昨日、マイケル・ジャクソンが亡くなって世の中が騒然としていたが
わたくしもご多分に漏れず。
スリラーが大ヒットした年、わたくしは高校生で
あのポップス界の大スターの華麗なるダンスを真似して踊る
同級生がいた事が驚きであり、彼女を通してマイケルの存在を見ていたと言ってもいい。
当時シンディ・ローパー、シーナ・イーストン、デュラン・デュランなどの音楽に
熱をあげていたけれど、マイケルの存在が別格だったことは
高校生なりに理解していたつもり。
今でも鮮明に覚えている、マイケルのダンスを真似していた彼女は、
1988年広島で起こった「境トンネル事故」に巻き込まれ、亡くなってしまった。
それがまた衝撃的な記憶で、以降マイケルの映像を見る度に
一気に高校生から、当時の衝撃的な感情まで思い出すのだった。
人の死というものは、何年経っても受け入れがたく、苦しい感情がつきまとう。
5/9 初めての対面 で甥っ子まさやんと、彼のもう一人のおばあちゃんについて
書いていたのだけど、闘病生活を送っていたそのおばあちゃんが
5/26に亡くなった。
(甥っ子・まさやん)
我が弟のお嫁さんの母上であるKおばあちゃんは
去年の5月に肺がんを患い、闘病中だった。
手術をするには難しい場所に存在したガンで、抗がん剤だけで闘病生活を終えた。
余命1年と宣告されてはいたけれど、本当にその通りになってしまい
まさやんや、ももの為にも、神様にはもう少しだけKおばあちゃんに
長生きさせて欲しかったな・・・と感じていた。
しかし、亡くなった時の体重が30キロ台というから、Kおばあちゃんの闘病生活が
どれだけ大変で苦しかったかは、想像にかたくない。
そして、Kおばあちゃんの頑張った姿は
見守ってきた義妹達や、少なくとも4歳のまさやんの目にも焼きついているに違いない。
(姪っ子・もも)
Kおばあちゃんが焼かれた後、まさやんは
「おばあちゃん、何でこんなになったの?」としきりに聞いたという。
そして「僕も拾う!」と言って、弟と一緒に骨壷にKおばあちゃんを入れてあげた。
幼心に衝撃的な映像だっただろうと思う。
自分の家に戻ってから、朝方に泣いて
「パパ、死なないで。ママ、死なないで。おばあちゃん死なないで」
と訴えたそうだ。
そして我が実家の亡き父=Mおじいちゃんを知らないまさやんは
しきりにその存在を知りたがった。
「僕はMおじいちゃんを知らない。どこにおると?どうすれば会えるの?」
パパやママ、おばあちゃんと話した結果
まさやんはいつかウルトラマンや飛行機に乗って、Mおじいちゃんに会いにいくそうだ。
「でもね、Mおじいちゃんは眠っているから、起こさないように会いにいくの」
まさやん、きっとKおばあちゃんもMおじいちゃんも
まさやんのそばで見守り、時々抱きしめていてくれてるよ。
姿は見えないけれど、まさやんの成長をいつも目を細めて応援してくれているからね。



