山登りの行程中で一番肉体的に辛いのは「下り」だと拙者は思っている。
もし、大雪山系「旭岳」に行って…「上りか下り、どちらかだけロープウェイを利用しても良い」と言われたら…
「オマエに言われる筋合いは…」じゃ無くって、100%「下り」を選択するだろう。
山登りに行った翌日(最近は翌々日だったりする)筋肉痛になる原因の大半は「下り」にある。
筋肉痛とは、厳密に言えば…「筋組織細胞の破壊」であり、それに伴う「炎症」なのである。
細胞破壊ほどのダメージを与える負荷とは、ズバリ…この惑星の【重力】だ。
上りでは我が身を下界に引き留めようと1Gで下方に引っ張って邪魔をし、下りでは下山を助けるように見せかけて滑落や転倒のリスクを高めて意地悪をする。
転倒や滑落をしない為には、重力に抗うように踏ん張って減速せねばならぬ。
その「踏ん張り」が筋肉痛の主な原因となり、痛みの為…坂田師匠のようしか歩けなくし、我が人格を貶めようとする。
しかしながら、普段…拙者のやっている雪山や沢登り、藪山バリエーション登山では、この「踏ん張り動作」をする機会は殆ど無いノダ。
雪山では足裏が地面を捉える反発力は全て新雪が吸収してくれ、或いは「尻ボ」(尻に敷く橇)下山の為踏ん張る必要は無い。
藪山も手掛かり(バランス補助)に灌木や笹を掴んでいるから、足への負荷は殆ど無い。
大雪山縦走でも樹林帯や掴める笹やハイマツがあれば、必ず補助の為に掴むが、「オプタテ」北斜面には掴むべき笹もハイマツも一切無い。
つまり、全く補助無して100%自力で下降せねばならない。
これが、キツい。
背中には30kgものデカザック。ルートは岩【ガレ】と、砂礫【ザレ】のミックス。気温は信じられない事に20℃に届きそうだ。汗が滴り落ちる。
15分も下降すると、既に膝が笑い始めた。
歩幅を細かくしようにも、都合良く足場があるワケじゃ無く、不本意さを我慢と筋肉で補う度、乳酸とストレスが蓄積される。
あー、下りばっかで飽きたぁ。
もう、1時間以上下りっぱなしだが、まだ…半分という感じだ。
下りに飽きたからと言って、今来たルートを登り返すほど冷静さを失ってはいない。
途中、ザックを担いだまま、岩に腰掛け短い休憩を二度ほどとったが、心肺への負担が少ない分…休憩の回数は減りがちになる。
ここいらで大休止にしよ。
腰の高さ程の手頃な岩にザックを下ろし(背負いなおす時に楽チン)、雨蓋の中からクエン酸飲料を取り出して、ジップロックに1日分をまとめてある行動食を取り出す。
暑い暑い暑い暑い暑いっ。
山頂をアトにして直ぐにシェルは脱いでいたが、長袖Tシャツに半袖Tを重ね着しているだけなのに、汗が止まらないノダ。
オマケに、2日前の入山時に着ていた半袖Tが汗と雨でビショ濡れになっていたから小屋の中に部屋干ししていたら、とんでもなく臭くなってしまったノダ。
うむむむ…
自分の汗の匂いだけでは無く、何らかの菌が繁殖している系の匂いだ。
暑いから半袖Tで歩きたいが、この匂いは我慢出来ぬ。
替えの半袖は持ってきていない。まさか、この時季に20℃になるなんて、思いもしない(「初雪でも降らないかな~」と思って来たのにぃ)。
とりあえず、半袖を脱いで長袖Tシャツ一枚になった。
煙草を1本吸って下降を再開して、飲み水の事が心配になってきた。
渇水期のこの時期、使える水場は限られている。
「三川台」の下のビバーク地にある伏流水の水場が使えれば良いが、無ければ…その先の雪渓まで足を延ばさねばならぬ。
15年ほど昔も、こんな高温の中を歩いた事がある。
台風明けの「原始が原」から「天人峡」へ抜けた時、この先の「コスマヌプリ」で飲み水が無くなって、脱水症状に陥り、全く水を飲ますに3時間程歩いた時は、真剣に…「人間って体内の何%の水を失うと、死ぬんだっけ?」と考えた事がある。
脱水症状になって、ヘロヘロになって辿り着いた「三川台」で飲んだ雪渓融水は美味かったナ~。
ヒト気の無い「双子池」のテン場に着いたのは、下降を始めて2時間後だった。
風が止み、日当たりの良いテン場は25℃を超える暑さだった。
こりゃ堪らん。
テン場の横にある流れ出しの水場を覗くと、本来とっくに涸れている筈の場所に、昨日振った雨のおかげで流れが戻っているのを見つけた。
顔を洗ったついでに、ふと思いついた。
汗臭くなった半袖Tを溜まりに漬けて、ジャブジャブと洗った(水場使う奴も居ないから、いいかぁ)。
良く絞った半袖Tを、そのまま素肌に着ると…ヒンヤリした触感が気持ち良かった。
洗ったおかげで、匂いは気にならない程度まで減ったし、濡れた生地が気化熱を奪って大層涼しい。
飲み水は、下山する二百名山オジサンから貰った分を合わせて、まだ3L近くあり、「三川台」までは余裕で保ちそうだ。
タップリ補給し休憩したアト、縦走路へ踏み出した。
笹原の雨水路沿いにルートは延びている。所々ぬかるんでいるが、長靴のおかげで気にせず歩ける。
「双子池」への踏み跡を右手に見て暫く進むと、ルートはハイマツやナナカマド、ハンノキの樹林帯に入り、緩やかに上り始める。
ルート上には刈り取られた笹が散乱していて、それが地表を覆っている。
ソイツが厄介だった。
藪漕ぎは無くなったが、枯れて堆積した笹が地面の状況を隠してしまい、踏みつけるまで何があるか分からないノダ。
浮き石か倒木か地面か、穴ぼこか全く分からない。
探り探り足を出さねばならず、登行速度は半減した。
しかしながら、こ~ゆ~地面は慣れている。
登山道では無いバリエーションで歩くと、硬い安定した地面は殆ど無く、足裏の感覚だけで地表のコンディションを判断して、倒木や浮き石に乗ったり避けたりせねばならない。
この芸当は底の柔らかい長靴でなければ無理ナノだ。
だが、それをデカザックを背負ってやるのは体力的に大変ナノだ。
汗が帽子の鍔を伝わって滴り落ちる。
一応帽子には、汗止め用にグルリと吸水性良さそうな生地が額部分に付いているのだが、汗は生地の吸水能力を遥かに超える量が出ているようで、時折…鍔を伝わってポトリポトリと落ちるノダ。
その様たるや、拙者の大好きな岩盤浴の如し(嬉しいんかぃ)。
「デトックスしに来とんのとちゃうちゅうねんっ」
…と、律儀に「大雪山」に突っ込んでいたのは最初だけだった。
30分もせずに、思うように足が動かなくなってきて、鉛のように重く感じてきた。
あぁ…足が終わっちゃってるわ。
原因は「オプタテシケ」の下りだった。
急激な筋肉の酷使で、筋肉組織が破壊されているノダ。
乳酸が溜まったようなダルさでは無く、鈍痛のような軽い痛みを感じる。
登行速度は時速1kmにも満たない。呼吸が苦しく、大した登りでも無いのに50m置きに立ち止まって、呼吸を整えねばならん。
半袖Tに着替えても発汗が止まらず、ハイドレーションからついつい水を飲んでしまう。
時刻は午後1時を過ぎていたが、このペースでは到底「三川台」にまでは届きそうに無い。
この先、稜線に上がれば「スマヌプリ」「コスマヌプリ」「ツリガネ山」と幾つかの小ピークを越えねばならぬ。
「兜岩」(かぶといわ)と呼ばれる岩隗は、のっぺりとした樹林帯の丘に突然現れる。
まるで飛鳥時代の遺跡のように、何百トンもの巨石が積み重なった様子は、古(いにしえ)の失われた文明を想起させるが、ただの自然地形だ。
数百万年前の山体崩壊の痕跡かも知れない。少し黒ずんで変質した様子が見えるから、もしかしたら…かなり古いものかも知れない。
積み重なった岩の隙間にはハイマツが枝葉を伸ばし、濃い緑色の苔がまとわりつく様子は盆栽か枯山水のような趣すら感じる。
木陰に入ると、ヒンヤリした空気が岩から染み出しているような冷涼さを感じ、一息つく。
岩陰の洞には、錆びた空缶が転がっている。
何十年も前の岳人がビバークした跡だろうか。
「兜岩」を過ぎると、急にハイマツの背は低くなり見晴らしが良くなるが、大して風があるワケでも無く、暑さは変わらない。
振り返ると…ドドーンと「オプタテ」が存在感抜群に碧空に起立していて美しい。
縦走路の先には「スマヌプリ」か、小高いピークが見えており、イキナリやる気が失せる。
ゆっくりゆっくり緩やかな勾配を詰めて行く。
小ピークに登ると、正面に「トムラウシ」が見えるが、まだまだ遥か彼方だ。
「三川台」の台地も見えるが、とてもじゃないが陽が暮れる前に辿り着く自信は無い。
アタマの中で、なるべく…景観が良く居心地良さげなビバーク地を思い浮かべる。
今日は風が無いから、何処かの小ピークの上に幕営してもイイが、この強い日差しを避けられるテン場は無いものか…。
「スマヌプリ」の山頂で少し長めの休憩をとる。
この山頂はテントを張れるスペースはあるが、日差しが強く虫も多い。
時間的には登山者は通過しないとは思うが、どうもシックリ来ない。
確か…「コスマヌプリ」の山頂にもスペースはあった筈。
もう少しだけ進んでみるかぁ。
時刻は2時を過ぎた。日没まではまだ3~4時間は行動出来るが、もう「やる気」の残量は僅かだ。テキトーな居心地良さげなビバーク地を見つけたら、早めに設営してゴロゴロしよー。
「コスマヌプリ」山頂に着いたが、ロケーションは抜群なのに居心地良さは感じられない。
それは強過ぎる日差しのせいだった。
こんな日差しの中、テントなんか張ったら…いわゆる「ビニールハウス状態」になり、ゴロゴロなんか出来やしない高温になる。
かと言って、森林限界を超えた高度には木陰を作るような樹木は生えていない。
山頂から目的の「三川台」を見るが、目測でアト4時間は掛かりそうだし、今更モチベーションと脚力を復活させるのは難しい。
何処かイイ場所は無かったっけ?
記憶を探るも、心当たりは「ツリガネ山」の向こう側だ。
このルートを歩くのは久し振りだから記憶が曖昧だが、「コスマヌプリ」を下った辺りが少し開けていて、テントが張れそうな場所があったような、無かったような…。
山頂から急斜面を降りると、東側の見晴らしが急に良くなり、遠くに「ニペソツ」が見えた。
砂礫斜面を降りていると、右手下に広い草付きの広場が見えた。
お、なんか…イイ感じ。
ルートを降りて行くと、草付き広場の手前には腰ほどの笹藪があって、一見すると容易には近付けなさそうに見えたが、良く良く観察すると薄い踏み跡が残っていた。
嘗て此処を利用した登山者か、鹿か羆か分からないが、確かに踏んだ跡がある。
踏み跡を辿って藪を10mほど漕いでいくと、細長い草付き広場に出た。
幅は15m程だが、奥行きは50m近くある。
草地は殆ど分からないぐらい谷に向かって緩く傾斜し、地面は乾いていて平らだ。
傾斜を目でなぞって行くと、遠くに特徴的な谷地地形が見え、更に奥に浸食された沢形があった。
これは…アレだな、源頭地形からの鞍部へのなだらかな浸食地形ってヤツだな。
ザックを下ろし広場を偵察する。
源頭側は入口が狭まり獣の踏み跡があり、夏草の混じった羆の古い糞と寝床のような押しつぶされた円形状の草もある。
最近の痕跡は無いが、如何にも羆ちゃんが好みそうな地形だ。
旺文社の地図にも、この辺りには赤字で【ヒグマに注意】と書いてある。
但し、最近の痕跡は見当たらなかった。
この暑さだから、羆ちゃんも藪からは出て来ないだろう。
ちゃんとマーキングすれば、問題は無いだろう。
ふと見上げると、「コスマヌプリ」の影が太陽光線を遮っていて、草地の半分ぐらいが日陰になっている。
ロケーションといい、地形といい完璧だ。
よしっ、此処を今夜のキャンプ地とするっ(水曜どうでしょう風に)。
つづく、
【写真1】スマヌプリからのオプタテ、あの上から降りて来たと考えると…
【写真2】飛鳥時代の石舞台のような兜岩、
【写真3】コスマヌプリの先で見つけたビバーク地、日陰が嬉しい







