先日、最近日本で流行っているらしい
うっせ~わ
の歌を私が口ずさんでいたら、
娘も一緒に歌いだした。
するとお互いに、
なんで知ってるん!???
となった。
私はいつも見ているユーチューバーが歌っていたから知ったのだけど、
娘はどこで知ったのか、まだ謎である。
そんな事はさておき。
私はハワイ島の6年の生活で、どん底に落ちた事があるのは、
このブログで何回か書いてきているのだけど、
どん底から復活をするまでに、いろいろ試してきたりもしていた。
↓どん底生活の話は、むっちゃ長いけどここに書き綴っている。
もう、何もやりたくなくなって、強制終了にまであった時、
まず、私がやった事は、
やりたくない事をできるだけ手放して、
やりたい事だけをやるようにした。
当時は自分がこれからやりたい事もよくわからず、
表面的な感情しかなく、本当の感情は死んでいたので、
とりあえず、子供達とマイクラをよくやっていて、
(マイクラ=マインクラフトと言うゲーム)
それが夢中になれた唯一の事だったので、
マイクラをやっていた。
次第に、モノ創りに目覚めて、
最初はコースターとか布で作って販売したり、
版画とかやってみたくなって木を彫ってみたり、
そうこうしているうちに、
腹が立つ。
事を思い出し、怒りのおかげで自分を認知しはじめ、
これを作ってみたい!これを描いてみたい!
と言う感情が復活し始め、
ちぎり絵を作ったり、アクリル画描いたりするようにまでなった。
自分が何なのか、わからず、
死ぬことも考えていたあの状態から、
やりたい事だけに集中していたら
アートを創る。
と言うところまでたどり着いた。
それから、スターシードオンラインサロンに入り、
ひょんな事から、昔の様にアニメーションを制作する流れになった。
宇宙人達と、何か作品を作ったらおもしろいだろうなぁ。と思ってサロンには入ったのだけど、
自分ではアニメーション制作は意図もしていなかったし、
強制終了にあってからはパソコンすら持っていなかったので
今の様に、アニメーションや動画を作る事になるなんて、全く予想もできていなかった。
一回死んだのに(←魂が)
やりたい事だけやって、流れに流れているだけで、
復活して昔と同じ事をやってるなんて、
すごくおもしろいなぁと改めて思う。
しかも、一緒にやってくれる人がいるって、本当に幸せだし、奇跡だなぁって思うのだ。
そこから今度は
活発期やナマケモノ期を経験し、
やる気が全く起きないナマケモノ期に、どれだけ怠けられるか。などの焦りや不安の体験も何度か繰り返し、
自分を信じていれば、ちゃんと直感がもどり、活発に活動できる時期がくるんだ。
と言う事も学んだ。
しかしながら最近は、
この、好きな時に好きな作品を作ると言う生活が当たり前になり、
今度は、昔のように
○○のようになりたい。
と言う願望が出てきた。
しかし、その願望になかなか近づいていないような感じがするので、
自分の直感ではなく、
心配や不安に思考がむきがちになっている事に気づいたのだ。
あと、たくさんの自分を表現して知ってもらうと言う事は、
それだけ周りからの期待もあったりする。
私の人生の課題の一つでもあるのだが…
以前、1回死んだ(←魂が)事がある原因もそれなのだが…
私は周りの人からの『期待』にすごく弱い。
今でこそ、そこそこ自分軸がしっかりしてきているけれども、
やっぱり、この『期待』に直面すると、
むちゃくちゃ他人軸しなってしまう。
ぶっちゃけ、アクリル画を描くのを辞めたのも、その『期待』がしんどくなってしまったからだ。
それより、直感で降りてきた自由で縛られない作品を
自分のペースで創っている方が楽だった。
結局、ここ数カ月で、
『他人からの期待』
を体験する事になったのだけど、それを無視していると、だんだんひどくなっていったのだ。
誰かが私に期待する。
私がその期待に応える。
そうすると、私はみんなに好かれるし、人気者にもなれる。
はずなのに、
やりたいと思っている事には、反映されないのだ。
不思議なもんである。
願望すらなかったあの頃より、
ずっと今は幸せだし、欲しいモノもたくさん手に入った。
だから、今の状態もすごく満足している。
しかしながら、
○○したい!!
と言う願望が生まれた今、
ちゃんと向き合ってこなかった自分のエゴが出てきて、
それにすら気づかず、
いろんな出来事が重なり、
なんやねんこれ!!!!!!
となっていた。
もちろん、三次元的なビジネス戦略とかはあると思う。
人の期待に応えるから、夢が叶う事もあると思う。
でも、私はそうじゃないタイプなのかもしれない。
と言うような事は何度もブログに書いてきたけど、
改めてそう思ったので、
とりあえず、一週間だけ、
ここんとこ気づかづに重ねてきていた観念やエゴを全部手放してみようかと思う。
そもそも私は誰にとってもすごくないし、
偉くもないし、優しくもないし、情があるわけでもない。
そう言ってくれる人はいるけど、
それはその人が勝手に私をそう見て、期待しているだけで、
本当の私は、
ただの私なのだ。
だから、一旦、
もう一度、そういう他人からの期待とか手放して、
ただの自分を本気でやってみようと心から思ったのだ。