山登りの行程中で一番肉体的に辛いのは「下り」だと拙者は思っている。
もし、大雪山系「旭岳」に行って…「上りか下り、どちらかだけロープウェイを利用しても良い」と言われたら…
「オマエに言われる筋合いは…」じゃ無くって、100%「下り」を選択するだろう。
山登りに行った翌日(最近は翌々日だったりする)筋肉痛になる原因の大半は「下り」にある。
筋肉痛とは、厳密に言えば…「筋組織細胞の破壊」であり、それに伴う「炎症」なのである。
細胞破壊ほどのダメージを与える負荷とは、ズバリ…この惑星の【重力】だ。
上りでは我が身を下界に引き留めようと1Gで下方に引っ張って邪魔をし、下りでは下山を助けるように見せかけて滑落や転倒のリスクを高めて意地悪をする。
転倒や滑落をしない為には、重力に抗うように踏ん張って減速せねばならぬ。
その「踏ん張り」が筋肉痛の主な原因となり、痛みの為…坂田師匠のようしか歩けなくし、我が人格を貶めようとする。
しかしながら、普段…拙者のやっている雪山や沢登り、藪山バリエーション登山では、この「踏ん張り動作」をする機会は殆ど無いノダ。
雪山では足裏が地面を捉える反発力は全て新雪が吸収してくれ、或いは「尻ボ」(尻に敷く橇)下山の為踏ん張る必要は無い。
藪山も手掛かり(バランス補助)に灌木や笹を掴んでいるから、足への負荷は殆ど無い。
大雪山縦走でも樹林帯や掴める笹やハイマツがあれば、必ず補助の為に掴むが、「オプタテ」北斜面には掴むべき笹もハイマツも一切無い。
つまり、全く補助無して100%自力で下降せねばならない。
これが、キツい。
背中には30kgものデカザック。ルートは岩【ガレ】と、砂礫【ザレ】のミックス。気温は信じられない事に20℃に届きそうだ。汗が滴り落ちる。
15分も下降すると、既に膝が笑い始めた。
歩幅を細かくしようにも、都合良く足場があるワケじゃ無く、不本意さを我慢と筋肉で補う度、乳酸とストレスが蓄積される。
あー、下りばっかで飽きたぁ。
もう、1時間以上下りっぱなしだが、まだ…半分という感じだ。
下りに飽きたからと言って、今来たルートを登り返すほど冷静さを失ってはいない。
途中、ザックを担いだまま、岩に腰掛け短い休憩を二度ほどとったが、心肺への負担が少ない分…休憩の回数は減りがちになる。
ここいらで大休止にしよ。
腰の高さ程の手頃な岩にザックを下ろし(背負いなおす時に楽チン)、雨蓋の中からクエン酸飲料を取り出して、ジップロックに1日分をまとめてある行動食を取り出す。
暑い暑い暑い暑い暑いっ。
山頂をアトにして直ぐにシェルは脱いでいたが、長袖Tシャツに半袖Tを重ね着しているだけなのに、汗が止まらないノダ。
オマケに、2日前の入山時に着ていた半袖Tが汗と雨でビショ濡れになっていたから小屋の中に部屋干ししていたら、とんでもなく臭くなってしまったノダ。
うむむむ…
自分の汗の匂いだけでは無く、何らかの菌が繁殖している系の匂いだ。
暑いから半袖Tで歩きたいが、この匂いは我慢出来ぬ。
替えの半袖は持ってきていない。まさか、この時季に20℃になるなんて、思いもしない(「初雪でも降らないかな~」と思って来たのにぃ)。
とりあえず、半袖を脱いで長袖Tシャツ一枚になった。

煙草を1本吸って下降を再開して、飲み水の事が心配になってきた。
渇水期のこの時期、使える水場は限られている。
「三川台」の下のビバーク地にある伏流水の水場が使えれば良いが、無ければ…その先の雪渓まで足を延ばさねばならぬ。
15年ほど昔も、こんな高温の中を歩いた事がある。
台風明けの「原始が原」から「天人峡」へ抜けた時、この先の「コスマヌプリ」で飲み水が無くなって、脱水症状に陥り、全く水を飲ますに3時間程歩いた時は、真剣に…「人間って体内の何%の水を失うと、死ぬんだっけ?」と考えた事がある。
脱水症状になって、ヘロヘロになって辿り着いた「三川台」で飲んだ雪渓融水は美味かったナ~。

ヒト気の無い「双子池」のテン場に着いたのは、下降を始めて2時間後だった。
風が止み、日当たりの良いテン場は25℃を超える暑さだった。
こりゃ堪らん。
テン場の横にある流れ出しの水場を覗くと、本来とっくに涸れている筈の場所に、昨日振った雨のおかげで流れが戻っているのを見つけた。
顔を洗ったついでに、ふと思いついた。
汗臭くなった半袖Tを溜まりに漬けて、ジャブジャブと洗った(水場使う奴も居ないから、いいかぁ)。
良く絞った半袖Tを、そのまま素肌に着ると…ヒンヤリした触感が気持ち良かった。
洗ったおかげで、匂いは気にならない程度まで減ったし、濡れた生地が気化熱を奪って大層涼しい。
飲み水は、下山する二百名山オジサンから貰った分を合わせて、まだ3L近くあり、「三川台」までは余裕で保ちそうだ。

タップリ補給し休憩したアト、縦走路へ踏み出した。
笹原の雨水路沿いにルートは延びている。所々ぬかるんでいるが、長靴のおかげで気にせず歩ける。
「双子池」への踏み跡を右手に見て暫く進むと、ルートはハイマツやナナカマド、ハンノキの樹林帯に入り、緩やかに上り始める。
ルート上には刈り取られた笹が散乱していて、それが地表を覆っている。
ソイツが厄介だった。
藪漕ぎは無くなったが、枯れて堆積した笹が地面の状況を隠してしまい、踏みつけるまで何があるか分からないノダ。
浮き石か倒木か地面か、穴ぼこか全く分からない。
探り探り足を出さねばならず、登行速度は半減した。
しかしながら、こ~ゆ~地面は慣れている。
登山道では無いバリエーションで歩くと、硬い安定した地面は殆ど無く、足裏の感覚だけで地表のコンディションを判断して、倒木や浮き石に乗ったり避けたりせねばならない。
この芸当は底の柔らかい長靴でなければ無理ナノだ。
だが、それをデカザックを背負ってやるのは体力的に大変ナノだ。
汗が帽子の鍔を伝わって滴り落ちる。
一応帽子には、汗止め用にグルリと吸水性良さそうな生地が額部分に付いているのだが、汗は生地の吸水能力を遥かに超える量が出ているようで、時折…鍔を伝わってポトリポトリと落ちるノダ。
その様たるや、拙者の大好きな岩盤浴の如し(嬉しいんかぃ)。
「デトックスしに来とんのとちゃうちゅうねんっ」

…と、律儀に「大雪山」に突っ込んでいたのは最初だけだった。
30分もせずに、思うように足が動かなくなってきて、鉛のように重く感じてきた。
あぁ…足が終わっちゃってるわ。
原因は「オプタテシケ」の下りだった。
急激な筋肉の酷使で、筋肉組織が破壊されているノダ。
乳酸が溜まったようなダルさでは無く、鈍痛のような軽い痛みを感じる。
登行速度は時速1kmにも満たない。呼吸が苦しく、大した登りでも無いのに50m置きに立ち止まって、呼吸を整えねばならん。
半袖Tに着替えても発汗が止まらず、ハイドレーションからついつい水を飲んでしまう。
時刻は午後1時を過ぎていたが、このペースでは到底「三川台」にまでは届きそうに無い。
この先、稜線に上がれば「スマヌプリ」「コスマヌプリ」「ツリガネ山」と幾つかの小ピークを越えねばならぬ。

「兜岩」(かぶといわ)と呼ばれる岩隗は、のっぺりとした樹林帯の丘に突然現れる。
まるで飛鳥時代の遺跡のように、何百トンもの巨石が積み重なった様子は、古(いにしえ)の失われた文明を想起させるが、ただの自然地形だ。
数百万年前の山体崩壊の痕跡かも知れない。少し黒ずんで変質した様子が見えるから、もしかしたら…かなり古いものかも知れない。
積み重なった岩の隙間にはハイマツが枝葉を伸ばし、濃い緑色の苔がまとわりつく様子は盆栽か枯山水のような趣すら感じる。
木陰に入ると、ヒンヤリした空気が岩から染み出しているような冷涼さを感じ、一息つく。
岩陰の洞には、錆びた空缶が転がっている。
何十年も前の岳人がビバークした跡だろうか。
「兜岩」を過ぎると、急にハイマツの背は低くなり見晴らしが良くなるが、大して風があるワケでも無く、暑さは変わらない。
振り返ると…ドドーンと「オプタテ」が存在感抜群に碧空に起立していて美しい。
縦走路の先には「スマヌプリ」か、小高いピークが見えており、イキナリやる気が失せる。
ゆっくりゆっくり緩やかな勾配を詰めて行く。
小ピークに登ると、正面に「トムラウシ」が見えるが、まだまだ遥か彼方だ。
「三川台」の台地も見えるが、とてもじゃないが陽が暮れる前に辿り着く自信は無い。
アタマの中で、なるべく…景観が良く居心地良さげなビバーク地を思い浮かべる。
今日は風が無いから、何処かの小ピークの上に幕営してもイイが、この強い日差しを避けられるテン場は無いものか…。

「スマヌプリ」の山頂で少し長めの休憩をとる。
この山頂はテントを張れるスペースはあるが、日差しが強く虫も多い。
時間的には登山者は通過しないとは思うが、どうもシックリ来ない。
確か…「コスマヌプリ」の山頂にもスペースはあった筈。
もう少しだけ進んでみるかぁ。
時刻は2時を過ぎた。日没まではまだ3~4時間は行動出来るが、もう「やる気」の残量は僅かだ。テキトーな居心地良さげなビバーク地を見つけたら、早めに設営してゴロゴロしよー。

「コスマヌプリ」山頂に着いたが、ロケーションは抜群なのに居心地良さは感じられない。
それは強過ぎる日差しのせいだった。
こんな日差しの中、テントなんか張ったら…いわゆる「ビニールハウス状態」になり、ゴロゴロなんか出来やしない高温になる。
かと言って、森林限界を超えた高度には木陰を作るような樹木は生えていない。
山頂から目的の「三川台」を見るが、目測でアト4時間は掛かりそうだし、今更モチベーションと脚力を復活させるのは難しい。
何処かイイ場所は無かったっけ?
記憶を探るも、心当たりは「ツリガネ山」の向こう側だ。
このルートを歩くのは久し振りだから記憶が曖昧だが、「コスマヌプリ」を下った辺りが少し開けていて、テントが張れそうな場所があったような、無かったような…。
山頂から急斜面を降りると、東側の見晴らしが急に良くなり、遠くに「ニペソツ」が見えた。
砂礫斜面を降りていると、右手下に広い草付きの広場が見えた。
お、なんか…イイ感じ。
ルートを降りて行くと、草付き広場の手前には腰ほどの笹藪があって、一見すると容易には近付けなさそうに見えたが、良く良く観察すると薄い踏み跡が残っていた。
嘗て此処を利用した登山者か、鹿か羆か分からないが、確かに踏んだ跡がある。
踏み跡を辿って藪を10mほど漕いでいくと、細長い草付き広場に出た。
幅は15m程だが、奥行きは50m近くある。
草地は殆ど分からないぐらい谷に向かって緩く傾斜し、地面は乾いていて平らだ。
傾斜を目でなぞって行くと、遠くに特徴的な谷地地形が見え、更に奥に浸食された沢形があった。
これは…アレだな、源頭地形からの鞍部へのなだらかな浸食地形ってヤツだな。
ザックを下ろし広場を偵察する。
源頭側は入口が狭まり獣の踏み跡があり、夏草の混じった羆の古い糞と寝床のような押しつぶされた円形状の草もある。
最近の痕跡は無いが、如何にも羆ちゃんが好みそうな地形だ。
旺文社の地図にも、この辺りには赤字で【ヒグマに注意】と書いてある。
但し、最近の痕跡は見当たらなかった。
この暑さだから、羆ちゃんも藪からは出て来ないだろう。
ちゃんとマーキングすれば、問題は無いだろう。
ふと見上げると、「コスマヌプリ」の影が太陽光線を遮っていて、草地の半分ぐらいが日陰になっている。
ロケーションといい、地形といい完璧だ。
よしっ、此処を今夜のキャンプ地とするっ(水曜どうでしょう風に)。

つづく、

【写真1】スマヌプリからのオプタテ、あの上から降りて来たと考えると…
【写真2】飛鳥時代の石舞台のような兜岩、
【写真3】コスマヌプリの先で見つけたビバーク地、日陰が嬉しい



翌朝、避難小屋の窓から眺めた空は夜のうちに雲が抜けて青空が覗いていた。
煙草を吸いに外に出て空を良く良く観察するが、高曇りではあるが雨の心配は無さそうだ。
但し、空気はキリリと冷えるどころか、湿った土臭さがあり、既に上昇流が稜線近くまで昇ってきているようで、確実にガスは出そうだ。
「オプタテ」往復組と表大雪縦走組が出発するのを見送って、二百名山オジサンから貰ったオレンジを朝食に食べ、小屋の掃除をしてから最後に小屋を出る。
「美瑛小屋」から縦走をする場合、次の泊地はフツーなら「南沼」(野営指定地)になるだろうが、「オプタテ」を越えて「600m地獄」(オプタテ北面の標高差600mの難所)を下り、藪被りのクソ長い稜線歩きを経て、陽のある内に「南沼」(トムラウシ)まで辿り着ける自信はもう無い。
いつもは、「美瑛小屋」に泊まった時は、次の泊地は「三川台」(ビバーク)にするのが拙者のやり方だったが、今回は…とてもじゃないが「三川台」までも体力的に保ちそうにない。
とりあえず、「三川台」を目標に、無理をせずに歩けるところまで行こう。
なに、広大な大雪山十勝縦走路には、先人達が拓いてくれた数多くのビバーク地があり、心当たりの場所を数えるだけで両手では足りない程だ。

「石垣山」への登坂を開始すると直ぐに体は温まったが、ジャケットを脱ぐほどでは無い。。
風はあるが東寄りの温かい南風ナノで、既に振り返った避難小屋付近には上昇流に乗ったガスが上がってきていた。
この高度まで上がって分かったが、山には…まだまだ秋は訪れていなかった。
草付き斜面の低草は青々としているし、足元のウラジロナナカマドも色付きはじめたばかりのようだ。
例年ならば、紅葉のハシリにかかって、日本一早い紅葉絶景を楽しめるのだが、お盆休みを終えると涼しくなる北海道も、9月に入ってから真夏日を迎えるという事態に皆戸惑っておるのだ。

赤銅色に酸化した粗い溶岩質の砂礫斜面を踏みつけながら、「辺別岳」への電光ルートに喘ぐ。
既に稜線にまでガスが上がってきて、時折…視界を閉ざしてい、予想したように気温は上がらず、体は温まったものの、なかなかシェルジャケットを脱げずにいた。
「辺別岳」の肩に乗ったトコロで振り返るとガスが視界を閉ざし、背後から朝陽を浴びた自身の影がガスに映り込んで虹色の来迎(仏様の後ろにある光の輪)が影を包んでいた。
「おぉ、ブロッケンだ…久し振りに見たな~」
ちょっとだけモチベーションも上がってきた。
「オプタテ」に取り付く手前のコルで、昨晩…小屋で一緒だった表大雪へ縦走すると言っていた若い夫婦連れとスレ違った。。
訊くと、山頂は濃いガスで視界が利かず、引き返して来たそうだ。
「それに、ちょっとザックが重すぎました」と笑っていたが、単独縦走なのに…500缶のビールを6本も担いでいると告白したら大爆笑された。
バーボンも1本持ってんだけど…それは内緒にした。
恐らく、かなり消耗していて、先行きに自信が無かったのだろう。
確か…「南沼野営指定地」まで行く予定で、朝まだ暗い時間に出発した筈だが、この時間に引き返して来たのならば、その判断は正しいかも知れない。
概算すると…そのペースだと、「南沼」まで14時間ぐらい掛かってしまう計算になるし、到着は日没後になる可能性が高い。
今夜の泊地の事を尋ねられたので、正直に…「一応、三川台は目指しますが、疲れてココロ折れたらそのへんで寝ます。縦走路沿いに沢山ビバーク地はあるし、水も担いでるんで」と答えたら「凄いですね」と一言返された。
何が凄いのかは良く分からないが、大雪山系の長大な縦走路を歩くならば、そのぐらいの心構えが無ければやっていかれない。
内地の山と比べたら、不親切極まりないが、それ故に山と1対1で向き合える…シビアでストイックな山行が大雪山の魅力であり、難しさ故の面白さナノだ。マニュアルには無い知恵と工夫と経験値を動員して、正に「full life」(自分の能力を使い切る)が必要とされる。
能力無き者は来るべきでは無い、と大雪山は厳しく突き放すかのように、時折…いとも容易(たやす)く無慈悲に登山者の命を飲み込む。
此処では経験値こそが最大の武器になり、最新式の装具やマニュアルから引っ張ってきた知識は役に立たない。

夫婦連れは引き返してしまったが、今日のコンディションなら高度さえ下げればガスは抜ける筈だった。
「オプタテ」から「双子池」まで600mも高度を下げるのだから、縦走路に入ってしまえば青空が望めそうだ。
しかし、その事は敢えて彼らには伝えなかった。せっかく、自分達の判断で引き返してきたのだから他人が口を挟むべき問題では無いし、下山後…「今日は行けたよね~」と後悔する事も又、彼らの経験値となる筈だったからだ。
山の天気のセオリーとして【朝のガスは抜けやすい】と言うのは覚えておいたほうが良い。
気温が上がると上昇流が吹き、稜線上のガスを吹き飛ばしてくれるノダ。
あ、因みに…【朝のバスは混みやすい】というのもありますな。

いよいよ「オプタテ」に取り付く。
荷物が重い。足取りも重い。呼吸が苦しく、ペースが落ちる。
久し振りに「タバコ止めようかな~」と思ってしまうキツさだが、勿論…本気では無い。
ヘロヘロ歩いていたら、昨晩小屋で一緒だった…昼過ぎに小屋に着くなり、いきなり肉を焼き始めて宴会を始めた仲良しオジサン三人組が下山してきた。
「上はガスってます?」と尋ねると、「朝イチは良かったんだけど、もう駄目だね。寒いから下山して温泉入って帰るよ」と笑っていた。
これでもう、「オプタテ」に残っている者は誰も居ない筈だ。山頂は独り占め出来そうだが、なんとか…タイミングよくガスが抜けてくれないだろうか。
山頂への詰めに掛かると、斜度が増して電光ルートになり、赤茶けた溶岩礫が堆積したザレ場になった。
うむむむ…こんな場所あったっけ?
このルートを歩くのは10年振りナノで、前回の記憶が曖昧で…実に面白い。
確か…この先、結構な岩場を登らされた筈だが、と考えていたら後ろに気配を感じた。
振り返っても人影は見当たらないし、熊鈴の音もしないが、確かに誰かが居る。
まだ、かなり距離があるようだ。
この地形には鹿君は来ないから、きっと登山者だろう。
それも、朝イチに登山口を出発した日帰り登山者だろう。
山頂まで追いつかれずに済むだろうか。

ルートは岩稜の縁を回り込むように急激に斜度を増し、風化した脆そうな岩壁にしがみつくように鋭峰へと向かっていた。
時には三点支持が必要な難所もあり、足が竦(すく)むような高度感もある。
下腹部あたりが【ぞわぞわ】してマトモに歩けない(だから、覗き込むなって)。
「オプタテシケ」は遠望しても分かるように、鋭峰と呼ばれる類(たぐい)の山容をしている。
大雪山十勝山系の中では、最も「山らしい山」と言えるカタチ△かも知れない。
山頂の北東部は大規模に崩落していて、縦走路脇の浸食が進んでいるし、縦走路のある北側には連なるべき山体は無く、粘度の高い平坦面溶岩が作ったと思われる…のっぺりしとた緩斜面へ向かって急峻に落ち込み裾野を広げている。
故に、縦走路(兜岩あたり)から眺める「オプタテシケ」は、惚れ惚れするほど美しい。
山は見る角度によって様々な表情を見せるが、「オプタテ」の壮麗な立ち姿は是非とも縦走路のある北側から眺めるべきだ。
しかし、その美しさは「600m地獄」と拙者が呼ぶ…高度差600mの登坂という試練を内包している。
登りだろうが下りだろうが、一筋縄では行かない…悪態をつくが、ボヤかずにはおれない難所になっている。

山頂が近付くに従って、風が強まって時折ガスが抜けるようになってきた。
景色を眺める振りをして立ち止まって呼吸を整えていると、下方から鈴音がしたので見下ろすと眼下に男性×1女性×1が見えた。
日帰り装備の軽いザックだから、拙者の倍近いペースで登ってくる。5分もせずに追いつかれるだろう。

見上げた岩峰にかかっていたガスが抜けると、そこにはもう空しか無かった。
山頂は5m/sほどの風が吹き、千切れた雲の欠片が裾野から吹き上がってきて、山頂をかすめ飛び去って行った。
風の当たらない岩陰を探してウロウロしていると、後続の2名が上がって来た。
ベテラン風の男性とフツーのオバサンは、どうやら「ご一緒してイイですか?」という御婦人のリクエストで即席パーティーを組んで上がって来たようで、「一人だったら絶対に無理でしたぁ」と男性に向かって頭を下げている。
山頂に上がった途端、それまで覆っていたガスが抜け、眺望が得られた。
前回ここに立ったのは、確か…標高年の2013年だった筈だったろうか…。
あの時は、「俵真布」から入って「扇沼山」から「三川台」を経て、「オプタテシケ」の山頂下部に幕営して、ボヤ事件を巻き起こした縦走だった。
その翌年から、「東大雪」に入れ込んでしまったので、本格的な十勝大雪縦走は本当に久し振りになる。
山頂の風の当たらぬ岩陰で補給しながら、そんな事を考えていた。
さて、こんなトコロでマッタリしとるワケにはいかない。
まだまだ「三川台」まで先は長いし、これから「600m地獄」があるノダ。
山頂から縦走路を見下ろすと、樹林帯の広尾根に開削された登山道が見えた。
入山してから仕入れた情報に因ると、藪被りの縦走路の刈り取りを今年やったばかりだそうだ。
普段、沢登りやバリエーション登山で藪漕ぎに慣れてしまっているので、登山道に被った藪程度は気にもしなくなったが、藪は無いに越した事は無い。

山頂をあとに縦走路に踏み出す。
いきなり…鋭いナイフエッジの高度感抜群のルートに肝を冷やす。
ルートの右側は、絶賛崩落中の崖斜面。左側も草付きではあるが急激に落ち込んでいる。
この山も「利尻岳」と同じように風化浸食が進行中で、果たして50年後には登山の対象となっているか疑問である。
山に限らず、自然の地形は常に変化し続けている。
地球の歴史上では、奇跡的に安定した数万年を経過中だが、それとて一時的なものに過ぎない。
大規模な地殻変動が無くとも、雨や風による風化浸食作用は常に継続し、我々の日常生活を脅かし続ける。

痩せた岩尾根を過ぎると、安定した北斜面に着き、ルートは電光を切り始める。
件のビバークボヤ事件の現場を通り過ぎると、予想通り…ガスは完全に抜け青空が広がり、急激に気温は上昇した。
二羽の猛禽が上昇気流をつかまえ昇って来るのが見える。
遥か遠くに「トムラウシ」を望みながら、長い長い下降ルートに取り付いた。

つづく。

【写真1】濃いガスの中、オプタテへ
【写真2】山頂に着くと…
【写真3】遥か遠くにトムラウシ(遠過ぎる…


夕食まで取り立ててやる事は無いので、避難小屋でくつろぎながら、暫しオジサンと山談義を交わす。普段、殆ど山ではヒトに遭わない山行ばかりしているから、山ヤ同士のハナシも新鮮だ。
聞けば…内地から来たオジサンは「オプタテシケ」をやった後、「ニペソツ」と「石狩岳」にも登るという…二百名山ハンターだった。
個人的には百名山も二百名山も全く興味は無いが、完登まで残り20座ほどのリストを見せて貰った。
そこに、日高山脈「カムイエクウチカウシ山」の名前があった。
「カムエクって、今登れるのかなぁ…」
アイヌ語で「クマが転がり落ちるところ」という名前を持つ山は、昨年…登山者が立て続けに2名も羆に襲われる獣害事案が発生した。
北海道登山史でも有名な「福岡大ワンゲル事件」で3名が獣害事故で死亡したのも、この山だった。
何かしら因縁めいたものも感じるが、果たして偶然なのか…
日高山脈の個体群が飛び抜けて凶暴だとは思わないが、住環境によって何らかの性質上の傾向があるのかも知れない。

「普通、羆は人間を警戒し恐れてるものなんですが、この個体はもう怖がっていない。自分のテリトリーに侵入した人間に対して典型的な排除行動をとっている。恐らくはカールの餌場に居着いたメスだとは思うんですが、この個体が他の餌場に移るか自然死するまで安全とは言えないですね。多分、入山も規制されている筈ですよ。」
聞けば、「いざという時の為に」という事で、オジサンのザックには無積雪期には不要なピッケルが外付けされていた。
いよいよという時は戦おうという事らしい。
「ま、運が良ければ…急所の鼻に当たって怯(ひる)んでくれるかも知れませんが、チャージされる前にやるべき事はまだまだ沢山ありますから。遭わない方法は勿論、遭っても相手に逃げる余裕を与える方法、近接遭遇を避ける方法、相手が警戒してる状態での距離のとり方、逡巡している相手への威嚇、そう言えば…大声で叱るっていう方法もあるそうですよ」
今年の夏、NHK特集で知床に住む漁師のジジイが、岬の番屋近くに出て来た羆を大声で叱って撃退している…という番組のハナシをしたら、オジサンも見ていたらしい。
「ま、大声を出す…というのは、単純に威嚇行動なんでしょうが、素人が真似するのは無理でしょうね。多分、その番屋近くに出る羆というのは、強い個体に餌場から追い払われた弱い臆病な個体だから、人間の威嚇にも驚いて逃げてしまうんでしょう。成獣のオスなんかには通じないでしょうね」

北海道で山登りをする以上、羆の問題というのは避けて通れないものだ。
一部の例外を除いて、道内の山なら何処にでも彼らは生息しているし、時には市街地に迷い出て来る事も珍しくない。
紛れもなく北海道は、ベアカントリーなのだ。
そこに住み、山を歩く人間ならば、彼らの生態を知り、互いに軋轢を生まない方法を実践する事は、義務であると同時に互いを傷つけ合わない為のルールでもある。
野生動物との共存なんて理想は動物愛護団体のお題目に過ぎない。
我々に出来るのは、自然界では当たり前にある…棲み分けであり相互不干渉の原則だ。

小屋の外は、時折…雨が止む事もあるが、濃いガスが上がってきたり、抜けたりして目まぐるしく変わり、かなり不安定な様子だった。
台風から変わった低気圧が北に停滞し、勢力の強い高気圧が南にある為に、気温が高く湿った南寄りの風が入る傾向は2~3日続きそうだ。
雨の止んだ隙を狙って外にタバコを吸いに行って戻ってくると、オジサンが不思議そうに拙者の履く長靴を見ていたので…
「靴の中、もうグッショリでしょ?長靴はサラサラですよ。40年山やってきて辿り着いた答が長靴なんですよ。コスパも最強ですよ。その登山靴の10分の1の値段もしないんですよ。なのに、サラサラですよ。」と自慢すると、なんか…釈然としなさそうに笑っていた。
確かに、晴れた日に登山道を歩くだけなら、登山靴の歩き易さは最強だ。
しかし、激しい降雨や沢の渡渉やぬかるみには、流石の浸湿撥水素材のゴアテックスとて太刀打ち出来無い。
人類は未だ完全防水の軟質素材として、浸湿性のある新素材の発明には至っていない。
結局、今のところ…ゴムが一番強いノダ。
気密性の高さは、そのまま防水性に直結し、故に「蒸れ」が最大の課題ではある。
最早、雪山の定番なった浸湿性を持つと言うゴム手袋「テムレス」(防寒テムレス)も、完全に汗の蒸れを逃がしてくれるワケでは無い(イグルー作ったあと放置しとくと、バリバリに凍る)。
長靴も夏場の山行では蒸れて仕方ないのだが、そこは…着脱容易なゴム長靴の特性を生かして、休憩時に長靴を脱いで風に当ててやれば、靴下の湿り気は瞬く間に解消される(ちょっと快感)。
従って、今のところ…新しい登山靴を買う予定は無い。
代わりに、未だ知らない理想的な長靴との出会いを求めて、ホームセンター通いは止められない。
今回縦走に履いてきた長靴は、かなり…理想形に近いものだ。
何度か書いているが、拙者の理想的な長靴は…登山靴用の「ビムラムソール」を靴底に使用したものだ。
一般の長靴は靴底が柔らかく、角礫を踏んだりガレ場を歩くと、痛くて悶絶してしまう。
その分、未整地の地面を歩いても植生を傷めず、歩き易いノダが、やはり…登山靴のグリップ感は忘れられない。

夕方、「富良野岳」(原始が原かな?)から来たというニイサン二人連れがびしょ濡れで到着。
アスリート体型のニイサンと、ポッチャリ体型の二人。アスリート体型のニイサンは会話の端々から山岳ガイドを生業にしているようで、表大雪まで縦走するようだ。
到着早々、遅い昼飯と夕食を兼ねた食事を始め、人が増え火が使われて小屋の中は更に暖かくなった。
ラジオで天気予報を聴くも、明日も今日と似たような気圧配置で、劇的な回復は望めそうにない。
降雨を突いて前進するか、はたまた停滞か…
明後日の回復が約束されているなら、少しでも前進すべきだが…などと、アレコレ頭を悩ませるのは精神衛生上良くないので、もう止めた。
明日の朝起きて、空模様を眺めやる気が起きたら歩けばイイ。気持ちが乗らなければ、ゴロゴロしていれば良い。

200名山オジサンが夕食の支度を始めたので、腹は減ってはいないが、なんとなく…拙者も夕食の支度を始める。
とりあえず、アルファ米をお湯で戻す。
2食入りで便利だった「尾西」の白飯が生産終了になってから、アルファ米は「モンベル」の2食入りを利用している。
朝飯用の白飯も一緒に作っておいて、出発前の手間を省く為だ。冷えたアルファ米も、珈琲を淹れるお湯を沸かすついでに湯煎してやれば、ホカホカのご飯にありつけるノダ。
普段、白飯を殆ど食べない生活をしているので、白飯を食べるのは久し振りだ。
…ので、「カメヤ」の少しお高いチューブ山葵を使って「山葵飯」にする。
ホカホカの白飯に山葵と削り節を乗せ、醤油を一回りし。
胡瓜は塩もみにして、鰯の缶詰も開けた。
うーん、山葵は美味いのだが、アルファ米が山葵の実力に全然追いついていない。
これなら、ちゃんと生米から炊けば良かったな。
そう言えば、最近は飯炊きしなくなったな~。
やっぱり、面倒くさいのと、水場の付随する指定野営地以外のビバーク主体の山泊になると、充分な水を得られないのが問題ナノだ。
そもそも、我が家には「白米」なるものが存在していないのが最大の原因であろう。
勿論、それに付随する炊飯器なる白モノ家電も存在しない。

日が没する前に小屋内は真っ暗になった。二人組みは早くもシュラフに潜り込んでいるが、拙者は持参のバーボン(メイカーズ・マーカー)に切り替えて、ラヂオのナイター中継を聞きながら眠気が来るのを待った。

翌朝、出発の準備をする二人組の立てた物音で目が覚めた。
窓から見えたのは昨日と同じような濃いガスだった。
二人組のあとを追うように、二百名山オジサンも「オプタテ」に向かって出発したようだ。
誰も居なくなった小屋で、カフェオレを淹れて一服する。
「さて…」、と考えるフリはしているが、その背中の「やる気スイッチ」はOFFったままのようだ。その証拠に…マグカップに入った昨晩の飲み残しのバーボンをカフェオレに入れたりして、うぃ~などと唸っておるノダ。
「良くもまぁ…こんな天気の悪い日に歩こうとするなぁ。何が楽しいのやら…」
再び横になりシュラフを被ると、二度寝の快感と優越感をむさぼり始めた。

目が覚めると、小屋の向かいにある…ナキウサギが生息する安山岩のガレ場に、太陽光が差し込んでいるのが見えた。
タバコを吸いに外に出るついでに、昨晩充電が切れたソーラーパフ(ランタンね)を陽向に出して充電しておく。
タバコを1本吸ってる間に俄かにガスが流れてきて、雨が降り始め、それは瞬く間に土砂降りになってしまった。
時間は未だ午前10時にすらなっていない。
長い長い…停滞日は始まったばかりだ。
一般化した大雪山縦走だが、計画段階で設けた予備日を「停滞日」として消費しているパーティーは意外なほど少ない。
計画段階での予備日を作っていなさそうな、余裕の無いパーティーも未だにいる。
悪天候をついて強行軍で前進するパーティーが増えるには、あの事故から10年という…人の記憶を薄らげるには充分過ぎる時間が流れたのが原因だろうか。

「美瑛小屋」ではFM電波が取れたので、ラヂオを聞いていたら知らない内に眠っていて、小屋にヒトが入ってきた気配で目が覚めた。
全身ずぶ濡れになったオジサン三人組が「白金温泉」から上がってきて、その後に単独のオジサン。夕方になって、表大雪まで縦走するという夫婦連れがやってきて、テン場にも縦走者らしき天幕が2張り建っていた。
失念していたが今日は土曜日だったノダ。
美瑛小屋の正確なキャパシティ(収容人数)は知らないが、ソーシャル・ディスタンスも関係無い…結構な密状態だが、特に気にしてマスクなどを着けるようなヒトは、拙者を含めて誰もいなかった。
今日1日のんびり出来た事で、疲労はかなり抜けていた。
明日から、いよいよ…稜線歩きが始まる。
それはそうと、まだ行き先が決まって無いが…
ま、それは…明日起きてから空模様を見て考えよう、ごくごく。

つづく。

【写真】和風縦走飯&洋麺縦走飯(大して美味くは無い)山の写真は次回からねっ