これまで観たことのない映像。すなわち日本で初めてじっくりと刑務所内でカメラを回して取材したドキュメンタリー映画です。しかもこの刑務所がどうも刑務所らしくない。鉄格子が見当たらないし、受刑者が番号で呼ばれていない。懲らしめられているところが、見えない。
ここは、「島根あさひ社会復帰促進センター」という日本で4つあるPFI刑務所のひとつだ。
詳しくは其々クリックしてみて下さい。不勉強にも日本にこうした官民協働の刑務所があると言うことを知りませんでした。
こうした官民協働のPFI刑務所で行われている矯正・教育プログラムのうちの一つ「TC」と言うプログラムがあるんですが、それを主に取材しています。どんななのかは、医療ジャーナリストの方と坂上香監督との対談がニュースサイトにありましたので、これまた下記をご参照下さい。びっくりの画期的システムです。

さてこうした実態にカメラを入れるまでにはですね、交渉に6年、撮影に2年という恐ろしいまでの根気と忍耐が必要だったそうです。6年の交渉というともう、役人というのは異動がありますから。いいところまで行って担当が変わってこれまでが水の泡なんて事もままあるわけですね。まあその為の異動でもあるわけですからそれは。執念ですね。
なのに残念なのは!取材対象の受刑者の顔にボカシが掛かっているんですね…受刑者本人から同意を取り付けても当局の許可が降りなかったようです。繰り返しますが8年の執念の先に、です。編集段階ギリギリまで粘ったそうですが無理。ドキュメンタリー作家として自分の画にボカシやモザイクが入るなんて、断腸の思いに違いないでしょう。
それなら公開しないといった無骨なドキュメンタリー作家もいます。でもこの坂上監督は公開しました。それは、この作品がPFI刑務所とTCを日本で初めてじっくり紹介するドキュメンタリー映画だと云う使命感だったのでしょう。讃えたいですねここを!いやもう自分などはボカシの奥の表情をなんとか読み取ろうと食い入るように見つめましたよ!
でもね!【ちょっとネタバレ】になりますよ…
取材対象の受刑者の出所後に向けたカメラの映像にはボカシは入ってないんですね!ここでボカシが監督の忖度ではなく、当局から許可が降りなかったんだと言うことも判るんですが。…何より出所後のインタビューを受けるその表情を見ながら、あのボカシの奥に読み取ろうとしていたシーンを反芻するんですね。彼らは如何に、どう変わったのか…と言ったことですね。これはやはり映画の醍醐味だなと思いました。映画ならではの。
一番印象的なシーンがあります。これも【ちょっとネタバレ】になりますよ…
所内の別室で取材を終えた受刑者が、監督に握手をしていいか刑務官に求めるんですね。刑務官はそれを拒否します。彼が部屋から出て行くドアの所まで来ると「握手は規則で禁止されている」と諫めます。彼は監督に振り向いて「握手はダメですって」と言う。でもその表情が憑き物が落ちたように晴れやかなんですね、にこやか。このTCの矯正プログラムが成功に進んでいると言うシーン…ボカシが入っているはずなんですが、実に晴れやかな表情が判る!いやこの刑務官、杓子定規に「規則だ禁止」とは言うんですよ。でも安いドラマの様に断じて嫌味ではない。というより“公”としてのこの頑なな生真面目さが、日本人の勤勉を支えているとさえ思えるんですね。このシーンは一番観ていて嬉しかったし、少々誇らしくもあったわけです。

余談ですが、今回取り上げられたTCのプログラムのうち二つほどが、実はかつて演技のワークショップで経験したものでした。
起こした事件に関して自分のことを語る受刑者に、他の受刑者が当人の周りの者、つまり被害者やその関係者、本人の肉親や先輩、恩師といった立場になり変わり言葉を交わして行くと言うRPGですね。
もう一つは、向かい合った二つの椅子の一つに自分が座る…向かいには事件を起こした当時の自分がいるとして、今の自分が声をかけて行く。
二つとも色んなことが開示され、言語化されていくんですね。この言語化と言うのが大事なようです。
演技クラスの場合はまた少し別のアレンジがありますが、自分を見つめ直してより直面する…と言ったエクササイズとしてかなりやりました。そして楽しかった。
以前NYで、子供達にこうした手法のドラマセラピーを行うと言うのを後々日本に持ち帰ろうとしている若者に出逢いました。もう20年も前です。
勉強不足ですが、その後こうした活動が日本で芽吹いているのか…リサーチし切れていません。どなたかご存知の方は是非お教えいただきたいと思います。
とは言え、
犯罪者の矯正でこういったシステムが役立っているのを今こうしてみてみると…やっぱり演劇の価値といったものに感謝したくなりますね。
こうした“創造力”に社会は救われて行くのじゃないかなぁと!