朝起きてテントの入口を開けると、青空を水面に映す沼が目の前に見えた。
やはり、水の近くで眠るのは落ち着く。山頂や稜線でのビバーク泊は、見晴らしは良いが気分的に少し落ち着かないものだ。
水辺といっても、沢沿いだと水音がウルサいいし突然の増水などにも警戒が必要だ。
大きな湖も良いが時折風が吹く事もある。
その点、この…稜線鞍部から降りた源頭沼というのは、サイズ的にもロケーション的にも素晴らしい。
「ヒサゴ沼」も好きな沼の一つだが、周囲が1km近くあって景観としては素晴らしいが、少し落ち着かない。
この沼は、周囲は50m程しか無く、まずもって日本人的美意識【ワビサビ】への無意識的欲求を満たしてくれるようで落ち着く。
北海道弁で言うところの…「なんまらあづましい」ノダ。
沼の周囲には白っぽい安山岩と這い松、高山植物が見事に配置され盆栽的な小宇宙を形作っているが、作為的なわざとらしさは微塵も無い。
寝転んだままテントから顔だけ出して空模様を眺める。
下山予定日まで、あと1日あるが予備日を残して今日下山しようと、昨晩寝る前に決めていた。
もう1日粘ってみても、下山出来るのは「旭岳」か「黒岳」のような超メジャーな山しか無い。
せっかく新型コロナのおかげで、珍しく静かな縦走を楽しめているのだ、自ら人混みの中に飛び込む必要は無い。
「東大雪」に向かうには日数も足りないし、「トムラウシ温泉」に下山するにしても「新得」までの足(交通手段)が無い。
結局、拙者には「天人峡」しか無いノダ(天人峡好きだけど…)。
ま、正直に言えば…「娑婆っ気」が出てしまった、という事だ。
珈琲を淹れ、紫煙をくゆらせながら朝の静謐な時間を楽しむ。
やっぱり、山旅には…これぐらいの余裕が必要だ。
まったりと飽きるまで景色を眺める時間と、寄り道、出来うれば…昼寝の時間があればサイコーだ。
長い「天人峡ルート」の為に昼食の用意をし、タップリめの行動食をジップロックに準備して、撤収を始める。
うわぁ、やっぱり…ココ、2~3日ゆっくりしたかったな。
ココをBCにして、アチコチ散歩したり探索したりしたら、楽しいだろうな~
頑張れば「天人峡」から1日で来られるし、アレも沢山持って来られるナ。
昨夜、最後の「クラシック」を片付けたから、入山の時から比べると確実に5kg以上は軽くなっている筈なのに、何だろう…この重量感は?
快調に減り続けた「クラシック」に比べて、食糧が殆ど減っていないノダ。
細かい計算はしていないが、少なくとも1日2500kclは摂取出来るよう頑張って沢山食糧を持って来ているのだが、実際のトコロ…1日1500kclも採れていないのだろう。
その証拠に一週間の山行で、体重が確実に3kgは減ってしまうのだ。
原因は分かっている。
昔に比べたら、食が細くなっているのも、日頃…食べ放題に通っていても分かる(店に被害を与える程は食えなくなったもんな)。
とりあえず、ビールでお腹いっぱいになって、炭水化物まで手が回らない(炭酸で胃が膨れてるだけ)。
日頃、炭水化物を殆ど採らない食生活だから、突然…「飯食え」と言われても困る(ウチに炊飯器は無い)。
台風に閉じ込められ、食糧が足りなくなった経験から日程よりも多く持ってきてしまう癖がついてしまったのが一番の原因だが、昔みたいにちゃんと食糧計画を立てたほうが良いのだろうか。
でも、今夜食べる献立が分かっていたら楽しみが無いからな~。「今日は何にしよ~かな、ルンルン♪」と設営を終えて食糧袋をガサゴソしながら迷う楽しみもあるノダ。
縦走路に復帰して「日本庭園」に向かう。
「天沼」の手前で空身のニイサンとすれ違う。
「トムラウシ」に行くようだ。
恐らく「ヒサゴ沼」から大雪渓を詰めて鞍部分岐に上がり、分岐にザックをデポして「トムラウシ」を往復して、「天人峡」あたりに下山するのだろう。
と、そんな事を問い掛けたら「その通りです」と返された。
「自分も昔は良くやったんだよ~。昔は天人峡にもバスあったから、それに間に合う為に走ったりして。自分も今日は天人峡だけど、多分…途中で追いつかれるよ。」
「天人峡からはタクシーですか?」
「いや、今日はのんびり温泉入って、何処かにテント張って、明日の一便のバスで旭川かな~と思ってんだけど…」
先を急ぐ彼の足を止めてもいけないので、「んじゃ、あとで」と挨拶して見送った。
「天沼」を過ぎたあたりで、昨晩「ヒサゴ沼」泊まりだったらしい3人パーティーとスライドした。
若いオネイサンが居たので、小屋の様子を尋ねると「偶然知り合いに会ったので宴会でしたぁ」と応えた(そゆ事訊いてんじゃないのっ)。
どうやら、他の二人のオジサンオバサンがそうらしい。
やっぱり、「クッチャンベツ林道」が開通してから、「沼の原」経由で「ヒサゴ沼」に入る人が増えているようだ。
小屋は外観はキレイになったが「中は余り変わってなかったですよ」と笑っていた。
基礎と鉄骨の骨組みは、そのままに外壁と屋根を張り替えたようだ。
ま、いずれ御世話になる時もあろう。
「日本庭園」を過ぎて「ヒサゴ分岐」に来たら、ザックが2つデポされていた。
んん?さっきのニイサンのと、もう一つは誰のだ?とキョロキョロしてたら、コルの「ヒサゴ」とは反対の沼方面からカメラをぶら下げた30歳過ぎのニイサンが現れた。
休憩がてら立ち話をする。
沼に続く沢型にクッキリと踏み跡がついていて、不思議に思って行ってきたそうだ。
「昔、まだヒサゴ小屋が整備される前にビバークに使われてたらしいですよ。自分も昔…ヒサゴに降りるの面倒くさくて、一度泊まった事があるけど、なかなか良いテン場ですよ」
「どちらから」と尋ねられたので、縦走のあらましを説明しながら、果たして…(積極的)ビバーク泊の事も話してイイ相手かどうか品定めする。
世の中には融通の利かない、ココロの狭い人達も居るから、ちょっとイリーガルなビバーク泊を理解してくれるかどうか、ちゃんと判断して話さないと後々大変な事になる。
この野生の羆的なワイルドさを醸し出す拙者に、面と向かって注意する命知らずはなかなか居ないが、後々…ネットで告げ口されて大事になる事は避けなければならぬ(つか、書いちゃってるしぃ)。
目の前のニイサンは、そこそこキャリアもあり、ルートを外れて探索するココロの余裕もあるようなので、「コスマヌプリ」と「クワウンナイ源頭沼」の話を正直にしたが、彼はどちらも知らないようだった(当たり前だ)。
これから「沼の原」から「クッチャンベツ」に下山すると言った彼と別れ、「化雲岳」へ向かう急登に取り付いた。
急登を詰めると台地状の丘に上がる。振り返った先に「トムラウシ」の岩峰が見えた。
荒い息を整えながら、縦走中何度も思っていた…「登山って大変なんだなぁ」という思いが、つい言葉になって出てしまった。
重い荷物を担いで、一般登山道を歩き山頂を目指す行為を【登山】と呼ぶならば、拙者は随分…登山をしていない気がする。
ルーファイ(ルート・ファインディング=進路探索)をしないで済む…一般登山道を歩く登山は、今の自分には退屈極まりない。
その辺の公園を散歩するのと大差無く、緊張したり不安になる事とは無縁だ。
自分のアタマで考える必要も無い登山道は、誰かに用意された道だから考えたり悩んだり迷う必然は無く、安全だが退屈でつまらなく、物足りない。
以前…登山に於ける山との関係性を「一方通行」と上手い言い方をした人が居たが、恋愛で言えば「片思い」に近い一方向的なアプローチ、それが一般的な「登山」なのだと思う。
それに対して、雪山や沢登りやバリエーションは、山との距離感だけでなく双方向的な関係性を感じるのは、いささか感傷的過ぎるだろうか。
山と1対1で向き合ってる感覚は、リスキーでシビアだが対等な地平に居る充足感をもたらす。
サバイバル登山家の「服部文祥」氏は、その著書の中で…フリークライミングやサバイバル登山を指して、その原理を「お前ココをズルしないで登れる?」という簡潔な言葉で切り取ってみせた。
整備された道や、下界から持ち込んだ食糧、登攀装具にたよらず生身の躯 (からだ)ひとつで山に向かい…「一個の生命体」として山と対等に立つ事から始めるという事らしい。
その為に彼は、その取捨選択の基準が曖昧で個人的価値観に依存し過ぎて他人には分かりにくい、(文明の利器である)道具に頼るスタイルを捨て、最低限のものだけを持ち山へ向かった。
同じように、雪山やバリエーション登山の理念が、整備された登山道に頼らずに山に登る事を指すならば、そこには山と対等でありたい、という純粋な動機がある。
いや、きっかけはもっと単純だったかも知れない。
どうしても、行きたい山(場所)がある。
だが、そこには登山道は無い。
だったら、その山には登れないのか?
そんな事は無いだろう。
ただ、道が無いってだけ、それだけの事だろう。
道が無いのならば、藪を漕いでいけばいいだけの事。
歩き易い地形や植生を探して(ルーファイ)登れば良いノダ。
こんな単純な発想が始まりだった筈。
ズルをするとか、しないとかじゃ無く、別に登山道や装備が無くても山登りは出来んじゃないの?って事だ。
しかし、こいつは皆様が想像する以上に過酷でリスクが高い。
簡単に「真似しろ」とは言えないが、やってみると存外に楽しいし、山との関係性が濃密になる事を保証する。
何よりも、山への理解度が増す。より身近に、より深く。
「化雲岳」に到着し、ザックを下ろして小休止をとる。
何度となく見てきた見慣れた景色ではあるが、ココからの眺望は素晴らしい。
南には今回歩いた「十勝連峰」からの大雪山系最南端「トムラウシ」の雄姿。
東には「沼の原」の向こうに横たわる長大な東大雪の峰々。
北には「忠別岳」の彼方に表大雪の秀峰たち。
西には「化雲岳」から延びる長大な尾根。
これを見て心躍らない岳人は居ない筈だ。
もし居たら、少なくとも…そ~ゆ~人とはオトモダチにはなれそうに無いな。
そして、今見渡せる全ての山に足跡を刻んできた…我が歴戦の苦闘の数々。
今回、久し振りに十勝縦走路を歩いてみて、ちょっと新鮮だったかも知れないと感じている。
全ての縦走路を(往路復路)制覇して、「もう新鮮な感動は味わえないんだ」と少し残念だったが、なんのなんの!すっかり、忘れてしまっている場所が沢山あり、新しい発見や新鮮な感動を数々味わえたノダ。
そう考えたら…来年以降の縦走計画も楽しみになってくる。
但し、二十代のような…15時間もぶっ通しで歩けるような体力は、オジサンにはもう無い。
しかし、今はあの頃は無かった知識やスキルが沢山あり、体力不足を補って余りある臨機応変さも身につけた(気もする)。
大雪山縦走に通い始めて…26年。
まだまだ、拙者には大雪山は面白く、刺激的で、好奇心や冒険心を満たしてくれ、感動と驚きを与えてくれる。
歩き慣れた「天人峡」への砂礫ルートを下り始める。
時折、振り返って少しずつ小さくなっていく「化雲岳」をハイマツ越しに見やる。
今回の縦走も色々あったし、体力的にはキツかったけど、なかなか面白かったよな。
コロナ禍で人は少なかったし、美味いビールも毎日呑めたし、雨に降られたのは入山日の数時間だけだったし、初めてのビバーク地も開拓出来たし、ブロッケンにも会えたし、楽しい山の話も出来たし、怪我もせず生きて下りられそうだ。
とりあえず、早く温泉に浸かって、ごくごくしたい。
もし…「しきしま荘」(天人峡で唯一の温泉旅館ね)に空室があれば、泊まってもいいかな。
いや、このコロナ禍でガラガラの筈だし、尚且つ…今日は拙者の五十数回目の誕生日でもある。たまには贅沢すんのもイイではないか。
よし、そうと決まったら、こんな所でノンビリ煙草を吹かしとる場合では無いっ。
慌てて立ち上がって歩き出そうとしたが、ザックを背負うのを忘れるところだった(慌てるな慌てるな)。
おわり。
【写真1】立つ鳥あとを濁さず
【写真2】ヒサゴ沼全景
【写真3】化雲岳








