白々と明け始めた山並みを眺めながら、ぬくぬくの羽毛寝袋にくるまり、一杯の珈琲を飲む。
山で目覚める贅沢とは、この一瞬の中にある。
やはり、山は朝がイイ。
縦走中、唯一ゆっくり出来るのも、この朝の一時だけだ。
一晩中…天幕を揺さぶり続けた風も止み、静謐な時間が高度1700mの世界を支配していた。
生憎、来光は巨大な「オプタテシケ」に阻まれて、ビバーク地には届かなかったが、朝日を浴びて刻々と表情を変化させる山並みを見ているのは楽しかった。
しかし、のんびりし過ぎたのか…気がつけば、「ベベツ岳」の下りに二人組の登山者が現れた。
こんな早朝に来るのは、昨夜「美瑛小屋」に泊まった人達であろう。
慌ててパッキングを始めたが、天幕を畳んだトコロで、二人組の登山者がビバーク地脇のルートまで上がってきてしまった。
「オハヨーございます。あら…昨夜は、此処に泊まったの?寒かったでしょ?」
キャピキャピと賑やかなオバサマ達が、興味津々に尋ねてきた。
「ええ、本当はオプタテ越えて泊まる積もりだったんですけど、此処で沈没しました~。」
彼女達は「オプタテシケ」一番乗りを目指して、ニコニコしながら足早に過ぎ去って行った。
オバサマ達のケツを追い掛けるように出発したが、昨日の登坂の疲れが抜けておらず、空身のようなオバサマ達に追い付ける筈も無く、あっという間に視界から消えてしまった。
「オプタテシケ」南側の頂上付近のルートは、痩せた岩稜帯にへばりつくように伸びている。
軽い日帰りザックならば、なんてこと無い楽しい行程だが、大型ザックを担いで疲労した縦走登山者には酷なルートだ。
一歩一歩が重く、肩がもげそうになるぐらいに傷む。
昨年の「オプタテシケ」北斜面の4時間の苦闘といい、この南斜面といい…一筋縄にはいかない山だ。
だが、この頂上に立てば…一年振りに、愛して止まない「トムラウシ」に再会が叶うのだ。
朝イチの苦しい登行の末、頂上に辿り着くと、「表大雪」の山並みに迎えられた。
先行していたオバサマ達に加え、後から到着した単独男性、二人組男性パーティーらも、昨夜は「美瑛小屋」泊まりだったようだ。
暫し山談義の花が咲く。
「今年は、標高年なんで…オプタテも人気ですね~」
「標高年って、何ですか?」
「いや…だから、西暦と同じ数字の2012mの山だから…」
「ああ…なるほど~」
「知らなかった…という事ですね?」
オバサマ達は…「次はワタシ達も縦走よね~」と盛り上がっていた。
皆さんが頂上をアトにしてから、暫らく頂上を独り占めしながら眺望を楽しんだ。
恐らく早出した日帰り登山者であろう二人組が、「ベベツ岳」のコルに現れたので、彼らが到着する前に出発する。
これからは、静かな縦走路だ。
見下ろせば…稜線を「トムラウシ」に向かって延々と縦走路が伸びているのが見える。
イキナリ、やる気を削ぐ景色にゲンナリする。
途中、キツい登り返しは無いが、一応「スマヌプリ」「コスマヌプリ」「ツリガネ山」(本ピークでは無い)の三つの頂上を越えねばならない。
「双子池」から「スマヌプリ」までは、緩やかな上りの長い長い笹藪漕ぎのルートがあり、苦手な場所の一つである。
その前に、「オプタテシケ」頂上から「双子池」まで、一気に600m もの標高差を下りなければならない。
登るのも一苦労だが、下るのも…ゆるくない。
ガレた痩せ尾根を下ると、九十九折りのルートに差し掛かる。
昨年の苦しかった登行を思い出し、何故かニヤリと笑う。
九十九折りを少し下ると、本来なら昨夜泊まる筈だったビバーク地があった。
ルートの脇というか、殆どルート上に…天幕一張り分のビバーク・スペースがある。
風を遮るハイマツも岩も無く、吹きっさらしの場所だが…目の前に珠玉の「トムラウシ」の遠望があり、風の無い日に必ず泊まりに来ようと…再度、ココロに誓う。
「双子池」のテン場まで下りて来ると、夏山のような暑気に汗が噴き出した。
所々、黒土が露出したテン場は、水捌けが悪く、いつもはグチャグチャだが、今回はカラカラに乾いている。
暫く雨が降っていないのだろうか。
黒土があるという事は、その元になる腐葉土があったという事だ。腐葉土は落ち葉が腐敗して作られる。
昔は此処にも森が広がっていたのだろうか…と、先史時代に思いを馳せる。
今は水場も涸れ、閑散としたテン場を後にして、根曲がり竹の刈り分け道を進む。
此処は雌の羆のテリトリーだが、新しい痕跡は確認出来なかった。
恐らく…此処の個体だろうが、「オプタテシケ」の頂上直下の1900mを超える高度まで上がってきては、ルートの真ん中に…これ見ようがしに糞を落としていく奴が居るようだ。
まだ、お目にかかった事は無いが、いつか…出会える事があるだろうか。
風の抜けない笹藪漕ぎに汗だくになる。
このルートも、何年か前に刈り取られ、大分歩き易くなったが、回廊のような見通しの利かぬルートは、退屈である。
流石に暑くて、藪対策に重ね着していた長袖Tシャツを脱ぐ。
笹藪を抜けると、イキナリ…遺跡のような巨石群が現れる。「兜岩」(かぶといわ)だ。
ハイマツやナナカマドがまとわりついた巨石が幾重にも重なって、アンコールワット遺跡のような風格がある。
ハイマツの枯れ葉が敷き詰められた樹下は、日陰になりヒンヤリとしており、大層居心地が良い。
岩陰には、何十年も前のビバークした登山者が残した空き缶が転がっていたりする。
長い退屈な縦走路の中で、それは…シルクロードの砂漠に遺棄され、風化が進み自然の一部と化した楼閣の残骸のように、廃墟然とした風格と孤高を纏って稜線上に鎮座していた。
「兜岩」を過ぎると…ハイマツの背丈は腰あたりになり、見晴らしが良くなる。
振り返ると、裾野を美しく広げた「オプタテシケ」の姿が美しい。
隣り合う左手の稜線には、山の上には似つかわしくないぐらい存在感を持つ沼が浮かんでいる。「硫黄沼」だ。
緩やかに「スマヌプリ」(地図上の1668ピーク)の登りを詰める。
ハイマツ帯の中の一本道は「大雪山~十勝縦走路」の中でも、一際(ひときわ)美しく、歩いていて楽しくなる場所である。
「スマヌプリ」に到着し、補給と給水をする。
早くも肩が猛烈に痛み始めた。
歩いている間は、痛みを無視すれば良いが、こうして立ち止まると、アチコチが痛くなっているのに気付く。
「オプタテシケ」の下りで、又してもマメを作ってしまった。
重装備で2時間以上下りっぱなしになるので、足裏への衝撃は半端無い。膝のクッションで吸収出来るのは半分程だ。余り膝を使うと、足裏より先に靱帯が悲鳴を上げる。
時には、ハイカット・ブーツの足首のホールドを、衝撃吸収に使ったりもする。
マウンテン・ブーツを脱いで処置したいが、足裏が痺れていて…脱げば二度とブーツを履きたくなるかも知れない。
どうせ…水膨れを潰して水を出すのだ。自然と潰れるまで待とう。
今日はまだ、5時間近く歩かねばならない。いずれ潰れるだろう。
「スマヌプリ」を一旦下ろされ、「コスマヌプリ」へ登り返す。
この辺りも羆のテリトリーだが、新しい痕跡は見当たらない。暖かいせいで、まだ…この高度には上がってきていないのかも知れない。
眼下には、羆が遊んでいそうな…日当たりの良い草地が広がっている。
「あの草地に天幕を張って泊まったら…さぞかし気持ち良いだろ~な」と考えてしまう自分は、だんだん羆の感覚に近付いてきているのだろうか。
「コスマヌプリ」のピークでも、ザックを下ろして休息を採る。
どうにもこうにも…肩が痛くて仕方ない。
ザックは40kgを切っている筈なのに、どうしてだろう。
ストラップを調節して、荷重バランスを腰に移しても痛みは取れなかった。
考えられるのは…肩ストラップに入っているウレタンの劣化だ。
なんせ、かれこれ…20年近く、このザックを背負っているのだ。
幾ら道具に頓着しない主義だとしても、行動に支障が出るようでは仕方ない。
ストラップと肩の間にタオルを挟んで緩衝材にする。
そういえば、ワンゲル時代は、みんな…こうして背負っていたな…と懐かしく思い出す。
当時の山道具は、「質実剛健」がコンセプトみたいな…快適性など無視した造りが殆どだった。
「快適性を求めるなら、山なんかに来るな」と言われてるようで、不快感や痛みは「気合い」と「根性」で何とかするしかなかった。
今は、金さえ出せば…人間工学に基づいた、最新素材を使った、使い易く、快適でデザイン性に優れた道具が幾らでも手に入いる。
だが…道具は、所詮…道具だ。
歩く主体は、人間であり、使いこなすのも人間だ。
人間が自然と対等に渡り合う為には、なるべくなら道具を排除するのが理想的だ。
勿論、生存を担保する…最低限の道具は必要だが、過度な機能は必要ない。
「背負って歩く」
その目的の為に特化した機能さえあれば良い。
デザインなんて、ザック・カバーを掛ければ…どうせ、見えなくなるノダ。
「ツリガネ山」の急登に喘いでいると、不意にヒトの気配がした。
ルートを見上げると…若い、十代と思われる外国人のカップルが下りて来るトコロだった。
初めて会う縦走者だった。
立ち止まり会話したかったが、荒い呼吸を整える余裕も無く、スレ違う時に道を譲って貰った御礼を「Thanks…」と短く述べただけだった。
この時間に此処に居るなら、今夜は「スマヌプリ」のコル辺りでビバークするのだろう。
「ツリガネ山」の小ピークまで辿り着くと、「トムラウシ」も…かなり近付いてくる。
遠くから見ても、一見して分かる…特徴的な岩峰が、女性的と比喩される「大雪山系」の中で、一際異彩を放っている。
「大雪山」の深部にある為に、其処を目指す者は例外なく長距離移動を強いられる。
容易く辿り着けぬが故に、憧憬の対象に位置付けられ続けてきた。
隔世的な特徴ある付近の景観もあいまって、嘗ては「大雪山の奥座敷」と呼ばれた事もあった。
遠望する「トムラウシ」は、深淵なる山塊の彼方に鎮座し、孤高なる佇まいの中に、寡黙な哲学者のような崇高さを漂わせている。
長い行程を経て辿り着くと、寡黙な哲学者が、実は…禁欲主義的な修験者のような不思議な厳しさを放っている事に、少なからず驚かされる。
切り立った岩峰は、人間を拒絶するような気高さに満ちている。
だが、不思議な事に…南側の縦走路から眺める「トムラウシ」は、寛容さに溢れた優しげな印象を抱かせる。
遙々(はるばる)長い縦走路を旅して辿り着いた旅人を、歓待するかのような懐の深さを感じるのだ。
まだ、この時は…「トムラウシ」が牙を剥くとは、考えもしなかった。
つづく…。
【写真1】朝イチに「オプタテシケ」へ登る。既にヤラレている。
【写真2】「オプタテシケ」北斜面から「トムラウシ」方面。縦走路が見える。
【写真3】「兜岩遺跡」。唐突に現れて、驚かされる。





