90歳 母親 直腸癌 認知症
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AHCC(2) は急死が多い?『続・「AHCC」はなぜ効くのか―ガン治療医14人の証言』

15年前の本、とはいえ、いくつか選んだなかの古いものから読むのは
私のひとつのパターンでして、今回もそうしてみました。


無理やり大雑把に要約しますと、

AHCCは
1)抗がん剤の副作用対策として有効。
2)がんが消失の例が稀にあり。
3)がんが消失しなくとも多くの人の免疫力があがりQOLが向上。
4)これからまだまだ期待できる。
5)元気な状態から急死する場合がある。
6)1日3g、6gでよく効く。

1)-4)は、大抵のサプリで、そのように書いてあるし、
エビデンスが多いとか、信頼できるデータとか私が評価できるわけでもなく、
めちゃくちゃ凄いと思ったデータもなかったし、
90歳・認知症のケースもなかったので、まあそういうところかな?

 

そこで、気になるのは、やはり5)この本のタイトルどおり14人の証言なのですが、多くの人(14人のうち10人が日本人で、うち少なくとも4人)がこれに言及しているんです。

例1:P31:
私にとってもこれが、転移巣にせよ、AHCCによってガンが消失した唯一の例です。もっとも、この患者さんは半年後ガンとは関係のない肺炎を起こして亡くなりましたが、それまでAHCCの服用を続け、もちろん再発もなく、お元気でした。 
==> 免疫力があがっても、肺炎は避けられないのだろうか?

例2:P75:

ずっと元気でいたのが、具合が悪くなって入院すると、翌日なくなったりするんです。これもAHCCの特徴のひとつですね。
=>同じような話が、P82,P131にも。果たしてこれは喜ばしいことなのか?

 

ピンピンコロリは、理想とはいえ、コロリと逝くのはその人の何らかの要素が、なくなっちゃうんでは?免疫をあげるとはいえ、その要素が、もし母にほとんど残っていなくて、その要素をAHCCは使って元気にするのだとしら、あっという間にコロリということにならないか?

 

そう考えると、できることなら少しぐらい安定したところで試したいもの。
あるいは、どうしようもなくなったときか?実際は、後者で使う人が多いのかな?

 

もうひとつは飲む量。1日1袋0.75gを処方されたが、この本の例では
1日3gとか6gとか書いてある。また、1日最大15錠までと書いてあるところもあった。15年も前だから、あるいは錠剤と顆粒では違うのかな?
母に処方されたのは、イヌノメディックピュアAHCC。『<お召しあがり方>健康補助食品として、1日1~3袋を目安に水またはお湯でお召し上がりください。』と書いてある。母は、体重が30kgを切っているので、ここは少なくとも最初は1袋からかな。

 

では、次の本に行って見ましょう。また数日後。

 

AHCC(1) 漢方が飲めないところまで来た高齢者への最後の手段?

ご無沙汰です。

 

もう最後の更新から2年ですか・・・いろいろありました。
昨夏に、2回目の尿路感染症から菌血症となり、1ヶ月入院
転院を勧められましたが自宅へ戻ってきました。
自宅へ戻り、要介護5となったもののそれなりに回復しているように
見えたのですが、今年になり貧血が進行。朝意識がもどらずに
デイセンターに行けなくなり、歩けなくなり、立てなくなり、
食事は1日水分も含めて400g。日によっては夜まで意識が
戻らずと、まあそんなところまで来てしましました。

 

血液素量は6.6となり、輸血で9.4と少し回復したものの
手術を薦められた病院の先生によれば、いままでも出血がつづくとすれば、
2ヶ月ぐらいの効果とか?

 

というわけで、漢方の先生のところへ行きました。肝心の母は、とても
行ける状態ではないので、家で寝ていてもらいました。
食べる量自体が少なく、漢方薬も100ccのお湯にといて,20ccぐらい飲むのが
やっとですから、今の体調、血液検査を説明して、1日1袋の漢方を飲むとして
ベストのものを処方してほしいという心づもりでした。

ところが、先生は、
「年齢的なものもあるからなあ」、とややお困りの様子。
漢方ものめていなことから、薦められたのが AHCC でした。
「免疫を高め、元気にする効果はある。」

「保険は聞かないが、2,3日分でも試してみるか?」

なんと控えめなすすめかたであろうか?

大きな期待をいだかせないようにとの配慮でもあろう。
AHCCは、いままで何度か聞いた名称ではあるが特に興味をもったことも
調べたこともなかったが、試してみようかと思った。

1日1袋 0.75gで、350円

ここに来るには会社を休んでこないといけないので、2週間分を

おねがいすることにした。

 

家に帰って、ネットでいろいろしらべた。

AMAZONでも売っていた。120袋4万円。@333円。
そう考えると、バラ売りで1袋350円は悪くない。

 

本もたくさんでていた、高価な最近の分厚いものもあったが
とりあえず、以下の3冊を読んんで、飲み方を考えることにした。

 

AHCCのすべてがわかる本 ―基礎研究からがん臨床最前線まで
杜 聡一郎単行本(ソフトカバー) – 2010/3/12

続・「AHCC」はなぜ効くのか―ガン治療医14人の証言 単行本 – 2002/4/2
村尾 国士 (著), 現代書林「AHCC」取材班 (著)

ガン阻止食品AHCCでガンに勝った! (AHCC治療最前線) 単行本 – 2000/6
旭丘 光志  (著)

 

 

 

 

 

【ニュース・癌】なかにし礼氏 食道がん再発4:「再発がん」からの生還(週刊現代)

なかにし礼氏のことをブログに書くのも4回目まずは振り返り。
※この記事は昨日一旦アップしたつもりでしたが、一行目で切れており失礼しました。
  なにかがおかしかったようで、再度アップしました。

【大まかな経緯】
2012.12 食道がん発覚=>陽子線治療で克服
2015.02 再発・リンパ転移=>手術(取りきれず)=>抗がん剤治療開始  
詳細は、過去のブログを参照願います。
【ニュース・癌】なかにし礼氏 食道がん再発を告白「以前から恐れていた…」 2月末に手術
【ニュース・癌】なかにし礼氏 食道がん再発2:背中を25cm切る、4時間の時間制限手術
【ニュース・癌】なかにし礼氏 食道がん再発3:重要器官密集地のリンパ節がん(サンデー毎日)

【手術後】
さて、今回その後の経緯が、週刊現代に掲載されていたのですが、

2015.2.25手術後 
「気管支にへばりついているがんに対する一刻も早い処置が必要」と医師団に言われる
手術後一旦退院するも、翌翌週から抗がん剤治療(1回5日間)
1回目 がんが半分 医師「普段はこんなに効かないのだが」
(体力の回復をまって)
2回目 また半分ぐらいに
3回目 また半分
4回目 まったく見当たらなくなってしまった。
医師「非常に小さくなったけれど、この場所にがんがあったことは確かです。ずいぶん小さくなったので、今度は陽子線治療をしても、前回の食道がんの治療時に陽子線を浴びたところとオーバーラップする部分がないので、改めて陽子線でがんを叩いておきましょう。」
2015.09.05 陽子線治療と抗がん剤治療を並行してうけているところです。

【まずはよかった】
なんともみごとな。末期がんから、奇跡的な回復を人の話を何度か本で読みましたが
「体力があり、医者の思っていた以上に抗がん剤が効いた人」というのが私の印象。
なかにし礼氏の場合も医師の「普段はこんなに効かないのだが」との言葉がある。
抗がん剤以外に、どんな治療をされたのか、食事はどうされているのかわからないが、
まずは抗がん剤がよく効いたということなのだろう。副作用のこともわからないが
ひとまずはよかった。

とはいえ、これで、母に抗がん剤をという気になれないのは、
医師の「普段はこんなに効かないのだが」という言葉がでてくるぐらいでないと
抗がん剤はうまくは効かないと思うから。つまり、普通はこんなに効かなくて
苦しんでそのわりに延命にもならず悪ければ体を弱めるだけにならなかと思うから。

もうひとつ怖いのは、果たしていつまで続けるのか?ということ。
CT、PET-CTでも見つからなくなって、それではいつやめればいいのか?
それに、さらに陽子線治療をやる必要があるのだろうか?

【陽子線治療の影響】
気になることがある、冒頭にかいた【大まかな経緯】のところで、再発後に
なかにし礼氏は、最初成功体験のある 陽子線治療を希望した。しかし、
A(陽子線)医師『患部のまわりは、重要気管が密集交錯し陽子線を当てると気管に穴を開ける恐れあり。』
というのが私の理解であった。

ところが今回の週刊現代では下記のように記載されていた。
『今回のがんは確かに早期のがんです。しかし、問題のリンパ節は、前回の食道がんの治療の際に30回も陽子線を当てた場所なんです。そこにさらに陽子線を当ててしまうと過激照射になってしまい、他の器官を傷つけることになりかねない。ですから、今回は陽子線治療はできないのです。』
この言葉をそのままとると、陽子線を30回当てた場所のリンパが
2年後にがんになったということになる。30回当ててもリンパのがんは
消えなかったのか?30回あてたから、がんになったのか?
以前、下記のブログで引用したのだか、近藤誠医師の
「放射線をかけたところは抵抗力が弱くなるので、がんがはびこりやすくなる。」
の言葉を思い出す。結局のところ、今の漢方と食事の療法をつづけたいと思う。

【本】がんより怖いがん治療 近藤誠著: 著者の半生の物語。放射線治療3つの弊害。

ピアニストの中村紘子さんが12月5日のリサイタルまで大腸癌の治療専念を発表

ピアニストの中村紘子さんが11月末まで大腸癌の治療専念を発表された。8月18日発売週刊朝日で「抗がん剤治療を受けながらも、苦しさがまったくないんです。」と語ってられたので、少なくとも当面は大丈夫なのかなと思っていただけに、ショッキングであった。
週刊朝日、オフィシャルHP、新聞などから拾い読みをして、考えた。


【発覚】
(週刊朝日)
中村「去年の2月に腸閉塞で手術したとき、がんがみつかったんです。
お医者さまがおっしゃるには、4,5年前からあったんじゃないかって。」
林真理子「手術されたんですか?」
中村「腸閉塞の手術をね。それで抗がん剤治療をしたんですが、そのときは体ががたがたになってしまったんです。」
※腹膜鏡手術

(オフィシャルサイトより抜粋)
2014年2月17日、「 サントリーホール 」のチャリティーコンサートに出演。皇后様が「 ピアノ協奏曲第五番『皇帝』 」をお聴きになられました。

2014年02月20日 急な体調不良のため、2月22日,3月2日公演を、中止・延期。

==>2/20に、2/22の演奏会の中止を発表。腸閉塞が急にきたということか。しかも、抗がん剤治療をしてガタガタになったというのに、少なくとも3/23にはモーッアルト・ピアノ協奏曲第24番を弾いているのは強行軍。すぐに抗がん剤治療はやめたのかな?
 もうひとつ気になるのが、手術。腸閉塞でも、事前にCTとかやるだろうし腫瘍があることは、わからなかったのかな?そして、がんの手術は否定しているし、現在に至るまでがんの手術をしたという情報はなし。

【発覚から1年内】
(朝日新聞)その後は食事療法などの民間療法に切り替えて、体調も安定。2014年末 腹部に痛みを感じて都内のがん専門病院で診断を受けたところ、再び抗がん剤による治療を強く薦められ、2015年2月からの治療休養。※別の記事では、免疫療養、漢方、マイクロ波、など。
(週刊朝日)周りの方が心配して、いろんな民間療法をすすめてくださるから私もおもしろがって片っ端からやってみたんだけれど、どれもこれも効果がなかったの。

==>発覚から1年。とうも母とだぶる。抗がん剤治療はしていないが、手術は拒否して、漢方とゆるい食事療法、約1年たったこと腹痛で近所の開業医でCTをすすめられたが、お断りした。もし、ここでがん専門病院にいったら、再び手術をやる・やらないの話になるので症状もおさまったので様子み状態。 それにしても、手術をすすめず抗がん剤というのは、腸閉塞の手術をやっているからかな?普通、大腸がんだと手術だと思うのだが。


【公表】
(週刊朝日)今年の1月26日に入院して、約1ヶ月休養したんですが、
食欲もまったく衰えなかったんですよ。

(オフィシャルサイトより抜粋)
2015年01月22日 銀座ヤマハホール開館5周年記念リサイタル

2015年01月27日 初期の大腸癌との診断を公表。
〈 中村紘子からのメッセージ 〉
手相によれば、私の生命線はおっそろしく長いそうですので、皆様、どうぞご安心下さい。とにかく暫くはネコを被って、おとなしくして、治療に専念いたします。

2015年02月25日 3月27日紀尾井ホール公演中止発表。リハーサル時間なし。

2015年03月06日 復活
「ご心配をおかけしましたが、私の故郷と言ってもいいこの浜松で、満員のお客様に囲まれ演奏できましたことはピアニスト冥利につきます。」

2015年6月 4度目の抗がん剤投与が終わったところ。
「完治するか、がんと共存してゆくか。先のことはわからないが、根っから楽天的なのか、不安はない。病気を楽しむくらいの気持ちでやっていきたい」
2015年6月23日、フジTV「ノンストップ!」にVTR出演(スポニチより)
-抗がん剤による治療を始めたが「ピアノを弾くとき、暗譜してある曲がポカっと消えちゃう」「関節が全部がたがたになっちゃう」
-抗がん剤が血栓を作り、そのため腕が膨れ始め「飛行船くらいに腫れちゃって。いつパチンと弾けるのかと思ってたくらい」。

2015年07月18日まではコンサート活動が続く。

(週刊朝日)「明日からまた抗がん剤治療をはじめるんです。」
「私は幸運にもとてもいい先生にめぐり合って、抗がん剤の苦しさがまったくないんです。」

==>私が読んだ本で、抗がん剤でなおったという人のものは、初期の段階で既にかなりの効果があった人に限られていた。また、抗がん剤の苦しさがまったくないというのは、果たして効いているのか?との疑問があった。でも苦しさがないのならば、体へのダメージも少ないからいいのかもと思っていたのだが・・・。

【今回の発表】
2015年08月09日 山形テルサ公演中止 
一時的な体調不良により一定期間の安静が必要であると診断。
「鬼も恐れるほど元気だった私も、この歴史的猛暑には勝てなかったようです。」
2015年08月25日 8月29日から11月末まで演奏活動休止を発表。
(HP)これまで大腸癌の治療と並行してコンサート活動を行ってまいりましたが、このたび治療方針に関し主治医と綿密に協議した結果、当面の集中的な療養が必要と判断されました。

==>今回の発表はいままでとは違う。3ヶ月という期間、「一時的」との発表から長期への変更、「一定期間の安静」、「当面の集中的な療養」。週刊朝日で、「明日から抗がん剤治療」と言われていたので、その影響で急速に体調をくずしたのだろうか?一番の違いは、中村紘子さん本人のメッセージがでていないことである。(訂正:オフィシャルHPには掲載されていませんでしたが、事務所のHPには乗ってました。後述。)
 気になる言葉がある。「がんが治ってもピアノが弾けなければ意味がない」 確かに、復帰してピアノを弾かれることをみんな期待している。デビュー以来50年以上一線で活躍されているだけに、ピアノを弾くということは、一線で活躍するということになるのだろう。復帰の舞台としては、サントリーホールでのリサイタルが待っている。うまくいけばいいのだが。ピアノが支えに
なっているのはいいが、ピアノが無茶を強いるようになりませんようにと思う。

【次のコンサート予定】
中村紘子ピアノリサイタル
日時:2015年12月5日(土)開演14:00
会場:サントリーホール



追記
https://www.youtube.com/watch?v=E8GrE6DvRCs によると
昨年2月に手術をしたのは、虎ノ門病院
昨年末に、抗がん剤治療を進められたのは、東京・がん研有明病院

8/30追記、ジャパンアーツのHPより
http://www.japanarts.co.jp/blog/blog.php?cid_l=6
このたび再度にわたって、皆さまに多大なるご迷惑をかけてしまい、心から申し訳なく思っております。現代西洋医学のがん研究は日進月歩。主治医の先生のお言い付けに従って、最先端治療に専念いたします。三カ月休養、というのは、私は基本的に元気なため、自由にしておくとあれこれ「糸の切れた凧状態」になって、治療に差しつかえると先生が思われたからなので、どうぞご心配なく。12月にお会いするのを楽しみにしています。
中村紘子


==> お医者さま、現代西洋医学、最先端治療への信頼を感じさせるメッセージ。 新しい治療の実験台になりませんように。

今井雅之さん 永眠 54歳

今井雅之さんが亡くなられた。

昔、THE WINDS OF GODの映画版(2006版)を見たときに、なんと演技の大きな人かと思いました。スクリーンからはみ出してしまう、それも気にしない、体育会系・頑強な肉体、そんな感じをうけました。あれから十年、4/30の舞台降板の記者会見は、あまりにも変わり果ててまさに別人。抗がん剤の恐怖を味わいました。『信濃町の病院で、抗がん剤今井さんにはあわないよ』といわれながらなぜ?とも思いました。でも、改めて、今回、後述のように経緯をまとめてみると、わかるような気がします。

昨年の11月、大腸がん発覚、肺転移、余命3日(これは、腸閉そくで食べ続けていたらの話と推測)等々言われたなかで、もし舞台に立てるとすれば今回2015/5が最後だろうと、そのワンチャンスにかけてきての降板。さぞかし無念であったことでしょう。調べるほど、youtubeの映像を見るほど無念さが伝わってきました。

私の母は、大腸の進行がんですが、いまのところ手術も、抗がん剤もしていません。昨年の11月に腸閉塞になるのは1カ月後かもしれないし、1年後でもまだ大丈夫かもしれないと言われて漢方薬と食事療法です。お腹が痛いと聞いたり、便がでないと聞くたび、腸閉塞ではないかとギクリときます。そうなれば手術しかないのかなあと思っています。できることなら腸切断ではなく、ステントでなんとかならないものかと思います。

手術後の今井さんは、2/23の舞台の製作発表のとき20キロ痩せたとはいえ、長時間立ち話すことができているように見えます。でも、自分自身が舞台に立つためには不十分と考えられたのでしょう。免疫療法をしても食事療法をしても、よくならず、奇跡がおこるとしたら抗がん剤と考えられたのかもしれません。自分がこのワンチャンス舞台に立つために、できることは何でもやるという姿勢、そしてご本人の自分自身に試練を課す生き方のようにも見えます。

舞台降板に伴う、興行のキャンセルなど、休むこともできずに心労が重なったことも大きいでしょう。4月以降、毎週木曜出演されるMXTVのバラいろダンディ(5/7が最後)の映像や、4/30降板記者会見、5/5舞台あいさつとまさに坂道を転げるように、衰弱されていく姿は、痛ましくてとても見てられないのですが、同時に強い志で渾身で訴えられる姿は感動的でもありました。心よりご冥福をお祈りいたします。

 

経緯のまとめ。(Youtube<URL記載>と、ご本人のオフィシャルブログhttp://ameblo.jp/i-masayuki/から)

2013.11.23 [ブログ] 
   今年のウインズは自分にとって本当に大変でした。
   この一ヶ月半『なんちゃら季節風喘息』微熱は続くは、咳はでるは・・・・・・・
   特に朝方は息もできないくらいの喘息に襲われホンマ苦しかった(T_T)~~~。
   舞台前は注射うったり点滴したり、あまりよろしくないのですが
   キツメのステロイドを飲んだり・・・

2013.12.06 [ブログ] 
   舞台『手をつないで帰ろうよ』 の出演予定だった
   酒井法子さんの事務所が 突然の降板を申し出てきました。

2014.09.   都内の国立病院(3-4回通院)
      体調不良=>腸の風邪と診断
    投薬するも体調戻らず。胃が痛む。

2014.10.27 [ブログ]
      -『手をつないで帰ろうよ』の舞台再演
      - この再演は私にとっての大きなステップでもあり、
        挑戦になるかもしれない再演です。
      - 来年の夏には絶対この作品を映画化したいと思っております。

2014.11    西宮市の病院でCTスキャンの結果ステージ4の大腸がんと診断。
      あと1、2回食事すれば腸が破裂するところ。
    (上行結腸)腫瘍大が複数。手術は無理。余命3日の宣告。
   ※4/30の会見では、どこに転移したのかわかりませんでしたが、
       5/28ミヤネ屋の梅沢登美男さんによると肺転移。

2014.11.12 横浜の病院(松島病院との噂、だとしたら私が大腸内視鏡検査を受けた痔の治療で超有名な所)
    当初、手術は無理といわれるが開腹手術。腸の腫瘍は全部とった。
   関西で看護師長を務めるお姉さんから「クリスマスまで持つか・・・」と言われる。

2014.12.27 [ブログ]
      -『私は夏の映画の脚本を書きながら通院等で真面目な生活をしておりやす。
      - 夜はそんなくそ真面目でおじいちゃんのような生活を覆すイベントに
        行ってきました!というよりみんなが僕のために開催してくれました!
        名付けて、今井雅之【夢叶う、想い強ければ】大復活祭&大忘年会2014
  *このときの最後にみんなで歌う写真の、泣き方が尋常ではない。
      - 皆の期待に沿うように完全復活し、来年の舞台、そして映画は最高の物にします!
  ただ正式な発表ではないですけど、27年続けてきたウインズのアニキ、
  最後になるだろうな。。

 
2014or2015 信濃町の病院(時期不明。慶応大学病院との噂、「がんで闘うな」の近藤先生がおられたところ) 
    「抗がん剤が今井さんにはあわない。効き目がない、副作用で死んじゃう。」
   と言われる。NK免疫療法、食事療法をするも、歩けなくなる、声も出なくなる。
  
   ==> この後病院を転々。
  

2015.02.23 5/1からの舞台の制作発表 20キロやせた姿で登場
   https://www.youtube.com/watch?v=Y9Ol5W7NHbI

2015.02.24 [ブログ]
      -年末ベットの上でたくさんの管に巻かれていた
      -最後の今井雅之のアニキの生き様を見てやって下さい。
      -私の春ももうそこまできております!

2015.03   入院(6thオピニオンと会見で言われた)
      もう1回、少なめで、抗がん剤をはじめる。

2015.04.01 [ブログ]  
   -秋から本格撮影開始の映画のなかの桜のシーンだけを撮影。

2015.04.30 記者会見:舞台降板あいさつ・ガン告白
   『抗がん剤2クルー目』 ※1~2か月目ということと思います。
      『生きてることがこんなにつらいとは思いませんでした。』
   会見会場の席の手前5,6歩のパーティションの裏までは車椅子だったという。
   https://www.youtube.com/watch?v=OlyXDrV3o7o

2015.05.05 東京舞台終了後あいさつ。
   『この舞台に病人としてではなく役者として立ちたかったです。
       だけど今、もう今、3分も立っていられないですし。』
   『役者としては、もっともっと体をよくして舞台に立てるよう
       がんと闘うつもりです。よろしくお願いします。(笑顔と拍手)』                 https://www.youtube.com/watch?v=rfrclBWyebQ

2015.05.07 バラいろダンディ出演最後 
      『がんばります。』
      当日のフルバージョンは見つからず5/28放送から、5/7の映像が13:10頃
   https://www.youtube.com/watch?v=xY2qs7gUmbM 

2015.05.27 容態が急変
2015.05.28 午前3時5分 永眠(54歳)

   ※5/28ミヤネ屋の梅沢登美男さんの発言では、9月に既に大腸癌と聞いていた
       ともとれる発言があり、そういう報道もあるが、厳密には病気であると聞いたのが
       9月で、大腸がんと聞いたのは11月以降ではないかと思える。
    5/28放送バラいろダンディでもそこは不明瞭。
       5/28ミヤネ屋
       https://www.youtube.com/watch?v=rshn8uG-m1s 


 

【薬とサプリ】今飲んでるもの

食生活について書くことにしたものの
薬については、やはり影響力が大きいと思うので、書いておきましょう
そのうち、変遷についても書こうかな。

【イクセロンパッチ9mg】-認知症
5年前のアリセプトからはじまって、レミニール、イクセロンパッチ4.5mg=>9mg=>13.5mg=>9mg
最近副作用で吐き気がでるので、量を減らしました。今安定していますが、これまでいろいろありました。肌のかゆみも、すくなくなり、軟膏の使用も減りました。

【マグミット330mg×3】
昨年10月、直腸がんの手術を拒否したときから、処方されました。

【漢方薬:紫胡桂5g、ヨクイニン6g、コウジン未2g ×3】
今年の1月から、手術もしないし、放射線もしないし、抗がん剤はもともとすすめられないし
温熱療法は無駄だといわれるし・・・というところから漢方がはじまりました。

【マグレイン 10箇所ぐらい 週2回】
漢方の先生からは、お灸をすすめられたのですが、続かず。
これなら、つづけられるだろうと紹介されました。

【フェルガード ハーフ 1/2包】 ※便が止まる副作用あり
4年前ごろから、当時下痢気味だったのが、フェルガード100 1.5gを1包飲んだ日から
急に3日間便がでなくなり、半分にしました。その後、なぜかフェルガード100が販売中止となり(不純物が多いとのうわさが当時ありました)フェルガード ハーフにしました。最近、
フェルガードの錠剤がでたので、そちらにしようか考え中。

【ロイヤルゼリー ヤハタ ゴールド800 1粒】
母、本人がテレビでみて申し込み。そういうのはつづかないことが多いのですが、
飲み始めてから、季節の影響かもしれないけれど、やや起きている時間が
ながくなったようなきもしているので、飲み続けています。

【食生活】意識的に変えたこと

手術をしない、放射線治療もしない、抗がん剤もやらない。
漢方薬をとり、食生活を変えて、少しでも進行を遅らせたい。
そのためにどうすべきか?ゲルソン療法は厳しすぎる。
少しずつ、できるだけ体にいいものを・・・・。
でも、いいといわれるものは多すぎて、それに人により意見のわかれるものも多くて
とにかく、よさそうなものへと、じょじょにシフト。個別には理由を書いていきたい。
ガン告知時と、現在 ここ9ヶ月での変化。

新しくはじめたもの
- アマニ油(週末)
- ココナッツ油(週末)
- ウコン(カレー粉)
- 生ジューズ(週末)
- 野菜・果物ジューズ
- ドライフルーツ・プルーン

増やしたもの
- ブロッコリー
- レモン・蜂蜜
- カレー(やめていたものを復活)
- 果物
- 生姜・ニンニク(おもったほど増やせていない)
- 魚
- 刺身

変えたもの
- 白いパン=>黒いパン(全粒パン)
- 白米=>発芽米(週末のみ、1/3)
- 鳥のモモ肉=>ムネ肉
- コーヒーフレッシュ=>レモンティー(蜂蜜)
- 精製塩=>岩塩
- 白砂糖=>黒砂糖
- 水道水=>ミネラルウォーター

減らしたもの
- 和菓子・洋菓子 
- ほんだし=>魚の粉のだし
- 肉
- バター
- 味噌(意に反して、消費量が減っている)

やめたもの
- 牛乳週3本=>0本(R1ヨーグルトを増やす)
- 加工肉(ソーセージ、ベーコン、ハム)

【ニュース・癌】なかにし礼氏 食道がん再発3:重要器官密集地のリンパ節がん(サンデー毎日)

【序】心臓が弱いのになぜ手術?との疑問が残っていたのだが、
それに応えてくれる記事がサンデー毎日]3.20増大号(3/18発売)に載った。

【独占連載!「がん再発」闘病記 なかにし礼 3月14日
「人は何よりもまず生きなければならない」 から要約】
==============================================
2015年
1月27日 3ヶ月に1度のCT検査で、食道付近影 
2月05日 PET・CT検査で「りんぱ節がん」と判明
A(陽子線)医師『患部のまわりは、重要気管が密集交錯し
陽子線を当てると気管に穴を開ける恐れあり。』
==>D(外科)医師の提案:全身麻酔で、胸腔鏡手術<2時間半>、
  ただし、状況により開胸手術<4時間>となる。
2月09日動画CT検査で、メスの入る隙間があると判断される。
2月12日心臓の担当医に相談『(手術は)2時間半まで』
==>なかにし氏「開胸手術となれば十中八九死ぬ。
    緩和医療を受けながらゆっくり死ぬのも悪くない。」
2月13日 手術回避をD医師に伝える。
夜:A医師から電話で、手術をしないとまずいところにガンが
  あると説得される。==>手術を決断
2月19日シンチグラフィー、心エコー検査
夕方 D医師から電話「開胸手術になっても心臓は大丈夫」
2月24日入院
2月25日開胸手術(4時間19分)ガンとりきれず。
3月2日退院。ここで説明を受ける。
D医師「がんは気管の壁面を強く圧迫しており手術を急いだ。
気管の壁を突き破れば、余命は4,5日です。
がんは取りきれなかったが、手術により少し気管から
引き離せた。だが、いつ突き破るかはわからない。
術後、1週間か、2週間以内か、3週間以内か」
K(内科)医師「一日も早く化学療法をスタートしましょう。
そうすればがんは弱まりこそすれ強めることはありません」
3月9日再入院。
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【感想】
やっぱり、陽子線治療をやりたかったんですね。
それが、かなわないとなったときの、究極の選択。
手術 VS 緩和
どちらがいいのかわ、わからないのですが、
3人のお医者さんの、連携プレーがなければ
手術は選択されなかったでしょう。
一度は、緩和に、決めてられたのに、
そして、やはり決断がはやいですね。

外科医のD医師。話がうますぎます。
よくもわるくも、自分のおもうがままになかにし氏を
誘導しているようにみえます。
一方で、どれだけガンをとったのかわからないし
(取った臓器を示されたのでしょうか?)
動画CTで、メスが入ると判断したのに、
開胸手術になっているし・・・・。

本当に、気管をすぐにでも突き破るような状況
だったのか、可能性としては1週間以内もあるのかも
しれませんが、果たして高い確率なのか?
私が、疑い深い性格だからか、疑問が湧きます。

いまごろは、化学療法をうけてられることと
思いますが、それも退院後1週間って早すぎませんか?
がん再発のときにも、とくに体調がわるとも書いてない
だけに、そこまで早く厳しい選択をするのが、
よかったのかなあと思ってしまいます。

タイトルの
「人は何よりもまず生きなければならない」は、
映画『赤い月』で、常盤貴子演じるお母さんが
「生きて生きて生き抜くのよ」というようなことを
言っていたのが思い出されます。

そうなられますように。










【本】がんが自然に治る生き方 ケリー・タナー著 :(その1)メジャーながんは、奇跡が少ない?

【本・選択の理由】 AMAZON がん関連のベストセラーNo.1。
冒頭を無料で読んだとき、ちょっと気になるところがありました。
章立てから、かなり精神的な話が中心となっていること。
著者は、症例を分析し、劇的な寛解において重要な役割を
果たした75項目が浮かびあがり、上位9項目が、ほぼすべての
インタビューに登場しているというが、上位9項目が、後述の
章の名称のように、かなりアバウトで範囲が広そうなのに対し
例としてあがている73番目の項目が、
「サメ軟骨のサプリを摂取する」と、書いてあり
それは「ハーブとサプリメントの力を借りる」と比較して
つぶ自体がちいさいじゃん、と思ったこと。実はこのほかにも
読み進めているうちに、気になることが多々あったのですが
まずは、どんな症例が載っていたか。

【概要】
目次は以下の通り、著者がインタビューにより選択した
劇的な寛解において重要な役割を果たした上位9項目が
そのまま、章のタイトルになっている。

各章では、その実践内容を、インタビューからの抜粋の
ような形で、紹介しながら、博識な著者の医学的な専門知識を
生かした解説が繰り広げられてゆく。

ただ、症例そのものはあまり詳しくは書いてないものが多く
各章のタイトルをサポートするエビデンスのような形に
なっている。章の後半は、ひとりないしふたりの例をやや
詳しく紹介、それが下記で◆印。

第1章 抜本的に食事を変える
ロン男54歳。前立腺がん。
ジェイン女42歳。乳がん。
デイル女27歳。悪性リンパ腫
◆ジニ女60歳。乳がん。
◆ジョン男50歳。前立腺がん。

第2章 治療法は自分で決める
スンヒ女??歳。卵巣がん。
エリン女44歳。乳がん。
ジャニス女。子宮頸がん。
ヴァネッサ女。30歳。大腸がん。
◆シン男。40代。腎臓がん。

第3章 直観に従う
ワンダ女。42歳。乳がん。 
ジェンマ女。?歳。卵巣がん。
◆スーザン女。54歳。膵臓がん。

第4章 ハーブとサプリメントの力を借りる
ブレンダン男48歳。胃がん。
クリス男26歳。大腸がん。
アン女44歳。乳がん。
◆ジェニー男51歳。リンパ腫。

第5章 抑圧された感情を解き放つ
アダム男。?歳。脳腫瘍。
ネイサン男。?歳。リンパ腫。
◆ジョー男。?歳。肺がん。

第6章 より前向きに生きる
エフラット女49歳。卵巣がん。
アレン男40歳。脳と首。
ジャネット女60歳。子宮がん。
◆サランヌ女29歳。乳がん。

第7章 周囲の人の支えを受け入れる
ナンシー女54歳。皮膚がん。
リタ女?歳。リンパ腫。
ダイアナ女。61歳。子宮頚がん。
◆キャサリン女。63歳。肝臓がん。

第8章 自分の魂を深くつながる
ブリジット女。?歳。子宮体がん。
ヘンリー男。70歳。前立腺がん。
◆マシュー男。27歳。脳腫瘍。

第9章 「どうしても生きたい理由」を持つ
リー女48歳。肛門がん。
グレン男28歳。白血病。
タミ女38歳。乳がん。
◆ドンナ女58歳。結腸がん。

【感想:その1】
この手の奇跡とも思える症例の本を読んでいて、思うのですが
どうも、母の直腸がん、広くみれば大腸がん・消化器がん
というのは、なかなか、奇跡の例としたあがってこないなあということ。

後述の数字は、日本のがんの臓器別死亡者数で、本書の
ほとんどのインタビューのアメリカ(日本の例もりましたが)とは
分布が多くことなるでしょうが、比較してみました。

よく聞く、上位6分野のがん(肺・胃・大腸など)での
死亡者は26万人。この種のがんで、この本の
劇的な寛解に至った症例として紹介されているのは、
9ケース(★印)

その他のがんの死亡者数は8万人。
それ種のがんでは26ケース。

メジャー(数的に多い)ながんでの奇跡ってなかなか
おきにくいものだなあというのが私の感想です。
実は、母がみてもらった漢方の先生も、本を書いてられて
奇跡とも言える18の症例報告があるのですが、
上位6位に含まれるのは、肺がん、肺腺がんのわずか2例。

う~ん。まあね。消えなくてもいいから、長生きしてほしい。
それだけです。

以下は、統計詳細。ほかの感想は、また次回。

【男+女 2013年日本のがん臓器別死亡者数(男+女) 
と本書の例】

肺             52054+20680=72734 ★★
胃             31978+16654=48632 ★
肝臓・胆嚢・胆管28745+19655=48400 ★
大腸            25808+21846=47654 ★★★
膵臓            15873+14799=30672 ★
腎・尿路・膀胱    10834+05445=16279 ★
   上位6部位合計264371(★9個)
乳房        00000+13148=13148 ★★★★★★★
前立腺        11560+00000=11560 ★★★
食道        09667+01876=11543
悪性リンパ腫    06339+05001=11340 ★★★★
子宮・卵巣    00000+10750=10750 ★★★★★★★
口腔・咽頭・喉頭06023+02119=08142
白血病        04806+03327=08133 ★
多発性骨髄腫    02062+02059=04121
脳・中枢神経系    01200+00998=02198 ★★★
甲状腺        00550+01192=01742
皮膚        00773+00752=01525 ★
   上位6部位以外合計84202(★26個)


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【ニュース・癌】なかにし礼氏 食道がん再発2:背中を25cm切る、4時間の時間制限手術

先日、なかにし礼氏のがん再発のニュースを読んだが、その日のニュースをその後いろいろみたところなぜか「日刊スポーツ・夕刊フジZAKZAK」に、手術のことが載っていた。

【日刊スポーツから抜粋】
なかにし礼氏がん再発 背中25センチ切る大手術
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1443254.html
http://www.asahi.com/and_M/interest/entertainment/Cpettp01503070011.html
当初は体に負担の少ない胸腔(きょうくう)鏡手術の予定だったが、がんのある場所への考慮などから、背中を約25センチ切る手術に変更した。

 この日、なかにし氏は日刊スポーツに手術の状況を説明した。「(92年に)心筋梗塞をしていて、半分ぐらい心臓が壊死(えし)している。心臓が長時間の全身麻酔手術に耐えられるか。やれるところまではやったけど、取り切れなかった」。今後については「主治医と対応を考えながらやっていく」とした。

【ZAKZAKby夕刊フジから抜粋】
なかにし礼氏、がん再発で大手術 心臓の負担考え時間制限…一部切除できず
http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20150307/enn1503071700017-n1.htm
心臓への負担を抑えるため、手術時間を最大4時間とし先月25日に切除手術を行った。

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3か月に一度の定期検査をしていても、「食道横にあるリンパ節」の再発というのは、小さくなかったのだろうか?もともと、取りきれるという見込みで、はじめた手術なのだろうか?

陽子線治療が、いくらピンポイントといっても、食道横では、近すぎたのか?

母も、いろいろ検査を受けて、リンパ転移はみつからなかったのですが、検査が正しい確率は7割か8割とのこと。もともとガンは「取り切れない」ものなのかなとも思います。あるいは、取りきれたか取りきれないかはわからないもの。だとすると、進行がんの場合、完全にとれるor消えると考えて手術や放射線治療を行うのは、やめにしよう。やるにしても、効果があるかもしれないから。でも、そう考えると高齢者の場合、リスク・副作用も考えるとますます決断ができなくなりそうだ。

それにしても、「取り切れなかった」とまで、発表するとは、ちょっと驚きました。
また、そのときの気持ちたるや、・・・・。
とにかく、長生きされますようにとお祈りします。