【第1日目】

縦走初日の心境を一言で表すのは難しい。
正直、気持ちの高揚感が無いワケでは無いが、それよりも緊張感や恐怖心、不安感が勝る事の方が多い。
何度…大雪山に通おうと、何回も歩いたルートであろうが、慣れる事は無く、毎回…胃がキリリと痛むような緊張感に襲われる。
それが、これから一週間も続くと思うと、いたたまれない気分になる。
だが、同時に…それは、自身が求めて止まない緊張感でもある。
単独行とは、そんな…プレッシャーとの、葛藤や相剋そのものとも言える。
頼るべき他者や、助言を与えてくれる者は居ない。
全ての判断を独りで行い、その結果を受け入れるしか無い。
ほんの些細な判断ミスが、生死を分ける事だって有り得る。
自己完結を果たせる者だけが、入る事を許された世界。
それが、それこそが…「大雪山単独縦走」という行為に他ならない。

午前4時半起床。
曇天ながらも、風も無く穏やかな朝だ。
朝食を食べ、今日1日分の行動食をジップロックにアレコレ詰め、昼食用の「尾西の山菜おこわ」にも湯を入れ、戻しておく。
入山日となる今日は、長い長い登りが待っている。
前回、「天人峡」から入った時は、「ヒサゴ分岐」の近くにある沼のビバーク地点に着くまで9時間掛かった。
それも、殆ど登りっぱなしの、我慢が必要な1日になる。
縦走中は殆ど昼食を食べないが、今日のような日は昼食を予め用意しておく。

今朝方、避難小屋の隣りにある駐車場には何台かの車が来て、何人かは山へ入っているようだが、大雪山のマイナーな登山ルートである「天人峡」からの入山者は、極めて少ない。
昨年、仕方なく入山した「旭岳温泉」のように、浮ついた観光客や、遠足気分の日帰りハイカーは此処には居ない。
入林届(登山届では無い)に記入して、高度差200mを一気に上げる九十九折りルートに取り付く。
気温は10℃だが、登坂を開始すると、汗が吹き出した。
ブッシュハットを脱ぎ、長髪をまとめ頭にバンダナを巻く。
普段は長髪が邪魔にならないようブッシュハットを被っているが、「ここぞという時」は昔のように、バンダナを巻く事にしている。
写真でバンダナを巻いてる時は、ガチな時という事である。

1時間掛けて「滝見台」まで上がって来ると、話し声が聞こえた。
見ると、オジサン達の5人連れだったが、山登りという感じでは無い。
オレンジ色の派手なベストを着たオジサンの手には、スコープ付きの大型ライフルがあった。
鹿の猟期では無いから、羆の駆除だろうか?
登山道のあるような大雪山系で、羆の駆除も無いだろう。登山者が獣害に遭ったというハナシも聞いていない。
しかも、ライフルを持ってるのは一人だけだ。
ライフルを持ったオジサンが、「時々、羆出るけど、遭っても絶対に逃げないようにね」と笑いながら出発して行った。

「滝見台」で休憩しながら、旭川で買ったタバコ4箱が、いつも入れている雨蓋の中に無い事に気がついた。
何処かに忘れてきてしまったのだろうか?
アチコチ探すが、見当たらなかった。
今吸っているタバコの箱の残りを確認すると、アト…4本しか無い。
一週間を4本で乗り切るのは、かなり…辛い。
晩飯のアトに1本づつ吸っても、下山日までは保たない。
旭川駅でパッキングした時に、詰め忘れてしまったのだろうか?
今夜の泊地に着いて荷物を解いた時に、もう一度探してみよう。

「滝見台」から羽衣の滝越しに「旭岳」が見えるが、アタマに薄いガスを纏っている。
やっと尾根に乗ったが、此処から左手の「忠別川」沿いに、見通しの利かない、長い退屈な、地味に消耗する、樹林帯の尾根歩きが始まる。
昔の山ヤは、こういう道を「アルバイト」と呼んだそうだ。
しかし、昨年のように…ロープウェイで、いきなり森林限界を超えた高山帯に運ばれるのも、興を削がれるようで、ツマラナイものだ。
自力でのアプローチはキツいが、これが本来の山登りの方法論だ。我慢強く、地道に高度を上げるしか無い。

2時間にも及ぶアルバイトは、高層湿原帯のある台地に上がる急登の登場で終わりを告げる。
急峻な崩落崖と思しき急斜面に、へばりつくようなルートを上がると植生が一気に変わる。
樹林帯のそれから、唐突に高山帯の高層湿原に入り込む。
ふと足元に目をやると、立派なナラタケ(北海道では、通称…ボリボリ)があった。
無意識に摘み取ってから、此処が国立公園だった事を思い出した。
今更、戻しても腐敗するだけなので、夕食に加える事にする。

暫く行くと、前方の根曲がり竹の藪の中に気配がした。
何か居る。
足を止め、気配を殺し、前方を警戒する。
すると、ヒトの話し声がした。
近付いてみると、先程…「滝見台」で会ったライフルを持っていたオジサンが、木道の真ん中に所在なげに一人立っていた。
話しを訊くと、どうやら…登山道脇の藪にある、何かの観測機械の保守点検に来たようだ。
役所の仕事なので、決まりとして…羆の生息地帯での作業は、ライフルを持った護衛の人間が同伴しなくてはならないらしい。
木道の上に無造作に置いてあるライフルは、軍隊や警察のスナイパー御用達の「レミントン社」の高性能ボルトアクション・ライフルのようだった。
一見、好々爺のような人の良さそうなオジサンだが、ベテランのハンターのようだ。
「オニイサンは、これから何処行くの?」
「今日は、ヒサゴ沼まで上がって、それから東大雪の石狩岳を越えて、十勝三俣の方に抜けます」
「へぇ、そりゃあ大変だ。何日も掛かるんだろ?でも、それが楽しいんだ?」
「そうですね」
オジサンと立ち話をしていると、作業ヘルメットを被った体格のいいオジサンが藪から出てきて、ライフルオジサンが「十勝三俣まで行くんだって」と報告している。
技術者らしいオジサンは、信じられない…という顔付きで、驚いていたが、ハンターオジサンは、羨ましそうにニコニコしている。
ハンターも山ヤも、一般人には理解されない価値観を共有しているのだろう。
山を歩く事の面白さは、山をやらない一般人には、到底…理解されない事ナノだ。

「今夜のオカズも採れたんで」と、ライフルオジサンにナラタケを見せると、「ほぉ、美味そうなボリボリだなぁ」と笑っている。
「そんなの食べて、お腹壊さないですか?」と技術者オジサンは、訝しげだ。
「何言ってる。なまら、美味いんだぞぉ」とライフルオジサンは力説している。

オジサン達と別れて、高層湿原帯の木道を進む。
一面の草紅葉の湿原帯は、静寂が支配していた。
暫く雨も降っていないらしく、高層湿原は乾いていた。
ザックを下ろし、木道に腰掛けて昼ご飯にする。
行程的には、まだ…3分の1というトコロだ。
曇天は相変わらずだが、風が無いので天気は保ちそうだ。
「尾西の山菜おこわ」を食べ終えると、つい習慣でタバコに手を伸ばしたが、残り4本ナノだ、こんなトコロで吸うワケにはいかない。
その時、ふと思い出した。
「パッキング時に見失った物は、大抵はザックの一番底から見つかる」という、デカザックあるあるを。
木道に転がしたザックのボトムを見てみると、本来はシュラフがある筈の部分に、なにやら…角張った異物がある。
触ってみると、やはり…タバコだった。
やっぱり…だ。
今朝方のバタバタしたパッキング時に、気づかずにシュラフを押し込んでしまったノダ。
そうと分かれば、安心して一服出来る。
但し、今夜の泊地に着いて、荷物を解くまでは、この4本を保たせなければならない。
このアトの休憩ポイントを思い浮かべてみる。
次の休憩は、森林限界を越えた「ポン化雲」の手前だろう。
その次は、「化雲岳」ピーク。
「ヒサゴ小屋」か、ビバークにするかは決めてないが、泊地に到着した時点で一服はしたい。
という事は、今…1本吸っても大丈夫だな。
先程まで、1週間を4本で過ごさねばならない貧乏生活から、一気に残り4箱のブルジョワ喫煙生活になって、ホクホクする。

高層湿原帯に敷かれた木道が切れると、雨水路ルートにかかったが、全く水が流れていなかった。
本来、水がジャバジャバ流れている筈の場所も、カラカラに渇いている。
こんなのは初めてだ。
せっかく、長靴を履いて来たのに。
むしろ、アチコチで岩が露出していて、底の薄い長靴では足が痛かった。
「ポン化雲」に続くハイマツ帯のそこかしこに、赤く色付いたナナカマドが鮮やかなアクセントを加えていた。
思ったより紅葉は進んでいるようだ。
ハイマツ帯の直登ルートを上がると、やっと稜線に乗れた。
足元のウラシマツツジも真っ赤に色付いている。
気温は一気に一桁に下がって、時折…ガスが流れて来るようになり、遠景は閉ざされてしまった。
「ポン化雲」に上がると、ポツポツと小雨が落ち始めたので、荷物にはザックカバーを掛け、合羽代わりのハードシェルを羽織った。
どうやら、天候は下り坂のようだ。
今日は、ビバークするより避難小屋に入った方が良さそうだ。

「化雲岳」に到着すると、雨と共に風も出始めて、気温も2℃に下がった。
山頂の大岩の陰で風を避けながら、一服する。
岩陰のブッシュの中に、昨日上がってきた「D隊員」からの餞別デポを発見した。
コンビニ袋に、「クラシック」が二本入っていた。
昨夜の彼のハナシでは「12本置いておきました」という事だったが、冗談だったようだ。
普段…余り冗談を言わない奴だから、分かりにくいノダ。
とりあえず、有り難く回収させて頂く。

「ヒサゴ沼」に下りる途中の、濡れた木道で二回すっ転んだ。
登山者に踏まれ、風化した木道の表面は濡れると…かなり危険だ。
沼の畔の分岐にザックをデポして、大雪渓まで水汲みに行く。
「ヒサゴ沼」を取り囲む紅葉が見事だ。
雨が少ない夏だったせいか、普段消えている筈の雪渓もアチコチに残っていた。
大雪渓手前の右手の斜面に残っていた雪渓から、融水が流れ出していたので、そこで水汲みをした。
苔に濾過された雪渓融水は、埃っぽい匂いがせず美味だった。

「ヒサゴ沼避難小屋」には、先客が3組4名居た。
「白雲」から来たというオジサンは、昨年…「旭岳」に引き返す途中にスライドしたオジサンではなかろうか?
明日、「トムラウシ温泉」に下山するという夫婦連れは、「死ぬ前に、トムラウシだけは登っておかないと」と、笑っていた。
もう一人の単独のオジサンは、「天人峡」から上がってきて、「日本庭園が、どうしても見たくて」と熱く語っていた。
明日、「南沼」にテントを張るか、「ヒサゴ」に荷物をデポしてピストンするか迷っていた。

「沼の原から、東大雪に抜けます」と言っても、他の宿泊者達の反応は薄かった。
それ程、マイナーなコースなのだ。
しかし、自身の中では…まだ、最終的な行き先は決めていなかった。
明日、とりあえず…「沼の原」まで行ってみるが、天候次第で行き先の変更もあり得る。
「沼の原」で停滞したら、表大雪や十勝への選択肢も採らざるを得ない。
行き先は、天候次第だ。
勿論、東大雪へは行きたいが、拘泥はしない。
悪天候を突いて東大雪を歩いても、楽しくは無い。
週間天気予報では、縦走後半は良さそうだか、過度の期待は…しない。
行き先は、朝起きて空模様を眺めてから決める。
そんな…柔軟さこそが、縦走が「旅」である事、そのもののような気がする。

つづく。

【写真1】バンダナを巻いてる時は、ガチな時
【写真2】ポン化雲手前、長靴とチングルマ
【写真3】化雲ピーク大岩で、D隊員からの餞別デポを受け取った



「縦走は旅なんですよ」
思えば、その一言から長い長い東大雪への旅が始まったのかも知れない。
それは、2008年の「愛山渓~表大雪~ヒサゴ沼~天人峡」縦走の下山前日の、「ヒサゴ沼避難小屋」で偶然出会った…とある単独縦走者の口から発せられた一言がキッカケだった。

大雪山縦走に通い始めて10年が経とうとしていた頃、オーソドックスな縦走に飽きてきて、「原始が原」や「愛山渓」という大雪山の中でも、マニアックな部類に入る縦走ルートに固執していた頃でもあった。
残っていたのは東大雪と呼ばれる…主峰「石狩岳」へと連なる稜線上の縦走ルートだけだったが、余りにマニアック過ぎて情報が乏しく、躊躇せざるを得ない状況だった。

そんな単独縦走者の目の前に現れた彼は、今…正に東大雪を縦走して来たという。
ここぞとばかりに、ルート状況やアプローチの手段、テン場や水場の情報を訊きまくった。
彼が長い縦走を終える間際に発した言葉が、それだった。
「縦走は旅なんですよ」
その一言は、彼が歩んできた道のりや、その苦闘の日々を如実に表すばかりか、彼が求める山との向き合い方をも表現しているように思えた。
彼が、その目で見、その足で歩き、「旅」呼んだ日々を与えた…東大雪という山々を、自らの双眸に焼き付けたい。自らの足で、肌で感じて、歩きたい。
その憧憬を顕現化するのに、躊躇いは最早…必要では無かった。

翌年、彼と同じ「ユニ石狩林道」をアプローチとして東大雪に取り付いた単独縦走者の目に映った山々は、余りにも厳しく、そして…美しかった。
譬え…悪天候の為、その行程の殆どがガスと雨に覆われていたとしても、東大雪の持ち得る魅力が霞む事は無かった。
むしろ、ベールに隠されたが故に、東大雪の魅力は単独縦走者の羨望を支配する結果となった。

「晴れた東大雪の稜線を歩きたい」
数年後、難所「根曲がり廊下」の刈り取りを待って逆コースに再挑戦した単独縦走者は、前回以上の厳しさに打ちのめされながらも、三度の挑戦を誓わずにはいられなかった。
しかしながら、東大雪はなかなか単独縦走者を歓迎してはくれなかった。
三度目の挑戦は、東大雪取り付き部の主稜線末端のテン場に単独縦走者を閉じ込め、三日三晩荒れ続けて、敗退という試練を単独縦走者に与えた。
四度目の挑戦は、台風被害によるアプローチ林道の全滅という不可抗力的手段で、その末端にすら近付けぬ仕打ちを科したのだ。

しかし、単独縦走者の憧憬は、その扉を閉ざす事は無かった。
いや、むしろ…その憧憬は、より熱を帯び、押し寄せる波のように、単独縦走者を東大雪の峰々に向かわせるのだった。
そして…此度、五度目の挑戦に向かった単独縦走者は、遂に…憧れ続けた石狩連峰稜線にその足跡を刻む事になる。
これは、その記録である。


【第0日目】

縦走への準備は出発の2週間程前から始まる。
必要な食糧や燃料の調達から、装備の追加、歩荷訓練と体調管理に至るまで、毎年の事とは言え種々雑多な煩わしさに辟易としながらも、その過程が自然とモチベーションに繋がって行く。
大雪山縦走に通い始めて20余年、培われた今迄のノウハウや記録があるものの、自己完結を旨とする単独縦走には、万全の準備が必要となる。
殊に、初秋の中央高地入山には防寒対策に殊更気を遣わねばならない。
初秋の大雪山稜線上は、夜間の氷点下は当たり前で、荒天時の日中行動ですら、容易く低体温症を引き起こし兼ねない厳しさを持ち合わせている。
寒冷前線や低気圧通過に伴う降雪をも加味した、準冬季装備が必要になる。
従って、今回は雪山装備のハードシェル・ジャケットを日中行動用に持参する事にした。
手袋やフリースの帽子、ネックウォーマー等の小物も忘れてはならない。
特に、ベースレイヤー(肌着)には気を遣う。
メリノウールやジオライン(モンベル)は、雪山と同じく具合が良い。

昨年、「忠別岳」下降時に破損した登山靴は…我が家の玄関に放置されたままで、新しい登山靴の購入も考えたが、登山靴を履く山行機会は年に数度しか無く、今回の縦走は履き慣れた長靴で行う事にした。
「化雲岳」や「沼の原」には雨水ルートもあるし、雨天行動をも考えると、長靴という選択肢は間違ってはいないだろう。
しかしながら、40kg近い重装備を担いでの行動には、長靴では些(いささ)か心許ない。
特に、足首のホールドや、長靴の中の遊び、足裏のアーチ保持など不安要素があったので、対策を考えた。
足首のホールドは、捻挫しないようテーピングで固め、長靴の遊びを無くす為…厚い登山用靴下を店舗(プロノ)に持参しフィッティングした。
更に、ホームセンターでトラックの荷台固定用ゴムバンドを探して、土踏まずと足首を固定する事にした(以前、田植えをした時を参考にした)。
勿論、前もって歩荷訓練でテストし、金具の改善点などは自己改造を施した。

食糧は毎回アタマを悩ませる課題だ。
翌日の行動を考えると、エネルギー転化し易い炭水化物が必要だが(カーボローディング)、普段…白米を殆ど食べない生活をしているので、何がオカズになるのか分からない。
同じように、行動食も普段オヤツを食べる習慣が無いので、アタマを悩ませる問題だ。
結局、レトルトカレーやインスタントラーメンが中心になり、行動食も甘い物が苦手な為、気がつけば…酒の肴ばかりになってしまう。
米は、最近はアルファ米が中心だ。うるかす時間や蒸らし時間を考えると、余程…余裕のある時にしか炊飯は出来無い。
高高度では、沸点が低くなる為、上手く炊飯するのは難しい。
行動食は、過剰なパッケージを全て外して、中身をジップロックに入れ替える。
どんな山行にも、ジップロックは必ず予備を含めて数枚持って行く事にしている。
濡れては困る物を入れたり、採集した山菜やキノコを入れたり、ゴミ袋として利用したり、汎用性が広く必需品だ。
一時期、雑誌「山と渓谷」に広告を出していたぐらいだから、山ヤには常識的な装備になったのだろう。

ファースト・エイド・キット(救急箱)には、フットケア用の物を色々入れて行く。
正露丸やストッパ、風邪薬なんかの内服薬、抗生物質やロキソニン(鎮痛剤)、消毒薬、外傷塗り薬。救急絆創膏はサイズや種類を様々用意する。

お馴染みの「お助け袋」には…細引き、布テ(ライターの胴体に巻き付けてある)、強力ダクトテープ、ルートマーカー、メタ、コンパス、ナイフ、ヘッドライト、携帯発光体(ルミライト)、ロウソク、ゴム紐、テーピング、ライター、エマージェンシー・シート等が入れてある。

天気予報を聴く為の小型ラジオ、イヤホン、予備電池、予備バッテリー(携帯電話用)、太陽光発電ランタン(ソーラーパフ)。
地図や地形図も一応持参するが、殆ど見る事は無い。
一般登山道を歩くのに、地図なんて必要無い。
停滞用の文庫本も必要だ。
何を持って行くか、毎回悩むトコロだ。
今回は、読み慣れた「伊坂幸太郎」を持って行った(再読)。

昨年から、沢登りで使うシュリンゲ(スリング)を一本持って行く事にしている。
工夫次第で、様々な用途に使えて便利だ。
今回は、ザックカバーのバタつきを押さえたり、濡れた物を乾かす物干し紐になったり、ランタンを吊したり、テントの支点作りに利用した。
細引きでも代用が出来るが、輪っかになっているので、なかなか便利な代物ナノだ。
同じく、カラビナも何枚か持つと便利だ。

ザックのストラップには、ホイッスルと温度計を付けている。
雨蓋には、ソーラーパフをバンドで留めて、行動中に太陽光で蓄電させている。
雨蓋の下には、プラティパスを挟み、ハイドレーション・チューブを肩ストラップに伸ばしている。
ザックを下ろさずに給水出来るのは、デカザックの場合…この上なく便利だ。
プラティパスには真水を入れ、雨蓋収納の中にはクエン酸飲料(メダリスト)のペットボトルが入っていて、ザックを下ろして休憩する時に補給する。
「メダリスト」は普段飲むと、強烈に酸っぱいが、疲労時に飲むと余り酸っぱさを感じない。
現在の疲労度を確認するにも使える。

これらの装備類は、全てノートに書き出してリスト化してある。
ロールペーパーや箸まで、小物を含めて全て書き出して、パッキング時にダブルチェックしながら、荷造りをする。
大雪山縦走を含めて、遠征や泊まり山行にも必ず行う作業で、過去15年分ぐらいのリストがデータとして残っていて、山行の行き先や形態で「何を持って行くか」が一目瞭然である。
基本装備を詰め終えると、ザック重量は30kg弱になる。
缶ビールや野菜や果物は、「旭川」で仕入れる事にしている。
飲み水は、入山直前に現地で補給する。
今回は、「天人峡温泉」の「天人閣」で前日、日帰り入浴の際にフロントのおじさんに頼み込んで、5L分を分けて貰った。

都市間バスで「旭川」に到着すると、駅にザックをデポして「旭川駅前イオン」に最後の買い出しに向かう。
梨、林檎、胡瓜、茄子、バケット、タバコ、ビール、炭火焼き鳥、チーズ等を買い、前泊用の夕食の「さばガリ巻き」と「焼き鳥」を買った。
駅に戻って、買い足した品物をパッキングする。
この時点で、ザック重量は35kgぐらいになった。
これに、飲み水を3L担ぐので、総重量は38kgになる。

駅前のターミナルから「旭岳温泉行き」のバスに乗り込み、「天人峡」との分岐がある途中の「(国立)公園入口」で下車する。
此処から「天人峡温泉」までは、道道「天人峡線」を8km程歩かねばならない。
ビーサンでぶらぶらと歩くが、舗装路歩きは林道歩き以上に退屈だ。
時折、「天人峡」に向かう車が通り、ヒッチハイクを試みるも反応は無く、諦めてノンビリ歩く。
途中、1kmぐらいの長いトンネルがあり、車が通過すると…アフターバーナーを点火した戦闘機みたいな爆音がして、肝を冷やす。
左手の「忠別川」は、昨年の台風被害で凄まじい状況になっている。
何十mもある大木や、何tもある巨石が流域に散乱し、一部は舗装路を横断して川の反対側まで堆積している。
補修工事をしているが、恐らく…次に大雨が襲えば、又違う場所が崩落するだろう。
大雪山に源を発する河川の破壊力は、人知を遥かに超えて壊滅的打撃を流域にもたらす。
普段は川幅数mにも満たない…この流れが、暴れ始めたら人間には為す術は無い。
忠別川の両岸には、冷えた溶岩流が固まった柱状節理が見えている。
この幅で浸食作用があったならば、嘗ての氾濫時の忠別川の川幅は400m以上という事になる。

途中、「クワウンナイ川」の取り付き地点を偵察し、「天人峡」に着いたのは、午後4時を過ぎていた。
早速ザックを「天人峡避難小屋」(嘗てのバス待合所)にデポして、タオル一枚持って温泉に向かう。
駐車場に見覚えある軽自動車が停まっていた。岳友の「D隊員」の車だ。
登山口の入林届を見ると、彼の名前と「トムラウシ」の行き先が残されていた。
「天人峡」から日帰りで、往復25km近い「トムラウシ」を目指したらしい。
入林届に「温泉か小屋に居るからな」と伝言を残して、温泉に浸かった。
結局、「D隊員」が下山したのは、すっかり辺りが暗くなって、湯上がりビールで気持ち良くなって、小屋でウトウトし始めた頃だった。
暫し四方山話をして、彼は大好きな温泉にも入らず慌ただしく帰って行った。
彼が去った後、小屋にマットを敷き、寝袋にくるまって眠りに就いた。

つづく。

【写真】今回は長靴で挑んだ、ゴムバンドで足首を固定した
【写真】天人峡あまつ岩(柱状節理)
【写真】天人峡避難小屋前で



いやはや、なかなか暇が無くて未だに「ローグワン」(スターウォーズね)も観に行けて無いのだが、「吹雪いて、山に行けなかったら…観に行こう」と思いつつも、吹雪予報の土曜日にも普通に…雪山に行ってしまった…「頑なにローグワンを観に行かない登山家」のもじょです(もう、良くわからん肩書きだ)。

今回は、沢友(?)のTJ隊員から「もじょとしか行けないマニアックな雪山に」とのリクエストがあったので(褒められてんのか、馬鹿にされてんのか、良く分からん)、定山渓にある無名峰を予定していたのだが、生憎の吹雪予報で…当日朝に行き先を変更して、我が庭の「手稲山」方面へ出陣した。
ま、「手稲山」でも吹雪てんだけど…な。

さて、お手軽に3時間ぐらいで登れる面白いルートは無いかな?と考えたが、TJ隊員は…あの辺りは未経験だと言うので、思いっきりベタな「阿部山」はどうだろう?と考えた。
雪山初心者の登龍門的なバリエーション・ルートの雪山で、夏道は無い。
普段なら、誰彼か登ってるポピュラーな山だが、この空模様だ。我々を超える変態は、なかなか居ないだろう。
拙者も、雪山をやり始めた頃は良く登っていたが、もう何年も登っていないので、久し振りだ。

「平和霊園」の最終除雪地点の手前に車を停めて、準備する。
TJ隊員は、全身黒ずくめで…特殊部隊か忍者のようだ。きっと夜陰に紛れて、敵を倒すには都合が良いのだろう。
「平和霊園」は市道と私道に挟まれた中にあり、奥の「宮城の沢林道」へ繋がっている。
山側の市道に2~3日前のトレースがあったので、アプローチに利用させてもらう。
昨夜来の新雪が新たに15cm程積もっており、その下は昨日の雨でレインクラストしており、所謂…最中(もなか)状態だった。隠れ最中とでも言おうか。
こりゃあ、今日も厳しい勝負になりそうだぞぉ(何故か嬉しそう)。

林道入口までの300m程のラッセルで体が温まり、ミドルレイヤーのフリースを早くも脱いだ。
気温は、ー2~3℃で暖かいのだが、北寄りの風に乗り寒気が入っているので、下降傾向にある。
「宮城の沢林道」にもトレースは続いていた。
この林道は、「百松沢山」へのアプローチ・ルートでもあり、また近所のオヤジが散歩に入ったりするので、真冬でもトレースが消える事は無い。
林道を暫く進むと、「宮城の沢」の徒渉部がある。
嘗て、この林道奥には「宮城の沢鉱山」があり、その搬出路として使われなくなった今も林道はシッカリしている。
この徒渉部にも立派な鉄橋が架かっており、今は橋桁部分の鉄骨だけが残っている。
だが、劣化した橋桁は脆く、札幌市により「この橋を渡るな」の看板が付けられている。
その看板が「桔梗屋」が一休さんを困らせる為に付けたものなら、堂々と真ん中を渡るのだが、生憎…拙者は高所恐怖症だ。
こんなビミョーな高さが一番怖い。
残されたトレースは、橋桁の上に積もった雪の上に続いていたが、そんな…おっかない事はしたくないので、スノーブリッジを渡る事にする。
無雪期の飛び石の配置を知っているので、先ずは拙者が威力偵察する。
そ~っと慎重に水際に近付いたら、後ろの特殊部隊が背中のザックを突っついてきた。
振り返ると…特殊部隊だと思った全身黒ずくめが、イスラム国戦闘員のような笑みを浮かべてストックを突き出していた。
奴の黒ずくめは、そっちの意味だったのか…
油断のならん奴だ。
この仕返しは今年の夏、沢でしてやる。そん時は、ちゃんと落としてあげるから、楽しみにしていたまえ。

無事にスノーブリッジを渡り、「阿部山」に続く枝尾根に取り付く場所を探す。
夏場は右手の斜面に斜行する藪った道らしきものがある。
恐らくは、この上にある送電線鉄塔の管理用の踏み跡だろうが、それを利用して取り付く事にする。
アプローチからの先頭ラッセルで疲れたので、イスラム国…じゃなくって、TJ隊員に先頭ラッセルをお願いする。
「よしっ」と斜面に直登ルートで取り付いたTJ隊員だったが、2mも進まない内に斜面を転がり落ちて来た。
イヤイヤイヤイヤイヤイヤっ!
な、なんだ?そのドリフのコント並みのズッコケは?
流石、昭和ギャグの洗礼を受けた世代だ。侮り難し。
ひっくり返ってるTJ隊員を尻目にジグを切るルートで迂回する。

先ずは、枝尾根に乗る為に適当なルートを探る。
灌木の隙間を縫うように、ジリジリと高度を上げる。
しかし、歩きにくい雪質だ。
踏みつけた最中雪は、固く踏みつけないとステップが作れない。
表面に積もった新雪も重い。
オマケに雪が降り続いているから、ハードシェル・ジャケットのフードを被ったまんまで、鬱陶しい。

20分程登ったトコロで、一服させて貰う。
雪山は意外に発汗するので、こまめな給水が必要だ。寒いから、喉の渇きを感じないが、地味に汗はかいているノダ。
休憩後、先頭ラッセルをTJ隊員に交代して貰う。
4~5m後ろを付いて行くが、もう少し離れて欲しいと言う。
なんだか、煽られてるようで…あづましくないらしい。
でも、余り離れてしまうと、すっ転んだ時に笑えないじゃないかっ。
それに、滑落した時にも…離れてしまうと勢いがついて、受け止められない。
ま、笑いながら避けちゃうんだけど…な。
TJ隊員は変態ぶりを発揮して、ガンガン直登する。
つか、アンタ…真っ黒だから、モノトーンの雪山に同化して見失っちゃうんだョ~。
ザックに外付けした水色の尻ボが唯一の色ナノで、それを目印に後続する。

途中、のっぺりとした377Pのポコをかわさずに寄り道し、更に高度を上げる。
灌木の隙間から、目指す主尾根が見えて来たので、右寄りに斜行して主尾根に乗ると、山スキーのトレースが残されていた。
「発寒川」側から登って来たのだろうか、トレースは主尾根上に続いていた。
流儀には反するが、狭い尾根上には他にルートを切りようが無いので、トレースを利用させて貰う。
高度を上げたおかげで最中雪は解消され、少々重いが歩き易くなった主尾根を進む。
だが、同時に…「手稲山」の稜線を越えた風が当たり始め、気温がどんどん下がりだした。
ザックに取り付けた温度計は、ー8℃を示している。
目指す稜線上からは、低周波の風鳴り音が不気味に響いてくる。
Co515の肩に乗ると傾斜は緩くなる。右手の谷斜面には緩傾斜の雪田が所々にあり、なかなか面白そうだ。
他人のトレースをなぞるのに飽き始めた頃、Co650の肩を乗っ越したコルで突風に襲われた。
猛烈に冷たい風が北西側から襲いかかった。
コルと呼ばれる鞍部は、風の通り道になる事が多い。
思わず、風上に背を向けて耐風姿勢をとる。
出来損ないのシュカブラ(風紋)が細雪を纏い、南東側に筋を引いている。
黒ずくめのTJ隊員も、流石に寒いのか…ネックウォーマーで目の下まで覆い、もう…イスラム国戦闘員にしか見えない。
その…鮮やかな色のネックウォーマーじゃ、雰囲気が出ないだろう。
今度、ちゃんとした…軍装品のバラクラバ(目出し帽ね)をプレゼントしてあげよう。

「阿部山」の頂上は、のっぺりとしていて立木で眺望も閉ざされている。
15m/sぐらいの北西風が吹いていて、完全な吹雪だ。
この稜線を更に進めば、「峰越山」があり、「迷沢山」へのルートを横切って、「奥手稲山」へ向かっている。
「発寒川」側に下りて上手く徒渉出来れば「手稲山平和コース」のアプローチ林道に合流し、循環縦走が可能だ。
昔は山頂標識があった筈だが、我々は見つけられなかった。
ので、誰かが付けたピンクテープの前で写真を撮り、昼食は風の当たらない高度まで下げて採る事にしよう。
温度計を見るとー12℃を指している。
体感温度はー20℃を下回っているだろう。
低体温症になる前に、さっさと下りよう。

下りは、ワザと上りのトレースを外れて下りる。
そのほうが踏ん張る必要が無く、楽ナノだ。
Co650のコルを少し下った風の当たらない場所で、ランチにする。
拙者が食担している間に、TJ隊員に椅子を作って貰う。
相変わらず雪が降り続いているので、シートで簡単な雪避けの屋根も作る。
今日は、一応…二人山行ナノで鍋を作る。
安価で簡単、手間なしなミルフィーユ鍋だ。
前夜、自宅でコッヘルに白菜と豚バラをミルフィーユ状に重ねて、酒とごま油をかけておいた物に水と鶏ガラスープを入れて火に掛けるだけだから、簡単だ。
白菜の芯が柔らかくなったら、出来上がりだ。
自宅でやる時は、昆布出汁で煮てポン酢を付けて食べるが、山では面倒くさいので、汁に味付けしてしまう。
「美味しいね~、今度ウチでもやってみよう」とTJ隊員にも気に入って貰えたようだ。

ランチを終えたら、本格的に下山に掛かる。
尻ボを取り出し、片手にぶら下げながら尻滑れそうな斜面を探しながら下りる。
だが、新雪&最中雪なので、尻ボでは歯が立たない。
仕方なく上りで付けた自らの踏み固めたトレースの上を滑るが、尾根上は傾斜が足らず殆ど滑らない。
ので、ストックで漕ぎながら滑る。
しかし、これも又疲れるノダ。
主尾根から枝尾根に降りたトコロで、少し滑れる場所が出てきた。
それでも、大した距離は滑れない。
仕方なくブラブラ歩いて下りるが、途中で飽きたTJ隊員がショートカットを所望したので、トレースルートを外れて右手の山肌を下りる。
方角的には、我が秘密のテン場「キノコナイ キャンプ場」辺りに下りられる筈だ。
暫く下りると、キノコ探索で入った見覚えある立ち枯れたトドマツ林にたどり着いた。
この辺りは、キノコ探索で細かく歩いているので、庭みたいなものナノだ。
アトは「宮城の沢林道」に合流してしまえばイイ。

下山後、西野の…THE昭和な銭湯「笑福の湯」で、富士山のペンキ絵を眺めながら、46℃の熱湯風呂に入って解散した。
やっぱり、雪山は二人だとラッセルが分担出来るから楽だ。
単独の気楽さ、アドベンチャーな面白さも捨て難いが、気心の知れた岳友との山行も又楽しい。
来週は、再び単独でマニアックな無名峰の変態ルートを開拓してみよう。
つか、拙者は…一体いつになったら「ローグワン」が観られるノダ?

おわり。

【写真1】森と同化する黒ずくめTJ隊員
【写真2】ランチ場所に雪避け屋根を作ると、コジャレたオープンカフェ風に…見えないかっ
【写真3】おすすめミルフィーユ鍋