長い長い…無駄に長い(ほっとけ!)「大雪山縦走2012 大雪山彷徨」に、最後までお付き合い下さった皆様に感謝いたします。
本当にありがとうございました。
特に…縦走日記に、わざわざコメントを下さった皆様方、縦走中に迎えた数十回目の誕生日のお祝いメッセージを下さった皆様方、「生きていたのか…」と落胆…じゃなくって、心配して頂いた皆様方には、特段の感謝を申し上げます。

かれこれ…縦走が終わって2ヶ月になります。
この2ヶ月間は、縦走日記執筆ばかりか、社会復帰へのリハビリ強化月間でもありました。
毎回の事なのですが…「大雪山縦走」を終えた拙者は、所謂(いわゆる)「脱け殻状態」、若しくは「燃え尽きて灰になった矢吹丈状態」、あるいは「顔をかじられた…アンパンマン状態」になります。
「こんなふうになるのは、きっと…拙者だけなんだろ~な」と思っていたら、終章に登場した…初めて「大雪山縦走」をした「Pさん」も同じ症状になったそうです。
ザマ~ミロ…じゃなくって、ご愁傷様です。

この…「大雪山縦走症候群」と呼ぶべき病(やまい)は、その典型的症状として…

「一日に何度も深い溜め息を吐く」
「寝ても覚めても大雪山の事ばかり考える」
「仕事中に、つい遠い目をして職場の天井にトムラウシの幻を見てしまう」
「御飯が大変美味しく感じ食べ過ぎる、或いは…クラシックが、いつも以上に美味しく感じ飲み過ぎる」
「地下鉄で白髪のお婆さんを見掛けると、つい…チングルマの綿毛を思い出してしまう」
「他の山に登るのが、何だか浮気してるみたいで後ろめたく感じる」
「携帯電話の待ち受け画像に、ももくろ…の代わりに大雪山の写真を張ってしまう」
…等が挙げられます。

古来より…「恋は病」と申しますように、これは「大雪山」を恋焦がれる余りのものであります。
皆様も、「恋患い」のご経験があるでしょうが…その症状は、正に「病」そのものであります。
「大雪山」に潜む危険性は、何も…気象遭難や道迷い遭難ばかりではありません。
色んな意味でも、本当に危険な山が「大雪山」ナノです。
かような、症状に陥った場合…「お医者様でも、草津の湯でも、恋は病は治せねぇ」の喩えの如く、完治までは…「時の流れに身をまかせ~♪」と…テレサ・テンの言う通りにしなければなりません。

勿論、これは…「大雪山縦走」に因って引き起こされる病気である為、「日帰り」或いは「一泊」程度では、軽症で済む場合が多く本人の自覚症状は大変薄いのです。
しかし、本人はともかく、周囲の人間には、その症状は一目瞭然であり…尚且つ、その症状が「恋」と大変類似している為に、あらぬ誤解を生んだり、要らぬ軋轢を生む可能性がありますので、くれぐれも!ご注意下さいませ。

では…一体、「縦走」と「日帰り」「一泊」とでは何が違うか…と申しますと、それは実際に体験してみなくては、到底理解適わぬものである…と、そう言わねばなりません。
決して、説明すんのが面倒くさいワケではありません。
勿論、長期縦走などという山行は、誰しもが出来るものではありません。
体力や装備、縦走スキル…というようなものが勿論必要ですが、それ以上に必要なのが「一週間の長期休暇の取得」であります。
多くの社会人登山愛好者は、リタイア後に、この取得機会を得るしか無く、しかしながら…その頃には、縦走に必要な体力が無くなっているかも知れず、誠にもって厄介なジレンマに悩まされるのが現状であります。
出来得れば、「体力」「気力」「胆力」「竹内力」が充実した、感受性豊かな若い内に「大雪山縦走」に挑む事が望ましいでしょう。
拙者が初めて「大雪山縦走」をしたのが、「SMAP」を脱退した直後の二十歳の頃。本格的に通い始めたのが、「EXILE」に新加入した後の二十七歳でした。
かれこれ…ん十年の付き合いになるのです…な。
そりゃあ、倦怠期から色々刺激を求めたくなるワケです。
ノーマルな関係では、もう満たされないカラダになっているのでしょう。

今回、山行紀の副題には「大雪山彷徨」と付けました。
「彷徨」…なんと、ロマンチシズムに満ちた言葉なんでしょう。
「彷徨」だけで、軽く…ご飯三杯はお代わり出来るような魅力に溢れた言葉です。
今回は、事前に細かい計画を立てず、行き当たりばったり…じゃなくって、風の吹くまま気の向くまま…入山したワケですが、色々弊害も発生致しました。
初日の昼間っから、水浴びして…予定泊地に届かず稜線でビバークしたり、ヒト気の無いビバーク地での停滞を余儀無くされたり…
ま、それは…それで、大変面白かったので、全然文句は無いのですが(コイツ、全然懲りてないな?)、やはり…普通の登山者にはオススメしません。

自由気儘に山を歩く。
やっぱり、このスタイルは拙者に合っているな…と感じました。
自分の立てた…計画や予定に縛られて、自由を失うぐらいなら、計画なんて立てないほうが良い。
ま、計画なんて…天候次第で、必ず変更を余儀無くされるのですから、臨機応変に…っていうか、最初から立てない方がイイ。
勿論、これは…拙者のスタイルで、やり方ですから、真似をする必要はありません。

それに関連して…
人間は、主に3つのタイプに分かれる…という説があります。
本来は、民族学的な学説ですが…個人に当てはめると、なかなか面白い。
人間は…「狩猟民族タイプ」「農耕民族タイプ」「遊牧民タイプ」の3つに分けられるそうです。
これを、山登りに当てはめると面白い。

例えば…

「狩猟民族タイプ」は、獲物を求め未知なる土地に遠征する…文字通り「ピーク・ハンター」に多い気がします(三角点ハンターというのも居るな)。
山菜や、キノコ等の採集活動にのめり込むのも、正に…このタイプ。


「農耕民族タイプ」は、地元定着型で里山低山を徘徊するタイプ。
リスクの高い山や、遠征はせず、勝手知ったる近所の山をウロウロしてる。
なんだかんだで、近場の「三角山」を一番愛してたりするヒトって居ますよね。

「遊牧民タイプ」は、アチコチをウロウロはするが…一旦、居心地の良い場所(牧草地)を見つけると、そこに通いつめるタイプ。
気に入った山を見つけると、何度も何度も飽きずに通う。

拙者は…若い頃は、面白い事を探してウロウロ放浪旅なんぞしてたから「狩猟民族タイプ」かと思っていたが、どうやら…「遊牧民タイプ」だったようです。
「トムラウシ」は、多分…20回近く通ってるし、「空沼岳」に至っては数えるのが怖くなるぐらいに通ってる。一年で8回通った事もある。

アナタは、一体どのタイプでしょう?
自己分析してみるのも、楽しいかも知れません。

縦走終了後…なかなか、社会復帰(登山復帰)が出来ず怠惰な生活を過ごしてきましたが、最近になって、やっと…山へ通い始めました。
しかし、相方の影響もあり…なんだか、キノコを探し求めて里山低山あたりを徘徊しております。
閉鎖キャンプ場に忍び込んで…焚き火の宴をしたり、秘密のテン場を発見して焚き火したり、藪漕ぎしたり、ヤマメを釣って…焚き火で炙ってcatch&stomachしたり…(なんか、焚き火ばっかりしてるな)
標高の高い「大雪山」をストイックに歩くのも面白いが、里山低山で自由に遊ぶのも大変楽しい。
そして、いよいよ…待ちに待った雪山シーズンの到来です。
今から、お尻がムズムズして…待ち遠しくて仕方ありません。
勿論、「早く尻ボした~い」という事です。


ホントに…おわり。
大雨を比喩する言葉は沢山あるが、この豪雨を何と形容すべきだろう。
古来より…気象現象に見えざる普遍的存在(例えば…神様)の意図や意思を投影し、畏怖の対象とした人々が居たのと同じように、この雷雨に「トムラウシ」の意図を感じてしまうのは、余りにも感傷的過ぎるだろうか。
縦走に入る前、「縦走計画日記」で…毎年毎年、同じ「大雪山」に通う事に、つい「実際、飽きてるんだけどなぁ」などとホザイてしまったから、実直な「トムラウシ」が…
「なら…今迄、体験した事も無いような、スゴい雨を降らしちゃおうかな~」などと、張り切ってしまった結果ではないか…と、本気で思ってしまったりするのだ。

いや…これまでにも、何度かそんな出来事があった。
大荒れの天候に辟易としていたトコロに、初冠雪のプレゼントをくれたり…台風停滞の誕生日の翌日に罪滅ぼしのように、羆と遭遇させてくれたり…情報不足で諦めた「東大雪縦走コース」を、実際にやってきた登山者に会わせてくれたり…
何らかの意図が働いているとしか考えられない…偶然と呼ぶには、余りにも運命的な出来事の数々に、この山では遭ってきた。

現に今回も、とあるコミュニティーで知り合った…初大雪山縦走に挑んだ「Pさん」が、自分が縦走に入った日に「トムラウシ」に辿り着いており、初対面には優しく歓迎するジンクスの通り、大した荒天にも遭わずに「大雪山」を満喫して、一昨々日に下山していた。
「Pさん」の下山を待ってたかのように、自分が「トムラウシ」に近付くと…この大雨だ。
これを因果と呼ばずに、何と呼ぶ。

重低音の雷鳴と、天の底が抜けたような豪雨は、「ひさご沼」を冬の日本海の如く波立たせ、ありとあらゆる場所を水浸しにしていた。
これに、巻き込まれなくて良かった。本当に良かった。
もし、あと…30分出発が遅れていたら、大変な事になっていたかも知れない。
これも、もしかしたら…自分が「ひさご沼避難小屋」に入ったタイミングを見計らって、「トムラウシ」が「そろそろ…」とやった可能性すらある。
いや…奴なら、それぐらいの演出はお手のものだろう。
一体、感謝して良いのか、恨めば良いのか…分からなくなる。

雷雲が遠ざかり雨が上がると…「ひさご沼」は嘗て見た事もないような風景が現出していた。
小屋向かいのガレ場からは、見た事も無い場所から幾筋もの小滝が流れ落ち、絹糸の如く沼に吐き出されていた。
沼の縁を巡る木道沿いには「化雲平」から流れてきた雨水の渓流が何本も現れ、賑やかな沢音が辺りを満たした。
こんな…見た事も無い景色を、見せてくれたんだから、やっぱり感謝するべきなんだろうな…。

独り占めの小屋の中に、この二日間の停滞で濡れた…あらゆる物を広げ乾かした。
つまりは、防水の衣装圧縮袋に入ってた着替え以外…全部だ。
流石に、この天候に行動している命知らずは居ない筈だ。
今夜は、他の登山者はやって来ないだろう。
「コ」の字型の、土間のある避難小屋の一階に荷物を広げ、広々と使う事にする。
停滞していたおかげで、食糧は半分以上残っている。
火を使えなかったせいで、主食系が沢山残っていた。あれこれ迷って、「白飯」「豚汁」「ポテトサラダ」「ベーコンソテー」「胡瓜の浅漬け」「ちりめん山椒」「鯖味噌缶」のブルジョアな夕食にする。
明日の下山の為に、荷物は出来るだけ軽くしておきたい。
缶ビールも三本も残っている。
これは、今夜は一人宴会だな。
「大雪山」最後の夜だ。豪勢に行こう。


山での目覚めは、時折…何かに呼ばれるかのように訪れる事がある。
それは、極度の緊張感のせいかも知れなかったが、いきなり深い睡眠から呼び戻されるように、意図的にタイミングを見計らうかの如くやってくる。
山で目覚めて、いの一番にする事は…空模様を伺う事だ。
避難小屋の中は、まだ真っ暗だったが土間の向こうにある入口横の小さな明かり採り窓には、沼の対岸のガレ場がオレンジ色に染まっているのが覗いていた。
どうやら、夜半…沼を覆っていたガスもとれ、晴れているようだ。
羽織っていた寝袋を跳ねのけて、ビーサンをつっかけて慌てて小屋を飛び出した。
「ひさご沼モンゲンロート」
沼を取り囲む斜面に広がる白っぽい安山岩のガレ場が、朱色に焼け、沼の奥の水源にもなっている大雪渓も同じ色に朝焼けていた。
視界にオレンジ色のフィルターをかけられているかのように、世界全体が艶やかに色付いていた。
昨日の大荒れが嘘だったみたいに、沼面は静止し鏡のように色付いた辺りの景色を映し出していた。
「ひさご沼」が1日で一番美しく見えるのが、この朝陽が射す瞬間だ。
普段は沈黙している見慣れた風景が、この時とばかりに多弁になり無音の音楽を奏でる。
シンフォニー(交響曲)の序曲のように、少しずつ音量を上げつつ重なり合う音色達が、新しい世界を構築するように、眠りに就いていた世界に息吹きを吹き込み始める。
寒さも忘れ、暫し…その、神々の饗宴のような荘厳なる刹那を見届ける。
この瞬間、この景色を見ているのは…自分ただ一人。
生まれ変わった世界の、唯一の証人になった気分になる。
しかし、その…饗宴は数分で終焉する。
「ひさご沼」に降り立った神々は、「大雪山」のあらゆる場所に散り散りに拡散し、息を潜め、その存在を沈殿させる。
そして、再び旭日が世界を刺し貫くのを待ち、気配を消すのだ。

昨晩の残りで朝食を済ませ、身支度を整え、パッキングをし、小屋の中を掃除して、濡れたままの登山靴を履いた。
また、この小屋に救われた。
小さく感謝の言葉を呟き、小屋の扉を閉めた。
さて、今日は楽しみにしていた…一週間振りに娑婆(下界)に下りる日だ。
しかし、この…切ない気持ちは何だ。
あんなに望んでいた下山日なのに、もう少しだけ…この場所に居たいと思ってしまうのは何故だ。
複雑なキモチを引きずりながら、釈然としないまま…下山ルートが始まる「化雲岳」へ向かう。
頂上手前の「化雲平」に上がると、「トムラウシ」が姿を見せた。
相変わらず、美しい山だ。
あんなに荒れ狂ったのが嘘みたいに、静かな落ち着いた佇まいを見せている。
微(かす)かに微笑んでいるようにさえ見えるのは、何故だろう。

「化雲岳」頂上に上がると、「表大雪」の山々が一望出来た。
最高峰「旭岳」は、薄いガスを被っていたが、縦走路のある…見慣れた稜線はクッキリと見渡せた。
本当ならば、あの稜線を辿り「旭岳」まで歩いていた筈だった。
しかし、悔しい気持ちは微塵も無かった。
天候から判断し、停滞を決めたのも全て自分だ。誰かを恨むワケにはいかない。
まして、山や天候を恨んでも仕方ない。
だが、それは決して…諦めでは無い。
山は、人間の都合や計画に頓着してくれはしない。
あるがままの姿で、そこに居るだけだ。
凶暴に荒れ狂うのも、優しく微笑むのも…そのどちらもが、あるがままの山の姿だ。
人間は、ただ…それを受け入れるだけ。
恨みもせず、期待もせず、受け入れるのみ。

「化雲岳」から「天人峡」へは、途中の休憩を入れて、ノンビリ歩いて6時間というところだ。
問題は、昨日のあの…雷を伴った集中豪雨が、小雨程度でも雨水路と化す登山道を、どう変えているか…だ。
想像しただけで嫌になるので、意識的に思い出さない事にする。
緩やかなザレたルートを下って行く。
肩の痛みは相変わらずだが、痛みに慣れてきたのか、晴天のせいで気分が高揚しているのか、さほど気にならなくなってしまった。
「ポン化雲岳」(ポンはアイヌ語で、小さなという意味)への最後の登り返しを詰めると、あとは下るだけだ。
ハイマツ帯では羆の気配はしたが、結局…姿は見つけられなかった。
火山礫が雨水で深くえぐられた箇所を過ぎると、草原帯に差し掛かった。
鮮やかな黄色に色付いた「イワイチョウ」(岩銀杏)の葉が辺り一面を埋め尽くし、さながら黄金を敷き詰めたようで、息を呑む美しさだ。
思わず、溜め息が洩れる。
何度もこのルートを歩き、ここに…いち早く色付く「イワイチョウ」がある事は知っていた筈なのに、不覚にも感動してしまっている自分が居る。
これだから…「大雪山縦走」は止められないのだ。
なんだかんだと、苦しめられた縦走だったが…最後の最後に、こんな贈り物をくれる「大雪山」の粋な計らいに、すっかり大雨停滞の事を忘れてしまうのだ。
辛く長い行程も、肩がもげるような痛みも、たった一人の心細さも、なかなか快復しない天候への不安も、湿った寝袋で眠った不快さも、大雨に耐えながらの苦しい登坂も…この一瞬で、全て報われたような気分になった。
この瞬間に出会う為に、全ての苦労があったのかも知れない。…そんなふうにさえ思えてしまう。
多分…これが、何度も何度も飽きる事も無く「大雪山縦走」に通う理由かも知れなかった。
「充実した時間」や「フルライフ」などと理屈をこねてみても、実際に…この一瞬を目の当たりにすると、最早理屈など…どうでも良くなってしまう。
要は…「好きだから」、それ以上でも、それ以下でも無い。
「大雪山に居る」…その事が好きなのだ。
多分…それは「恋」だ。
理屈では無く、感情から湧き出る衝動だ。
「恋に堕ちる」のに、理屈は要らない。

森林限界の境目を越え、ハイマツ帯に突入する。
案の定、登山道は雨水路と化していた。
標高をドンドン下げて行く。
流れる水で足場の無い箇所は、脇の笹藪を漕いで巻いて行く。
高層湿原帯に差し掛かる手前で、「天人峡」から上がって来た単独行者とすれ違う。
少し立ち話をして、「ひさご小屋は、独り占めだョ~」と怪しく笑って別れる。
嘗て、巨大な羆の足跡を見かけた泥炭地帯を過ぎ、木道の敷かれた「第一公園」と呼ばれる高層湿原まで下りてきた。
いつもと同じ場所でザックを下ろし休憩する。
ここから、樹林帯の長い長い…退屈な尾根歩きだ。

見慣れた尾根道を黙々と、下界に向かって下りる。気温が上がり、合羽を脱いでTシャツ一枚になる。
少しずつ、少しずつ…煩(わずら)わしくも懐かしい、怠惰であるが煩雑な、刺激的だが作為的で、道徳的だが不自由な、日常が待つ…下界へ近付いて行く。
「羽衣の滝」を見下ろす「滝見台」を過ぎ、九十九折りの急斜面を「忠別川」の沢音が近付いてくるのを聞きながら下ると…「天人峡」の、寂れた温泉郷にある登山口へ到着した。
下山届に記入し、登山口の向かいにある潰れた土産物屋の軒先にザックを下ろすと…肺の中から「大雪山」の空気を全部吐き出した瞬間、長い山旅が…終わった。

煙草をくわえながら、荒い呼吸のまま登山靴を脱ぎ、一週間ずっと全身に纏(まと)っていた緊張感の鎧を脱ぎ捨てる。
脱力感が肢体を包み、解脱感が意識を空白にし、暫し…茫然自失となる。
この一瞬が堪らない。

今回も、なんだかんだと色々あったが…なんとか無事に、生きて帰ってこれた。
毎回思うのだが…つくづく、大変な山行だったと思う。

でも……いい縦走だったな、とも思った。

見上げた先には、深い谷に阻まれて、もう「大雪山」の峰々は見えなかった。
「また、来年も帰って来よう。」
そう思うと、下界の空気を胸いっぱいに…吸い込んだ。


おわり。
「三川台」手前の「二つ沼」と呼ばれるビバーク地に到着すると、笹藪から顔だけ出して、此方を伺う蝦夷鹿の歓迎を受けた。
日没まで1時間はあったが、西日は稜線の向こうに落ち、辺りは黄昏時の落ち着いた空気に包まれ始めていた。
テン場正面に見上げる「トムラウシ」は、静謐な佇まいの中に沈黙していたが、長旅に疲れた単独縦走者を温かく歓迎してくれているように…見えた。

それが…三日前に最後に見た「トムラウシ」の姿だった。
だが、それから三日間、彼は濃いガスの向こうに隠れ、姿を現す事は無く、断続的に降り続いた想定外の大雨は、大地の保水許容量を遥かに超え、テン場を含むあらゆる場所を水浸しにし、単独縦走者を天幕に閉じ込めた。
あんなに優しげに見えた「トムラウシ」も、潜在していた凶暴さを露わにし、停滞を余儀無くされた単独縦走者を恐怖知らしめた。

「ひさご沼避難小屋」に向かう為に、三泊したビバーク地を離れ…縦走路を「三川台」への急登に取り付いた。
急峻なルート上を雨水がジャバジャバ流れ、重い雨滴を纏ったハイマツもルート上に被さり、行く手を遮っていた。
合羽のフードで視界は狭まり、その…フードの庇(ひさし)からは、絶え間なく雨粒が滴り落ちている。
「扇沼ルート」との分岐点がある「三川台分岐」に上がると、一瞬「扇沼ルート」から「俵真布林道」への下山も考えたが、下山後の長い林道歩きと、バス停がある「白金温泉」までの…更に長い舗装路歩きを想像すると、やる気が失せた。
それに、未踏のルートへの不安もあるし、詳しい地図も持っていない。
それならば、まだ…勝手知ったる「天人峡」への下山の方が、リスクは少なく思えた。

「三川台」の縁を、左手に「黄金が原」の広大な草地を、右手にカール状地形を見下ろしながら起伏の無い平坦なルートを進む。
草地の踏み分け道には、逃げ場を失った雨水が溜まり…とても歩ける状態では無かったので、仕方なくルート横の草地を歩いた。
雨を吸った草地は軟らかく、痛めた足裏には優しく…フカフカしていて気持ち良かった。
どうせなら…と、途中「黄金が原」をショートカットしようと思い、広大な草原に足を踏み入れた。
しかし、そこには…今までに見た事も無いような光景が広がっていた。

高山植物帯の草地の至る所が、荒々しく掘り返され、黒々とした土壌が剥き出しになっている場所が数知れず点在していた。
それも…尋常じゃない数だ。
羆の掘り返し跡にしては、余りにも数が多い。多過ぎる。
しかし、人為的な盗掘跡である筈は無かった。
掘り返しに残された爪痕は、土砂降りの雨の中でもシッカリ残っている。
つい、今しがた掘り返した跡だった。
それも…ほんの、数分前。
近くに居る。
ごく、近くに。

刹那、全身に緊張が走る。
脳内に分泌された神経物質が血流を駆け巡り、肢体の細部に拡散する。
30m程しか視界の利かない濃いガスの中、目を凝らし羆の気配を必死に探る。
降りしきる雨のせいで、音は探れない。
自分の気配を殺し、周囲の空気の密度の濃淡を探るように、合羽のフードで狭くなり、雨粒が滴り落ちる中…獣の姿を探した。
目の前に広がる、見通しの良い草原地帯には、気配は無い。
幾らガスが濃くとも、あの巨体を見逃す筈は無い。

ガサッ。
右手のハイマツ帯に、微かな気配がした。
反射的に視線を投げる。
黒々とした巨大な塊。
茶褐色の毛皮に覆われた巨躯が、7~8m先のハイマツ帯の中に…居た。

だが、そこには…顔が無かった。
見えるのは丸々した茶褐色の毛だけで…毛の塊というような…
それが、臀部だと気付くのに時間は掛からなかった。
見えていたのは、羆の…お尻だった。

これは…
もしかして…
アレか?
本人は、人間に驚いてハイマツ帯の中に隠れようとして、飛び込んだのはイイが、予想外に藪が濃くて…隠れたのはアタマだけで、体の殆どの部分がハイマツ帯からはみ出している…状態?
所謂…頭隠して尻隠さず…的な?

ガサッ、ガサッ…
微かな音は、ハイマツ帯に潜り込もうと、もがいているのか。
可愛いお尻が、もぞもぞしている。
何気に、セクシーだ。
つい、笑いが洩れそうになったが…余りにも距離が近い為、警戒態勢は解けない。
せっかく、本人が隠れた積もりになって、人間をやり過ごそうとしているのだ。
ここは、気付かぬ振りして…というのが、「武士の情け」といものだろう。
なるべく…音を立てながら、さりげなく、何食わぬ顔で、足早に…その場所を離れる事にした。
30m程離れて、チラッと振り返ると、濃い緑のハイマツの中に、茶色い毛が蠢(うごめ)いていた。
そこで初めて、微笑がこぼれた。

もしかしたら…今までで一番近い接近遭遇距離だったかも知れない。
幾ら登山道を外れて歩いていたとは云え、濃いガスで見通しが利かなかったとは云え、あの距離まで…こんなに大きな個体同士が、お互いに気付かなかったなんて…。
「黄金が原」に足を踏み入れた時から、一応…警戒の為に何度か、ホイッスルは吹き鳴らしていたが、吹きながら…「この土砂降りじゃあ、意味は無いな…」と思っていた。
羆の方も、こんな天候に人間がウロウロしているとも思ってなかったに違いない。
しかし、あの…尋常じゃ無い数の掘り返し跡は、一体何だったのだろう。
あの個体が一頭で、あの大量の掘り返しをしたのだろうか。
確かに、本来ならば…この時季に稜線に実る筈の高山植物の実は、異常とも思える高温のせいで、未だ結実しておらず、餌が不足しているだろう事は容易く想像出来る。
降り続いた雨で土壌が軟らかくなり、普段よりも掘り返し易くなっているのも理解出来る。
しかし、あの…まるで、何かに取り憑かれたかのように繰り返された掘り返しの跡は、理解し難い特異な行動のように思えて仕方ない。
縦走中、時折見掛ける掘り返し跡とは、明らかに違う…何か。
ただ一つだけ言えるのは、彼らも生き延びる為には必死になっているのだろう…という事。
この厳しい環境の中、越冬の為に必要な脂肪分を摂取する事の困難さは、我々には理解出来無いが、荒ぶる自然と対峙し、生命維持に全力を傾けるのは…一個の生命として、同じ気がする。
大自然は、種の区別無く、分け隔て無く、平等に…厳しく、そして…優しい。


「黄金が原」を横切り、「南沼」を右手に見つつ、「トムラウシ」岩峰の麓にある「南沼野営指定地」への急登を詰める。
「野営指定地」には、幾筋もの雨水の小川が流れ、その隙間を縫うように「北沼」への巻き道を目指す。
降り続ける雨の勢いは変わらず、徐々に体力を奪い始めた。
巨岩が積み上げられた難ルートに、嘆息が洩れ息が乱れる。両肩が再び痛み始める。

「北沼」が見下ろせる場所へ上がった時、ルート脇の草地の中に…天幕一張分程のビバーク地が現れた。
この場所で、三年前のあの日、三名の縦走登山者の命が消えたのだ。
彼等は、早朝…降りしきる雨の中、「トムラウシ温泉」を目指し「ひさご沼避難小屋」を出発した。
下界の天気予報は、天候快復を告げていたが、「大雪山」では風雨が荒れ狂っていた。
強烈な西風と豪雨が彼等を襲い、パーティーは「北沼」に辿り着いた時には崩壊していた。
行動不能に陥った数名は、パーティーから脱落し、氷点下の体感温度が低体温症をもたらし、ビバーク装備すら持たぬ彼等は次々とルート上に倒れて行った。
当時「コマドリ沢」の登山道補修に入っていた工事関係者の避難用テントが、このビバーク地にデポ(残置)されており、動けなくなった三名が、そのテントに収容されたが、既に生命維持に最低限必要な分岐点を失していた。

あの日も、こんなふうに…雨が降っていたのだろうか…。
ビバーク地に打ちつける雨を見ながら、彼らの最期を想像した。
あの事故が起きた直後から、様々な批判的言動がネットと云わず、マスコミと云わず噴出した。
確かに…単純な判断ミスが重なり、リカバリーのタイミングも失し、ツアー登山の構造的問題もあった。
しかし、辛辣な批判的言動を、これ見よがしに吐き続けた…その内の何人が、荒れ狂う「トムラウシ」の現場を知っていたか…甚だ疑問だった。
書き込まれた批判の大半は、遭難事故が起きる度に繰り返される一般論を逸脱する事は無かったが、遭難事故はその度毎に状況や山域が違い、一般論で語る事は全く無意味な事だ。

あの状況で、自分が其処に居たら…果たして、どうしただろうか。
もし、あの現場を、荒れ狂った「大雪山」を、少しでも知っていたならば…先ず、その事を考えたであろう。
少なくとも、「大雪山縦走」をした事がある人間ならば、一般論で闇雲に批判する事は無かった筈だ。
今日だって…運良く、暖かく風が無かっただけで、状況次第では彼らと同じ結果をもたらしたかも知れない。
勿論、その場合は動かなかっただろうが…。
「大雪山」を歩く以上、あの事故は決して他人ごとでは無い。
いつ、自分の身に降りかかってもおかしく無い事なのだ。


「北沼」をあとにして、小高い丘を越え「ロック・ガーデン」を目指す。
此処まで来れば、「ひさご」までは3時間もあれば着くだろう。
その時、雨が小降りになり…ガスが取れだした。
「ロック・ガーデン」上部に差し掛かる頃には、雲間から青空もが覗き始めた。
三日振りに見上げる青空は…堪らなく愛おしく、心底有り難かった。
振り返ると…「トムラウシ」も姿を現した。
しかし、「東大雪」方面には発達した積乱雲が隆起しており、この快復が一時的である事を証明していた。
西側の空は見えないが、上空には寒気が入ったままで、積乱雲が発達している事は容易く推測出来た。
ノンビリはして居られない。積乱雲が近付く前に避難小屋に入らないと、大変な事になりそうな予感がした。
山男の「経験」と「勘」が、そう告げていた。

「ロック・ガーデン」を慎重に下り、岩塊地帯を抜け…自分にとっての「約束の地」である「日本庭園」に辿り着いた。
寄り道をして、アチコチ遊びたいトコロだが、煙草を二本だけ吸って「ひさご」へ急いだ。
「日本庭園」から「ひさご沼分岐」へ下りる手前で、携帯で最新の天気図をwebから落とし、心配掛けているだろう家族や友人に「生きてます」とメールを送った。
今朝…目覚めた時、下界との唯一の連絡手段である携帯電話が、ヒンジ(蝶番)部分で真っ二つになって、寝袋の下から出てきた。
どうやら…寝ている間に、体重で押し潰してしまったようだ。
なんとか、ギリギリ回路は繋がっていて、最低限の使用には問題なさそうだが、写真を撮る事は諦めた。

急峻なガレ場を「ひさご沼」へ下りてくると、「化雲平」から落ちてきた雨水の流れが、至る所から「ひさご沼」に注いでおり、「ひさご沼」の水位は初夏並みに上昇していた。
「ひさご沼」の東側に見える筈の「ニペソツ」には、暗い発達した雨雲が既に掛かっており、あちら側は降り始めているようだ。
一年振りの「ひさご沼避難小屋」は、ガランとしており…誰も居なかった。
小屋横の雨水の流れ出しで水を汲み、冷え冷えとした小屋の中に荷物を解いた…その瞬間だった。
全身の…毛という毛が逆立ち、脊椎を震わせるような、重低音の雷鳴が鳴り響き、滝のような雨が避難小屋の屋根が壊れるかと思うぐらいに激烈に打ち付けた。

つづく…。

※本文中に書いたとおり、携帯が破損した為に、これ以降の【写真】は一枚も撮れていません。

次回「終章」が連載最終回になります。
更なる天候悪化に、果たして…無事下山出来るのか。最終回をご期待下さい。