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白々と明け始めた山並みを眺めながら、ぬくぬくの羽毛寝袋にくるまり、一杯の珈琲を飲む。
山で目覚める贅沢とは、この一瞬の中にある。
やはり、山は朝がイイ。
縦走中、唯一ゆっくり出来るのも、この朝の一時だけだ。
一晩中…天幕を揺さぶり続けた風も止み、静謐な時間が高度1700mの世界を支配していた。
生憎、来光は巨大な「オプタテシケ」に阻まれて、ビバーク地には届かなかったが、朝日を浴びて刻々と表情を変化させる山並みを見ているのは楽しかった。

しかし、のんびりし過ぎたのか…気がつけば、「ベベツ岳」の下りに二人組の登山者が現れた。
こんな早朝に来るのは、昨夜「美瑛小屋」に泊まった人達であろう。
慌ててパッキングを始めたが、天幕を畳んだトコロで、二人組の登山者がビバーク地脇のルートまで上がってきてしまった。
「オハヨーございます。あら…昨夜は、此処に泊まったの?寒かったでしょ?」
キャピキャピと賑やかなオバサマ達が、興味津々に尋ねてきた。
「ええ、本当はオプタテ越えて泊まる積もりだったんですけど、此処で沈没しました~。」
彼女達は「オプタテシケ」一番乗りを目指して、ニコニコしながら足早に過ぎ去って行った。
オバサマ達のケツを追い掛けるように出発したが、昨日の登坂の疲れが抜けておらず、空身のようなオバサマ達に追い付ける筈も無く、あっという間に視界から消えてしまった。
「オプタテシケ」南側の頂上付近のルートは、痩せた岩稜帯にへばりつくように伸びている。
軽い日帰りザックならば、なんてこと無い楽しい行程だが、大型ザックを担いで疲労した縦走登山者には酷なルートだ。
一歩一歩が重く、肩がもげそうになるぐらいに傷む。
昨年の「オプタテシケ」北斜面の4時間の苦闘といい、この南斜面といい…一筋縄にはいかない山だ。
だが、この頂上に立てば…一年振りに、愛して止まない「トムラウシ」に再会が叶うのだ。

朝イチの苦しい登行の末、頂上に辿り着くと、「表大雪」の山並みに迎えられた。
先行していたオバサマ達に加え、後から到着した単独男性、二人組男性パーティーらも、昨夜は「美瑛小屋」泊まりだったようだ。
暫し山談義の花が咲く。

「今年は、標高年なんで…オプタテも人気ですね~」
「標高年って、何ですか?」
「いや…だから、西暦と同じ数字の2012mの山だから…」
「ああ…なるほど~」
「知らなかった…という事ですね?」

オバサマ達は…「次はワタシ達も縦走よね~」と盛り上がっていた。
皆さんが頂上をアトにしてから、暫らく頂上を独り占めしながら眺望を楽しんだ。
恐らく早出した日帰り登山者であろう二人組が、「ベベツ岳」のコルに現れたので、彼らが到着する前に出発する。
これからは、静かな縦走路だ。
見下ろせば…稜線を「トムラウシ」に向かって延々と縦走路が伸びているのが見える。
イキナリ、やる気を削ぐ景色にゲンナリする。
途中、キツい登り返しは無いが、一応「スマヌプリ」「コスマヌプリ」「ツリガネ山」(本ピークでは無い)の三つの頂上を越えねばならない。
「双子池」から「スマヌプリ」までは、緩やかな上りの長い長い笹藪漕ぎのルートがあり、苦手な場所の一つである。
その前に、「オプタテシケ」頂上から「双子池」まで、一気に600m もの標高差を下りなければならない。
登るのも一苦労だが、下るのも…ゆるくない。
ガレた痩せ尾根を下ると、九十九折りのルートに差し掛かる。
昨年の苦しかった登行を思い出し、何故かニヤリと笑う。
九十九折りを少し下ると、本来なら昨夜泊まる筈だったビバーク地があった。
ルートの脇というか、殆どルート上に…天幕一張り分のビバーク・スペースがある。
風を遮るハイマツも岩も無く、吹きっさらしの場所だが…目の前に珠玉の「トムラウシ」の遠望があり、風の無い日に必ず泊まりに来ようと…再度、ココロに誓う。

「双子池」のテン場まで下りて来ると、夏山のような暑気に汗が噴き出した。
所々、黒土が露出したテン場は、水捌けが悪く、いつもはグチャグチャだが、今回はカラカラに乾いている。
暫く雨が降っていないのだろうか。
黒土があるという事は、その元になる腐葉土があったという事だ。腐葉土は落ち葉が腐敗して作られる。
昔は此処にも森が広がっていたのだろうか…と、先史時代に思いを馳せる。
今は水場も涸れ、閑散としたテン場を後にして、根曲がり竹の刈り分け道を進む。
此処は雌の羆のテリトリーだが、新しい痕跡は確認出来なかった。
恐らく…此処の個体だろうが、「オプタテシケ」の頂上直下の1900mを超える高度まで上がってきては、ルートの真ん中に…これ見ようがしに糞を落としていく奴が居るようだ。
まだ、お目にかかった事は無いが、いつか…出会える事があるだろうか。

風の抜けない笹藪漕ぎに汗だくになる。
このルートも、何年か前に刈り取られ、大分歩き易くなったが、回廊のような見通しの利かぬルートは、退屈である。
流石に暑くて、藪対策に重ね着していた長袖Tシャツを脱ぐ。
笹藪を抜けると、イキナリ…遺跡のような巨石群が現れる。「兜岩」(かぶといわ)だ。
ハイマツやナナカマドがまとわりついた巨石が幾重にも重なって、アンコールワット遺跡のような風格がある。
ハイマツの枯れ葉が敷き詰められた樹下は、日陰になりヒンヤリとしており、大層居心地が良い。
岩陰には、何十年も前のビバークした登山者が残した空き缶が転がっていたりする。
長い退屈な縦走路の中で、それは…シルクロードの砂漠に遺棄され、風化が進み自然の一部と化した楼閣の残骸のように、廃墟然とした風格と孤高を纏って稜線上に鎮座していた。

「兜岩」を過ぎると…ハイマツの背丈は腰あたりになり、見晴らしが良くなる。
振り返ると、裾野を美しく広げた「オプタテシケ」の姿が美しい。
隣り合う左手の稜線には、山の上には似つかわしくないぐらい存在感を持つ沼が浮かんでいる。「硫黄沼」だ。
緩やかに「スマヌプリ」(地図上の1668ピーク)の登りを詰める。
ハイマツ帯の中の一本道は「大雪山~十勝縦走路」の中でも、一際(ひときわ)美しく、歩いていて楽しくなる場所である。
「スマヌプリ」に到着し、補給と給水をする。
早くも肩が猛烈に痛み始めた。
歩いている間は、痛みを無視すれば良いが、こうして立ち止まると、アチコチが痛くなっているのに気付く。
「オプタテシケ」の下りで、又してもマメを作ってしまった。
重装備で2時間以上下りっぱなしになるので、足裏への衝撃は半端無い。膝のクッションで吸収出来るのは半分程だ。余り膝を使うと、足裏より先に靱帯が悲鳴を上げる。
時には、ハイカット・ブーツの足首のホールドを、衝撃吸収に使ったりもする。
マウンテン・ブーツを脱いで処置したいが、足裏が痺れていて…脱げば二度とブーツを履きたくなるかも知れない。
どうせ…水膨れを潰して水を出すのだ。自然と潰れるまで待とう。
今日はまだ、5時間近く歩かねばならない。いずれ潰れるだろう。

「スマヌプリ」を一旦下ろされ、「コスマヌプリ」へ登り返す。
この辺りも羆のテリトリーだが、新しい痕跡は見当たらない。暖かいせいで、まだ…この高度には上がってきていないのかも知れない。
眼下には、羆が遊んでいそうな…日当たりの良い草地が広がっている。
「あの草地に天幕を張って泊まったら…さぞかし気持ち良いだろ~な」と考えてしまう自分は、だんだん羆の感覚に近付いてきているのだろうか。
「コスマヌプリ」のピークでも、ザックを下ろして休息を採る。
どうにもこうにも…肩が痛くて仕方ない。
ザックは40kgを切っている筈なのに、どうしてだろう。
ストラップを調節して、荷重バランスを腰に移しても痛みは取れなかった。
考えられるのは…肩ストラップに入っているウレタンの劣化だ。
なんせ、かれこれ…20年近く、このザックを背負っているのだ。
幾ら道具に頓着しない主義だとしても、行動に支障が出るようでは仕方ない。
ストラップと肩の間にタオルを挟んで緩衝材にする。
そういえば、ワンゲル時代は、みんな…こうして背負っていたな…と懐かしく思い出す。
当時の山道具は、「質実剛健」がコンセプトみたいな…快適性など無視した造りが殆どだった。
「快適性を求めるなら、山なんかに来るな」と言われてるようで、不快感や痛みは「気合い」と「根性」で何とかするしかなかった。
今は、金さえ出せば…人間工学に基づいた、最新素材を使った、使い易く、快適でデザイン性に優れた道具が幾らでも手に入いる。
だが…道具は、所詮…道具だ。
歩く主体は、人間であり、使いこなすのも人間だ。
人間が自然と対等に渡り合う為には、なるべくなら道具を排除するのが理想的だ。
勿論、生存を担保する…最低限の道具は必要だが、過度な機能は必要ない。
「背負って歩く」
その目的の為に特化した機能さえあれば良い。
デザインなんて、ザック・カバーを掛ければ…どうせ、見えなくなるノダ。

「ツリガネ山」の急登に喘いでいると、不意にヒトの気配がした。
ルートを見上げると…若い、十代と思われる外国人のカップルが下りて来るトコロだった。
初めて会う縦走者だった。
立ち止まり会話したかったが、荒い呼吸を整える余裕も無く、スレ違う時に道を譲って貰った御礼を「Thanks…」と短く述べただけだった。
この時間に此処に居るなら、今夜は「スマヌプリ」のコル辺りでビバークするのだろう。

「ツリガネ山」の小ピークまで辿り着くと、「トムラウシ」も…かなり近付いてくる。
遠くから見ても、一見して分かる…特徴的な岩峰が、女性的と比喩される「大雪山系」の中で、一際異彩を放っている。
「大雪山」の深部にある為に、其処を目指す者は例外なく長距離移動を強いられる。
容易く辿り着けぬが故に、憧憬の対象に位置付けられ続けてきた。
隔世的な特徴ある付近の景観もあいまって、嘗ては「大雪山の奥座敷」と呼ばれた事もあった。
遠望する「トムラウシ」は、深淵なる山塊の彼方に鎮座し、孤高なる佇まいの中に、寡黙な哲学者のような崇高さを漂わせている。
長い行程を経て辿り着くと、寡黙な哲学者が、実は…禁欲主義的な修験者のような不思議な厳しさを放っている事に、少なからず驚かされる。
切り立った岩峰は、人間を拒絶するような気高さに満ちている。
だが、不思議な事に…南側の縦走路から眺める「トムラウシ」は、寛容さに溢れた優しげな印象を抱かせる。
遙々(はるばる)長い縦走路を旅して辿り着いた旅人を、歓待するかのような懐の深さを感じるのだ。

まだ、この時は…「トムラウシ」が牙を剥くとは、考えもしなかった。

つづく…。


【写真1】朝イチに「オプタテシケ」へ登る。既にヤラレている。
【写真2】「オプタテシケ」北斜面から「トムラウシ」方面。縦走路が見える。
【写真3】「兜岩遺跡」。唐突に現れて、驚かされる。
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「ポンピ沢」の渡渉部まで降りてくると、爽やかな涼風に迎えられた。
夏の名残の光線が水面をキラキラと光らせ、眩しくて目を開けていられないぐらいだ。
清涼なる水音と吹き渡る風が、それまでの苦しい登坂に報いてくれるようだった。

今朝方未明に、前泊した「白金温泉野営場」を出発した時から、この時季には異常なぐらいの気温に汗だくになってしまった。
徒歩で「望岳台」まで辿り着くまでに、Tシャツはビショビショになり、額から汗が滴り落ちた。
夜が明けたばかりだというのに、「望岳台」には沢山の車が停まっていた。
昨夜から車中泊で前乗りしている登山客の車だ。ヒト気の無い車のドライバーは、既に出発したのだろう。
流石、人気の「十勝岳」への登山口なだけある…と感心する。
一昨年、縦走した時は同じ「白金温泉野営場」に前泊し、「涸沢林道」から「美瑛小屋」を目指したが、入山する登山客には一人も会わなかったのに、やはり…メジャーな山は違うな、と思う。

本来は、「十勝連峰」最南端の「原始が原」からの入山を計画していたのだが、飲み水を…少なくとも3日分持たなければならないのと、更に…全く登山客が入っていないルートの為、羆の巣窟の中を歩かねばならないのとで、直前になって臆病風に吹かれてしまったノダ。
しからば…と思い、旭川駅前で行き先を考えた。
やりたい事はハッキリしている。
昨年の縦走で発見した…あの場所で、天幕を張って泊まりたい。
…という事で、「白金温泉」行きのバスに乗り込んだ。

実を言うと…「望岳台」に来るのは初めてだった。
今迄敬遠していた理由は、火山特有のザレて荒涼とした景色が個人的に好みで無いからだ。
あの…現実離れした、非日常的景観が大好きな人も沢山居るようだが…草木一本生えていない景色は、なんだか「死者の国」(地獄)をイメージしてしまい気持ちが萎える。
それに、デカザックを背負って、ザレ場を歩くのは半端なくキツい。

だから…「十勝岳」と「美瑛富士」への分岐では、迷わずに「美瑛富士」方面へのルートを採った。
既に、「望岳台」からのザレ場に消耗してしまっていた。
これから、長い長い道のりだ。
縦走初日に消耗しては、翌日以降が辛くなる。
日帰り登山とは違い、一週間の長いスパンでペースを作らねばならないのも、縦走の難しいトコロだ。

縦走初日のザックには、一週間分の食糧と、次の水場までの二日分の飲料水(5L)が詰まっており、重量は40kg近くになっている。
「美瑛富士」の裾を巻く、傾斜のユルいルートでも、息が上がった。
気温が17℃と…この時季にしては高く、殆ど無風である為、消耗の仕方が早い。
こまめに休憩を採りながら、「ポンピ沢」に辿り着いた。

暫く雨も降っておらず、渇水期である為に、水流は激しくなく容易く渡渉できた。
ガレた川岸にザックを下ろし、クールダウンする為に、イキナリ…四つん這いになり、沢の流れの中に直接頭を突っ込んだ。
周囲にヒト気が無いのをイイ事に、上半身裸になり、沢に浸したタオルで汗ばんだ躰を拭いた。
滴り落ちた水でズボンが濡れるので、ついでにズボンも脱ぎ捨て…パンツ一丁で沢に膝まで浸かり水浴びをする。
ん~、堪らん。
気持ち良すぎる。
これは…是非とも、此処で泊まってみたいものだ。
視線は無意識に、天幕が張れそうな場所を探し始めた。
イヤイヤ、待て待て。
縦走初日の、まだ午にもなっていない時間に、早くも泊まる事を考えてどうする。
今夜は、あの…素晴らしいロケーションの秘密のビバーク地に泊まるノダ。
きっと、春先や雨天時は暴れ沢になるだろう…「ポンピ沢」がいたく気に入ってしまった。
大きな岩の上に寝転がって、夏色の空を見上げた。
小一時間程ノンビリしていたら、日帰り登山者のオジサンが現れたので…彼に「独り占め権」を譲り、後ろ髪を引かれる思いで出発する。
せっかく、全身水浴びをしてサッパリしたのに、「ポンピ沢」からの登り返しの急登に再び汗だくになってしまった。
ハイマツの枝に掴まりながら、よじ登って「十勝縦走路」への分岐へ向かう。
急登を詰めて、荒い呼吸を整えていると…先程、沢にやってきたオジサンに追いつかれた。
挨拶を交わし、「美瑛富士」を見上げながら立ち話をする。
上富良野から来たオジサンは、今年から山をやり始めたらしく…殆ど遠足みたいな装備で、地図も持っていないという。
幾ら地元の山とは云え、良く平気で登ってくるな…と思う。
彼らには、山を「怖い」と思う感覚は無いのだろうか。
何かあった時には、どう対処するのだろう。

縦走の場合…考え得(う)る、あらゆるシチュエーションに対応する為に、最低限の、厳選した装備を持ってくる。
今迄の経験から、この時期の、この山域には、一体何が必要で、何が必要でないか…を、取捨選択し自分に必要な装備を持参する。
自分なりのノウハウが完成する迄は、試行錯誤の繰り返しだ。
自分の場合は、「装備品リスト」を作っている。
そこには、過去15年分ぐらいのデータが残っており、どの時期の、どの山には、何を持って行ったかが一目瞭然で分かるようになっている。
必要性を感じなかった装備はリストから、その都度消していき、必要性を感じた装備は新たに追加する。
それでも、持参する装備は…ギリギリに削った、必要最低限のものばかりだ。
勿論、結局…使わずに終わる装備もあるが、それは仕方無い。今回は、それを使うシチュエーション(状況)にならなかっただけのハナシで、状況次第では必要になる場合だってある筈だ。
単独縦走は、他に頼るべき他者は居ない。
大前提として、「自己完結」を旨とする。
あらゆる状況を、自分一人で処理する為の「装備」や「能力」「技術」「判断力」「知識」「情報」が必要とされる。
大変ではあるが…それが、醍醐味の一つであるのは確かだ。

「美瑛富士」へ向かうオジサンと別れ、縦走路に合流し「美瑛岳」の巨躯を背に「美瑛小屋」のあるコル(鞍部)に向かう。
見渡せる限りの…所々のルート上には、ポツリポツリと登山者の姿が散見できるが、目を凝らし探さなければ見えない程なので、気にはならない。
秋枯れた「チングルマ」の綿毛にデコレーションされたルートを、やっと見え始めた…「オプタテシケ」を眺めながら歩く。
「美瑛小屋」の脇を通過する時、テン場で「モンベル」のテントを設営中のパーティーが居るのが見えた。
後で知ったのだが、「表大雪」から縦走してきた山ガール二人組だったらしい。
是非とも、一緒に泊まってお近づきになりたかったが、今夜の泊地は「オプタテシケ」の、あの場所に決めている。
「石垣山」の肩を巻き、一旦コルに下りて「べベツ岳」へ登り返す。
稜線に上がると、西寄りの風が吹き始めた。
陽はまだ高いが、疲労は蓄積しており…思うように進めない。
昨年見つけた…「オプタテシケ」のビバーク地は、頂上を乗越した向こう側にあった。
正面に「トムラウシ」を遠望しながら泊まれる穴場だった。
但し、ビバーク地は風がモロにあたる稜線上にある為に、風が吹き始めた状況では、果たして天幕が設営可能なのか…それが、不安だった。
それ以上に、そこまで辿り着ける体力が残っているのか…分からなかった。
時刻は16時を過ぎ、風が冷たくなってきた。風が当たる稜線の西側に出ると…風速は10m/sを超えている場所もあった。
「べベツ岳」のピークを過ぎ、再びコルに下ろされ、最後の「オプタテシケ」の登り返しに取り付いた頃には、重いザックの負荷に両肩が激しく痛み始めた。体は重く、ペースは半減し、呼吸は荒く乱れた。
この消耗の仕方は、シャリバテ(エネルギー不足)というより、睡眠不足が影響しているように思えた。
昨日、夜勤明けに一睡もせず「札幌」から「白金温泉」まで移動し、日没前に寝袋に潜り込んだが、体力は完全に回復するところまでは行っていなかった。
縦走初日に、余り無理はしたくなかった。
明日から、長い長い縦走路に入る。
そんな時、ルート脇の細かい火山礫が敷き詰められた…ちょうど天幕一張分のビバーク・スペースが目に入った。
モロに風が吹き付ける場所だが、平坦で居心地は良さげだ。
此処は、もしかしたら…マイミク「SID隊員」が、先月「オプタテシケ」にアタックした時に天幕を張った場所ではないか。
夜半から吹き出した暴風に、散々な目に遭ったらしいが…正に、風が吹き付けるカンジが、それに合致する気がする。
砂礫の中には、荒れ地を好む「コマクサ」の小さな株があり、周りの「ハイマツ」(這い松)は風の影響か、どれも背が低い。
風は、今のところ…天幕を張れないほどでは無い。張り綱をシッカリ繋げば、飛ばされる事も無いだろう。
なによりも、陽が傾き始め…急速に気温が下がり始めていた。風もあるので、立ち止まっていると体がドンドン冷えてくる。
兎に角、この風から逃れたい。
この先に、風が避けられるビバーク地があれば良いが、これ以上高度を上げると…更に風が強くなる恐れがある。
今日は、此処に…張ろう。
目指していた「オプタテシケ」のビバーク地には届かなかったが、次回のコンディションの良い時を狙えばイイ。

吹き付ける風の中…暴れる天幕を押さえつけながら、苦労して設営すると、登山靴を脱いで天幕の中に飛び込んだ。
風が当たらないだけで、天幕内は別世界のように暖かかった。
エアマットを膨らませ、疲れ切った体を横たえると…そのまま、意識を失ってしまった。

合羽を一枚羽織っただけで眠ってしまっていたらしく、夜半になり寒さで目が覚めた。
携帯電話のデジタル時計の数字は22時を示していた。
天幕を揺さぶる風は、相変わらず衰えていなかったが、眠る前以上には強まっていなかった。
とりあえず…張り綱を確認する為に、ダウンを羽織って外に出てみる。
いつの間にか、稜線上はガスに覆われていたが…隙間からは、星空や「旭川」の夜景が覗いていた。
東側の街の灯りは…「芽室」や「十勝清水」だろうか。
しかし…スゴい場所に張ってしまったものだ。
正に、ビバーク(避難露営)だな。
天幕に戻って、お湯を沸かし…レトルトカレーを温める。
特に空腹感は感じなかったが、明日歩く為には無理にでも、食べておかなければならなかった。
缶ビールを一本開けて、毎回の山行の儀式でもある…「大雪山」に棲む神様に御神酒を捧げ、山旅の安全を祈った。

つづく…。


【写真1】「望岳台」を出発する。まだまだ…元気だ。
【写真2】「ポンピ沢」このアト…脱ぎます。
【写真3】「オプタテシケ」の取り付き部にビバークする。素晴らしい眺望には見向きもせず、爆睡した。
昨日から降り続いた雨のせいで、水捌けの悪いテン場は水浸しになっていた。
時折、小康状態になるものの、断続的に雨は降り続いており、当初…情緒を感じていた天幕を打つ雨音も、いい加減ウンザリしていた。
狭い窮屈な一人用天幕の中では、寝る他にする事も無く、湿った寝袋にくるまり…じっと耐えるしかなかった。

一昨日の夕方、「二つ沼」のビバーク地に到着したが、当てにしていたテン場の直ぐ横にある…伏流水の水場は、カラカラに渇いており、歩いて10分の雪渓まで水を取りに行かねばらなかった。
気温が下がり、ポタポタ程度にしか溶け出していない雪渓融水を1時間近く掛けて集め、なんとか飲み水だけは確保した。
しかし、夜半に降り出した雨のおかげで、水不足の不安だけは解消された。
なにしろ…天幕の外に小一時間もコッヘルを出しておけば、並々と水が溜まる程の雨量なのだ。

停滞2日目にもなると…「大雪山」最深部の他にヒト気も無いビバーク地に、たった一人閉じ込められた感覚は、不安と恐怖と閉塞感に支配されていた。
先程、小雨になった間隙をついて…沼のようになったテン場に、水を逃がす為の排水溝を掘りに天幕から出た時、我が命を繋ぐ天幕の小ささと脆弱さに、今更ながらに驚愕した。
荒々しい剥き出しの大自然の中に、ポツンと建つ唯一の人工物であるソレは、軽金属の…か細い二本のポールと、薄っぺらいナイロンのみで構築され、風雨を僅かに凌ぐだけの機能しか持たなかった。
その…余りにも、ちっぽけで頼り無げな風貌は、冷静に考えると怖くなるぐらいに、華奢で矮小過ぎた。
しかし、この天幕が無ければ…凶暴に吹き付ける風雨に、瞬く間に体温を奪われ、あの…「トムラウシ大量遭難事故」の犠牲者達と同じ徹を踏む事になる筈だった。
頼り無げ…だが、我が命を繋ぐ大切な我が家であり、「大雪山縦走」には欠かせない重要な装備の一つであるのは確かであった。

縦走出発前、縦走計画日記に…「大雪山は自分にとって【Home】になりつつある」と書いた事を後悔していた。
二十年近く通い続け、どんなに滞在日数が増えようが、主な縦走路を制覇しようが、此処は自分にとって…いや、人間にとっては【Away】(敵地)に過ぎない場所ナノだ。
装備が無ければ、山行計画どころか、その寿命を全うする事も適わない厳しく激しい環境ナノだ。
天幕を打ち続ける激しい雨音を聞きながら…その事実を、再認識すると堪らなく恐ろしくなった。
きっと…大雪山の神様(カムイ)が驕り高ぶった傲慢な人間(自分)に、自然の怖さを思い知らせる為に、この雨を降らせている…のだと、思えて仕方無かった。

停滞中の唯一の情報源である(稜線ならば携帯は通じる)…雑音だらけのラジオから聞こえる天気予報に因れば、昨日から上川地方には「大雨洪水警報」が発令されっぱなしだったし、濃いガスに視界を封じ込められたビバーク地では、天候快復の兆しを探る事も不可能だった。
下山予定日は明後日だった。
明日は、なんとしても…エスケープ・ルートである「天人峡ルート」への中継地点でもある「ひさご沼」まで前進せねばならなかった。
雨後の「天人峡ルート」は、ルート上を雨水が沢の如く流れる事で有名な、難コースだったが、そんな事に頓着する余裕も失せていた。
兎に角、下山するには…あのコースしか無い。
例え、沢になろうが、激流になろうが、下界に下りるには…「天人峡」に向かうしかなかった。

縦走を計画する時は、天候が崩れた時の為に、必ず逃げ道である「エスケープ・ルート」を確保せねばならない。
「荒れたら逃げる」が山の鉄則だが、殊…「大雪山」に於いては、エスケープ・ルートが少なく、どれも長距離である為に、その鉄則は適用しにくい。
故に、「荒れたら停滞」が大雪山でのローカルな鉄則になる。
特に、「白雲岳」以南の…嘗て、「裏大雪」と呼ばれた縦走路には、エスケープに使えるルートは少なく、登山口に下りても民家や集落があるワケでも無く、更に長いアプローチ林道を、国道や道々に出るまでに何時間も歩かねばならない事があるから堪らない。

従って、長期縦走には…何より天候予測のスキル(能力)が必要だ。
山岳部やワンゲル部で一番最初に教わるのは、「地図読み」と「天気図作成」だった。
NHKラジオ第二放送の「気象通報」(一日三回)を聞きながら、チャート(用紙)に天気図を書き込み、気圧配置等から明日以降の特殊な山岳気象を予測する。
登山ブームと言われ…登山人口が増えた昨今だが、この基本中の基本である天気図作成が出来る登山者は、山岳部OB&OG以外には殆ど居ないだろう(最近はwebで天気図を落とせる)。
山の天候に、娑婆(下界)の天気予報は殆ど役に立たない。
娑婆の天気予報をアテにして、判断を間違い遭難した例は「トムラウシ大量遭難事故」だけでは無く、枚挙に暇(いとま)がない。
気象遭難した登山者の割合は、遭難事故の大半を占める事実が、天候予測の重要性を如実に物語っている
例え天気図作成が出来ても、山の特殊な天候は予測が難しい。
特に「大雪山」は難しい。
今回も、秋雨前線(停滞前線)に湿った南風が流れ込んで、ここまでの豪雨をもたらすとは予測出来なかった。
今迄経験した過去のパターンからは、予測がつかなかったのが…正直なトコロだ。
判断ミスは、どんなベテランだって、エキスパートだってやらかす。初心者の専売特許などでは無いのだ。
ミスの影響を最低限に抑え、如何にリカバリー(取り戻す)するか…それが、大事ナノだ。


目指す「天人峡ルート」は、限られたエスケープ・ルートの一つだが、距離が長く、ルートのコンディションは雨水路沿いにある為、お世辞にも良いとは言えない。
ぬかるんだ湿原帯に、ダラダラと長い尾根歩き、登山口には胸突き八丁の急登が待ち受けている。
登山口には、「天人峡温泉」があるが…観光客の姿も疎らで、昔日の面影薄い寂れた雰囲気に支配されており、バス路線も廃止されてしまった。
昨年の縦走では、初めて「天人峡」を入山口に選択したが、初日の…登りばかりの行動時間は9時間近かった。

「また、あの…長いコースを下りなければならないのか…それも、こんな大雨のあとに…」
だが、他の選択肢は無かった。
唯一、この「裏大雪」から逃げられる道だった。
正直言って…この過酷な環境から、一刻も早く下山してしまいたかった。
天候に恵まれた昨年、一昨年の縦走では、娑婆(下界)に下りるのが勿体無く、食糧が許す限り…この「天上の楽園」に居続けたいと思ったが、今は無性に下界が恋しかった。
雨水や雪渓融水では無く、蛇口を捻れば際限なく出てくる…透き通った水道水が飲みたかったし、乾いた布団で手足を伸ばして眠りたかった。
熱い風呂にも入りたかったし、温かい食事や、キンキンに冷えたビールやコカ・コーラも恋しかった。
新鮮な野菜や、魚介類。炭火で焼かれた肉や、好物の豆腐…。
自分の中では、山で食べ物の妄想をし始めると、それは…下山すべき時期が近づいている証拠だ。
山での不便な生活も、最初は新鮮で楽しかったりもするが…慣れてしまえば、さほど面白いもんでは無い。
なにせ…お茶一杯飲むのにも、、なんだかんだで…大変だったりする。

今回、ガソリン・バーナーを持ってきたのが裏目に出た。
ホワイト・ガソリンを気化させる為のプレヒート(※予熱させ、タンク内の内圧を上げる事)が必要だから、天幕内では使えないのだ。
土砂降りの中で、プレヒートさせるワケにもいかず、仕方なく…水で戻したアルファ米の赤飯の晩飯をボソボソと食べ、ラジオを聞きながら寝袋に潜り込んだ。

翌朝も、相変わらず雨は止む事も無く降り続いていた。
とりあえず…二日間の引きこもり生活で散らかりまくった天幕内をかたずけ、パッキングをしながら、小雨になり出発するタイミングを待った。
此処から「ひさご沼避難小屋」までは、6時間もあれば辿り着けるだろう。
今日は、なんとしても…「ひさご沼」まで移動しなければならない。
天幕に当たる雨音に耳をそばだてながら、雨脚の弱まるのをジッと待ったが…逆に、天幕を鳴らす雨音は強まるばかりだった。
どのタイミングで出発するか…それを見極めるのは、殆ど勘頼りになる。

仕方ない…。
今夜は、どうせ…小屋泊まりだ。天幕で寝るワケでは無い。濡れたままの天幕を撤収しよう。
合羽を着込んで、土砂降りの中…撤収作業を始めた。
薄暗い空を見上げると…なんとなく、雨雲に濃淡がつき、明るい場所も見える。ガスは南西から、緩やかに流れており風は無いようだ。
打ち付ける雨は、この季節にしては温かく寒さは感じ無い。風が無いのも、不幸中の幸いだ。風があるのと、無いのとでは体力の消耗具合に雲泥の差がある。
ボタボタと雨水が滴り落ちる天幕を畳み、ビニール袋で包んでザックに放り込んだ。
雨が染み込み…ズシリと重くなったザックを三日振りに背中に担ぎ上げる。
よしっ、なんとか…「ひさご沼」まで頑張ろう。
出発に際して、一段と雨脚が強まってきた。大粒の雨が合羽をバチバチと鳴らす。合羽越しに雨粒の圧力を感じる。
「トムラウシ」がある筈の稜線を見上げ、その姿を探したが…厚いガスに遮られて見え無かった。
だが、「トムラウシ」は消えたワケでは無く、この…ガスの向こうに居るノダ。
そして、その向こうの雨雲の上には、青い空もある筈だ。
ふと…入山した四日前の空の青さを思い出した。
「ポンピ沢」越しに見上げた、あの…夏色の空の青さを。

つづく…。