「ヒサゴ沼避難小屋」一階に荷物を解き、濡れたまんまのテントを干すと、やる事がなくなってしまった。
近くを散策しようかと思ったが、脱いだ登山靴を再び履くのも億劫だ。
晩飯には早過ぎるし、飲み始めても担いで来た酒の量が限られている。
持ってきた「吉村昭」の文庫本も、読む気にはなれない。
仕方なく小屋の前の石に腰掛け、ボンヤリと沼を見ていた。
山では「早出早着」と良く言うが、こんなに早い時間に泊地に入っても、手持ち無沙汰で困ってしまう。
それなら、体力と天候が許す限り…日没ギリギリまで行動していたい、と思う。
昨日、ビバークしたのは…確か、16時少し前だったが、濡れる濃密なガスと風に体力を消耗して、ココロが折れたからだった。
余力を残して泊地に到着するのは、確かに正しいとは思うが、拙者のようにビバークを前提として、いつでも何処でも寝られる心積もりで歩いていると、こんなふうに早い午後に行動を切り上げて宿営地に到着してしまうと、正直言って…寝るまでの時間をどう過ごせばイイのか、困ってしまうノダ。
展望のある宿営地なら、雄大な山並みを飽きずに眺めていられるし、初めてのビバーク場所なら色々探検も出来るし、水汲みや羆対策(マーキング)の仕事もある。
しかし、こんな…天候で避難小屋泊だと、荷物を解いたらするべき事は何もなくなってしまう。
疲れてるんだから、とっとと飯食って寝てしまえば良いのだが、「森田健作」じゃ無いんだから夕方に床に就くなんて出来やしない。
今日だって、2つのピークを越えて、ちゃんと7時間も行動したのだから、それなりに疲れてはいるノダ。
だが、ゴロゴロする気にはなれなかった。
多分、DEEP大雪に入って…キモチの何処かが張り詰めたままになっているのだろう。
いくら避難小屋に居るからと言って、緊張を解く事は出来無い。無事に下山するまで何があるか分からないノダ。
ラジオのプロ野球中継が始まるのを待って、夕食の準備をし始める。
今回は、荷物を軽量化した為に、生野菜はキュウリだけにして、米も全てアルファ米にした。
以前紹介した漫画「山と食欲と私」2巻で紹介されていた山メニュー「天かす丼」を作ってみる事にする。
ま、レシピは大した事は無い。
白飯の上に天かすを乗せ、ポン酢とネギ(乾燥)をかけただけの、手抜き山ごはんだ。
途中採ってきたキノコは、軽く洗って味噌汁に入れた。
「クラシック」を開け、空きっ腹に入れると、胃が驚いて収縮してキリキリ痛んだ。
「天かす丼」をワシワシかき込んだら、ポン酢に咽(む)せて激しく咳き込んでしまった。
うーん、美味くない。
漫画の主人公は絶賛していたが、拙者の貧乏舌ですら「?」なジャンクな味で、「二度とやらない」と固く誓う。
それに反して、キノコ入り味噌汁は美味かった。
二本目の「クラシック」(誕生日だから、特別に二本空けた)のアトは、「ジャック・ダニエル」をストレートでチビチビしながら、まったり過ごす。
夜半から降り出した雨は、目覚めた頃には強風を伴い、外は大荒れになっていた。
玄関横の明かり採りの窓からは、小屋前のナナカマドが激しく暴れている姿が見える。凡そ、風速10m/sというトコロか。
「ヒサゴ沼」で10m/sという事は、稜線上では20m/sは吹いているものと思って間違いない。
雨は、それ程強くは無いが、吹きさらしの稜線を歩くには躊躇するコンディションなのは確かだ。
問題は風だった。
大雪山系にあるテン場やビバーク地は、西風を想定した立地に設けられている。
今日の風は、南岸低気圧通過後の北寄りの東風だという事だ。
縦走路上にあるテン場やビバーク地の場所を色々思い浮かべてみるが、心当たりの場所どれも東向きに開けていた。
宿営予定地だった「三川台」下のビバーク地も、東側の「ユートムラウシ花園」に向かって開けている。
勿論、そこ迄の行程も、「トムラウシ」の岩峰を巻くトラバース・ルート以外は殆どが東風をモロに受けてしまう…吹きさらしの行程だった。
朝一番のNHKの天気予報に因れば、明日一日気圧の谷でぐずつくようだ。
つまり、大雪山では台風並みに大荒れ…という事だ。
「ふぅ、仕方無いかぁ」
久し振りの避難小屋停滞も悪くないか…
そう決めると、朝食を食べ再びシュラフに潜り込み惰眠を貪る事にする。
一日中ゴロゴロして過ごし、夕方…雨が止んだのを見計らって、小屋横の流れ出しで水汲みをする。
寝ている内に風向きが変わり、いつもの西風が沼に吹き下ろしていた。
こんな大荒れに行動している縦走者も居ないだろう。今夜も一人静かな夜になるな。
明日…少しでも回復したら、前進したい。
もう1日停滞してしまうと、十勝連峰に届かなくなってしまう。
長い「大雪山~十勝」縦走路を抜けるには、2日間では足りない。
「ヒサゴ沼~双子池」を1日で歩くのは大変だ。以前、逆コースを歩いた時は11時間掛かった筈だ。翌日「双子池」から一気に「白金温泉」に下山するのも、なまら大変だ。
どうしても…3日、いや2日半は欲しい。
明日…「三川台」まで前進出来れば、2日目「オプタテ」でビバークして、翌日…明るい内に「白金温泉」に下山は可能だ。
だが、翌朝も天候は回復の兆しすら見せなかった。
悪天候の中、少し無理をして「三川台」まで前進するか、今日もう1日停滞して、無理やり2日間で繋いでしまうか、若しくは「表大雪」に引き返すか…選択肢は三つに絞られた。
小屋の玄関で空模様を眺める。
雨は時折…弱まるが、風は全く収まっていない。
ここで判断を誤ると「トムラウシ大量遭難」の二の舞になるかも知れない。
「十勝連峰」へのルートは目を瞑っても歩けるぐらい熟知しているから、道迷いは心配無いが…
問題は風だ。
風で体力を消耗し、低体温症に陥り行動不能になる可能性がある。
「日本庭園」から先は、吹きさらしの稜線歩きが続く。
エスケープルートは使えない。
下界の予報では、明日後半から回復傾向らしいが、山では半日から丸1日回復が遅れるのが普通だ。
どうする、どうする?
考えろ考えろ。
大荒れの縦走路を歩いている自分の姿を想像してみる。
過去の、幾つもの荒天行動の記憶が蘇る。
一昨年の石狩連峰稜線での登山道上でのビバーク。土砂降りのシュナイダーコース下山の記憶は生々しい。
「原始が原」から台風一過の十勝連峰に入って、「富良野岳」で強風にやられ低体温症になり、「上ホロカメットク避難小屋」に半分意識を失って逃げ込んだ事もあった。
土砂降りの「天人峡温泉」への下山は、雨水路を膝上まで水に浸かりながらの下山だった。
台風の間隙をついて「白雲」から「忠別」に移動した時は、雨が下から降ってきて目も開けられないぐらいだった。
うーん、我ながら…呆れるぐらい、色々と修羅場を経験してきたな~。
あの頃は、どうして…そんな無茶な行動が出来たのだろう。
「山では絶対に死なない」、という根拠無き自信があったのだろうか。
それとも、「こんなのは、大した事では無い」と思っていたのか。
様々な経験を経ると、経験値は上がる。個人的なデータとして、自分の限界値も蓄積される。
「あの時は大丈夫だった」からという自信にもなるだろう。
しかし、同じぐらい…恐怖心も芽生える。
生命体としての防衛本能が、警鐘を鳴らし警戒を促す。
山をやり始めて、かれこれ…40年近く、山に対する恐怖心は年々強くなる。
山を知れば知る程、山が怖くなる。
翌朝、いつも通り…4時半に目覚めて、直ぐさま外の様子を窺う。
ダメだ。風は昨日よりヒドくなっている。雨だけなら前進も考えたが、やはり…山では風が一番怖い。
今日停滞してしまうと、下山予定日までは2日しか無い。
「表大雪」まで引き返すにしても、ギリギリのスケジュールになる。
また、撤退か…
昨年の東大雪に引き続き、二年連続の撤退は過去に例が無い。
悪天候を突いて前進するか、明日回復してから撤退するか…
暫く遠謀深慮して拙者が出した答えは…「表大雪に引き返す」だった。
一昨年の東大雪縦走のような無茶な行動は慎むべきだ。あんな、登山道の真ん中でビバークするような厳しい山行は、拙者の本意では無い。
もっと、ノホホンと縦走を楽しみたいノダ。
そりゃあ、たまには厳しいギリギリの山行をやりたくなる時もあるが、今回ばかりは例年とは違う。
エスケープルートすら確保出来無い時点で、「前進か撤退か」の選択肢しか無いのだから、無理は出来無い。
十年前の自分なら…躊躇せずに前進を選んだかも知れない。
いや、敢えて厳しい状況に飛び込んだだろう。
それが、大雪山縦走だと思っていたし、その状況から無事に下山する事こそ、目的だったろう。
しかし、今の自分は…もう、無知で無謀な若者では無い。
数々の修羅場を経験し、そこから沢山の事を学んだ。
それを、保守的だと論ずるのは簡単だし、敢えて反論しようとも思わない。
経験を積み重ね、時に失敗をし、そこから学ぶ事は恥じる事では無い。堅実さこそが…単独行者が単独行者である為に、必要不可欠な要素だろう。
夕方、小屋の外にヒトの気配を感じて、横たえた体を起こすと、びしょ濡れになった…60歳ぐらいの小柄なオジサンと、まだ二十代と思われる精悍な感じのニイサンの二人連れが避難小屋に入ってきた。
この悪天候の中、「白雲小屋」からやって来たようだ。
レインスーツを脱いだ二人の体からは、勢い良く湯気が立ち上った。レインスーツの耐水圧を超える降雨に打たれ、中まで濡れている証拠だ。
二人共、かなり消耗しているようだ。
今年、「ヒサゴ小屋」に入って驚いた事がある。以前に比べて、小屋内にあるハンガーや物干し紐が大量に増えていたノダ。
つまり、悪天候を突いて歩いて来る縦走者が、多くなっている事を表しているのだ。
「トムラウシ大量遭難事故」から4~5年経つが、事故の教訓に学ぶ人間はさほど増えていない、という事なのだろうか。
二人は鉄梯子を登って二階に上がってしまい、詳しい日程などは聞きそびれてしまった。
素人には見えないから、エスケープルートが全滅な事は知っているだろうが、こんな悪天候に歩くとは、スケジュールに余裕が無いのだろうか。
「ヒサゴ小屋」三泊目は「広島カープ」の優勝を肴に、のんびり一人宴で過ごした。
翌朝、「ヒサゴ小屋」は相変わらずのガスの中にあったが、風は止んでいた。
明るくなるのを待って、出発の準備をする。
二階の二人は、出発する気配は無く、ゆっくりと朝食を採っていた。
身支度を整え、二階の二人に挨拶をしたついでに、少し会話する。
昨日の強行軍が応えたらしく、出発を躊躇っていたが、「午後からは少し良くなるんじゃないですかね」という拙者の言葉に迷っている素振りだった。
拙者は、二人に「表大雪」に引き返す事を伝え、「ヒサゴ小屋」をアトにし、「化雲岳」へのルートに歩き出した。
つづく。
【写真1】小屋前でテントを干す
【写真2】天かす丼
【写真3】卵かけご飯定食








