パスワード #1
「これで最後だね、もう電話切るね」
「さようなら・・・・」
遠距離恋愛を含めると6年付き合っていたM美との最後の会話がこうだった・・・
M美は来週から2年間、オーストラリアにワーキングホリデーに行く。
彼女が帰ってきたら結婚したいから、出発までにプロポーズを承諾して欲しくて
そのためにお互いゆっくり話をしようと連絡を取り合うも、
「今から行く立場」と「2年間待ち続ける立場」とは決定的に温度差が違っていた・・・・・
長い電話のせいで、受話器を持った左手が少ししびれている。
携帯電話も無い時代、お互いの自宅の電話か、(家族に聞かれたくない内容のときは)テレホンカードを握り締めて近くの公衆電話から電話した。
M美と知り合ったのは僕が19歳、彼女が18歳の秋・・・・専門学校の中庭で・・・・・
将来の事はスリガラスの向こう側のようにまだはっきりとはしていない年頃
恋愛の対象を、「世界で一番好きな人」という打算無しで選べていた、最もピュアな時代。
中型のバイクの免許を取って初めて四国一週のツーリングを終えた9月のある午後、ひさしぶりに登校した学校の中庭に彼女が居た。
黒のスカートに白いパーカー、K-Swissのスニーカーを履いていた彼女が自動販売機の横のベンチで神戸観光の本を読んでいた・・・
見た目がタイプな女性だったので、(彼女に興味のないフリをしながら)僕は自販機でコーラを買い、彼女の近くに腰掛けてデイパックから雑誌を取り出して読み始めた。
9月の日差しはまだまだ暑く、僕は日陰にいる彼女を見るとも無く観察していると、彼女も僕のほうをチラチラと見ている事に気が付いた・・・
僕はコーラを飲み終えそうだったので、思い切って声を掛けようと思い。
雑誌をリュックに入れ、立ち去り際に彼女の近くを通るフリをして
「新しいお店とか載ってる?」
と声を掛けてみた。
全てがスローモーションで動いていた・・・・ 彼女がゆっくり目を上げて僕のほうを見た。
褐色の瞳、ストレートの長い髪・・・女優さんの浅野温子に少し似たネコ系の女の子だ。
「私神戸生まれじゃないので分らないの、何処かいい店知ってる?」
初めて交わした会話なのに、脳天に電気が走った・・・・
何か懐かしい記憶にある声だ・・・
昔から知ってるような感覚・・・なんだコレ???
「僕たち何処かで会ったっけ???」
「私、貴方知ってるよ、貴方の2つ後ろの席だもん」
「そうなんだ、同じクラスだったんだ・・・」