毎年恒例の大雪山縦走の計画は、前年の下山時直後から考え始める。
下山後に露天風呂なんかに浸かりながら、今回の縦走を振り返りつつ来年の縦走の事を考える。
その時は、ただ漠然と…「あぁ、晴れた石狩稜線を歩きたいな~」とか「あの沼の畔で天幕泊したいな~」とか願望を羅列するだけナノだが、それに付随する苦労とか大変さとかは全く考えずに、純粋で単純な願望だけが思考を支配する。
ほんの1時間前まで苦しまされていた下山の事なんか…スッカリ忘れてしまっているのだから、我ながら困ったものだと思う。
昨年、東大雪石狩連峰の縦走を悪天候の為…諦め撤退し、下山後「十勝三股」までの長い長い林道をトボトボ歩きながら、「やっぱり、晴れた石狩稜線を一度は歩いてみたい。だが、石狩側から入ると選択肢が前進か撤退しか無く計画としては失敗だった。やはり、大雪山側から入るしか無いだろう。それなら、キツく長いが天人峡から入って、ヒサゴで天候を見ながら十勝か東大雪か表大雪かを選択するしか無いだろうな」などと考えていて、気持ち的には4度目の東大雪への挑戦に固まっていた。
そんな時、7月の大雨で「クッチャンベツ林道」が又々通行止めになった情報を聞いた。
せっかく「沼の原」の木道を全部入れ替えたのに、また何年か登山口が使えなくなるな。と、直接的に縦走計画とは関係が無いので、「ヒサゴ沼避難小屋が、また静かになるな~」と他人ごとのように思っていた。
ところが、である。
8月に入って、3つの台風が北海道に上陸し各地に深刻で多大な被害をもたらしたニュースを知るにつけ、他人ごとでは無くなったのである。
北海道森林管理局や各自治体のホームページで情報を収集するに至って、大雪山系及び十勝山系、東大雪山系の殆ど全ての林道が土砂崩れの為に通行止めになっている現実を目の当たりにした。
いやいや、林道は分かるが「三国峠」へ向かう国道も、北海道の中央分水嶺に属する主要なる国道の峠が全て止まっているノダ。
入山を予定していた「天人峡」では、宿泊客が取り残され孤立していると云う。
未だ嘗て無い台風被害は、北海道のあらゆる山へのアプローチ手段を全滅にしたのだ。
情報を集めるに従い、拙者は途方に暮れるしか無かった。
事前の計画どころか、大雪山系への入山もままならなくなってしまったノダ。
使える登山口は、半ば観光地化した…拙者が毛嫌いするオーソドックスな「コンニチハ地獄」をもたらす場所ばかりだった。
勿論、それらの登山口を使うしか無いなら、選択出来うる縦走コースも限られてしまう。
つまり、「表大雪(旭、黒)~十勝岳」(或いは逆コース)のみだ。
東大雪の荒々しい縦走コースに馴染み始めていた拙者には、そんなオーソドックスなコースは物足りなく思われた。
東大雪と比べると、あの長大な大雪~十勝縦走路ですら「藻岩山」と変わらないような退屈で平凡な山に思えて仕方無かった。
アタマを抱えた拙者は、遂に…北アルプスや立山連峰、南アルプスまで選択肢を広げるしか無かった。
しかし、今更…そんな野性味の欠片も無い、過保護極まりない山に行って、一体何があるというのか?
羆ちゃんは居るのか?
登山道でビバーク出来るのか?
生ビールが飲めるのか?
それは、飲める…な。
それも、自分で担がなくともイイし、しかも…ジョッキで飲める…な。
それは、ちょっと真剣に考え…いやいや!
拙者の求めるのは、荒々しい野性味溢れる自然との1対1の攻防ナノだっ(大体、負けてるけど)。
神経を張り詰めるピリピリするような緊張感と、ギリギリの判断を必要とする切迫感ナノだっ(服が燃えとるのに気付かないけど)。
嗚呼、今…拙者の乞い願うものを与えたもうは、「大雪山」以外には考えられない。
そこで、フト考えてみた。
各登山口が止まっているという事は、もしかしたら…縦走路は今、ガラガラに空いているのではないか?
登山者が少ないという事は、警戒心を解いた羆ちゃんもウロウロしてるんではないか?
もし、そうだったら…オーソドックスな大雪山縦走路を歩く価値は十分にあるかも知れない。
いや、ある意味…これは、千載一遇の大チャンスかも知れないぞぉ。ラッキー♪(ポジティブな奴だ)。
そこで、この際…思いっきりベタな縦走コース、つまり「旭岳~十勝岳」というコースを考えてみた。
実は…「縦走路を制覇した」と言いつつも、ワザと残していたルートがある。
それが、「姿見~旭岳」「望岳台~十勝岳」である。
今まで、考えた事も無い。選択肢にすら挙がらなかった、ベタベタなポピュラーコースだ。
大雪山系に通う事、二十余年。
マニアックなコースを歩き尽くした拙者が、手を付けていなかったのが、この2つである。
何故、今迄…登らなかったか?
答えは至極単純である。
「面白く無いから」
「ヒトが多いから」
恐らく、この先…死ぬまで登る事は無いだろうと思っていたし、こんな事でも無い限り歩く必然性も無いコースだった。
「十勝岳」は縦走路が通過しているから仕方無く何度かピークを踏んでいたが、「旭岳」に至っては…初めて「大雪山」を縦走した30年前以来、一度も登っていないと来たから、我ながらビックリする。
30年前の登頂も、裏旭から空身でピストンしたのだから、ひねくれ者だろう。
ここは、思い切って…「姿見の池」から「旭岳」を登ってやろ~ではないか。
それも、観光客に混じってロープウェイに乗ってやる。
これで、どうだ?(どうだ、と言われても…)
ただ、気掛かりは…縦走路にエスケープルートが取れない事だ。
天候が悪化したからと言って、下界へ逃げる手段も無いノダ。
これには、正直…参った。
いつもなら使える「天人峡ルート」が使えないのは痛い。
「天人峡」以外の、「トムラウシ温泉」も「俵真布」も「クッチャンベツ」(沼の原)も使えない。
つまり、拙者が呼ぶ…「DEEP大雪山」に入ってしまえば、一切の逃げ道は閉ざされている…という事だ。
天候が悪化したら…避難小屋に逃げ込むか、ビバークをし、天幕回復をひたすら「待つ」しか無いノダ。
しかし、一つだけ…たった、一つだけ、エマージェンシーな逃げ道があった。
それは…「天人峡」である。
勿論、「天人峡」は通行止めである。それは、存じておる。
しかし、拙者はテレビニュースで見たノダ。
閉じ込められた天人峡温泉宿泊客達が、非常手段として…崩落した道道に覆工板を渡して通過しているのを。
いざという時は、恐らく…早々に復旧工事をしている崩落現場のユンボの横を「スイマセ~ン」と言いつつ、緊急避難的に通して貰うしか無い。
まさか…「大雪山から命からがら逃げて来ました」という拙者に「通れないから、大雪山に戻りなさい」とは言わんだろう。
もし、そんな事を云う作業員なりガードマンが居たら…そん時は、相手取ってやる。訴えてやる。出るトコに出てやる。
それでも頑なに「通さん!」と言われたら…「んじゃ、忠別川の河原を歩いてやる。濁流に飲まれたて死んだら、オマエの責任だから…名前を聞いておこう」(ヤカラやがなっ)と叫んでやる。
ま、いよいよ駄目な時は…「天人峡~旭岳温泉」という最終手段がある。
6時間掛けて下山したアトに、更に3時間掛けて「旭岳温泉」に登り返すのは、ゆるぐ無いが仕方無い。屈強な現場作業員と取っ組み合うよりは、疲れ無いだろう。
という緊急避難策も思い付いたので、拙者は…そぼ降る雨の中、旭川駅前10番バス乗り場から、縦走装備でパンパンになった…デカザックを担いで、「旭岳温泉行き いで湯号」(ナメた名前だ)に乗り込んだのである。
1日3便の「いで湯号」は、嘗て「天人峡」にも寄っていた時期もあったが、今は利用客が殆ど居ない故に廃止され、代わりに「旭川空港」(旭川で無く、東神楽町に空港はある)に寄り、農道を東川町に抜け、「忠別川」を遡って「旭岳温泉」に向かった。
途中、「忠別川」に掛かる橋の上から眺めたが、さほど増水した形跡も無かった。
何故なら、「忠別川」上流には…氾濫を防ぐ為に「忠別ダム」が造られたからだ。
拙者が北海道移住後「大雪山縦走」に通い始めた頃着工したダムは、数年前にやっと貯水を開始した。
ある日、いつものように…縦走中、「旭川」の街を見下ろすと…突然、デッカい湖が出現したのだから、ビックらこいた。
去年まで何も無かった場所に、巨大な湖が現れたノダ。
それが、ダムだと気付くまでに37秒掛かった。いや、35秒ぐらいか?ま、そんな事は…どうでもイイ。
そのダムのおかげで、今回も「忠別川」下流域は水害を逃れられたノダ。
しかし、そのダムの上流にある道道「天人峡線」は、ダメージを食らった。
本来、河川は頻繁に氾濫し、その流れを変えるものだ。そのおかげで、下流域には扇状地が広がり肥沃な土壌と平野部をもたらされる。
札幌は豊平川の扇状地にあるし、「藻岩山」の麓である旭ヶ丘には、嘗ての河岸の名残の段丘まで残っている。
「忠別川」沿いの道道も、そんな河川が削り取った河成段丘の縁を進んでいる。荒々しく削り取られた河岸は、柱状節理を露出させ、それが独特の景観を生み出している。
「天人峡線」との分岐点にある「公園入口」のバス停を過ぎると、バスはいよいよ高度を上げ始める。
嘗ては「湧駒別(ゆこまんべつ)温泉」と呼ばれた「旭岳温泉」に到着したのは、まだ早い午後だった。
雨は止んでいたが、見上げた視線の先に「旭岳」の姿は無い。濃いガスが辺りを包み込んでいた。
「キャンプ場」バス停で下車し、早速…天幕設営を済ませる。
いそいそと「湧駒荘」(アルペンスキー銀メダリスト竹内智花ちゃんの実家ね)に浸かりに行こうと身支度を整えていると、再び雨が降り始めた。
雨が止んだら…と思っていたら、そのまま眠ってしまい、気がついたら夜の9時を過ぎていた。
温泉は諦め、旭川駅前イオンで買って来た…チキン南蛮と琥珀ヱビスで遅い夕食を済ませると、目覚ましをセットして再び眠りに就いた。
翌朝、聖子ちゃんの「夏の扉」の軽やかなイントロに起こされ、天幕から顔を出し空を眺めると…うっすらと青空が覗いていた。
カフェオレを淹れ、煙草を吸いながら今日の分の行動食をジップロックに詰める。縦走中は昼飯の代わりに、常に行動食を取り続ける。ハンガーノックにならぬようにと、長い休憩で筋肉を冷やさない為だ。
朝食を食べ、天幕を畳み、パッキングをする。
ザック重量は35kgを超えているが、昨年のような辛さは感じない。
沢登りが良いトレーニングになったのだろうか。
キャンプ場の炊事場で飲料水を補給し、ロープウェイ駅へ急いだ。
つづく。
下山後に露天風呂なんかに浸かりながら、今回の縦走を振り返りつつ来年の縦走の事を考える。
その時は、ただ漠然と…「あぁ、晴れた石狩稜線を歩きたいな~」とか「あの沼の畔で天幕泊したいな~」とか願望を羅列するだけナノだが、それに付随する苦労とか大変さとかは全く考えずに、純粋で単純な願望だけが思考を支配する。
ほんの1時間前まで苦しまされていた下山の事なんか…スッカリ忘れてしまっているのだから、我ながら困ったものだと思う。
昨年、東大雪石狩連峰の縦走を悪天候の為…諦め撤退し、下山後「十勝三股」までの長い長い林道をトボトボ歩きながら、「やっぱり、晴れた石狩稜線を一度は歩いてみたい。だが、石狩側から入ると選択肢が前進か撤退しか無く計画としては失敗だった。やはり、大雪山側から入るしか無いだろう。それなら、キツく長いが天人峡から入って、ヒサゴで天候を見ながら十勝か東大雪か表大雪かを選択するしか無いだろうな」などと考えていて、気持ち的には4度目の東大雪への挑戦に固まっていた。
そんな時、7月の大雨で「クッチャンベツ林道」が又々通行止めになった情報を聞いた。
せっかく「沼の原」の木道を全部入れ替えたのに、また何年か登山口が使えなくなるな。と、直接的に縦走計画とは関係が無いので、「ヒサゴ沼避難小屋が、また静かになるな~」と他人ごとのように思っていた。
ところが、である。
8月に入って、3つの台風が北海道に上陸し各地に深刻で多大な被害をもたらしたニュースを知るにつけ、他人ごとでは無くなったのである。
北海道森林管理局や各自治体のホームページで情報を収集するに至って、大雪山系及び十勝山系、東大雪山系の殆ど全ての林道が土砂崩れの為に通行止めになっている現実を目の当たりにした。
いやいや、林道は分かるが「三国峠」へ向かう国道も、北海道の中央分水嶺に属する主要なる国道の峠が全て止まっているノダ。
入山を予定していた「天人峡」では、宿泊客が取り残され孤立していると云う。
未だ嘗て無い台風被害は、北海道のあらゆる山へのアプローチ手段を全滅にしたのだ。
情報を集めるに従い、拙者は途方に暮れるしか無かった。
事前の計画どころか、大雪山系への入山もままならなくなってしまったノダ。
使える登山口は、半ば観光地化した…拙者が毛嫌いするオーソドックスな「コンニチハ地獄」をもたらす場所ばかりだった。
勿論、それらの登山口を使うしか無いなら、選択出来うる縦走コースも限られてしまう。
つまり、「表大雪(旭、黒)~十勝岳」(或いは逆コース)のみだ。
東大雪の荒々しい縦走コースに馴染み始めていた拙者には、そんなオーソドックスなコースは物足りなく思われた。
東大雪と比べると、あの長大な大雪~十勝縦走路ですら「藻岩山」と変わらないような退屈で平凡な山に思えて仕方無かった。
アタマを抱えた拙者は、遂に…北アルプスや立山連峰、南アルプスまで選択肢を広げるしか無かった。
しかし、今更…そんな野性味の欠片も無い、過保護極まりない山に行って、一体何があるというのか?
羆ちゃんは居るのか?
登山道でビバーク出来るのか?
生ビールが飲めるのか?
それは、飲める…な。
それも、自分で担がなくともイイし、しかも…ジョッキで飲める…な。
それは、ちょっと真剣に考え…いやいや!
拙者の求めるのは、荒々しい野性味溢れる自然との1対1の攻防ナノだっ(大体、負けてるけど)。
神経を張り詰めるピリピリするような緊張感と、ギリギリの判断を必要とする切迫感ナノだっ(服が燃えとるのに気付かないけど)。
嗚呼、今…拙者の乞い願うものを与えたもうは、「大雪山」以外には考えられない。
そこで、フト考えてみた。
各登山口が止まっているという事は、もしかしたら…縦走路は今、ガラガラに空いているのではないか?
登山者が少ないという事は、警戒心を解いた羆ちゃんもウロウロしてるんではないか?
もし、そうだったら…オーソドックスな大雪山縦走路を歩く価値は十分にあるかも知れない。
いや、ある意味…これは、千載一遇の大チャンスかも知れないぞぉ。ラッキー♪(ポジティブな奴だ)。
そこで、この際…思いっきりベタな縦走コース、つまり「旭岳~十勝岳」というコースを考えてみた。
実は…「縦走路を制覇した」と言いつつも、ワザと残していたルートがある。
それが、「姿見~旭岳」「望岳台~十勝岳」である。
今まで、考えた事も無い。選択肢にすら挙がらなかった、ベタベタなポピュラーコースだ。
大雪山系に通う事、二十余年。
マニアックなコースを歩き尽くした拙者が、手を付けていなかったのが、この2つである。
何故、今迄…登らなかったか?
答えは至極単純である。
「面白く無いから」
「ヒトが多いから」
恐らく、この先…死ぬまで登る事は無いだろうと思っていたし、こんな事でも無い限り歩く必然性も無いコースだった。
「十勝岳」は縦走路が通過しているから仕方無く何度かピークを踏んでいたが、「旭岳」に至っては…初めて「大雪山」を縦走した30年前以来、一度も登っていないと来たから、我ながらビックリする。
30年前の登頂も、裏旭から空身でピストンしたのだから、ひねくれ者だろう。
ここは、思い切って…「姿見の池」から「旭岳」を登ってやろ~ではないか。
それも、観光客に混じってロープウェイに乗ってやる。
これで、どうだ?(どうだ、と言われても…)
ただ、気掛かりは…縦走路にエスケープルートが取れない事だ。
天候が悪化したからと言って、下界へ逃げる手段も無いノダ。
これには、正直…参った。
いつもなら使える「天人峡ルート」が使えないのは痛い。
「天人峡」以外の、「トムラウシ温泉」も「俵真布」も「クッチャンベツ」(沼の原)も使えない。
つまり、拙者が呼ぶ…「DEEP大雪山」に入ってしまえば、一切の逃げ道は閉ざされている…という事だ。
天候が悪化したら…避難小屋に逃げ込むか、ビバークをし、天幕回復をひたすら「待つ」しか無いノダ。
しかし、一つだけ…たった、一つだけ、エマージェンシーな逃げ道があった。
それは…「天人峡」である。
勿論、「天人峡」は通行止めである。それは、存じておる。
しかし、拙者はテレビニュースで見たノダ。
閉じ込められた天人峡温泉宿泊客達が、非常手段として…崩落した道道に覆工板を渡して通過しているのを。
いざという時は、恐らく…早々に復旧工事をしている崩落現場のユンボの横を「スイマセ~ン」と言いつつ、緊急避難的に通して貰うしか無い。
まさか…「大雪山から命からがら逃げて来ました」という拙者に「通れないから、大雪山に戻りなさい」とは言わんだろう。
もし、そんな事を云う作業員なりガードマンが居たら…そん時は、相手取ってやる。訴えてやる。出るトコに出てやる。
それでも頑なに「通さん!」と言われたら…「んじゃ、忠別川の河原を歩いてやる。濁流に飲まれたて死んだら、オマエの責任だから…名前を聞いておこう」(ヤカラやがなっ)と叫んでやる。
ま、いよいよ駄目な時は…「天人峡~旭岳温泉」という最終手段がある。
6時間掛けて下山したアトに、更に3時間掛けて「旭岳温泉」に登り返すのは、ゆるぐ無いが仕方無い。屈強な現場作業員と取っ組み合うよりは、疲れ無いだろう。
という緊急避難策も思い付いたので、拙者は…そぼ降る雨の中、旭川駅前10番バス乗り場から、縦走装備でパンパンになった…デカザックを担いで、「旭岳温泉行き いで湯号」(ナメた名前だ)に乗り込んだのである。
1日3便の「いで湯号」は、嘗て「天人峡」にも寄っていた時期もあったが、今は利用客が殆ど居ない故に廃止され、代わりに「旭川空港」(旭川で無く、東神楽町に空港はある)に寄り、農道を東川町に抜け、「忠別川」を遡って「旭岳温泉」に向かった。
途中、「忠別川」に掛かる橋の上から眺めたが、さほど増水した形跡も無かった。
何故なら、「忠別川」上流には…氾濫を防ぐ為に「忠別ダム」が造られたからだ。
拙者が北海道移住後「大雪山縦走」に通い始めた頃着工したダムは、数年前にやっと貯水を開始した。
ある日、いつものように…縦走中、「旭川」の街を見下ろすと…突然、デッカい湖が出現したのだから、ビックらこいた。
去年まで何も無かった場所に、巨大な湖が現れたノダ。
それが、ダムだと気付くまでに37秒掛かった。いや、35秒ぐらいか?ま、そんな事は…どうでもイイ。
そのダムのおかげで、今回も「忠別川」下流域は水害を逃れられたノダ。
しかし、そのダムの上流にある道道「天人峡線」は、ダメージを食らった。
本来、河川は頻繁に氾濫し、その流れを変えるものだ。そのおかげで、下流域には扇状地が広がり肥沃な土壌と平野部をもたらされる。
札幌は豊平川の扇状地にあるし、「藻岩山」の麓である旭ヶ丘には、嘗ての河岸の名残の段丘まで残っている。
「忠別川」沿いの道道も、そんな河川が削り取った河成段丘の縁を進んでいる。荒々しく削り取られた河岸は、柱状節理を露出させ、それが独特の景観を生み出している。
「天人峡線」との分岐点にある「公園入口」のバス停を過ぎると、バスはいよいよ高度を上げ始める。
嘗ては「湧駒別(ゆこまんべつ)温泉」と呼ばれた「旭岳温泉」に到着したのは、まだ早い午後だった。
雨は止んでいたが、見上げた視線の先に「旭岳」の姿は無い。濃いガスが辺りを包み込んでいた。
「キャンプ場」バス停で下車し、早速…天幕設営を済ませる。
いそいそと「湧駒荘」(アルペンスキー銀メダリスト竹内智花ちゃんの実家ね)に浸かりに行こうと身支度を整えていると、再び雨が降り始めた。
雨が止んだら…と思っていたら、そのまま眠ってしまい、気がついたら夜の9時を過ぎていた。
温泉は諦め、旭川駅前イオンで買って来た…チキン南蛮と琥珀ヱビスで遅い夕食を済ませると、目覚ましをセットして再び眠りに就いた。
翌朝、聖子ちゃんの「夏の扉」の軽やかなイントロに起こされ、天幕から顔を出し空を眺めると…うっすらと青空が覗いていた。
カフェオレを淹れ、煙草を吸いながら今日の分の行動食をジップロックに詰める。縦走中は昼飯の代わりに、常に行動食を取り続ける。ハンガーノックにならぬようにと、長い休憩で筋肉を冷やさない為だ。
朝食を食べ、天幕を畳み、パッキングをする。
ザック重量は35kgを超えているが、昨年のような辛さは感じない。
沢登りが良いトレーニングになったのだろうか。
キャンプ場の炊事場で飲料水を補給し、ロープウェイ駅へ急いだ。
つづく。


