いやはや、年明けから立て続けに雪山山行が続いており、なかなか…ノンビリする暇の無い、「頑なにラッセル泥棒をしない登山家」の、もじょであります。

あ、雪山をやらない人は御存知無いかも知れませんが、「ラッセル泥棒」というのは、他人が付けたトレースを黙って拝借して、ラッセルをせず楽をして登る輩を指した言葉で、雪山界では忌み嫌われる行為ナノです。
もし、トレースを使った場合は「ラッセルご苦労様でした」「トレース拝借しました」的な仁義を切らないと…「世間知らず」「ド素人」「卑怯者」「愚か者」「ゆとり」などと蔑まれ軽蔑されるのであります(同じパーティー内は許されるし、交代するのが普通)。

ま、拙者だって…やむを得ず、仕方なく、いやいやながら、利用する事が無いワケでは無いのだが、出来得れば己自身でルートを切り開いて行きたいと思っておる。
だって、他人の付けたトレースの上を歩いて楽しいかぁ?
地図や地形を読みながら、自分で道を切り開いて行く事が雪山の最大の楽しみであり、醍醐味ナノだ。
誰かに用意された道を歩くなんて、そりゃあ夏山登山と変わらないでは無いか。
故に、雪山では…原則的に、自分自身でルート開拓をする事を信条としている。

更に言えば、上りに使った自分自身のトレースを下りで使う事もしたくない。
出来れば、上りとは違うルート採りで下りたい。
上りは、なるべく…キツい斜面を避け、安全かつ効率的なルートを作るが、下りは…尻滑り優先…というか、なるべく楽ちんなルートで下りたいノダ。
出来得る限り、直線的に、短距離で、コンビニに寄り道したりせずに下りたい。
或いは、上りに使った尾根とは違う尾根か、登山口に合流しやすい谷筋でもイイ。
ま、その為には…山を構造的に理解している必要があるし、地形図を半ば記憶している必要がある。

雪山をやり始めた頃は、時々…下りる尾根を間違えたり、尻滑りに夢中になり過ぎて谷筋に迷い込んで、にっちもさっちも行かなくなり登り返す失態を演じる事もあった。
そんな幾多の失敗を繰り返し、その内に…不思議な事に、地形を俯瞰的に捉えられるようになった。
尾根や谷が、どんな構造で伸びているか、ドローンで撮影してるみたいに俯瞰イメージで解るようになったノダ。
これは、地形図を見ただけでは駄目で、実際に地形を観察しながら歩く事で、その構造的特徴が理解出来るようになった。
同じ山に何度も何度も通っていると、地形を記憶してしまうようにもなった。
他の人がどうなのかは分からないが、拙者には…そう見えてしまうノダ。

さて、能書きは…このぐらいにして、「稲穂嶺」(いなほみね)のハナシだ。
前夜、「明日は何処へ行こうか?」と、ビールを飲みながら地形図をあれこれ見つつ検討していたが、行き先が決まらぬまま酔っ払ってしまい、「面倒くさいから、明日…起きた時間で決めよう。早起き出来たら、少し遠出して、寝坊したら手頃な手稲山にでも行こう」と考えて眠りに就いたワケだ。
一応、幾つか候補を思い描いてはいたが、「明日の事は、明日決めよう」という旅人時代からの癖というか、刹那主義的面倒くさがり屋の習性で、眠ってしまった。
大雪山縦走もこんな具合だから、そりゃあ…行き当たりばったり縦走になっちゃうわな…。

んで、翌朝…目覚めると、5時だった。
お♪こりゃあ、少し遠出出来るな。と、昨夜の候補から「稲穂嶺」を選んだワケだ。
「稲穂嶺」は、住所的には余市町になるのかな?
JRの「銀山駅」が最寄り駅になる。
いや、この山の場合…面白いのが、最寄り駅どころか、駅から直接取り付くという珍しい山なのだ。
駅の真裏がトドマツが植林された二次林で、駅のホームでスノーシューを履いてアプローチするという…有り得ない状況ナノだ。
勿論、夏道の無い山なので、厳密に言えば…登山口と駅が直結というワケでは無いのだが、なかなか…こんな山は無いだろう。
「〇〇山登山口」なんてバス停がたまにあるが、あれだって…バスを降りて何分かは登山口まで歩かなければならない。
しかし、この「稲穂嶺」は…「銀山駅下車徒歩0分」なのだ。
なんなら、汽車の中でスノーシューを履いて下車して、そのまま取り付いだって構わないノダ(怒られるわっ)。

前回来た時は、生憎…車で来てしまったので、本来的な特性を実感せぬままだったから、いつか「汽車→取り付き」をやってみたいと思っていた。
しばらく、汽車にも乗ってないし、雪景色の車窓も楽しみたい。
拙者は、そんなに鉄分が濃いほうでは無いが、汽車旅は大好きだ。
ナビゲーション・アプリで調べると、上手い具合に「銀山」着0855時という連絡が見つかった。
よしよし。いいぞぉ。
確か、「稲穂嶺」自体は3時間そこそこで登れる筈だから、いい感じで山頂でごくごくが出来るだろう。

地下鉄で「琴似」へ。
JR「琴似」から、乗り換え駅の「小樽」へ。
「銭函」あたりから海沿いを走る汽車の車窓からは、石狩湾の向こうに白銀の「増毛山塊」が見えた。
「濃昼岳(ごきびるだけ)」や「幌天狗」あたりの白い峰々が、朝日を浴びて輝いていた。
しかし、「小樽」が近付いてくると、空は雪雲に覆われ始め、「小樽駅」に降り立つ頃には、小雪が舞い始めてしまった。
うーん、やっぱり…この時期は、後志方面は雪雲が入り易いか…。
ま、仕方ない。ここ迄来て行き先を変更するのも面倒だ。

「小樽駅」から函館本線「長万部」行き二輌編成の鈍行に乗り換えたが、車内はニセコへ向かう観光客で一杯だった。
汽車は「余市」「仁木」を過ぎ、「銀山駅」へ到着した。
降車したのは、拙者だけだった。
待合室に荷物を置き、とりあえず…一服。
鄙(ひな)びた無人駅の周囲には、民家も殆ど無い。「銀山」の集落は国道5号線沿いに集まっていて、山裾の駅は…まるで、取り残されたように雪景色の中に静まり返っていた。
待合室に戻って、雪山の装具を整える。
ストックとスノーシューを携え、ホームへ。
誰も居ないと思ったら、三脚をセットしている撮り鉄のおじさん二人連れが居た。
どうやら、SLニセコ号の撮影に来ているようだ。
「お兄さん、これから山に登んのかい?」と声を掛けられた。
「何て山だい?」
「稲穂嶺です」
「どんぐらい掛かんの?」
「3時間ぐらいですかねぇ」
「一人で?」
「はぁ」
「この山は羆出るから、気をつけてな」
どうやら、SLが来るまで暇を持て余しているようだ。
「羆は今時期、冬籠もりしてますよ」とは言わずに、「はぁ」とだけ答えて、ホームの端でスノーシューを装着する。

さて、ホームの後ろは、所謂…法面になっていて、いきなりの急傾斜だ。
ま、2~3回ジグを切ればやれるだろう。
雪の中に踏み込むと、いきなり…膝まで埋もれた。
こちらは、昨夜来…新雪が積もったようだ。
うむむむ、またしても厳しい勝負になりそうだ。
息を荒げて法面を攀じる。
もし、今…ホームに汽車が入って来て、車内の乗客が拙者を見たら何と思うか…。
「あのヒトは、駅の裏で一体何をしておるのか?きっと、他人には言えない複雑な事情があるのだろう。可哀想に。まだ、若いのに…」と、落涙と嗚咽に声を詰まらせる事だろう。
だが、幸運な事に辺りには誰も居ない。先程の撮り鉄は、カメラのセッティングに忙しい。

ゼエゼエ言いながら、二次林の中に踏み込む。
確か…この上に、林道があった筈だ。
林道に乗ると、何日か前のシッカリしたトレースが残っていた。
幅から推測すると、山スキーのようだ。
今日入った形跡は無い。
流儀に反するが、退屈な林道歩きの場合は、トレースを利用させて貰う。
暫く進むと、林道は二股になる。
目の前の尾根は、前回取り付いた尾根で数年前と比べて、かなり灌木が増えていて、取り付く場所が見当たらなかった。
地形図を見ると、左手の林道を更に進んだ先に比較的緩やかな尾根があり、恐らく一般的な冬ルートはそこに刻まれている筈だ。林道のトレースも、そちらに向かっている。
しかし、その尾根の取り付きまで、まだ20分近く林道を歩かねばならないようで、「早くラッセルしたいしたい病」に侵された拙者には我慢出来そうに無い。
何処か取り付く場所は無いかと100m程進むと、右手に立木の少ない谷筋が見えた。
古いスキーのシュプール跡も残っている。
地形図で見ると、前回登った尾根に合流する枝尾根らしい。
見上げた斜面はかなり急だが、大きめにジグを切れば、なんとか尾根に乗れそうだ。
よしっ。頑張ってみよう。

膝上ラッセルで10m進んでは折り返し、10m進んでは折り返しを5回程して枝尾根に乗った。
一気に汗が吹き出した。
枝尾根上は意外に灌木が多い。登れそうなルートを見上げた尾根に探すが、尾根幅は狭く、どのルートにも灌木や立木の障害がある。
うーん、なかなかの難問だな。
その時、下の方で声がした。振り返ると、林道に山スキーの三人パーティーが居た。
彼らは…拙者の取り付いたトレースあたりで一旦止まって、再び進み始めた。
「おい、こんなトコに取り付いてる変態が居るぞ」
「なんで、こんな大変なルートを選んだんだろ?」
「多分、他人に言えない複雑な事情があるんだろう。可哀想に」などと話しているのだろう。
るせーるせー、ほっとけっ。
悔しかったら、同じトコ登ってみやがれっ。
山スキーには、そんな細かいジグは切れないだろう。灌木の隙間を縫うようなルート採りは出来無いだろう。
山スキーには山スキーの、スノーシューにはスノーシューのルート採りがあるのだ。
拙者には、このやり方が面白いだけで、正解など無いだけだ。

急峻な尾根上をジリジリと高度を上げる。
30cm程の新雪の下には、良く締まった雪があり、ラッセルの深さの割に着実に前進出来て、難しいトラバースも不安は無い。
1時間半ほどラッセルを楽しんで、稜線に上がると…一気に視界が開けた。
広大な雪原が稜線上に広がっている。
所々にダケカンバの巨木が立つが、まるで…スキー場のゲレンデのようだ。
現に、山スキーとBCボーダーの2パーティーが上がって来ていた。
この山は、滑る為の山のようだ。
山頂へ向かう稜線にトレースは無く、登山目的は拙者だけのようだ。
稜線に上がると北西風が強くなり、雪も降り始めたのでブッシュハットを脱いで、フードを被った。
緩傾斜の広い稜線を山頂へ向かう。
のっぺりとした山頂には、僅かな立木しか無く、晴れていれば見晴らしは最高な筈だった。
北西風を避けて、本来なら「羊蹄山」が見える筈の東南側に回り込み昼食にしよう。
いつものように、雪面に溝を掘り、風避けに切り出したブロックを風上側に1m程積み上げる。
フリースとダウンを着込んで、さてさて…と、お湯を沸かそうと思ったが…
無い無い無い無い無い無い!
ガスボンベが無いっ!
バーナーは有るが、肝心の燃料が無いっ!
あちゃー、やってしまった。
何たる不覚。
単独の場合、こ~ゆ~時に困ってしまう。
相棒かパーティーメンバーが居れば、なんとかなるもんだが…一人だと、どうしようも無い。
焚き火をしようにも、周りには木も無い。
仕方なく、ヱビスビールを開けて渇いた喉に流し込む。
ち、ち、ちべたいっ。
ダメだ、温かい食べ物も無いのに、ビールだけでは辛過ぎる。
仕方なく、テルモスのカフェオレを飲み、行動食を頬張った。
ま、この天気だから、長居も出来無いから大人しく下山しよう。

下山は北西側の前回登った尾根を下る事にした。
山頂の北西側は立木の無い一枚バーンが開けていて、尻滑りにはもってこいな斜面だった。
生尻で滑り落ちながら、今度は晴れた日にご馳走を持って来て、ゆっくり楽しもう…と、リベンジを誓うのだった。

おわり。

【写真1】銀山駅のホームから取り付くノダ
【写真2】山頂稜線は広大な雪原が広がっている
【写真3】ボンベを忘れて途方に暮れるもじょ



いやはや、本格的な雪山シーズンがやってまいりました。
拙者にとっての…山登りメインシーズンであり、数少ない山頂を踏む機会でもあります。
今回は、札幌市南区にある「豊羽鉱山」近くにある…マイナーピーク「山鳥峰」(やまどりほう)を目指す事にした。
位置関係から言えば、札幌市最高峰「余市岳」から稜線伝いに、「南岳」経由で繋がる小ピークの一つであり、地形図に山名表示は無いが、見晴らし(特に定山渓天狗岳南壁)が素晴らしい低山である。
三年程前に一度登っているが、余りの景観の良さに「内緒にしよう」という事で、日記も山行報告も上げなかった山である。
ま、内緒にしても雪山好きな登山者の間では、ある程度…知られた山ナノで、今回は日記を書く事にした。

今回は、「塩谷丸山天幕泊山行」や「中山峠イグルー遊び」で御一緒したK隊員に声を掛け、御一緒願った。
日頃、殆どラッセルをしない雪山を登っているK隊員には大変かも知れないが、地図読みも簡単だし、行動時間も短いので、頑張って頂きたいと、雪山にお誘いした次第だ。

取り付きは、「豊羽鉱山」手前の「山鳥橋」である。
そこから「山鳥林道」を進み、テキトーな枝尾根に乗る計画だ。
橋のたもとで装具を整える。
早朝の冷え込みで車外に出ると、一気に鼻毛が凍った。
ー10℃を下回っているようだ。
曇り予報の空には、青空が広がりつつある。
内地は強力寒波の襲来で、慌てふためいておるみたいだが、何故かしら…札幌近郊は天気が良い。
今回、雪山用のアウター(シェル)を新調した。
「モンベル」のハード・シェル(ストリーム・ジャケット)は、勿論…赤色だっ。
考えたら…ミドルレイヤーも、インナーも赤色ナノで、脱いでも脱いでも赤色で、殆ど玉ねぎ状態である。
少し…コーディネートを考えねばならない…な、などと思ってみる。

とりあえず、林道を歩き…取り付ける枝尾根に向かう。
林道は踝(くるぶし)から脛ラッセルで、気温の割に雪質は少し重い。
前回、「山鳥峰」に来た時も厳冬期だった筈だが、サンクラスト(太陽光で雪面が溶ける事)した雪面がガリガリに凍りついて、見事な「最中雪」(もなかゆき)で、堅いと思った雪面が10歩に3歩ぐらいの割合で、最中を突き破って潜ってしまい、大層疲れた記憶がある。
オマケに、最中の皮…じゃくなって、サンクラストした雪面が凄まじくガリガリ音を発して、静寂の雪山を楽しむどころでは無かったノダ。
それに比べたら、今日のコンディションはマシである。

10分程進んだトコロで、ミドルレイヤーのフリースを脱ぐ。
「雪山は寒いだろう」と言う未経験者は多いが、なんのなんの!実際は、かなりの汗をかくぐらい暖かいノダ。
故に、雪山では夏山以上にインナーに気を遣う。
「寒いから」と、某ヒートテックなんぞ着て来ようもんなら、大変な汗をかく羽目になる。
雪山こそ、ドライな素材のインナーが必要ナノだ。
後続のK隊員の額にも汗が滲んでいる。
モンベルの赤いフリースのK隊員とお揃いモンベラーになってしまい、少し気恥ずかしくもある。

林道を30分ぐらい進んで、林道歩きに飽きてきたので手頃な枝尾根に取り付く事にする。
前回は、もう少し先の緩傾斜の尾根に取り付いた筈だが、林道歩きが嫌になったんだから仕方ない。
K隊員と相談して、地形図を見ながら戦略を立てる。
「どうですか、やってみます?」と取り付きのルート工作をK隊員に打診すると、先頭ラッセルを志願してくれた。
少し傾斜は急だが、ジグを切りながら登れば、やれない傾斜では無い。
ラッセルは脛から膝。重い雪質に苦労しながら尾根を目指す。
途端に荒い呼吸がK隊員の口から漏れる。
林道をラッセルするようなワケにはいかない。かなりな重労働なラッセルが続く。
消耗激しいK隊員と先頭を交代し、地形を観察しながら、乗るべき枝尾根へのルートを探る。
取り付いて30分程経ったので、クールダウンする為に小さなテラスで休憩する。
結構、高度を上げたが、なかなか目指す枝尾根には乗れない。
その時、下の方で人の声が聞こえた。
我々のトレースを発見し後続が上がって来たのだろうか?
ま、この辺りは…対岸の「美比内山」側に山スキーに適した斜面も沢山あるから、山スキーヤーかも知れない。

休憩後、再びK隊員に先頭ラッセルしてもらい枝尾根を目指す。
この…先頭ラッセルでのルート工作という作業も、個々人の性格が出て面白い。
普段穏やかなK隊員だが、案外にアグレッシブなルート取りをする。
「そこ登りますかぁ!?」というような急傾斜を目指している。
再び、ラッセル交代して、ジグを細かく切りながら、やっとこさ…枝尾根に乗った。
かなりな難ルートだったな~
ちょっと、選択した尾根を間違ったかも知れない。
ま、しかし…これも又人生。

枝尾根に乗ると、ダケカンバと蝦夷松の疎林が広がる広尾根が続いていた。
あとは、尾根伝いに高度を上げ、東西に延びる主稜線を目指せば良い簡単な行程だ。
緩やかな勾配の斜面をテキトーにラッセル交代しながら登っていると、疎林の隙間から「定山渓天狗岳」が覗き始めた。
札幌近郊の山々の中で、ひときわ鋭い山嶺を持つ「定山渓天狗岳」は、昔は岩壁登攀のゲレンデとして様々な登攀ルートが開拓され、クライマー達で賑わったそうだが、最近は…日帰りハイカー御用達になって、クライマーの姿を見掛ける事は少ない。
三角点と登山道のあるⅠ峰が最も鋭く尖っており、隣り合うⅡ峰Ⅲ峰は比較的緩やかだ。
南側は深く切れ落ちた崖垂が広がり、厳冬期ですら着雪を許さない急峻な岩壁になっている。
恐らく…南側の岩壁の下の窪みが、嘗ての爆裂火口で、山頂岩峰が火口縁の一端なのだろう。
逆側の火口縁は、崩落して原型を留めておらず、なだらかな峰々が裾野に広がっている。
「山には、見る山と登る山がある」というのは、拙者の考えだが、「定山渓天狗岳」は前者だろう。
見て良し、登って良しという山は、なかなか無いものだ。

ずりずりと高度を上げて行くと、見上げた稜線の向こうに一際輝く白銀の山嶺が見えて来た。
少し遠回りになるが、ここまで来てアレを見逃すテは無い。
稜線に乗ると、一気に展望が開け白銀の山嶺を碧空へ突き上げる…札幌市の最高峰「余市岳」が見えた。
森林限界を超えた峰は、純白の衣を纏い青々とした冬空に浮かび上がっている。
山頂部は地吹雪いているようで、雪煙が舞っているのが判る。
稜線を左手になぞって行くと「南岳」があり、それは…この「山鳥峰」まで続いている。
此方側から「余市岳」へアプローチする者も居るというが、かなりの距離がある。
一度歩いてみたい気もするが、日帰りだと厳しいかも知れない。稜線上で一泊が妥当だろう。

稜線上の小ピークから一旦コルに下ろされ、緩やかな勾配を10分程詰めると「山鳥峰」の山頂になる。
山頂部はなだらかで北側に広い雪田が広がっている。
振り返ると…真正面に「定山渓天狗岳」が見えて、大層気持ちが良い景観だ。
誰かが付けた手作りの山頂標識の前で記念撮影をして、見晴らしの良い場所で昼食にする。
雪田をシャベルで掘り下げて、足を投げ出せる溝を作る。
スノーシューを脱ぐのが面倒ナノで、履いたまんま座れる広さの溝を二人で掘る。
良く締まった…ついつい、イグルーを作りたくなるような良質な雪に、つい…ニタニタしてしまう。

北寄りの風が少しあったので、雪にバーナーを置く棚を作って風避けにする。
ウレタンマットを尻に敷いて、拙者は「山菜鶏なめこうどん」を、K隊員はラーメンの昼食を採る。
日差しが眩しく、殆ど風も無いので、すこぶる居心地が良く、このまま昼寝したくなるが、気温はー10℃近いので永眠になっては困るので、一服して下山に取り掛かる。

登って来たトレース沿いに下山するのは面白く無いし、新雪を踏みながら下りるほうが楽なので、テキトーに下り始める。
下りる方向さえ間違わなければ、山鳥林道に必ずぶち当たるから面倒な地図読みを省く。
拙者的には尻滑りたいので、敢えて急傾斜に寄って行ってしまう。
つか、もう…尻滑りの事しか考えていないノダ。
上りに寄った小ピークをかわし、枝尾根に向かって尻滑り斜面を探す。
程良い急斜面を見つけたので、試しに生尻でドロップインしてみる。
ずりずりずりずりずりずり…
流石に、生尻では新雪の中では滑りが悪い。
うむむむ…こ~ゆ~時は、思いっ切り急斜面を探すしか無い。
あっちこっちウロウロしてたら、どんどんK隊員と離れてしまった。
そうだ。今日は単独行じゃ無いんだから、余り勝手な事はしちゃダメなんだった。
K隊員と合流し、上りのトレースに沿って下りて行く。
それでも、所々のギャップを尻滑りながら下りる。
あっという間に、取り付いた枝尾根まで下りて来てしまった。
ここは、かなりな急斜面だったから尻滑り出来る筈だ。
急斜面を探してウロウロしてたら、下山ルートを見失ったと思ったのか…K隊員に「あそこに、トレースがありますョ、隊長」と教えられた。
すいません。もう…尻滑りの事しか考えてませんでした。
どうやら、この斜面を下りたら林道みたいナノで、最後の尻滑りコースを探しまくる。
枝沢に下りる急峻な谷を見つけたので、ドロップイン。
斜度は60度近い斜面だが、生尻滑りなら下りられる斜度だ。
新雪の深雪を蹴散らしながら、ほぼほぼ…表層雪崩と一緒に谷筋に落下して行く。
林道に出るとK隊員も手頃な斜面を尻滑って下りてきた。
3時間掛かりで必死こいてラッセル登坂した山を、わずか…1時間で下りて来てしまった。
なんと儚いものか…。
しかしながら、それ故に雪山は楽しいのだ。

結局、聞こえた声の主は現れず、ノートラックの新雪を独り占め出来た。
日差しもあり、風も無く、雪山を堪能して、大満足で帰路に就いた。
勿論、雪山の帰りは温泉で温まって、ごくごくするノダ。

おわり。

【写真1】稜線上の広々とした雪原を歩く気分は堪らない
【写真2】定山渓天狗岳をバックに
【写真3】頑なさを封印して山頂にも一応立った



目覚めると、昨夜来…テントをバタつかせていた風が止んでおり、ガスも抜けていた。
東側の「高原温泉」側には、濃密なベルベットのような雲海が眼下に広がっていた。
今朝方は冷え込みも無く、この時期にしては温かい朝だった。
昨夜、ラジオで聴いた通り天候は下り坂のようだ。前線を伴った低気圧が北海道南岸を通過し、今夜あたりから降り出すだろう。
本来ならば、誕生日の今夜は以前から狙っていた…「クワウンナイ沢」源頭部にある素敵なテン場にテントを張りたかったのだが、荒れるなら「ヒサゴ沼避難小屋」に入ったほうが、無難かも知れない。
低気圧通過後、気圧の谷も通過しそうだから、山は2~3日荒れるだろう。
朝食に昨晩の残りの赤飯を頬張りながら、考え込んでいた。
うむ~、停滞するなら、窮屈なテントより避難小屋だろうな。
ま、天候を見ながら…「ヒサゴ分岐」で最終的に判断しよう。
濡れたまんまのテントをたたみ、パッキングをして出発する。
「忠別沼」のコルには東側の雲海から千切れたガスが上がってきていた。
久し振りに訪れたが、この標高にこんなに立派な沼があるのには驚かされる。
恐らく…水源は、雪融け水と天水だけだろうが、もしかしたら…「忠別岳」からの伏流水が、何処かに湧き出しているのかも知れない。
「忠別岳」への緩やかな登りに差し掛かると、東風が吹き始めた。
太陽はとうに昇っているが、気温は殆ど上昇していなかった。
緩やかな勾配を詰めると、突如として右手に断崖絶壁が現れる。
「忠別岳」の西側は、ほぼ垂直に200m近く切り取られている。
崖下からは「忠別川」源流部の、荒々しい沢音が迫り上がってくる。
その流れを目で追っていると、「忠別岳避難小屋」への分岐があるコル辺りに、東側から吹き流されてきたガスが、まるで…滝のように谷筋に流れ落ちていた。
これは、凄い。
なかなか見られ無い、珍しい光景に見とれていると、躰があっと言う間に冷えてきた。
…ので、簡単に補給を済ませて、早々に下りる事にする。
暫く下降すると、縦走路の左手に合流するルートがあった。
今は廃道になった「シビナイコース」との合流点だろう。
間違えて下りないよう、ペンキで×印が書かれた石が並んでいた。
いつかは歩いてみたいと思っていたコースだが、最近の登行記録は無い。
廃道になって10年以上経つし、廃道になる前も「一般登山者向けでは無い」という意味の破線コースだったから、今は踏み跡も消えているのだろう。
極悪な藪漕ぎをするぐらいなら、「忠別小屋」前を流れる「シビナイ沢」を遡行したほうが楽な筈だ。
背の低いハイマツ帯の刈り分け道を下降し、白茶けた砂礫が埋め尽くすコルに辿り着いた。
昔、この場所で不思議な登山者とすれ違った事がある。
まるで、日帰り登山のような軽装備で、夕刻…「忠別岳」を登って行く単独の中年女性だった。
挨拶した拙者に見向きもせず、トボトボと力無く歩いていたのを覚えている。
ビバーク装備を持っているようにも見えず、縦走路を北に向かった中年女性は、一体何処に向かっていたのか?
「白雲小屋」に向かったとしたら、小屋に着くのは21時を過ぎてしまうだろうし、件(くだん)の「シビナイ破線コース」を下りるにはキャリア不足に思えて仕方ない風体だった。
その夜、「忠別小屋」に同宿した登山者にその話をしたら…「そのオバサン、ちゃんと足はありましたか?」と気味悪い事を(半笑いで)言っていた。

今回は、「忠別小屋」にも寄らず、「五色岳」へ向かう事にする。
縦走路の脇には、「高根が原」辺りから白いキノコが沢山生えていた。
手に取ると、傘の裏側がスポンジ状になった「イグチ系」のキノコだったので、5~6個だけ採集して晩御飯の足しにする事にした。
見た事の無いキノコだったが、「イグチ系」は殆どが可食出来るので、恐らく大丈夫だろう(下山後調べると、ゴヨウイグチという食べられるキノコだった)。
ハイマツトンネルをくぐり抜け「五色岳」に到着すると、上空のガスが時折抜け始めた。
気温も少しずつ上昇し始めていた。
本来ならば、此処から向かう筈だった「東大雪」の事を思い浮かべる。
果たして、来年の縦走までに林道の補修はされるのだろうか…(多分、無理だろ~ナ)。
ま、どうせ…「十勝三股」まで歩くんだから、崩れた場所は無理やり通過しちゃえばイイのだ。
車の通行が出来無いだけで、崩れた部分を迂回すれば良いハナシだ。

「五色岳」を出発し、高層湿原帯「化雲平」へ向かう。
殆ど、アップダウンも無く、今は木道が整備されて大変歩き易い…お気に入りのルートだ。
ハイマツ帯に入ると、登山道脇に今朝方のものと思われる羆の新しい掘り返し跡があった。
今回初めて見る、羆の痕跡だ。
暫く進むと、新しい糞が…これ見よがしに登山道の真ん中に置き去られていた(恐らく、意図してやっている)。
内容物はコケモモやガンコウランの実と、夏草が混じっている、秋の糞だ。
糞の直径サイズ(肛門の大きさ)は小さい。
まだ若い羆のようだ。
良く良く観察すると、薄い足跡もあった。
幅が10cmにも満たない若羆か、当歳羆(親離れ前の二才羆)のものだ。
その先に、恐らく…母羆と思われる12cm幅ぐらいの足跡もあった。
どうやら、親子で朝ご飯を食べに稜線に上がって来たようだ。
「化雲平~ヒサゴ沼」の餌場に居着いている親子羆だろう。
緩やかな南向き草付き斜面が広がる「化雲平」は、羆が大好きな居心地良い典型的な環境だ。
今迄、何度も痕跡は見た事があるが、本人(本羆?)に遭った事は無い。
いつか遭ってみたいものだ。

暫くハイマツの回廊を進むと、突然…視界が開け高層湿原が広がる。
右側は白っぽい安山岩が散見する庭園風景観が続き、左側は広大な高山植物のお花畑が広がる中を、木道が続いている。
この木道が作られて…そろそろ15年ぐらい経つが、木道の傷みは激しい。
縦走路と「化雲岳」との分岐で、ザックを下ろし木道に座って休憩する。
ガスが遠望を閉ざしているが、殆ど風も無く、穏やかで暖かく…誠に気分が良い。
静かだ。
とても、静かだ。
何も音がしない。
聴覚的情報が一切入力されず、不純物が削ぎ落とされたような空気が空間を研ぎ澄ませ、自分が風景の一部に溶け込んでいるように感じる。
そう、この感じ。
これだ。
周囲十キロ四方に人間は誰も居ない。
これが…DEEP大雪山の醍醐味ナノだ。
ゴロリと木道の上に寝転がって、天空を仰ぎ見る。
「帰ってきたんだ」という懐かしさと、神経が張り詰めるような緊張感を織り交ぜた感慨が、胸にこみ上げる。

木道脇に建つ道標に、見慣れない印が付いていた。
英語のプレートに「Mt、Chubetsuーdake」と書かれ、その上に赤い三角形と「Daisetsuzan Grade5」と書かれている。
最近、増え始めた外国人トレッカーに向けた案内表示だろう。
確かに、今迄も沢山の外国人トレッカーと出会ってきたが、彼らは乏しい情報だけで、「表大雪~十勝岳」という長い縦走をやっていて、見ているコッチの方が心配する事が多い。
機会があれば、なるべく…必要な情報を与える事にしているが、我々には常識なエキノコックスや羆の事を殆ど全く知らないトレッカーが多い。
彼らが一番欲しがるのは、大抵は…ウェザーリポート(天気予報)の情報だった。
いつだったか、出会ったオーストラリア人に明日の天気を訊ねられて、思わず…「shit weather」(クソみたいな天気だな)と言って、爆笑された事があった。
晴れ(fine)曇り(cloudy)ガス(foggy)なら簡単だが、荒れ模様になりそうだったから、つい感情的に汚い言葉が出てしまったノダ(正しくは…stormyと言うべきだな)。

少し長い休憩をとった後、「化雲岳」から続く緩やかな段丘へ上がると、ガスの隙間から特徴的な「トムラ」の岩峰が覗いた。
東側から次々とガスが流れ、岩峰にまとわりついている。
ああいうガスが掛かる時は、天候は確実に下り坂なのだ。
東大雪の峰々は、厚い雲の中に隠れている。
やはり、予報通り…今夜から荒れ模様になりそうだった。
仕方ない、今夜は「ヒサゴ沼避難小屋」に入るとしよう。
ま、どうせ…誰も居ないだろうし、静かな誕生日の夜を過ごせるだろう。

小屋に入る前に雪渓融水を汲みたかったので、「日本庭園」側にある「ヒサゴ分岐」に向かう事にする。
分岐のあるコルには濃いガスが滞留していて、静謐さが支配していた。
お気に入りの「日本庭園」にも寄りたいが、いつ降り出してもおかしくない空模様に、「ヒサゴ」へのルートを採る。
「ヒサゴ沼」へ続く谷間は、ビッシリと安山岩のガレ場が続いている。濃いガスの為、視界が閉ざされ、グレーの岩と白色のガスのモノクロームの世界が登山者の不安を掻き立てる。
初めて、このルートを下りた30年前の自分も、とてつもない不安に襲われた経験がある。
この世では無い、異界へ迷い込んだのでは無いか?と本当に怖かった。
こんな大規模で、特徴的なガレ場は日本中探してもココにしか無いだろう。
ココでも、以前は聞こえた…ナキウサギの声はしなかった。何処かへ引っ越してしまったのだろうか。
暫く迷宮のようなガレ場を進むと、谷を埋め尽くす巨大な雪渓が現れた。
「ヒサゴ沼」の水源となる大雪渓だ。
一体何mぐらいの厚みがあるのか、分からない。
周囲1km程ある「ヒサゴ沼」に絶え間なく融水を供給し続ける雪渓は、一番小さくなる…この時期でも長さが300m程あり、最も幅広い場所は50m近くある。
恐らく…厳冬期には、「ヒサゴ分岐」のあるコルが西風の通り道になっていて、大量の雪を圧縮しながら雪渓に加え続いているのだろう。
この時期、雪渓表面は風雨により「スプーンカット」と呼ばれる硬く締まったウロコ状に変化していて、尻滑りは出来無くなっている。
ま、滑り出したら止まれずに、雪渓下部のガレ場に叩きつけられるから、慎重に「スプーンカット」の縁をグリップしながら下降する。

雪渓の切れる辺りに、融水の流れ出しがある。かなりな、水量だ。
キンキンに冷えた水を、プラティパス2本分補給して、避難小屋へ続く木道を辿る。
本来なら、この時期には…いち早く紅葉する筈のナナカマドも、殆ど焼けていなかった。
それどころか、木道沿いの草付きには、未だ…夏の花である「アオノツガザクラ」が咲いていた。
ココの雪は、ほんの数週間前に消えたばかりのようだ。
小屋に近づくと、黒土の露出したテン場が現れた。
毎年、ココには…北大の「地球環境研究室」フィールドワーク用資材をデポしたテントが、ひと夏張られているのだが、「クッチャンベツ林道」が止まっている為、今年は無かった。
避難小屋の入口には、外側から閂(かんぬき)が掛かっていて、中には誰も居ない事を表していた。
閂を外して小屋に入り、無人の一階土間に腰を下ろしザックを投げ出した。
昨年の縦走は、ココ迄辿り着けなかったので、二年振りの「ヒサゴ沼避難小屋」になる。

つづく。

【写真1】誰も居ない忠別岳に到着
【写真2】五色岳を過ぎると、当歳羆と思われる…真新しい糞があった
【写真3】ヒサゴ分岐からのガレ場の迷宮。何処にルートがあるのだか…