2018年2月18日(日) サントリーホール
J.S.バッハ:トッカータ ハ短調 BWV911
ヴァインベルク:無伴奏チェロのための24の前奏曲 op.100(ヴァイオリン編曲版)
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ第3番 ト短調 D408
シューベルト:ヴァイオリンとピアノのための幻想曲 ハ長調 D934
【アンコール】
モーツァルト:ヴァイオリンソナタK404より
ヴァイオリン:ギドン・クレーメル
ピアノ:リュカ・ドゥバルグ
本日も、かなり前の方でクレーメルを拝むことができた。
前半はヴァインベルクの無伴奏チェロ前奏曲。
本日は、ほぼこれが目当て。しかしながら、想像を遥かに超えた世界観だった。
この24のどの曲も、思わず鼻歌で歌ったり、口ずさむようなメロディはない。
強いて言えば8曲目くらいか?
引用されているショスタコのチェロ協奏曲もピアノ協奏曲のように明るく楽しい曲ではないので、ズドンと暗い。
原曲はチェロなので、さらに重い音。
このヴァインベルクの曲を、広いステージにポツンと一人、スポットライトを浴びつつ弾いていく。
何とも言い難い精神世界的な音楽。
これに耐えうるためなのか、オルガン前のスライドでリトアニア人の写真家が撮った写真を投影する。
この写真も厳しい時代を生き抜いた、みたいな白黒の写真なので、更に精神世界に飲み込まれていく。
クレーメルのヴァイオリンの音色は、この世界観を完全に表現しきった神のようだった。
苦労知らずのドラ息子には、絶対出せない音色だ。
昔、美人なだけで生きていけたバブル時代に愛人業をやっていた人の話を思い出した。某企業のドラ息子がディスコかどこかで出会った美人10人を集めて、某百貨店で「今日は一人200〜」と言って一人頭限度額200万円とし、好きなものを選ばせ、全部買ったという話をなぜか思い出した。
このドラ息子には、いくらいい楽器を使っていようが、いい教師をつけようが、こんな音は出せまい。
前半でかなりお腹いっぱいになってしまった。
はじめはバッハを前半のはじめに演奏するはずだったが、前半はヴァインベルクだけで正解。
休憩時に「疲れた…」と言う声が客席からちらほら聞こえた。
後半は、リュカの独演、バッハ。
まだ20代なのに、なんだか圧倒的なピアノだった。
今回のリサイタルが、クレーメルだけのものでなく、リュカと共にやっているという主張でもあるのだろうなと思った。もちろん、クレーメルによる主張である。
さらに、シューベルトへと続く。
ソナチネ3番、幻想曲と素晴らしかった。
特に、幻想曲の方は、バイオリンもピアノも繰り返す転がるような音が夢心地だった。
解説によると、「演奏があまりに困難」とのこと。
それをまったく感じさせない演奏だった。
二人がよく目を合わせて笑顔で合図していたのが印象的。
おじいさんと孫という見た目だが、二人の息はぴったりで、クレーメルが若い芸術家を大切にしていることも感じられた。