記録として残すけど、この記録が誰かの救いになればいいな。うちの場合はこうだったということでしかないけど(しかもこれから先どうなるかはわからない)経過観察が救いになることもあると思う。気は抜かないで欲しいけど。


とにかく "犬 前庭疾患" とかで検索かけると色々出てきて不安になることあると思う。ただでさえも大変な状況になったのに、どうにかしてあげられないかと色々調べてしまうし。

欲しい情報以外も出てきてしまうし、私は神経質だから調べなかった。変に希望も持ちたくなかったし。必要最低限だけ。


今やっと落ち着いて、他のことにも目を向けられるようになってきたからまとめておこうと思う。
















今日も無事に

今日も無事に終えられそうです。

それだけでありがたいこと。


今を大事に。

13日

あんまり調子が思わしくなく、前庭疾患の記録をまとめる元気がない。

何かしら解決すれば、今度はこちらという感じで問題が尽きない。

大丈夫だろうか。13日が誕生日なのだけど

前庭疾患 記録

8月14日

ゲーの音で起きてからの記録

ゲー自体が久しぶりすぎてびっくりして飛び起きて、未消化フードを見た時、明日病院かなと思ったのを覚えている。


淡々と記録を取って先生に伝えるようと思い自分の気持ちは書かなかったんだよな、、


13歳で耳は聞こえず、白内障。左目の光でなんとか生活していて胆のうも悪くて泥を流しましょうということで薬を飲んでいた。

でも2ヶ月ほどは私の体調が悪くて病院に行けていなくてそのことが原因?でゲーが出たんかなと思っていた。

正直この日も体調が悪くて明日の病院這ってでも行かないとと思ったのも覚えている。

そして記録の通り、ただごとではない自体になり月曜日に病院に行くのだがこれがいけなかったのかもしれないと今は思う。

正直どこまで治療するか、費用のことや自分の体調や覚悟の面でもまだ決めかねているところがあって日曜日は泣いて過ごした。

あと1ヶ月ほどで誕生日なのにここまでかと、急に突きつけられた現実に対してパニックになっていただけだった。





龍のこと

久しぶりにここへ来て、また書き留めておかなければならないと強く思う反面、直視したくなくてどうしようかと迷ったが書いておこうと思う

すぐまた止まるかも。。


8月14日 前庭疾患



最近のこと

最近の龍の様子を書き留めておこうと思う


視力は段々悪くなる一方で、右目が特に濁ってきた

寝起きは目の影響なのか、ふらつくことがある(平衡感覚の問題のような気がする)

シャワー後今までリビングに直行していたのに3回に1回くらい真っ直ぐ走ってリビングとは違う部屋へ走る


真っ暗な廊下はもちろん見えない

階段を抱えて上る時、体の感覚でもう階段終わりと足をバタバタさせるのは変わらずだが、散歩帰りの車が止まった時は家に着いたことに気づかないことも多々ある


階段降りた時も違う部屋へ行こうとしたりする

これは稀に


あとはおしっこが漏れるようになった

今まで服は着せてきた犬生だったからマナーパッドあてて寝るのは苦痛ではないようでそれは良かったと思う。

寝起きのブルブルでちょっと漏れたらする程度の日もあれば、全く漏らさない日もある


おしっこ漏れはそこまで私も気にしてはいない


今はおしっこする時、最初から女の子おしっこの時以外は将来脚を支えてする時が来るかもしれないから、さりげなく触っていてもおしっこするように時々触るようにしている

触るとおしっこやめてしまう時があるので、これはまだやらなくてよいのかも、、


去勢してからおしっこをあちこちに引っかけなくなっておしっこを最後までしていない散歩の時もあるんじゃないかと思う


最近は私の気分が塞ぎがちで朝昼晩の散歩には行けていない


朝の散歩30分くらいかかるようになった

歩きたい方向へ行きたいように行かせているから

夕方はご飯食べたいから歩かない時もある

ご飯食べさせて行くとなると夕ご飯の時間がかなり早くなって、冬はとても困っている

目が見えないと外が薄暗くなってくるとピタッと歩かない てこでも歩かない


夕方は真っ暗になってもライトを付けて歩いていたな、なんててこでも歩かない龍を抱いて家の前で溜め息が出てしまう

仕方ないことだけど

夏は夜の8時頃から散歩ガンガン行っていたなって今となっては幸せだった

あの生活も


今の生活も幸せ

年老いたヨボヨボおじいちゃんになっても可愛いもんは可愛い

目が悪くなってきた時は、世の中が見えなくなるのか、アイコンタクトが取れなくなるのかってショックだった

今もどんどん悪くなっていっているから頭をぶつけることもある

人間のスリッパにつまづいたり、自分のおもちゃにつまづいたり


耳もだいぶ悪くなってきていて、近くで大きい声でご飯!!と言えば尻尾ふるから全く聴こえないわけではないかな?という感じ


普段は全く聴こえていないようだからもう声は届いていないから、明るい所で大きく身振り手振りすれば意思疎通は可能



今はこれくらいかな


2021/08/27

龍の調子が悪い


頭が痛い(私

火葬を終えて

12時半火葬

その前に写真を撮った

遺影を探して、毛と爪とヒゲをとった。

火葬はとても丁寧で、骨の説明をしてくれた。粉になった骨まで全部入れてくれてとても満足。
頭は私が入れて、その他の骨は母と順番に入れた。
頭の後、肩甲骨、喉仏を2人で持って納めた。
肉体が無くなり、リンは旅立った。
昨日のことがよく思い出せない。
毎日寝る前に湯たんぽを作り、暖かくなってきていらなくなるなぁ、日向ぼっこたくさんさせなきゃなぁなんて思っていたのにな。

お空でみんなに会ったかなぁ。
パンとご飯お口のそばにおいたから、ひもじくないでしょ?食いしん坊だったもんなぁ。
リンのために買ったありとあらゆるご飯まだたくさんあるよ、ちゅーるもたくさん。
最後はグレインフリーのご飯気に入って食べてたね。
抱っこすれば、背骨が当たるほど痩せて最後は1.8キロまで減った。骨太だったから骨がきちんと残ればいいなぁと思っていたけど、
本当に綺麗に残っていたね。背骨も指先も。
この大きなおててでフミフミしてたんだなぁとしみじみしてしまった。

リン。
また会おう。その時まで自由に、リンらしく待っていてほしいな。
ありがとう

5/2

21:40リン逝く

40分より少し前から明らかに呼吸が変わり、咽せたような呼吸になり
喉の奥になにかあるような、そんな感じになり
それが何回かあったあと吐いた。
咽せたような呼吸は嘔吐の前のグエッてやつだった。
ほぼ水を吐いて体が伸び始めた。
ああ、その時が来たと思い、名前を呼び家族に電話した。
ほぼ水?胃液?を吐いたのは何日か水だけしか飲んでいなかったそれなのかなとおもった。
水すらも体内では消化?するような力も無かったのだろうか

口を開けて息をして足と手がびくっと痙攣し、また息を大きくする。苦しそうな、表情で。
お腹の呼吸の動きがとまり、心臓に耳を当てたけれど
自分の心臓がバクバク言い過ぎていて、とまっているのかわからなかった。
しばらく手を当てて、耳をあててを繰り返して、名前を呼んだけれど、心臓の動きは感じられなかった。
それでも名前を呼び、身体をさすり、手を握り。5分くらいは身体の反射?のようなものがあった。口を開けて息を吸い込もうとしているような、、、
おしっこはほんの少ししか出なかった。目も閉じられないままで、目頭にたまった涙を拭いてやった。

それから10分か、15分かで表情が柔らかくなり、あぁ、リンの顔だなという感じ。死後硬直は死んでから1時間以上経過してからだった。それまでは、首の向きや手足の向きを整えて、丸まって寝ているかのようにしてやった。
寝ているかのようだった。表情が柔らかくなったことで、余計に寝てる?と思った。
連日の寝不足と今起こった事とで、動悸が激しくて、リンの体が一瞬動いたように見えて何回も触った。
やっぱり冷たかった。まだ微かに温かいうちに触って覚えておきたいと思ったけれど、きっと忘れてしまう。
リンの毛並み、匂い、鳴き声、目線、ゴロゴロ、怒った顔も、甘える顔も、私おばあちゃんになれば忘れてしまうんだろうか。。



コロナで家族は帰れず、この時代のおかげでテレビ電話が出来て良かった
家族みんなで看取れたから。

ご飯をあれこれ試し、点滴に行き、摘便をし、
リンは本当によく頑張ったと思う!
本当によく食べてよく飲んでよく出してたくさん鳴いて喧嘩して縫う羽目になったり、夜鳴きしたり
良くも悪くも全てが本当に思い出になってしまった。

私は触って匂いもわかる、胸に耳を当てることも出来るけど、
コロナで帰ってこられない家族は、どう区切りをつけるかなーと言っていた。コロナじゃなければの話をしても仕方ないけれど、悔しい。

13歳、今年の7月で14歳でした。

点滴も最初は車の中で漏らしたり、ストレスもあったかなと思うけど、最近では点滴中に首元を揉まれるとゴロゴロ香箱座りするくらいにまでなったし、
摘便もリンの性格だから出来たことだと思う

本当にいい子だった。寂しいな、、
この気持ちを忘れたくない。

リン頑張ったね。最後まで手を握って体を触れた私は幸せだったな
命を看取ることは辛いことだけど、それすらも幸せだと思えるほどいい時間だった
リンだからだね。優しくて甘えんぼで。すぐゴロゴロいう。懐っこい子だった。
ドライヤーは嫌い、掃除機も嫌いだったけど必死で逃げるほどじゃなかったね。
抱っこすれば、力が抜けてダラーンと体を預けてきて。
スヤスヤ眠り顔と、日向ぼっこで細める目、ちゅーるも大好きだった。



頑張って生きたね。どうだったかな、うちは。
幸せだったかな?私達家族は幸せだったよ!

ありがとうリン!
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