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いやはや、「雪不足でなかなか雪山に行けない…」などと、ボヤいていたら、突然大雪をおみまいされて、思わず…スノーブーツ&ハードシェルの雪山装備で通勤してしまった…「頑なにラッセル泥棒をしない登山家」のもじょで御座りまする。

だ・か・ら~、やっぱり…「雪少ない」とか皆が言うから、流石に将軍様(北のじゃ無く、冬将軍ね)も俄然やる気になっちゃったんじゃないのか?
そ~ゆ~場合は、言っちゃダメなんだって。
地球温暖化の何がダメなんだ?とか聞いたら、「そんじゃ、ま」となっちゃうんだから~(オマエがなっ)

さてさて、これだけの大量の積雪があったならば、山はラッセルし放題になる筈だ。
好きなだけラッセルが出来るだろう。
ラッセルし放題だ。
破損したスノーシューを補修して、ちょっとだけ早起きして、再びの「ネオパラ尾根」に向かった。
何故、ここまで拙者が「ネオパラ尾根」に拘るのか?と訝しむ方々もおられよう。
それには幾つか理由がある。

●退屈なアプローチが無い。
●全くヒトに遭わない。
●適度に地図読みが難しい。
●地形観察が楽しい。
●帰り道に生協に寄って「豚肉の味噌漬け」か、S&S畜産に寄って「若鶏の半身揚げ」が買える。

この「ネオパラ尾根」ルートは、住宅街の裏から直接アプローチが出来て、退屈極まりない林道アプローチが全く無いのが素晴らしいノダ。
「西野第二」のバス停を降りて、住宅街を10分も歩かないで取り付きポイントに到着する。こんな山は、他には知らない。
そんな一般的な雪山ルートでは無い場所だから、他の登山者の姿は皆無だ。
今シーズンは、人間のトレースにもお目にかかっていない。
あるのは、蝦夷鹿トレースだけだ。
古いルート・マーカーを時折見かけるが、最近のものは見当たらないし、ネットを探しても記録は見つからない。
「ネオパラ尾根」の下部は、単純な尾根登行では辿り着けず、微妙なルーファイ技術が必要な地形をしている。
「ネオパラ尾根」に乗る為の、拙者が見つけた唯一の弱点は、地形図だけでは発見出来なかったかも知れない複雑な地形をしている。
浸食された沢地形がヒントにはなったが、崩落崖と思われる30m程の段差は、小回りの効くスノーシューでしか登行出来無い斜度と、細かいジグを切る必要があるノダ。

そんなこんなで、自然とこのルートに足が向いてしまうのだが、「ネオパラ尾根」自体は、昔から「山スキーの聖地(メッカ)」と呼ばれ、「パラダイス」の名前の通り…見晴らし抜群な、緩やかな広尾根の、疎林地帯という大変気持ちの良い場所なのだ。

さて、取り付き場所から雑木林に踏み込んだが、先週あんなに煩かった笹は殆ど雪に埋もれていて、景色が一変していた。
しかし、手入れのされていない雑木林なので、至る所に倒木がありズボるので、潔く小尾根に乗る。
麓のラッセルは膝程度だが、時折…股まで埋まる。
今日も、なかなかに厳しい勝負になりそうだ。
いや、むしろ…深いラッセルがしたくて、やって来たのだから、この程度は想定内だ(喜ぶな喜ぶな)。
カラマツの二次林を通って、高度を上げる。
途端に息が上がり、出発して15分で中間着を脱ぐ。
先週来た時の自分のトレースは、全く残っておらず、一からルーファイのやり直しで、ルートを拓いて行く。
それでも、苦労して拓いたルートなので、記憶は鮮明だ。
但し、登坂速度は先週の半分程で、遅々として進まない。
先週は40分ぐらいで辿り着いた小尾根の詰めに、1時間以上掛かってしまう。
先週あんなに沢山あった蝦夷鹿トレースも、殆ど見られない。
このペースだと、先週辿り着いた高度までも届きそうに無い。

台地へ上がる尾根ルートに、今朝方付いた蝦夷鹿トレースがあったので、さり気なく乗ってみると、少しだけ歩き易い。
潜る事は潜るのだが、股までという事は無い。
他の登山者のトレースには乗らない主義だが、ここは素直に蝦夷鹿トレースを黙って拝借する事にする。
他人のトレースを勝手に拝借する事は、雪山の仁義に反するが、仁義を切るべき蝦夷鹿君の姿が見えないのだから仕方無い。
もし途中で出会ったら…「トレース拝借しました」と言えば良い(多分、全速力で逃げられると思うけど…)。

高度を上げるに従って、積雪量も増して行き、急傾斜の斜面では腰を越す深さになってきた。
そうなったら、足だけでは前進出来無い。
足場を作る為に、先ずは膝を使って前面の雪を押し潰し、足を出せる空間を作る。
その後、足場を踏み固め一歩踏み出す。
一歩進める毎に、2~3アクションが必要になる為に、10mの急傾斜を登るのに5分程掛かる。
台地に上がったトコロで、大休止にする。
普段はやらないが、思わず外付けにしてあるウレタンマットを取り出して、座って休憩してしまった。
かなり、ヤラレとる。
先程から、小雪が舞い始め、ハードシェルのフードを被っている為に熱が逃げずに暑いぐらいだ。
そこで、サングラスが無い事に気付いた。
あちゃー、またまた…やってしまったノダ。
発汗にレンズが曇る為、ブッシュハットに乗せたまんま歩き、フードを被る時に落としてしまったノダ。
つまり、またまた…サングラスを回収する為に、同じルートを下降せねばならないノダ。
トホホ…、先週も尻ボを落としたばっかりで、何の学習もしないヤツなのだ。

台地に乗り、30mの崩落崖に向かって左寄りにルートを延ばし始めたのはイイが、その頃から…なんだか不思議な事が起こり始めた。
何度も歩いた慣れたルートの筈が、ルーファイミスを度々起こし始めたノダ。
原因は、深いラッセルだった。
つまり、普段はルーファイしながらラッセルしているから、視線はルートを探して前方に向いているのだが、余りにもラッセルが深い為に、どーしても足元を見なくてはならない故、前方への注意が散漫になってしまうノダ。
途中で気が付いたら、修正すれば良いのだが、台地に上がったトコロで、間違いにも気付かなくなってしまった。
いや、アタマでは「左に寄り過ぎてるな」と分かっているのだが、カラダはラッセルを止めようとしないのだ。
静寂の中に、自らの荒い呼吸音と雪を踏みつける音だけが響き、股までの深いラッセルに足掻いている自分が居る。
目の前の雪を掻き分ける事だけに集中し、アタマの中から余計な思考が抜けて行き、真っ白になる。
「ラッセル・ハイ」という言葉があるかどうかは知らないが、なんだか…と~っても気持ち良くなってる。
「拙者は一体何の為に、こんなふうに雪の中で一人もがいておるのだ?」とココロの片隅じゃ疑問に思いながらも、楽しくて仕方ない。

陸上自衛隊には、全国の幹部候補生の精鋭を集めた「冬季レンジャー訓練」なるものがある。
厳冬期のニセコ山塊で雪中行軍を行い、二桁の氷点下の山中で野営する…過酷な訓練だ。
かの訓練を果たした者には、ダイヤモンドをかたどった「レンジャー徽章」が与えられ、その徽章は本人の矜持でありつつ、指揮官として部下からの尊敬を集め、一目置かれるという。
そんな、過酷極まりない訓練のような事を、この馬鹿は遊びとして、自ら…誰に命令されるとも無く、嬉々として行っているのだ。
我ながら…「アタマおかしいんじゃないか?」と思ってしまうノダ。

閑話休題。

流石に、ルーファイミスに気付いて地形図を取り出す。
本来なら沢地形に沿って行かなければならないのに、左に80m程寄り過ぎていた。
ルート修正をして、崩落崖を目指す。
木立の隙間から、着雪していない節理が見えた。
辿り着いてみると、先週作ったルートは見事に消えていた。
この積雪量だと新たにルート開削するのは、一苦労だぞぉ。
しかし、このラッセル馬鹿は何をトチ狂ったのか、いつもの電光ルートでは無く、沢形の中に突進したノダ。
もう、正常な判断能力を失ってしまっているようだ。
沢の中は、風に飛ばされた雪が吹き溜まっていて、周りよりも積雪量は多い。
ラッセルは未だ経験した事の無い深さに達した。
胸を打つ深さの積雪に行く手を遮られ、最早…これをラッセルと呼んで良いものかと疑わざるを得ない状況に陥った。
恐らく…世間一般では、「拷問」とか「苦行」と呼ぶ筈だ。
新雪の積雪量は、およそ1・5m。
こうなっては、マトモに進む事は出来無い。
以前読んだ、雪山遭難の本に「胸を越す積雪を漕ぎながら…」なんて描写があったが、きっと…こんな感じなのだろう。
その本は、爆弾低気圧に襲われた立山連峰で、一晩で2mを越す積雪量がある有名な豪雪地帯の話だったが、ここは札幌市西区だ。
西野の市街地からは2kmと離れていない。
だった2km先では、ソファーに寝転がって、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」の再放送を見ながら、煎餅なんぞかじっている爺様が居たりするのに、拙者は雪の中で意味不明に一人暴れているのだから、摩訶不思議な状況だ。

とりあえず、ストックを二本まとめて持って、目の前の雪を崩して、足を進めるスペースを作る。
サラサラの新雪は、軽く突き崩すだけで儚く砕けて行く。
足元に溜まった雪を踏み固めてステップを作り、30cmだけ前進する。
再び目の前の新雪にストックを突き立てる。
そんなルーティーンで進める距離は、ほんの僅かだ。
もう帰宅後の酒の肴や、今日の「青空レストラン」の厳選食材の事を考える余裕は無い。
荒い呼吸を整えながら立ち止まり、ふと振り返ると…沢の中に刻まれた自らの苦闘の痕跡が、一本のトレースとなり続いていた。
何故かニヤリと笑い、何かを成し遂げたような錯覚に陥ったが、こんなトレースを誰も居ない山の中に作ったからと言って、褒めてくれる誰かが居るワケでは無い。
ただ、「ラッセルしたい」という己の無意味な欲望を満たしただけだ。
無為徒労の…この馬鹿げた行為を、一体何と呼べば良いのか…。

30分以上かけて、やっと沢から脱出すると、流石に乳酸が溜まり、殆ど傾斜の無い「ネオパラ尾根」ですらヨタヨタと進むしかなかった。
時間的にも体力的にも、動けるのはアト30分というトコロだろう。
尾根の南側の見晴らしの良さそうな場所を探して、遅めの昼食にする。
今日は、我が故郷「京都」式の「たぬきうどん」だ。
一般的に「たぬき」と言う場合、東京では麺が蕎麦に化け、大阪ではアゲが天ぷらに化ける。
しかし、京都では…汁が「餡掛け」に化けるノダ。
具はシンプルにアゲだけ。薬味にオロシ生姜をタップリ乗せる。
体がポカポカして、雪山ランチ向きのメニューなのだ。

珍しく風も無かったので、少しノンビリしてから下降を始める。
下降は新雪を踏みながら行くと、雪が衝撃を吸収してくれて楽チンなのだが、今日ばかりは下降でもラッセルが必要だった。
もう膝は上がらない。
仕方無く己のトレースを辿って行く事にしたが、そこには…我が苦闘の痕跡がありありと残り、その時の迷いや逡巡や葛藤の歴史が刻まれているようで、面白かった。
崩落崖斜面には、次に来る時の為に通常の登坂ラインにトレースを刻んでおいた。
今年も、もう少し寒さが緩んだら、イグルー泊をやってみたい。
午後4時半、落としたサングラスを回収して、無事下山。
ラッセルのやり過ぎなのか、除雪された住宅街の固い地面に、何故かしら違和感を感じる程だった。
もう暫くは、ラッセルは…やんなくてイイかな(ヤラレてんじゃん)。

おわり。

【写真1】股ラッセル中
【写真2】深く刻まれたトレースが苦闘を物語る
【写真3】やっぱ、寒い時は餡掛けだな
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いやはや、雪不足でなかなか雪山に行けない日々が続き、気がつけば…「もう2月ではないかっ」と少々うろたえつつも、怠惰なゴクゴク生活に鈍まりまくった体に鞭打ち雪山に向かう…「頑なに登山道を歩かない登山家」のもじょでござりまする。

いや~、しかし、今シーズンの小雪はどーなってんのかね?
「早くラッセルしたいしたい病」の拙者は、随分前から(気持ちだけは)準備を整えて、情報収集に怠りなく、アチコチのブログを偵察してたのだが、何処のブログを見ても、「雪が足りない」だとか、「藪が出まくってる」という言葉しか聞かれなかったノダ。
簡単に地球温暖化のせいにはしたくないが、こんなに雪が少なかったら…「ギョウジャニンニクが4月アタマぐらいに出てしまうぞぉ♪」と密かに喜んでいたりするのだが…(喜んでどーする?)
しかし、天の邪鬼な拙者は…ふと思う。
地球温暖化を悪の大魔王の如く攻撃しておるが、温暖化の一体何がいけないのだろうか?
温暖化で無く、寒冷化したほうが良いのか?
寒くて農作物の不作が続くと、温暖化で被る被害の何百倍もの深刻さで食糧危機が訪れる可能性がある。
幕末(天明の大飢饉)や、戦前にも深刻な氷期があったし、将来的に氷期が訪れる可能性は高い。
太陽の黒点の活動次第で、地球の気象なんか…簡単に乱されてしまうものナノだ。

ま、そうは言っても…夏山をやらず、雪山をメインに活動する拙者としては、個人的にはと~っても困るノダ。
雪山オープン戦が、こんな時期になってしまっては、活動時期が短過ぎるではないかっ。
とりあえず、偵察がてら…お馴染みの「手稲山」に出掛けてみる事にした。
一昨年通っていた「阿部山」は、マニアックな筈の「宮城の沢ルート」も最近じゃ随分使われている様子ナノで、昨年開拓した「ネオパラ尾根」に取り付くルートに向かった。
コチラは、拙者以外に登ったという記録は見た事が無い。

一年振りの雪山なので…「何を持ってくんだっけ?」と準備に手間取って、取り付き地点に着いたのは正午近かった。
「西野」の住宅街に隣接する雑木林には、例年…沢山見受けられる御近所ハイカーさん達のトレースは、一つも見当たらなかった。
そりゃあそうだ。
踏み込んだ林道跡にも、まだ藪が沢山出ていて、バリエーションで登るには積雪量が少な過ぎるノダ。
手稲山麓と云えども、雑木林の中は積雪が30cmも無い感じで、笹藪だらけだ。
とりあえず、装具を整えて出発する、
スノーシューが露出した笹に引っかかって、歩きにくい事この上ない。
オマケに、雪面はサンクラストした最中雪で、倒木の踏み抜きだらけだ。
これは、オープン戦から厳しい勝負になりそーだぞぉ(何故か嬉しそう)。
雑木林の中の小尾根沿いにルートを延ばすが、遅々として進まない。
体が温まってきて、中間着のフリースを脱ごうとしたら、ザックに外付けしていた拙者の「赤い暴れ馬号」(尻ボね)が見当たらない。
藪漕ぎの途中で、灌木の枝にでも引っ掛けて落としたようだ。
再び藪を漕いで尻ボを探しに戻るのも面倒くさい。
下山時に回収するしか無いかぁ。
だとしたら、下山は同じルートを下降してこなくてはならぬ。
拙者の主義には反するが、仕方ない。
愛着のある「赤い暴れ馬号」を見捨てるワケにはいかない。
どの道、こんなに藪が出ていては、尻ボる斜面も無いだろう。

気を取り直して、登坂再開。
カラマツの二次林の小尾根を詰めて行くと結構な急斜面があるが、左寄りに雨水に浸食されたような浅い沢形がある。
そこが狙い目だ。
そこを乗越すと、源頭地形のような擂り鉢状に出くわす。
斜面には蝦夷鹿のトレースがうるさいぐらいにある。
今シーズンも、かなりの数が手稲山麓で越冬しているようだ。
ま、この積雪量なら餌にも困らない筈だ。
蝦夷鹿トレースの所々に、丸く凹んだ場所がある。
彼らの寝床だ。
体温に溶かされた雪が固く氷化している。
西風の当たらない…この東側斜面で夜を過ごし、日中は餌を探して山麓をウロウロしてるのだろう。

源頭地形を詰めて行くと、台地状の平坦な場所に出る。
此処で進路を左手にとり、ネオパラ尾根末端を目指す。
少しずつ積雪量は増えてはいるが、例年の半分も無いだろう。
浅い沢形沿いに進むと、ネオパラ尾根末端に辿り着く。
節理の露出した崩落崖が目印だ。
その左手に沢形が続いていて、その横に…拙者が見つけた唯一の弱点がある。
目をこらすと、薄いトレースが残っていた。
誰かが、この弱点に気付いたのだろうか…訝しげに近づくと、これも蝦夷鹿トレースだった。
トレースは、どうやら…下降に使ったようだ(蹄の向きで分かる)。
蝦夷鹿君と同じルートを選んだって事は、遂に拙者も彼らと同じレベルにまで達したって事かな?
ムフフフ♪
なんだか、ちょっと…嬉しくなる。

慎重にステップを作りながら、30mの段差を攀じる。
ふと足元に違和感を覚え、良く見ると…一昨年補修したスノーシューのデッキと、縦歯を連結するビスが脱落していた。
やはり、シーズンインには装具の点検は、すべきだな。
段差を登りきってから、「お助け袋」の中にある結束バンドで、応急処置をしておく。
さて、広大なネオパラ尾根の末端に乗ったので、あとは…自由に歩き放題だぁ。
高度を上げた事で、最中雪も解消し積雪量も増えて歩き易くなった。
日当たりの良い広尾根は、灌木の密度が濃いので、比較的…灌木が疎らな沢形に沿って左手にルートを延ばす。
この辺り、伐採を免れた蝦夷松や、羆の爪痕だらけのトドマツの巨木や、カツラの大木が残っていて、なかなかの雰囲気がある。
曇天だった空から、薄日が差してきたが、太陽は既に稜線に近づきつつある。
日没は16時過ぎだから、あと2時間もすれば暗くなる。
久し振りの雪山だから、のんびりランチもしたい。
何処か見晴らしの良い場所まで上がって、ゴクゴクもしたい。
そこで、ルートを左手にとり「永峰沢」を見下ろす崖垂上部を目指した。
すると、先ほどの蝦夷鹿君が「永峰沢」から上がってきたトレースを発見した。
地形図では、等高線が密になっていて、崖表記もある斜面を彼は上がってきたのだろうか。
もしかしたら、拙者の知らない崖垂の弱点ルートがあるのかも知れない。
探索したい気持ちもあるが、腹も減った。
すると…「百松沢」方面が見渡せる見晴らしの良い場所を見つけた。
眼下の「永峰沢」を挟んで、「平和霊園」が見える。
少し風はあるが、此処で昼飯にしよう。

ザックを下ろし、外付けしてあった…シャベルでランチスペース作りだ。
足を投げ出せる溝を掘ると、あっと言う間に地面に突き当たってしまった。
風抜けの良い尾根だから、雪着きも悪いのだろうが、こんな積雪量ではイグルー用のブロックも切り出せないだろう。
風上に雪をかき集めて1m程テキトーに積んで、風除け壁を作り、ランチスペース作りを完了とした。

途中で脱いだフリースと、インナーダウンを急いで着込み、毎度お馴染みの「鍋焼きうどん」(アルミ鍋に入ったヤツね)の昼食にする。
なんだかんだ言いながら、拙者の雪山ランチは「鍋焼きうどん」が多い。
鍋(コッヘル、最近はクッカーって言うのか?)を持ってくる手間も要らないし、安くて日持ちがして、煮込みながら食べると汁が冷めずに熱々を食べられて便利だ。
でも、この…付随するアルミ鍋というのが、ペラペラだから、無理やりパッキングしたりすると、ザックの中でひしゃげて…アルミ鍋の底に穴が空いて汁が漏れて、何度か昼飯を食えなかった事があった。
それなら、コッヘルを持ってくれば良いのだが、食べ終わったら…鍋を潰して、そのまま捨てられるから洗い物も出ないし、便利なんだよな~。
自宅で切ってきたネギを入れ、卵を二個割り入れて、付属する天ぷらを乗せて、タバコを一本吸ってる間に完成した。
「クラシック」(お馴染みの北海道限定ビールね)の最初の一滴を手稲山の神様に捧げ、カラカラの喉に流し込む。
くぅぅぅぅぅぅぅ~、五臓六腑に染み渡るぜぇ。

午後3時までノンビリしてから、下山する事にする。
落とした尻ボを回収せねばならぬので、仕方なく…登りのトレースをなぞって行く。
しかし、自分のものであっても、トレースをなぞって行くのはツマラナい。
途中、何度となくトレースを外れて、崩落崖上部に辿り着いた。
上から眺めると、なかなか…腰の引ける高度感がある。
新雪が乗っていれば、これぐらいの傾斜なら尻ボるほうが安全なのだが、生憎…アチコチに藪も出てるし、雪着きの良く無い崖斜面だ。
仕方なくストックを突きながら下りるが、前傾姿勢になって…おっかない。
ので、お得意の「笹懸垂」(※注 笹や灌木に掴まりながら、後ろ向きに下降する事)で慎重に降りた。

律儀に自分のトレースをなぞって行くと、取り付き地点から僅か50mぐらいの小尾根の上に「赤い暴れ馬号」を発見した。
独り置き去りにされて、寂しかったのか…いじけて話し掛けても返事もしない(したら怖い)。
よしよし、ゴメンね。
来週は思いっきり尻ボってあげるからね。と慰めて帰路についた。

おわり。

【写真1】積雪量不足の灌木地帯
【写真2】問題の崖斜面を観察する…「なんか、トレースあるぞ?」
【写真3】ランチスペースも雪不足で苦労した



キャンプ場に戻ると、やけにテントの数が増えていた。
我々のテントのそばにも新しい3つのテントが張られていたが、「こんなに広いキャンプ場なのに、何でそこに張る?」と言いたくなるような隣接した場所に張ってある。
テント主は不在だったが、恐らく…内地からの旅人だろう。
混み合ったキャンプ場しか知らない彼らのキャンプの概念では、この距離感が普通なのだろう(可哀想な人達だ)。

とりあえず…晩飯前にシャワーを浴びに行った。
今日こそ、ゆっくりと15分の持ち時間を使おう、と思ったが結局…8分で全作業が終わってしまった。
暫し、お湯を浴びながら…途方に暮れる。
やっぱり、「船泊湯」のほうが良かったな。
古ぼけて、シャワーも付いて無い銭湯だったが、湯船を独り占めして浸かれるのは嬉しかった。
この辺りに誰か温泉でも掘ってくれないだろうか。

シャワーから帰ると、相方が昼間拾った貝と海藻とボタン海老のアタマで、摩訶不思議な汁を作っていた。
それ、食えんのか?
ボタン海老(今日のは、コッコ付いてる高いヤツね)と、酢ダコを盛り付け、チャンチャン焼きの用意をする。
「木村さん、来ないね~」と相方が心配してる。
辺りはスッカリ…夕闇に包まれて、来ても果たして我々を判別出来るかどうか…。
その時、小柄な見覚えある人影がウロウロと近付いてきたが、「あれ?何処のテントだったべか?」的な怪しい動きをしていたので、大声で「木村さ~ん」と声を掛けた。
「いやあ、何処の#¥※%&…(解読不能)わがんねがったさ~」と人懐っこい笑顔でやって来た。
木村さんは、段ボール箱を抱えていて、それを…ドサッと芝生の上に投げ出すと、ガムテを剥がして中身を見せてくれた。
白いアミノ酸の粉が吹いた利尻昆布が、段ボール箱一杯に(ギチギチ)に入っていた。
昆布バイトを経験した事があるので、拙者は知っているが…こういう白い粉を吹いた昆布は漁協に出荷出来無いのだ(襟裳岬では【雑】と呼んでいた)。
しかし、白い粉は旨味成分のアミノ酸だから、実は…こ~ゆ~昆布が一番美味いノダ。
だから、昆布漁師は身内や知り合いの土産にこの昆布を持たしてくれる。
彼らなりの最大級の「おもてなし」が、この白い粉を吹いた昆布なのだ。

因みに、昆布漁では…収穫した、その日の内に天日で乾かしてしまうのが一番良いとされ、一等級の真っ黒な昆布に仕上がる。
一日で干しあがらず、湿ったまんま番屋の中にしまい込んでしまうと、アミノ酸の白い粉が吹いてしまうのだ。
段ボール箱の昆布は、どれも厚みの薄い…若い昆布のようだった。
初夏の早い時期に収穫したものだと、木村さんからの解説もあった。
昆布のお礼にと、拙者の煙草を一箱進呈し、酒を呑まない木村さんの為に「札幌帰ったら、白い恋人を送りますネ~」と相方が住所を訊いていた。
小一時間ほど木村さんは世間話をして帰って行ったが、帰札後…ネットで「礼文島 木村さん」と検索したら、アチコチの旅人のブログに登場している有名人だった。
数年前に奥さんに先立たれ、一人暮らしも寂しいのだろう。
こうして旅人を「ちょす」のを楽しみにしているのだろ。
ま、その割に…「昆布を手伝いに来てくれてるオバサンと、昼ご飯食べに行ってきたんだぁ」(デートだな?)と、色々とプライベートは忙しそうだった。

木村さんが去ったあと、二人の宴が始まったが…正体不明の汁は、海の味はしたが、ヘンテコな海藻はマロニーみたいな歯ごたえで限りなく怪しかったので、一口かじっただけだった。
日が暮れて、隣のテントの住人が帰ってきたが、やはり…内地からのオッサンライダー達だった。
何気に会話を聞いていたが、キャンプ道具のハナシばかりして、クソつまらない連中だった。
最近のキャンプ場には、こんな…キャンプ道具を使いたいが為にキャンプをしているような連中ばかりナノか?
普段、キャンプ場には寄り付かず、山でのビバークや河原での焚き火キャンプしかやってない拙者は、昨今のキャンプ事情は知らないが…なんとも、ツマラナい時代になってしまってるんだな。
オッサンライダー達が夜更けまで大声で喋っているから、余程…注意しようと思ったが、相方にたしなめられ我慢した。
昔みたく、滅多やたらにヒトは殴らなくなったから、穏便に脅すだけなんだけど…な。

●第7日目

島旅最終日は、今時期の礼文島らしく、冷え込んだ朝を迎えた。
荷物の中から、(やっと)インナーダウンを取り出して着て、朝飯食って一服していたら…見覚えある青い軽トラが駐車場に入ってきて、木村さんが再びやって来た。
「今日は、大層…イイ凪(なぎ)だけど、旗上がんながったさ~」と言いながら近付いてきた。
意味が分からずキョトンとしてる相方に「昆布漁の開始を知らせる…漁協の旗が上がらなかったんだよ」と解説する。
資源保護と良質な昆布収穫の為に、天気が良く風のある(昆布が良く乾く)コンディションで無いと、漁場を管理する漁協は漁をさせてくれないノダ。
つまり…今朝は昆布漁が無かったから、暇で遊びに来た…って事らしい。

木村さんに因ると、家の前の浜に今日は野生のアザラシが沢山居た…という事らしく、相方に見せてあげようと、わざわざ寄ってくれたらしい。
拙者は、襟裳岬でも礼文島でも何度も見た事があるので、相方に「行ってきな」と送り出した。
十数分後戻ってきた相方によると、「ゴマちゃん」(ゴマフアザラシだな)が岩礁に沢山居たらしい。
久し振りに海が凪いだので、東海岸に寄ってきたのだろう。

相方をキャンプ場まで送り届けて、木村さんは再び忙しそうに軽トラで去って行った。
今日は、始発便の「香深」行きバスに乗って、第1便のフェリーに乗らねばならない。
慌ただしく撤収作業をし、木村さんから貰った大量の昆布を互いに振り分けてザックに押し込み(パンパン)、なんとか始発バスに間に合った。
バスには島の高校に通う高校生等が何人も乗ってきたが、彼らは…「ノースフェイス」の四角いリュックを背負って、スマホを凝視して、一見すると札幌の高校生と何ら変わらなかった。
若い彼らには、刺激の少ない島の暮らしは大変なんだろうな。
拙者だって、一週間だから楽しく暮らせるが、「10年居ろ」と言われたら…
直ぐさま仕事辞めるんだけどな~(辞めんのかいっ)

「香深」に到着し、慌ただしくフェリーに乗り込むと、後部甲板にザックを放り出して、側舷へ急ぐ。
今日は、離岸作業を見る為では無い。
今日は、「礼文島」名物の…ユースホステル「桃岩荘」の皆さん(ヘルパーの人達ね)の、島抜けする宿泊客達へのお見送りの儀式を見物するノダ。
無精髭を生やし、タオルを頭に巻いた…如何にもヘルパーなニイサンを筆頭に、10人ぐらいの若者(女子も居るョ)が、歌と踊りで船上の宿泊客達に別れを告げる…毎度お馴染みの儀式だ。
これを見ないと、島抜けした気分にならない。
勿論、拙者の性格からして「桃岩荘」などという、酒も呑めない宿に泊まった事などある筈が無く、伝え聞いたハナシしか知らないが…夜毎、歌と踊りの阿鼻叫喚の宴が催され、しかも参加する人達は皆…素面(しらふ)だと言うではないか。
嘗て、高度成長期の日本中のユースホステルでは、同じように歌と踊りの宴が催されていたが、今は日本中(世界中かな?)「桃岩荘」だけが、このイベントを行っているという。
つまり、それこそが…「桃岩荘では70年代で時が止まっている」と言われる所以(ゆえん)なのだ。

出航を控え、出力を上げつつあるエンジン音に負けじと、大声を張り上げる無精髭ニイサン。
その声は既にガラガラで殆ど聞き取れない。
しかしながら、彼らの伝えたい事は理解出来る。
「どうか、この旅の日々を、礼文島で過ごした楽しい時間を、僕たちの事を、忘れないで下さい。都会に戻った皆さんが、日々の暮らしに疲れ、礼文島の日々を思い出したら、また…島に戻ってきて下さい」というような事を、ガラガラのダミ声で叫んでいるのだ。

やがて、出航時間がせまり離岸作業が始まると、あのフォークの名曲「遠い世界に」(五つの赤い風船ね)が不思議な踊りと共に始まる。
オリジナルとは少々違って、何故か…8ビートのパンク調にアレンジされている。

【遠い世界に 旅に出ようか
 それとも 赤い風船に乗って
 雲の上を 歩いてみようか
 太陽の光で 虹を作った
 お空の風を もらって帰って
 暗い霧を 吹きとばしたい】

彼らの歌に合わせて口ずさんでいると、汽笛が鳴り、フェリーはゆっくりと岸壁を離れた。
その声はフェリーのエンジン音にかき消されても尚止む事は無く、やがて…船上からは「行ってきまーす」の大合唱が起こり、それに応えて見送り隊は千切れんばかりに手を打ち振りながら「行ってらっしゃーい」を叫ぶ。
この瞬間、旅人達は…次に島を訪れる時、「ただいま」という権利を得るのだ。
そして、礼文島は…少しずつ時代の潮流に押し流されつつも、あの日と変わらない海風と海の青さで、「おかえり」と旅人を迎え入れてくれる事だろう。

船は白い航跡を引きながら海原を進む。
旅の日々の余韻をたなびかせ。
遠い目をした旅人達を、再び…終わり無き日常へと誘(いざな)いながら。


おわり。


●あとがき(或いは言い訳とも言う)。

長い長い島旅日記に最後までお付き合い下さった皆様、ありがとうございました。
本来ならば、毎年恒例の「大雪山縦走日記」をお送りする予定でしたが、天候不順により急遽「利尻礼文旅」へ路線変更をせざるを得ない状況に相成り、甚だ遺憾ながら、久々の「ノホホン島旅ドタバタ道中記」をお送りした次第であります。

拙者が初めて「利尻礼文」の土を踏んだのは、今を去る事20年前の1999年の初夏の事でした。
それから幾度か島旅を経験しましたが、どの旅も様々な出会いや事件があり面白いものでありましたが、やはり…様子が全く分からない初めての島旅が一番面白かったかも知れません。
「行き当たりばったり、出たトコ勝負旅」の拙者の旅スタイルは、二十歳の頃の放浪時代に培われたものですが、初めての土地を歩く時の新鮮な驚きや感動は、このスタイル「ならでは」と言えるでしょう。
昨今のネット社会では、ワンクリックで簡単に詳細な情報を手に入れられるようになりましたが、そんな時代だからこそ「行き当たりばったり、出たトコ勝負旅」が面白いのです。
勿論、この境地に達するには長く厳しい修行の日々が必要ですが、旅を面白くさせるのは、何よりも旅人の【好奇心】が最も必要でしょう。
それは、日々の山行でも同じで、「この滝の上はどうなってんだろ?」「あの稜線に上がると、どんな景色が見られるんだろ?」という好奇心の赴くままに、藪だろうと崖だろうと、道無き道を歩く山行スタイルに行き着いた次第であります。
気になる場所は、自身の目で確かめないと気が済まない。
そんな業にも似た好奇心の赴くままに、これからも山や旅を続けて行きたいと、そう思います。
今回は、イレギュラー的な島旅でしたが、恒例の大雪山縦走も継続する所存です。
20年以上通い続けてる大雪山ですが、気になる場所はまだまだあるし、行きたい場所も沢山ある。
昨年の「大雪山彷徨山行」以来、「大雪山を行き当たりばったり、出たトコ勝負旅で歩いたら、どんなに面白いだろうか?」とも考えるようにもなりました。
果たして、来年はどんな山行になるだろうか…と、今からワクワクとゴクゴクが止まりません。
今後も、そんな「頑なに登山道を歩かない登山家」もじょを陰ながら見守って頂けたら幸いです。

最後に、今回の島旅に付き合ってくれた相方に感謝の言葉と、「次からは、拙者の焼きうにとビールも押さえるよ~にっ」と強く言いたいと思います(しつこい)。

ホントに…おわり。

【写真1】ゴーカお刺身盛りと、怪しげな海鮮汁(食えんのか?)
【写真2】さよなら、礼文島。
【写真3】サラバ、利尻島。