【第4日目】

夜半、ふと何かに呼ばれたような気がして、目が覚めた。
低気圧が南の暖かい空気を連れて来たのか、高度の割に…思った程の冷え込みは無かった。
オシッコをしに外へ出ると、星は出ていなかったが十勝平野北部の待ち灯りが見えた。
あれは、「十勝清水」あたりだろうか。
テントに戻って寝直そうと思ったが、なかなか寝付けなかった。
昨日、この稜線上にテントを張ったのは、午過ぎだった。
雨は小一時間程で止んで、青空が覗いてきたが、今更…撤収して出発する気にはなれず、そのまま昼寝してしまった。
気が付いたら、辺りはスッカリ夕闇に包まれており、アルファ米を戻して、レトルトカレーの夕食を食べて、寝てしまった。
おかげで、こんな時間に目が覚めてしまったのだ。

東大雪の稜線上のルート脇でビバークしながら、寝付け無いまま…シュラフの中でゴロゴロしていた。
まだ、夜明けまでは…4時間以上ある。
NHKの「ラジオ深夜便」を聴きながら、この先の行程を考える。
明日(今日)は、「石狩岳」と「音更山」を乗越して、「ぶよ沢」の居心地良いテン場まで行ける筈だ。
明後日は、低気圧通過で荒れそうだから…積極的停滞。
下山は、「十石峠」から通行止めの「音更川本流林道」に下りて、崩落地点を強引に突破するか、「ユニ石狩登山口」として作られた迂回林道へ下りる積もりだったが、通行止めの「ユニ石狩林道」へ下りる手もある。
林道崩壊で通行止めになって久しい(6年前)「ユニ石狩林道」だが、「十石峠」からのつまらない登山道と、大半が退屈極まりない「音更川本流林道」の林道歩きを考えると、まだ…「ユニ石狩林道」の方がマシな気がする。
なにより、「ユニ石狩コース」は、ナキウサギの居るガレ場や、苔むした樹林帯ルートがあり、歩いていて楽しいし、「音更川本流林道」に下山するより時間的にも早い。
今回、東大雪縦走と意気込んで来たが、一般登山道を歩くだけの行程は、ハッキリ言って…少々物足りなかった。
全行程の半分を過ぎたが、何かが足りない。
もっと、キリキリと胃が痛むような緊張感や、ギリギリの判断を求められるような緊迫感や、圧倒的な孤独感を…味わいたい。
東大雪には、「それ」があると思っていたが、結局…一般登山道を歩く限り、自分の求める面白さは味わえないのだろうか。
雪山のように、自身でルートを切り開く楽しさや、沢登りのように、未知の領域に足を踏み入れる楽しさは、縦走旅では味わえないのだろうか。

考え事をしている内に眠ってしまい、気がついたら…白々と夜が明け始めていた。
昨日までの青空は無かったが、「ニペソツ」方面の空が朝焼けに染まっていた。
長靴を履いて外に出て、表大雪方面の空を観察する。
まだ、ガスってはいないが、天気は下り坂なのは間違いない。
朝食を食べ、パッキングを済ませると「ニペの耳」に向かって岩稜を登り始める。
耳と耳の間のコルに、見晴らしの良い砂地のテン場があった。
「石狩岳」へ向かう稜線の具合が良く見える。
幾つもの岩峰を痩せた吊り尾根が繋いでいる。
初めて見る石狩稜線だった。
今までの二回の縦走は、共に濃いガスに閉ざされてルート状況すら良く分からないまま歩いていたが、表大雪には見られない…地殻隆起と侵食作用に因って作られた険しい懸崖に挟まれた岩稜の躍動感は、蠢く竜の背びれを連想させた。
北海道の分水嶺を成す背骨のような稜線は、一旦「ニペソツ」の手前で樹林帯に落ち込み、再び「ニペソツ」を越え北日高の峰々へ向かっている。
複数の尾根が合流する「junction peak」と呼ばれる「ニペの耳」から、「ニペソツ」に繋がる稜線を目でなぞってみる。
岩稜にはハイマツが密集した藪がこびりつくように茂って、容易にヒトを寄せ付けそうにない。
神奈川県とほぼ同じ面積を持つ…広大な大雪山系だが、無積雪期にヒトが歩ける場所は限られている。
「五色が原」を散歩しながら、こういう場所を自由に彷徨うように歩いて山旅が出来れば、どんなに面白いだろうかと思った。

石狩稜線には、25000図には描かれていない小さな岩峰が連なっている。
前回の縦走では、ガスで先が見えない岩峰登りで、精神的に追い込まれたが、今回は目指す「石狩岳」がずっと見えているので、精神的には随分と楽だった。
それでも、鋸の歯のような小さな連続岩峰越えは、なかなか体力的に厳しいものがある。
登っては下り、登っては下りを繰り返す内に乳酸が蓄積し始めた。
痩せた岩稜には、緊張を強いられるような危険な箇所が所々にあり、グリップ力の弱い長靴履きには厳しい行程となった。

しかし…稜線上には、実を付けたクロマメノキやガンコウランが沢山あり、それを時折摘み食いしながら歩く楽しさもある。
縦走中、不足しがちなビタミン補給が目的だが、単純に甘酸っぱい果実が美味しいからだ。
これらの実は、羆も大好物なのだが、稜線上に新しい痕跡は無かった。
時折、出くわす糞は夏草が混じっている古いものばかりで、掘り返し跡にも新しいものは見受けられなかった。
かと言って、警戒心を解くワケにはいかない。
どう考えても、この山域に居る人間よりも羆の方が多いのは、わかりきった事だ。
恐らく、この東大雪に居るのは自分一人。
アプローチ林道が止まっている今、崩落した林道歩き3時間で「石狩岳」に来るようなマニアックな登山者は居ない筈だ。
思えば、「五色岳」から他の登山者には遭っていない。
丸三日間、人間はおろか、その痕跡すら見ていない。
なんという…孤独。
なんという…隔絶。
なんという…至福。

「石狩岳」と「音更山」が並んで見え始めると、「ぶよ沢」のテン場があるコルの辺りまで見渡せた。
二つのピークを越えて、あと…4時間ぐらい掛かるだろうか。
今回は、というか…今回も、殆ど地図を見ていない。
このコースは三度目だし、コースタイムも大体…目測で計っている。
歩くペースは遅いし、休憩も多いが、大体…予測通りに歩けている。
ただ、東大雪稜線に上がってからは、殆ど寄り道する場所が無いので、歩くのに飽きてくる。
相変わらずガスってる表大雪の景色や、ずっと見え続けてるから「ニペソツ」ですらも見飽きてきた。
今日、これから…「音更山」を乗越してしまえば、もう本格的な登りは無く、あとは下山するのみだ。
東大雪縦走自体は、真面目に歩けば…丸一日で歩けてしまえる距離だ。アップダウンは多いが、距離的には大した事は無い。
この山が縦走に使われないのは、ひとえに…アプローチの不便さだろう。

「石狩岳」山頂で補給と大休止をとる。
木製の古ぼけた山頂標識はあるが、表大雪にあるような…立派な石柱の標識は無い。
縦走では、日帰り山行のような…頂上に立つ達成感は感じない。
山頂は、あくまでも…通過点の一つであるに過ぎない。
大雪山縦走で達成感を味わえるのは、唯一…無事に生きて下山した瞬間だと言える。
だからこそ、下山の仕方には気をつかう。
長かった旅の終わりを、その余韻に浸れるような下山をしたいと願う。
縦走の終わりが見えてきた頃から、その…得も云われぬ下山の余韻をモチベーションに歩くしか無くなる。
非日常だった山が、一週間の間に日常に感じられるようになると、娑婆(下界)の日常を逆に恋しく感じ始める。
その端緒は、概ね…食べ物だったりする。
レトルトやインスタント飯にウンザリして、激しく…下界の食べ物を渇望する。
時折、夢に見る事さえある。
辛い下山の時は、下山してから食べたいモノの事だけ考えている時すらある。
下山飯(下山後初めて食べる娑婆の飯)の上位には、焼き肉やお寿司、ラーメンやザンギが並ぶ。
その全てを一店で網羅できる…「焼き肉、寿司食べ放題の運河亭」へは、なるべく早く行こう、と固く心に誓う。

「石狩岳」から急勾配のルートを、「音更山」とのコルにある「シュナイダー分岐」に下りる。
無積雪期には、「ストックを持たない主義」ナノで、ルート脇のハイマツや笹を掴みながら下りる。
キノコや山菜採りの時には、当たり前にやる…この芸当も、デカザックを背負ってやると、なかなか大変だ。
最近、五十肩なのか…右肩の可動域が小さくなって、尚更大変だ。
かと言って、ストックに頼るぐらいなら山を辞める方がマシだ。
杖を突く老人にしか見えないアレには、激しく拒否反応を起こしてしまう。

「シュナイダー下山コース」には見向きもせず、「音更山」へ登り返す。
東大雪には珍しく溶岩由来の安山岩のガレ場があった。
山頂ののっぺりした…この山は火山だったようだ。
ガレ場にナキウサギの鳴き声が、響いている。
ルート・マーカーが殆ど無くて、時折…ルートを見失う。
「音更山」山頂に着いたが、まだ午前中だ。
「ぶよ沢」のテン場まで、1時間も掛からないので、ザックを置いてブラブラ散歩する。
山頂近くの窪地に、素敵なテン場を発見して「泊まってみたいな」と素直に思う。
「音更山」から眺める「石狩岳」が、なかなか男前で惚れ惚れする。

1時間程のんびりして、「音更山」をあとに急峻な藪被りのルートを、漕ぎながら下りる。
あっという間に「ぶよ沢」に下りてしまった。
テン場には、誰も居なかった。
目の前に開けた沢形は、典型的な源頭部地形で、この沢形を降りた源頭部が水場になる。
テントを設営して、プラティパスとシェラカップを持って水汲みに向かう。
笹藪の雨水路ぞいに下って行くが、なかなか水が現れない。
平行して流れる…もう一つの流れを見に行くが、水流は無くカラカラに渇いた涸沢があるだけだった。
沢形を更に下降するも、なかなか水は現れない。
辺りは見通しの良い、日当たり良好な草付きになり、羆が大好きな地形だ。
本来なら、5分も下降すれば流れに出くわすのだが、15分近く下降しても涸沢が続くだけだ。
方角的に、この沢を下降して行けば、「由仁石狩川」沿いにある「ユニ石狩コース」に合流するのでは無いだろうか。
探索したい気持ちを抑えて、水源を探す。
ふと…耳をすますと、微かに水流の音がした。
どうやら、伏流している流れはあるようだ。
更に下降すると、やっと流れに出くわした。
秋の渇水期の山行は、水を手に入れるのにも苦労する。

プラティパス2本を小脇に抱えて、沢形を登り返す。
かなり高度を下げた為に、テン場に戻るのに30分近く掛かってしまった。
水汲みが終わると、もう…やる事がなくなった。
また、蝦夷鹿ちゃんでも遊びに来てくれないかな。
余裕のあるスケジュールは、体力的に楽だが…手持ち無沙汰感は否めない。
シュラフを天日干ししながら、テントの中でマットに寝転がって持ってきた文庫本を読みながら、知らない内に眠ってしまった。

つづく。

【写真1】ニペの耳JPからニペソツへの藪稜線
【写真2】石狩岳山頂
【写真3】音更山山頂



【第3日目】

縦走期間中、携帯のアラームは午前4時半に鳴るようにセットしている。
この時期の大雪山系の日の出は、午前5時ぐらいだが、行動開始は大体…6時と決めている。
目覚めて一番にするのは、空模様の確認だ。
テントの入口から顔を出して、空模様を眺める。
まだ薄暗い空には、白々と朝の気配だけが漂い始めている。東の空には、濃紺とオレンジ色のグラデーションが稜線上に広がっているが、西の空には…まだ星が瞬いている。
冷え切った外気を吸い込むと、肺がキリリとする。吐き出す息は白くなり、冷気の中に四散する。
テントの外にバーナーを出して、お湯を沸かし、スティックのカフェオレ(ドトール)を淹れる。
熱い液体を体内に入れ、タバコに火を点けると紫煙を肺に取り込む。
とりあえず、二本ほど吸わないと目が覚めない。
この…マッタリとした朝の時間が大好きだ。
頭の中を真っ白にして、新しい世界の訪れを迎える。
この時間を楽しむ為、行動開始を遅らせているようなものだ。

朝食は…昨晩の残りか、水に余裕があればラーメンを作る。
朝食を食べ終えると、再び一服しながら、今日の分の行動食をジップロックに詰めて行く。
シュラフをたたみ、着替えを済ませ、荷物をテントの外に出した…ウレタンマットの上に次々と放り出す。
雨天時の撤収は、全て…窮屈なテント内で済ます。
テント内に入れていた長靴を出して履き、テントからフライシートを外し雨滴を払って、ハイマツの上に広げて乾かしておく。
テントを固定していたペグや、アンカーを外して、テント内のゴミを出す為に持ち上げ、バタバタと揺する。
グランドシートの上で、テントをたたみ、パッキングを始める。
全ての装備は、毎回同じ順番で、同じ場所にパッキングする。何百回と繰り返した作業なので、悩む事は無い。
ゴミは匂いが漏れないよう、ジップロックに入れてまとめておく。
パッキングを終えると、一服してから、藪漕ぎルートなので合羽ズボンを履いておく。

快晴では無いが、風も無く高曇りの空は雨の心配も無さそうだ。
「トムラウシ」にかかっていたガスもとれたが、午後には表大雪の稜線はガスってしまうだろう。
九州にある低気圧は、明日の午後遅くには北海道に近づくだろう。
今日は、なるべく前進しておきたい。

ザックを背負うと、テン場を後にして木道を東大雪への縦走路と分かれる「沼の原分岐」へ向かう。
目の前に東大雪の稜線を眺めながら、暫く歩くと分岐があり、右手の「沼の原山」への丘陵の笹原の中に縦走路が続いている。
観光地然とした木道ルートから、いきなりのワイルドな縦走路に入り、気持ちの奥のほうが身構えるのが分かる。
刈り取り道を10分程登ると、「石狩分岐」だ。
ひしゃげた鉄製の道標の痕跡はあるものの、知らないヒトには分岐だとは分からないだろう。
右手の踏み跡は「ヌプントムラウシ温泉」へのルートだが、昨年の台風被害で林道が大規模に崩壊し、森林局は林道復旧を断念したそうだ。
温泉の施設(湯船)は残っていないが、ヌプン小屋は残っているので、「沼の原」からピストンするのが唯一のアプローチになるだろう。
しかし、只でさえ利用者の少ないマニアックなルートだ。数年を待たずに廃道化してしまうだろう。

「石狩分岐」から湿地帯の踏み跡を左手に向かう。
経験者でなければ、ルートを見失ってしまうぐらい踏み跡は薄い。
所々のハイマツにピンクテープはあるものの、古くて退色していたり、千切れて小さくなっていたりで、当てにはならない。
いきなり…ルート・ファインディングの実力を試される。
微かに残った踏み跡が頼りだ。
湿地帯を暫く進むと、笹被りの急斜面を下る。
ルート上は灌木の倒木だらけで、暫く登山者が歩いた形跡も無い。
ルート脇の根曲がり竹がルート上に被って、かなり…漕ぐ状態だ。
適当なボッコ(木の棒)を拾って、藪を払いのけながら進む。

急登を降りると、いよいよ「根曲がり廊下」が始まる。
3年前に歩いた時より、確実に根曲がり竹はルート上に被っているし、ルート上にも新芽から伸びた若竹が増えている。
しかし、刈り取りの幅が広い為、さほど歩きにくくは無い。
初めて歩いた時の廃道状態に比べると、ちゃんと登山道の体をなしている分だけマシだ。
以前は所々に見受けられたピンクテープも、殆ど無くなっていた。
足跡の残り易い…ぬかるみにも、人間の足跡は見当たらない。
今、このルートを歩く登山者は、一体どれぐらい居るのだろうか。
一応、「夏山ガイド」にも掲載されている一般縦走コースだが、1シーズンに片手に満たないパーティーしか歩いていない模様だ。

緩やかに登っている雨水路沿いに段丘を越えると、最低コルに向かって下り坂になる。
東大雪の最深部だが、その割に大木は少ない。積雪量の多さが樹木の成長を妨げているのだろうか。
ルート上の倒木を跨ごうとしたら、その倒木にビッシリとナラタケ(ボリボリ)が生えていたので、ザックを下ろして嬉々として収穫する。
大きな食べ頃サイズをジップロック一杯分収穫した。
こうなると…縦走中だった事も忘れ、気分はキノコ狩りになってしまい、目はルート脇のキノコ探索モードになってしまう。
気が付いたら、以前…ビバークした、水場のある最低コルを知らない内に通り過ぎてしまい、緩やかな登りに掛かってしまった。
以前…ビバークした折に、羆道だと思ってビビっていた踏み跡は、実は「ペテトク沢」からの遡行者の詰め(※沢用語…源頭から稜線や山頂に上がる事)に利用されていた人間の踏み跡だった事が後日判明した。
水場と共に偵察したかったのだが、引き返すのも億劫だ。先に進もう。

だが、余りの藪道にルートを見失ってしまい、暫し彷徨う。
前回の縦走で、ヤラレまくったハイマツ帯の直登ルートが、この先にある筈だが、その取り付き部が分からない。
ルートがハッキリした場所まで一旦戻って、目をこらすが…サッパリ分からない。
藪を掻き分けて踏み跡を探すも、重なり合った灌木と根曲がり竹が地表を覆っていて、お手上げだ。
見渡してみても、ピンクテープも見当たらない。
こういう場合は、焦ってはダメだ。
下手に藪漕ぎ慣れしているから、強引に進んでしまう自分を戒める。
落ち着いて、良く良く考えろ。
ルートを開削した人間の気持ちになって、自分なら…この地形の何処にルートを切るだろうか、と考えてみる。
尾根に取り付く場合、日当たりが悪く植生の薄い斜面に斜行して、尾根に乗るのが一般的だ。
だが、見渡す限り藪だらけで、薄い場所などありはしない。
その時、再び…足元に立派なナラタケの付いた倒木を見つけた。
おぉ、美味そうだ。
イヤイヤ、こんな事してる場合かっ。
ルートを探せっ。ルートをっ。
自分に突っ込み、冷静さを取り戻す。
こういう時は、視点を変えるのがイイ。
藪の向こうの斜面にルートらしい藪の微かに薄い部分が見えた。
試しに、藪を漕いで近付くと…あっさりと踏み跡らしきものに辿り着いた。
しかし、踏み跡自体が薄過ぎて、獣道か登山道か判別出来無い。
とりあえず、進んでみる事にしよう。

暫し行くと、見覚えあるハイマツ帯の直登ルートが現れた。
足は、まだまだ残っているが、余りの急登にルート脇の笹を掴んで登る。
前回は、この急登で消耗して登山道上のビバークを余儀無くされたが、今日は…午前中だし、雨もガスも無く、気持ち的にも体力的にも余裕がある。
それでも、30分を超える直登は堪えた。
岩尾根に乗ると、前回はガスって見えなかった…えげつない岩峰ルートの様子が良く判った。
縦走装備を背負って、このルートを登るのは…かなり、キツい。
しかし、痩せた岩尾根の所々に色付いたナナカマドや、真っ赤なウラシマツツジが点在し、なかなかの庭園感があり…今風の言葉で云えば「インスタ映え」する光景で、気分が良い。
振り返ると、「根曲がり廊下」のある樹林帯の向こうに、「沼の原」のある台地が見える。
登り返して同じぐらいの高度に上がって来たが、「ニペの耳」に向かって…まだまだ高度を上げなくてはならない。

マウンテン・ブーツに比べて、グリップ力の弱い長靴での岩尾根歩きは緊張する。
ソールも柔らかいので、クライミング的な爪先立ちも出来ず、フリクションを生かした歩き方にならざるを得ない。
更に…今回は、ガスっていないので、高度感がハンパない。
内地の山なら、フィックス・ロープ(固定ロープ)か鎖があるような危うい場所にも、東大雪には…勿論、何も無い。
高所恐怖症の自分には、むしろ…ガスってくれてた方が、怖さを感じずに有り難かったりする。

1時間以上登り続けても、なかなか稜線には乗れない。
すると、見上げた稜線上に特徴的な双子の岩峰が見え始めた。
あれが…「ニペの耳」だな。
確かに、あれは…耳だ。
かと言って、ネコ耳的な愛らしさは感じ無い。
むしろ…悪魔の角ばりに威嚇されている感じがする。
あの高度まで、登ると思うとウンザリする。
一度休憩して、気持ちをリセットしよう。

ザックを下ろして、手頃な岩に腰掛け表大雪を眺めると、十勝連峰の「美瑛富士」辺りのコルに怪しい雲が湧いているのが見えた。
暗く重そうな雲の下は、煙っていて雨が降っていそうだ。
あれに追いつかれるのは、嫌だな。
かと言って、稜線上に逃げ場は無い。
見上げた「ニペの耳」までは、まだ1時間ぐらい掛かりそうだ。
雨雲に追いつかれる前に、アソコのビバーク地に辿り着けるだろうか。

ザックを背負って登行を再開したが、ペースは上がらない。
やっとこさ稜線に乗って、振り返ると…雨雲は、もう「沼の原」に掛かっていた。
昨晩、テントを張った辺りは、すっかり雨雲に呑まれている。
前回ビバークした場所を通り過ぎた時、遂に…雨雲に追いつかれてしまった。
途端に視界がガスに閉ざされ、風も出始め、気温も見る間に低下し始めた。
ジャケットを羽織って、暫し考える。
恐らくは、この雨も通り雨だろうが、折角楽しみにしていた東大雪の稜線だ。悪天候を突いて行動しても楽しくは無い。
それならば、早めにビバーク地を見つけ、明日…回復してから、のんびり歩いたほうが良くはないか。

ふと足元を見ると、登山道脇に…ちょうど、シングル・テント一張分の裸地があった。
風の当たる西側はハイマツがあり、開けた東側には…先程まで「ニペソツ」がキレイにみえていた。
西側のハイマツの脇に風が抜けそうな草付きがあり、覗き込んでみると…深い谷に急傾斜が落ち込んでいる。
痩せた稜線上だが、泊地としては…水場が無いだけで、申し分ない。
当初の目論見では、「シュナイダー分岐」か「音更山」まで進んで泊まる積もりだったが、稜線上のビバークも同じようなもんだ。
前回のビバーク地と、100m程しか離れていない稜線上を、泊地と決めた。

つづく。

【写真1】まったく判りにくい石狩分岐
【写真2】ネコ耳的な愛らしさの欠片も無いニペの耳
【写真3】岩尾根は勿論、バンダナ巻きのガチモードで



【第2日目】

翌朝、他の宿泊者達の朝餉の用意をする音で目覚めたが、日の出まで…まだ少し間があったので、シュラフの中でゴロゴロしながら、御来光を待った。
「ヒサゴ沼」に泊まったら、朝のモルゲンロートを見なければ勿体無い。
熱々のカフェオレを淹れ、ダウンを羽織って小屋の前でモルゲンロートを楽しむ。
沼の対岸のガレ場と紅葉が真紅に染まり、沼面に映り込む様は神々しく、一編の詩のように多弁に世界の始まりを歌い上げるかのようだ。
昨夜、少し荒れた風も収まり、沼の上空には快晴が広がっていたが、冷え込みも無く、西寄りの風向きは変わっていないから、日の出と共に上昇流に乗ってガスが上がって来るだろう。
旭川のある上川盆地に溜まった湿った空気は、上昇流で巻き上げられると大雪山で雲を作る。
雲に化ける山…「化雲岳」とは、良く名付けたものだ。

但し、「ヒサゴ沼」が「ヒサゴ沢」に流れ出す東側には、「ニペソツ」がくっきりと、その鋭鋒を碧空へ突き上げている姿が見える時は、東大雪だけは天気が良い場合が多い。
湿った空気は大雪山稜線で雲になり、高高度の風にバラけて水分を拡散させてしまうからだ。

よし、これで行き先が決まった。
東大雪へ向かおう。
とりあえず、今日は「沼の原」を目指して行こう。
前回は、欲張って「ニペの耳」まで足を延ばして、ヤラレまくったが、今回は余裕ある行程にして、思う存分東大雪を楽しむのだ。
「トムラウシ温泉」に下山するご夫婦を見送ってから、小屋の掃除をして、小屋の扉に閂(かんぬき)をして最後に小屋を出た。
「D隊員」から、鮮やかに色付いた「日本庭園」の写真を見せられていたので、大雪渓を詰めて「ヒサゴ分岐」に上がり、分岐にザックをデポして「日本庭園」に寄り道して行く事にした。
なに、「沼の原」までは、殆ど木道歩きだ。どんなにノンビリ歩いても、昼過ぎには到着するだろう。
慌てる事は無い。

「ヒサゴ沼」の水源でもある大雪渓は、自分の知る限り…溶けて消えた事が無い。
風の通り道である「ヒサゴ分岐」のあるコルから、吹き付けた氷雪が堆積し続けて、氷河のような厚みを保持しながら雪渓を成長させている。
スプーンカットに波打った雪渓上を慎重に上がっていると、ガスが西から流れ出して来た。
分岐に辿り着いた頃には、濃密なガスは視界を閉ざし、小雨混じりになってしまった。
ジャケットを羽織って、空身で「日本庭園」へ上がると、風も出始めてノンビリ紅葉見物どころでは無くなった。
仕方なく、木道を引き返し分岐に戻って、大人しく「沼の原」へ向かう。

「化雲平」まで来ると、ガスは消え薄日さえ差し始めた。
木道の上を余所見しながら歩けるのは有り難いが、此処も木道の傷みは激しい。
この木道も設置されて10年以上経つ。
風雪厳しい…この環境だと、これぐらいの寿命なのだろう。
一昨年、「沼の原」の木道を全て新しいものに入れ替えたが、次は「五色が原」と「化雲平」を、入れ替えるのだろうか。
一体どれだけの費用が掛かるのか。
木道が設置され、確かに…登山者にとっては歩き易くはなったが、果たして…10年毎の更新を環境省は想定していたのだろうか。
腐食し廃材と化した木道に乗る危険を考えると、木道の外を歩くしか無く、植生保護を目的とした木道設置も、結果的に本末転倒も甚だしい事になる。

「五色岳」へ向かうハイマツ帯は、羆の痕跡が多く見受けられる場所だが、各林道が開通し縦走登山者が戻ってきた事により警戒心を増したのか、昨年はあんなにあった…生々しい痕跡は殆ど無かった。
昨年遭った仔羆達も、この春に親離れを果たして、各々のテリトリーを見つける為、旅立った筈だ。

「五色岳」に到着すると、これから向かう「沼の原」の湖沼群に陽が差している様子が見えた。
東大雪の峰々も良く晴れている。
対して、表大雪は大荒れだ。
「トムラウシ」も厚いガスに包まれており、北側の「忠別岳」も「白雲岳」も全く見えない。
立ったまま一服していると、「忠別岳」方面のハイマツ帯に人の気配がして、長身の外国人のオジサンが現れた。
「Where are you going today?」
挨拶を交わし、行き先を尋ねると「ヒサゴ沼」だと言う。
一人かと訊くと「相棒が、もう直ぐ来る」らしい。
行き先を尋ねられたので、「Over there」と良く晴れた東大雪の峰々を指差した。
暫くすると、小柄な日本人のオジサンが現れた。
白雲小屋からやって来たそうだが、アチラは朝からガスっていたそうだ。
「Have a nice treking」と外国人のオジサンに言って別れると、「沼の原」へ向い出発した。
多分、メインの縦走路を外れてしまえば、もう…出会う登山者は居なくなる筈だ。

「五色が原」に入ると、風も無く上空に晴天が広がった。
日差しを浴び、温かいので…羽織っていたジャケットを脱いで、フーディー(フリース素材の冬期用中間着)一枚になる。
広大な草原はなだらかに下っており、その中を木道が延々と続いている。
所々に溶岩が固まった安山岩が見受けられるので、「手稲山」にあるような…「平坦面溶岩流」(粘度の高い溶岩)が作った斜面なのかも知れない。
暫く下ると、登山道に合流する…伏流水の流れ出しがあり、近くには古いビハーク跡地があった。
なかなか居心地良さそうなテン場に、思わず泊まりたくなる誘惑に駆られるが、まだ…行動を切り上げるには早過ぎる午前中だ。
「クッチャンベツ林道」が止まってる内に、いつか…泊まりに来よう、と誓う。

小一時間ノンビリ歩くと、やがて…ルートは、涸れた沢形地形に辿り着く。
風化した白い安山岩と、草紅葉、ナナカマドの鮮やかな赤のコントラストが息を呑む美しさだ。
初めて…この場所に来た時は、大雨の翌朝だった。
大地に吸収しきれ無かった雨水が幾筋もの水流となり、沢形に流れ込み…桃源郷のように美しい光景を作り出していたのを、今でも忘れられない。
今回は、全く渇いた涸沢になっているが、あの日を思い出しながらニコニコしながら歩いた。
途中、どうしても我慢出来ずに、ルートを外れて涸沢の対岸の草原を散歩した。


沢形を過ぎると、なだらかだった斜面が急に切り落とされたような急傾斜になる。
恐らく、平坦面溶岩の末端が崩落した崩落崖だろう。
ルートは、深くえぐられた砂岩の雨水路になる。
足を滑らせると滑落しそうで、おっかない。
慎重に下ったトコロに、「五色の水場」がある。
「五色が原」に染み込んだ雨水が伏流水として、ここに流れ出しているのだ。
今夜の炊事用にプラティパス1本分を補給し、シェラカップに掬って喉を潤す。
藪蚊がまとわりついて、あづましく無いので一服して出発する。

もう此処まで来れば、泊地予定の「大沼」のテン場までは登りも無い。1時間足らずで到着するだろう。
やがて、湿原帯が始まり沼池が見え始める。
蝦夷松の森を抜けると、一気に視界が開け、目の前に広大な「沼の原」の高層湿原帯が広がった。
その中を、真新しい木道が続いている。
青空を映した沼の向こうには、東大雪の稜線がクッキリ浮かび上がっている。
10分程歩くと、指定野営池のある「大沼」に辿り着いた。
沼岸に出ると、大きく岸が露出したテン場があった。
渇水期である秋は、沼の水量も減り面積は半分近くなっている。
「クッチャンベツ林道」が止まってる今、勿論…他の登山者が居る筈も無く、テントは張り放題だ。
沼越しに「トムラウシ」が見える場所を探して、設営する。
「トムラウシ」から表大雪まで、ガスに覆われていて遠望は得られ無いが、この場所から見る「トムラウシ」が間違いなく一番美しいと思う。

日差しがあるので、シュラフをテントの屋根に乗せて日干しする。
長靴からビーサンに履き替えて、水辺をブラブラ散歩する。
所々に蝦夷鹿の足跡はあるが、羆の痕跡は無い。
20年近く前に、このテン場のテントが羆に荒らされた話を聞いた事がある。
「五色が原」にも古い掘り返しの跡が沢山あったが、新しいものは無かった。

テントに潜り込んで、マットに寝転がって「トムラウシ」を眺める。
時刻は、まだ1時を回ったばかりだ。
こんなに余裕のある縦走は久し振りだ。
体力的にも、天候的にも、まだまだ先に進む事は可能だが、今回は…東大雪を思う存分楽しむ為に、細かく刻む事にした。
気に入った景色があれば、飽きるまで眺め、気になる場所があれば寄り道をし、早めに泊地に着いてゴロゴロする。
長距離や長時間歩く縦走も、たまにはイイが、メリハリも必要だ。
東大雪も三度目になると、ルートの様子も分かっているし、色々と余裕が生まれてきた。
何度もビバークをすると、何処でだって寝られるもんだと、開き直れるようにもなる。
喩え、登山道の上だろうと、山頂だろうと、畳一枚分のフラットなスペースさえあれば、テントは張れる。
テントに入ってしまえば、そこは…大雪山だろうと手稲山だろうと、同じようなものだ。

陽を浴びたテントの中はポカポカと暖かいので、知らない内に眠ってしまった。
夕方、目覚めると「トムラウシ」は相変わらずガスを被っているが、時折…肩ぐらいまで見えるようになっていた。
縦走路沿いに視線を転じると、ロックガーデンやヒサゴ沼辺りの地形が良く観察出来た。
ラヂオの天気予報は、夜半の気圧の谷の通過を告げているが、「沼の原」方面は雨の心配は無さそうだ。
風だけは、おっかないので…テントのアンカー(支点)を確認しておく。
やがて、光量が減退し始めると、濃紺の帳(とばり)が空に広がり始め、明星が瞬きだした。
ゴロンと寝転び、テントから頭だけだして天空を仰ぎ見る。
吐く息が白くなり始めた。

暗くなったので、ソーラーランタンを灯し、夕食の準備をする。
東大雪に入る前に、重い食材を片付ける為に、ポテトサラダとちらし寿司にする。
明日から、いよいよ…東大雪に入る。
問題は…「根曲がり廊下」の藪の具合だ。
最後に「根曲がり廊下」を歩いてから3年が経つ。根曲がり竹の成長具合から考えると、かなり被っている筈だ。
道幅3mぐらいに刈り取りしていたが、どうなっているかは…事前の情報収集では分からなかった。
「ぶよ沢」のテン場まで水場が無いのも、不安要素ではある。
「根曲がり廊下」の最低コルから、沢形を10分程下ると水場はあるらしいが、未確認だ。
暫く本格的な雨が降ってないから、源頭の具合も不明だ。
「五色の水場」で汲んだ水が1L半程残っているから、なんとかなりそうだが…。
色々な不安要素はあるが、そういう縦走がしたいから東大雪を選んだのだ。
ありきたりた、オーソドックスな縦走には無い不確定要素こそが、東大雪が東大雪である所以だ。
そんな現実と、ガチで向き合うシビアさこそが、東大雪縦走という山行の難しさであり、楽しさナノだ。

つづく。

【写真1】ヒサゴ沼の大雪渓を上がると、ガスが流れてきた
【写真2】化雲平に入るとガスは抜けた。東大雪は晴れている
【写真3】大沼の畔に設営する