凍りついた香り/小川 洋子 | mokkoの現実逃避ブログ

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発売日 : 2001/8/1
文 庫 : 318ページ

今でも彼の指先が、耳の後ろの小さな窪みに触れた瞬間を
覚えている。
まずいつもの手つきでびんの蓋を開けた。
それから一滴の香水で人差し指を濡らし、もう片方の手で
髪をかき上げ、私の身体で一番温かい場所に触れた―。
孔雀の羽根、記憶の泉、調香師、数学の問題…
いくつかのキーワードから死者をたずねる謎解きが始まる。
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謎解きと書かれてますが、ミステリー小説ではありません。
答えは用意されてないのですよ。
ミステリーっぽい幻想小説だと思ってます。
それを踏まえて読んでいただければと思います。

突然もたらされた調香師:弘之の死。
最後の彼の姿は、今朝、出かけていく姿。
昨日の夜は一緒に暮らし始めて1年目の記念日。

プレゼントは「記憶の泉」と名付けられた香水。
ボトルの蓋には孔雀の羽のすかし模様。
「孔雀は記憶を司る神の使いなんだ」
繰り返し思い返す色濃い記憶

弘之の死を、頭ではわかっていても、心がついて行かない。
霊安室で初めて知った弘之の弟の存在
そこで湧き上がる嫉妬にも似た感情・・・

弘之のフロッピーに残された言葉の断片
これは香りの記憶とメッセージだと判断した涼子は
弘之の軌跡を辿る旅をする決意をするのだが・・・


実家で見せられた、磨き上げられ輝き並ぶトロフィー達
弟から語られた弘之との思い出は、全て涼子の知らない事。
まるで霊安室で涼子が弟と出会う事まで
計算されていたかのように・・・

自分だけが知っているはずの弘之だったのに
自分だけが知らない事の方が多すぎて困惑する。
それは弟にしても同じ事だった。

事実を受け入れながらも、感覚を総動員して
浮き上がるイメージが本当に美しい。

「猫を抱いて像と泳ぐ」を連想しました。
進むべき通り道が見えた時の喜びに似たイメージが
色彩を強く意識させられましたが、
本作では、香りの表現に強く惹きつけられました。

現在進行形の喜びとは対角線上にあるような
過去に埋もれた懐かしくて複雑な印象の香り。

さらに公式や計算というキーワードからは
「博士の愛した数式」を連想しますが
映像では観たものの、活字では読んでないのです。
けれど、漂う世界の雰囲気というか数式を奏でる
リズムが似ていると思いました)

時間軸をずらしながら、語られる過去と現在。
実家で封じられていたプラハ。そこで知った真実。
朽ちた数学コンテスト財団ヨーロッパ支部。
ストラホフ修道院の図書館。そしてベルトラムカ荘。
モーツァルト交響曲第38番アンダンテ
そして洞窟・・・

自殺の理由を探しているかのような始まりは
「記憶の泉」の香りに始まり、やがて行きつき、
最後に訪れる驚きが、波紋のように広がって終わる。

ミステリーのつもりで読んでいると、この終わり方に
きっと納得できないんじゃないかと思います。
この意外な終わり方で、どう受け止めてもいいよって
許されてる気がしてホッとしました。

スケートリンクのニオイが自分の思い出の
氷のニオイとリンクする。
屋内と屋外のスケートリンクの氷のニオイは違う。
寂れたリンクの氷のニオイも違う。
凍った湖のニオイは懐かしかった。
やはりニオイは記憶と共に封じられて自分の一部になる。

色んな記憶を掘り起こしてくれるから、
小川作品は大好きです。
やはり他の作品も積極的に読まねば!!

ストラホフ修道院図書館(世界で最も美しい図書館)  by wiki


ベルトラムカ(現在博物館となっている) by wiki

モーツァルト交響曲第38番アンダンテ