恥ずかしながら今回初めてケリー・ライカートの名を知った。
その初期作品4本が特集上映中である。
まず最初に観たのがこの「ミークス・カットオフ」。
兎に角抜き差しならない三方の人間関係をガップリ四つで描き切って、観る方も神経すり減らしまくりの103min.
即ち三方とは、西を目指し荒野を征く三家族、土地勘のある荒野の道案内をするミークという男、そして彼等に捕らえられた一人のネイティブ・アメリカン。要素としてこれに加え三家族には夫人3人がいる。男女の立場の違いが重要なところで絡まってくる。とは言え構図は実にシンプル。特集上映の4本とも全て構成や粗筋はシンプルそのもの。これもケリー・ライカート作品の大きな魅力のようだ。
さて、そのシンプルな構図。
三家族は総勢8人、うち一人は主婦のお腹の中に。牛が数頭と馬とポニー、鳥籠の中に一羽の鳥。
この鳥が何とも暗喩的な存在感。移住の為に初めて荒野を行く彼等の道案内が、土地に精通しているとされるスティーブン・ミークという男。男の名のついたタイトルの意味は「ミークの近道」とでも言うのか。
ところがこのよく喋り威圧感も醸すミーク、2週間で次の補給地に到達するはずが近道どころか5週間経っても辿り着かない。三家族、特に女性からはブーイングが湧き起こる。両者剣呑とする中、一人のネイティブ・アメリカンが男達に捕らえられてくる。ミークによるとこの辺りで一番野蛮な部族の一人で危険だという。ミークに信頼の置けなくなった一行は、このネイティブを連れて歩く。この地は庭みたいなもので水源も知っているのだろうが、如何せん言葉が全く通じない。
連れて歩くうちに野蛮な仲間が襲ってこないとは限らない。早く殺してしまうのが得策だと主張するミーク。そうこうするうち水もほぼ尽きてしまい、一行のうちの一人の男が倒れ意識混迷する。ここで何とネイティブ・アメリカンが歌を唄い出すのだ。この歌が思いもよらず胸を打つ!もちろん、この歌の意図は我々にははっきりしない。命乞いのおまじないなのか、死ねと呪う呪文なのか、死出の葬送の歌なのか…何れにせよ何も出来ない我々は、この男の歌に託すしかないのである。ここに人が社会を作りそこで生きていくことの秘奥が提示されるのではないでしょうか。
意識混迷した男のその後は描かれない。おそらくそのまま幌車に乗って旅が続くのだろう。
そして遂に一行の前に大きな木が立ち現れる。聡明な子供が言う。「これだけ大きな木があると言うことは近くに水が流れていると言うことだよね。」ネイティブ・アメリカンの男は特にこの木を振り返ることなく歩みを続けている。映画はその後ろ姿で溶暗する。
こんなに先鋭に社会の縮図を描いた映画を初めて見た。血を見るより明らかに人間関係の緊迫が詳らかにされていく。
とにかく衝撃的な映画体験だった。
 
と、ここでもっと鮮烈なことを聞いた。
この作品は湾岸戦争時のアメリカ軍の侵攻の風刺だと言うのだ。
三家族の一行がアメリカ軍。ミークがブッシュ大統領。ネイティブ・アメリカンがビンラディン。これで全てが説明できると言うのだ。背筋が凍った。