小さいころ、いや、大学生になった時分でさえ、32歳ってなんでもできる大人だと思ってた。
なんでも知ってて、なんでも持ってる。
そんなものは幻想だ。
わたしの頭の中は常に幼稚で、自立できずにずっと誰かに支えられてる。
支えてくれるひとがいる。
それだけで、人生に意味があったなと思ったりする。

今日はわたしのバースデー。
不妊治療がうまくいかない時、必ずやっていることがある。
それはネイル。
採卵は静脈麻酔でするため、ネイルアートが禁止だ。
移植して成功したら悪阻がくる。
爪が伸びるのがはやい。
3週に1回のサロン通いを吐き気をこらえてやり通す自信はない。
化学流産待ちのいま、日常を大好きで彩ってゆく。
夏なので指先にビタミンカラーとキラキラを。



ぽわ。


お昼は焼肉を食べた。

タコピーの原罪を読み始めた。

夜はお寿司を食べた。

甘夏のムースを食べた。

娘が「もう1回!もう1回!」とケーキをねだった。

もう誕生日を「おめでとう」なんて祝われる年ではないけれど。

娘と夫がハッピーバースデーの歌を歌ってくれること、ああ本当に生きてきてよかった。


2人目不妊治療は1人目以上にうまくいかない。

娘は胚移植1回で授かった。

周りの不妊治療している人は、1人目が不妊でも2人目は自然妊娠で授かったり、移植も1回、2回で成功している人が多い。

わたしはただでさえ卵子の質が悪く、胚盤胞到達率が低い。

自然妊娠もチャレンジした。

ことごとく生理がきて。

すでに2回の移植を終えてしまった。

今はとても幸せだ。

娘が生まれてくれただけで幸せだ。

絶対に手放したくないたからもの。

それなのに、さっき、わたしは今この瞬間死んでもいいかもしれないと思ってしまった。

なぜそう思ったのかはわからない。

でも、もしかしたら2人目不妊が原因なのかなと思った。

陰性が続いていること、落ち込んだ自分を見せてはいけないと、誰の前でも、自分の前ですら、涙はもちろん、暗い表情さえ見せてない。

暗く考えすぎないようにしたりしていた。

でも本当は応えてるのかもしれない。

本当は、2人目がほしくてほしくてたまらないのかもしれない。


もし2人目が生まれても、生まれなくても。

娘と夫と自分のことを大切にして生きていこう。

だから治療のことは焦らなくて大丈夫。

次がおやすみ周期でも大丈夫。

今すぐじゃなくて大丈夫。

今を生きよう。

今できることを、精一杯しよう。

そうは思う。

そう思ってもなぜか今日はふりきれなくて。

これから楽しい予定がたくさんあるのに、日常が色褪せているような、そんな予定のなにが楽しいのか、ただ面倒くさいだけだ、ただ生きているだけだと感じてしまう。

毎日がきらきらになるのはいつだろう。

やっぱり、2人目を妊娠した時になるのかな。

待てないよ。一生そんな時はこないかもしれないのに。

諦めてしまえば気持ちが楽になるのだろうか。