林道入口に到着したが、勿論というか、やっぱりというか、相方の車は…居なかった。
やはり、シンノスケ迂回林道側の「ユニ石狩登山口」に行ってるのだろう。
とりあえず、血糖値を上げて明晰な頭脳を取り戻そう。
林道に転がしたザックに腰掛け、行動食を頬張った。
タバコを立て続けに吸いながら、考える。
バス停のある「十勝三股」には、国道273号を「三国峠」を越えて行かねばならない。
「十勝三股」に行っても、温泉も無けりゃ、ビールも売っていない。カフェ一軒と民家が一軒あるだけだ。
それに、帰るべき「旭川」とは反対方向になってしまう。
「層雲峡」に行けば、温泉とビールはあるが、「十勝三股」よりは遠い気がする。
果たして陽のあるうちに到着出来るか微妙だ。
しかし、ヒッチハイクを試す価値はある。
前回、東大雪縦走を目論んでヒッチハイクした経験もあるし、行き止まりの「天人峡」とは違い、「旭川」から「帯広」や「北見」に抜ける主要国道ナノだ。遠距離ドライブに退屈したドライバーも居る筈だ。

よしっ。
とりあえず、「層雲峡」方面に向かって歩く事にしよう。
「層雲峡」に近づけば、電波も採れるし相方とも連絡がつくだろう。
でも、もしかしたら…「あ、メールを良く読んだら、ユニ石狩林道って書いてある。あの変態の事だから、崩落した林道を歩いて、三国橋の方に下山したのかも知れない」と相方が気付いて、この林道入口にやってくるかも知れない。
その時の為にメッセージをデポしておく事にした。
「層雲峡方面に向かって歩いてます。このメッセージを見たら、追い掛けて拾ってネ」と走り書きしたノートの切れ端を、小雨模様だったので、濡れないよう…ジップロックに入れて、目印にボッコ(木の棒)にオレンジ・テープ(普通のピンクテープと混同しないよう、マーキングにはオレンジを使ってる)を巻き付けて、ジップロックと一緒に林道入口の地面の上に国道から見えるように置いておいた。

さて、下界に下りたと言っても、ここは…大雪山系の山奥だ。
人間の居る場所までは、まだまだ遠い。
縦走の余韻に浸りながら…ブラブラ歩いていると、何かの工事中なのか、道端に…ゆるキャラみたいな愛嬌のある若い警備員のニイチャンが所在なげに一人立っていた。
久し振りに人間を見た気がする。
作業員達は昼飯休憩中なのか、付近には居らず…一人で退屈そうにしてるので、「層雲峡まで何kmぐらいあるかな?」と立ち止まって話し掛けた。
さぁ?と小首を傾げる彼の傍らには、通いに使ってるらしい彼の車があったので、「車で何分ぐらい?」と質問しなおすと、「25分ぐらいですかね?」と応えてくれた。
やっぱり、20km以上あるかぁ。
時速3kmとして、7時間。
完全に真っ暗になる。
こりゃあ、ヒッチハイクを真面目に頑張るしか無いな。
「ありがと」と礼を言い、「層雲峡」に向かって左車線の路肩を歩きながら、後方から車の音が聞こえたら、道路側の右手を真横に上げ、親指を立てた。
山奥の下り坂の一本道だから、車は100km/h近い速度を出してるので、早めに親指を立てる。
因みに、大型トラックや営業車は最近乗せてくれなくなったので、走行音がトラックだった場合はスルーする。
何台か通り過ぎたが、思っていたより車は通るので、可能性はあるかも知れない。
そうこう思っている内に、一台のラグジュアリー感たっぷりなワゴン車が追い越してから減速した(ラグジュアリーって、何?)。
ラッキー♪
止まってくれたら、こっちのもんだ。ネゴらせたら(※ネゴシエーション 交渉する事。TV番組ブギウギ専務内の隠語)ヒッチハイク百戦錬磨の腕がものを言うノダ。

「何処まで行きますか?層雲峡通ります?」
「札幌までだけど、乗せて欲しいのかい?」
恰幅の良いラグジュアリー感たっぷりのオジサンが、ウィンドウを開けながら尋ねてきた(だから、ラグジュアリーって、何?)。
「層雲峡まででイイんですけど、お願いできますか?」
「いいよ、じゃ後ろに乗って」
ラグジュアリー感たっぷりのワゴン車の後部スライドドアが自動で開いた。
暫く文明から遠ざかっていたから、自動で動くものを見ただけで未開部族のように驚いてしまった。
足元にザックを転がし、座席に座るが汗に濡れた背中を背もたれに付けないよう…気を遣い前傾姿勢になる。
ラグジュアリー感たっぷりなオジサンは、道東から帰札する途中らしい。
話好きらしく、色々と尋ねられる。
普段は面倒臭い世間話も、5日振りの人間との会話なので、嬉しくなって拙者もつい饒舌になる。
縦走の顛末を話しながら、自分なりに回想出来て、有難かったりする。
車は、30分も掛からずに「層雲峡」に到着した。
わざわざ「黒岳の湯」の裏まで着けてもらって、お礼を言ってオジサンと別れた。
とりあえず…風呂だ、ビールだ、ごくごくだっ!

一週間振りの風呂は、なまら…気持ちが良かった。
この気持ち良さは、味わった者にしか分からない…ので、詳細は秘密にする。
風呂上がりに休憩室やフロント辺りをウロウロして、缶ビールの自販機を探すが見当たらない。
フロントのオジサンに訊くと、一階のレストランから生ビールを出前してくれると言うではないか。
休憩室で生ビールを待ちながら、相方に電話すると…電波を求めて「糠平」に居るという。
やはり、シンノスケ迂回林道側の「ユニ石狩登山口」で待っていたそうだ。
途中で、メールの「ユニ石狩林道」の記述に気付いて行ったらしいが、どうやら…すれ違いだったらしい。
「一応、林道入口にメッセージをデポしといたんだけどなぁ」「あ、オレンジのテープは見たけど、通行止めの印かと思ったんだよぉ」
久し振りに会いたいからと、「層雲峡」まで来るという相方に、林道入口のデポ・メッセージを回収しとくように頼んだ。
「知らないヒトが見たら、名前書いてあるから、恥ずかしいから~」

「層雲峡」に到着した相方に、今回の縦走のアレコレを報告した。
「ウチに泊まっていけばイイのにぃ」という…お誘いを断って(明日から仕事やっちゅうねんっ)、すっかり暗くなった「層雲峡バスターミナル」から、「旭川」行きのバスに乗った。


今回、ほぼ10年越しの目標であった…(晴れた)東大雪縦走を、やっとこさ果たしたワケだが、三回目ともなると幾ら初めての晴天の稜線歩きと言えども、新鮮な驚きや感動は無かったのが正直なトコロだった。
北海道移住を果たし、大雪山縦走に通い始めて幾星霜(24年かな?)、大雪山のほぼ全てのルートを歩いてしまったワケだが(故意に歩いてないルートもある)、今回の東大雪縦走でひとまずの区切りがついたような感じがある。
何度も歩いたルートは、ほぼ記憶してしまうぐらいになり新鮮な驚きは無いし、慣れ過ぎてしまった感も否めない。
だが、自分が歩いた大雪山は…広大な山域のほんの僅かであるのも確かだ。
今迄、日記には…なかなか書けなかった寄り道散策(世の中には、融通の利かないウルサいヒトが居るからな)で、登山道から外れた場所を歩いていると、登山道を歩いてるだけでは絶対に判らない…大雪山の本当の姿を目の当たりにする。

例えば…拙者の大好きな「ヒサゴ沼」も、沼を周回する踏み跡があったりする。
沼の対岸に渡り、「ヒサゴ小屋」越しの「化雲岳」は、一幅の絵画のように美しい。
例えば…「日本庭園」も、ルートを外れて岩峰によじ登ると、全体の様子が良く見えるし、登山道からは見えない沼の存在に気が付く事もある。
例えば…「ロックガーデン」をルートから外れてガレ場の東端まで回り込むと、「ニペソツ」が良く見える絶景ポイントがある。
例えば…「三川台」から見下ろす…通称「ユートムラウシ花園」(ユートムラウシ川の源頭がある)には、今は使われなくなった、「二つ沼」と呼ばれる古いテン場がある。
そういう場所には、実は…薄い踏み跡が、かなりの確率で残っている場合が多い。
今ほど、環境保護に煩くなかった時代に、先人達が歩いた跡だったり、或いは鹿や羆の通り道だったりする。
沢登りをやるようになって、遡行した人間が源頭を詰めて、登山道に乗る場合の踏み跡も沢山ある事を知った。

登山道というのは、そもそも…人間が歩き易い場所に残った踏み跡が経年固定したものと、意図的な開削を行って人工的に作り上げたものに大別される。
歴史ある内地の山などは、杣道(そまみち=木こりの作った道)や、修験者が歩いた道や、山間部落の生活道路がその始まりな場合が多いが、北海道の場合は登山団体(地元山岳会)や自治体が開削したものが多いようだ。

我々登山者がアプローチに利用する林道の殆どは、造材伐採用に嘗て作られた作業道の跡だし、それらは…山奥の名も無い山々の隅々まで張り巡らされていて、驚く事が多い。
使われなくなった林道は、数十年から百年以上を経て草木が茂り自然復元したり、雨や雪で浸食され崩落し、パッと見には林道とは気付かない場合も多い(慣れてくると、造成跡が判るようになる)。
札幌近郊の山など、至る所に林道が張り巡らされていて、植林された二次林や、伐採後に放置され間伐材が茂った雑木林が殆どだ。
本当の原生林など、国立公園か演習林や、山岳稜線に上がらないと見られない程だ。
大雪山系だって例外では無い。
比較的早い時期に国立公園指定をされた為に表大雪は残っているが、東大雪などは…かなり奥深く伐採されている。

人間の営みが環境に及ぼす影響は、その目的が開発であれレクリエーションであれ、皆無になる事は有り得無いし、ある程度の規制や秩序が必要なのは間違いないだろう。
環境保護とレクリエーションとしての登山との兼ね合い、関係性についても、様々な意見があるし、一家言お持ちの方々も居られるだろう。
討論をふっかける積もりは毛頭無いが、しかし…と思う。
出来得れば…もっと自由に、いや…もう少しだけ自由に歩けないだろうか、と願って止まない。

山菜やキノコ採りなどで山に入る時、アプローチに林道や登山道を使うが、本格的な探索になると、藪を掻き分けつつ道も無い山中を徘徊する事になる。
獣たちと同じように。
勿論、歩ける場所は傾斜や藪の濃さなどで限られてるし、労力もハンパないのは確かだ。
しかし、その時の開放感と、相反する緊張感、自身の感覚が研ぎ澄まされて行く感じは、形容し難い自由さに満ち溢れている。
拙者が山に入る目的は、登山であれ、山菜採りであれ、キノコ採りであれ、雪山であれ、沢登りであれ、「自由になるため」に他ならない。

勿論、山だからと言って、無制限の自由があるワケでは無い。
むしろ、環境の厳しさから云えば制約だらけだし、放縦に振る舞えるワケでは無い。
但し、山の事を知り、経験値を上げ、技術やスキルを鍛えると、その自由度は増して行く。
山との距離感が縮まり、やがて…その一部になったような心地良い融合感を味わえるようになる。
その感覚を初めて感じたのが、北海道の山であり、大雪山であり、トムラウシだったのだ。
その日から、拙者の長い旅は始まったのかも知れない。

そして、思う。
今も、未だ、その長い長い旅の途上に自分は居る。
もっと自由に、もっと遠くに、彷徨うように、この山を歩いていたい。
そう強く願って止まない。

さて、一区切りついた大雪山縦走だが、やりたい事はまだまだある。歩きたい場所も、泊まりたい場所も、まだまだある。
未だ見ぬ、素敵な場所もあるだろう。
この旅は、まだまだ…終わりそうに無い。

おわり。

読了したいただいた皆様、或いは…わざわざコメントをいただいた皆様、深く感謝いたします。
本編は真面目な文体で書いた為、あとがきは少々…おちゃらけました。鋭いツッコミを戴けたら幸いです。

2017年11月25日 十勝にて。

もじょ。

【写真】は縦走よりベストショット三葉


林道に覆い被さるように、道端の巨大なスカンポ(イタドリ)や蕗が視界を閉ざしていた。
それらを避けながら、或いは…漕ぎながら、ぶらぶら歩いていると…
ふいに、視界が開け、目の前から林道が…消えた。
本来、林道があった筈の場所は、倒木と巨岩に埋め尽くされた広大な河原になっていた。
対岸の森までは、優に100m以上あり、河岸は垂直に荒々しく削られ礫が露出し、林道は唐突に、あっけなく、消え去っていた。
昨年の台風増水の仕業だ。

昨年8月、北海道には1ヶ月に三つもの台風が上陸し、河川を氾濫させ、家屋を飲み込み、収穫間近の農作物を壊滅させ、林道と云わず主要国道でさえも崩落させ、全道に甚大な被害をもたらした。
大雪山系、及び日高山脈の未舗装の林道の殆ど全てが崩落し、或いは深く抉られ、通行止めになった。
この「ユニ石狩林道」は、それ以前の平成23年9月の豪雨によって、林道の一部が崩落して通行止めになっていたが、それに追い討ちをかけるように再び昨年の台風の大雨によって林道を大規模に崩落させたものと思われた。

平成23年の豪雨被害については、当時…森林管理局のHPで、その被害状況を写真等で確認していたが、目の前に広がる光景は、それを遥かに凌駕する…より大規模で破滅的とすら言いたくなるような被害状況であった。
これほど大規模な地形的変化をもたらすような増水を、イメージするには人間の想像力は貧弱過ぎる。
一体どれだけの水量が、「由仁石狩川」に流れ込み、土石流となり河岸を削り、木々を押し倒し、巨岩を運んだのか…

最近、地学に興味を持ち、地形の成り立ちや、その浸食作用等を勉強しているが、地形は地球誕生以来…頻繁に且つ、大規模に変化をもたらすものだとの認識を持つようにはなっていた。
例えば…我々には身近な「支笏湖」は、嘗て巨大な火山であり、その山体が崩壊しカルデラ(溶岩溜まりが溶岩を噴出させる事により空洞化し陥没した跡、水が溜まって湖になる事が多い)になる時に大規模な火砕流が発生し、その噴石や火山灰を札幌まで運んだ事は有名だ(札幌軟石は火砕流の凝灰岩である)。
おかげで、太平洋に注いでいた「石狩川」は流れを変え、日本海に注ぐようになってしまった。
しかし、それとて…数万年前の出来事で、地球的スパンから見れば最近の事だが、人間がその一生涯に大規模な地形的変化を目の当たりにする事は稀である。
しかも、その程度の地形的変化は、地球的規模から云えば、ほんの些細な出来事に過ぎない。
目の前の…これですら、我々が鼻毛を抜いた程度の些細な変化に過ぎないのだ。

だが、我々の貧困な想像力と文明力は、こんな事にすら太刀打ち出来ずに、驚愕し、狼狽え、絶望するしか無い。
自然をコントロール出来うるものと考える…人間の傲慢さを、その勘違いを、嘲笑うかのように、地球は何の躊躇も無く、人間の営みに頓着する事無く、地形的変化をもたらす。
我々は束の間の安息に、一時的に存在しているに過ぎない。

さて、どうしよう。
林道は確か、沢に沿って…林道入口のある「三国橋」まで続いていた筈だ。
このまま、沢を下降して行ってもイイが、倒木を避けながら、徒渉を繰り返し、ルーファイしながらだと時間が掛かって仕方ない。
林道の崩落具合も気になる事だし、なるべく…林道をなぞりながら、下降して行く事にしよう。
とりあえず、この途切れてしまった林道の続きは…と、在りし日の林道を想像して、その延長線上に視線を這わせると、200m程先の河原に、人工的な造成がなされたような段丘を見つけた。
ここからだと遠くて、良く判らないが…恐らく、そうだろう。
近くまで行って、確認するしか無さそうだ。
しかし、この林道から河原に下りるのが大変だ。
河原まで2m程の段差があるが、削られた箇所は垂直に近い角度で落ちている為、下りられる場所を探すしか無い。
林道を外れた右手の草付きに、下りられそうな場所を発見し、砂礫を崩しながら慎重に下りてみた。
すると、その場所を何かが歩いた形跡があった。
踏み跡は古く、鹿か人間か判らないが、確かに…何かが、此処を歩いたのだ。
森林管理局のパトロールか、マニアックな登山者か、ハンターか、或いは…鹿かも知れない。
広い河原の中には、一応…流れはあったが、それは…なんとも細く、穏や過ぎるものだった。
僅か数mの、この流れが、これ程の破壊力を持つ流れに化けるなんて、全く想像出来なかった。
河原には、直径が1m近くある蝦夷松の大木があったり、10t程ある巨岩が転がっていたり、崩れやすい砂礫の段差があったり、踏めばぐらつく浮き石だらけだった。
その中を、歩けそうな場所を探して、時に倒木を避け迂回したり、砂礫の段差を乗り越えたりして、下降して行く。
林道を歩くスピードの半分にも満たないペースだが、デカザックを背負ってる身だから仕方ない。
あらかたの食糧は消費したが、まだ…ザックは30kg近い重さがある。
浮き石に乗って、すっ転んだら…「痛い」だけで済みそうに無い。
アチコチ迂回しながら、目指す林道らしき段丘に近付くと、それは…確かに、造成された林道だった。
しかし、林道は3m程の垂直の壁の上にある。
ここを攀じるのは、大変だぞぉ。
左手に少し傾斜の緩い場所を見つけたので、灌木に捕まりながら体を持ち上げた。

登山口から、まだ1kmも進んでいないのに、30分以上掛かってしまった。
これは、なかなか…厳しい勝負になりそうだ。

暫く林道を歩いて油断したところで、再び林道が途切れていた。
また、下りる場所探しから始めて、林道の痕跡を探し、河原を歩き、林道へ復帰する。
河原には、コンクリート製の嘗ての河岸が一部残されていたが、この決壊部分だけで300m近く、林道は根こそぎ流されていた。
林道は再び100mで消えていたが、ちょうど沢の湾曲部で遠心力が掛かった流れは、今迄以上に深く斜面を削っていて、見下ろすと河原まで20m程の断崖になっていた。
こりゃあ、困ったぞぉ。
河原に下りるには懸垂下降するしか無い。
しかし、ロープなんか持っていない。
そうなると、山側に巻くしか無い。
なるべく、崩れた場所から離れた藪斜面をトラバースして、迂回し崩落地点を通過した。

次から次に難問が連続し、その度にルーファイに苦労する。
下流に向かうにつれ水量も増すからか、崩落箇所は大規模になり、ルーファイ問題は難しくなるばかりだ。
そして、遂に…完全に進路を断たれる超難問に出くわした。
先程と同じように、深く抉られた湾曲部だが、山側には迂回するような樹林も手掛かりになるような藪も無く、土砂崩れのように砂礫が露出した斜面があるだけだった。
万事休す。
こいつは、困った。
河床までは10m程だが、下りる手掛かりになるような物は一切見当たらない。
同じく、右手斜面にもトラバースするような足掛かりも、掴むべき手掛かりも無い。
「お助け袋」には一応…5m程の細引きはあるが、役に立ちそうに無い。
どうする、どうする。
林道を戻って、河原に下りられる場所を探すか。
さもなくば、砂礫斜面を避け樹林がある場所まで高巻くか。
高巻くと言っても、この重装備で藪斜面を攀じって、あの上を抜けるのは簡単では無い。
その時、砂礫斜面に何かがあるのに気がついた。
どうやら、金網みたいだ。
そうか。土砂崩れ跡だと思った砂礫斜面は、人工的に作られた法面で、金網は落石防止用のものだったのだ。
あの金網を手掛かりに、トラバース出来無いだろうか。
進むべきルートを目でなぞってみる。
金網は途切れる事無く、向こう側の林道まで続いている。
落ちたらシャレにならないが、高巻くよりは…リスクも労力も少なく済みそうだ。

慎重に足場を確認しながら斜面に取り付く。
砂礫斜面は、見た目ほど脆くは無さそうだ。踏みつけた砂礫は、堅く締まっている。
右手で金網を掴みながら、ゆっくり一歩づつトラバースして行く。
だが、そこにも…薄いながら踏み跡がある事に気が付いた。
これは…鹿では無く、完全に人間の踏み跡だろう。
やはり、誰かしら入っているのだ。
世の中には物好きな奴が居るもんだ。

最大の難問を通過すると、シッカリした林道が暫く続いていた。
しかし、そこで思い出した。
確か…林道入口は、「由仁石狩川」の左岸(川上から見て左側)に林道があった筈。
今、自分が歩いているのは「由仁石狩川」の右岸だ。
という事は、何処かで徒渉する場所があるのだ。
なんとなく、前回…橋を渡ったような記憶もある。
すると、タイミング良く…目の前に橋が見えて来た。
なんだ、ちゃんと橋が残ってるではないか。
上流の荒れ方を見てたら、てっきり…橋も流されてるだろうと思っていたが、案外大丈夫なものなのだ。
橋に近付くと…その考えが甘かった事に直ぐ気が付いた。
手前には、確かに橋があるのだが、向こう岸には繋がっていない。
橋体に乗り10m程歩くと、橋は唐突に無くなっていた。
確か…橋は小ぶりだが、2~30m程のシッカリした鉄橋だった筈だが、向こう岸までは100m程ある。
つまり、橋だけで無く、その対岸の河岸自体が根こそぎ失われてしまっているのだ。
改めて、大自然の圧倒的なパワーを見せ付けられた気分だ。

橋を迂回し河原に下り橋を見上げると、鉄橋が無惨に途中から引きちぎられていた。
橋梁はおろか、土台すら、その残骸すら残っていない。
もはや、ため息しか出て来ない。
沢本体は長靴のおかげで、難なく徒渉出来た。
時間的には、3時間程歩いてるから、そろそろ…林道入口に到着してもおかしく無い筈だ。
すると、遠くに…国道を走る大型トラックのエンジン音が聞こえた。
林道入口は、平坦な直線道路が国道に突き当たっていた筈だ。
目の前に見覚えある直線道路が見えて来た。
なかなか、厳しい行程だったが…廃墟探索みたいで面白かった。
退屈な林道歩きが、スリル満点な冒険行になって、ドキドキワクワクしっぱなしだった。
とりあえず、昼時だから…入口に着いたら、何か腹に入れよう。
そんなふうに、のんびり歩いていたら…再び林道が途切れた。
もう驚きはしないが、林道の続きは遥か遠くに見える。
右側は6~7m下に河床があり、下降は難しい。左側は腰程の高さのチシマザサが藪を作っている。
なんだかんだで、とことん最後まで藪漕ぎだったな。
藪を抜けると、林道ゲートが現れた。ゲートの先には、国道を走る車も見えた。
ゲートを迂回し回り込んで振り返ると、「通行禁止」の看板が付いていた。
「分かってるっちゅうねんっ」
思わず看板へのツッコミが、声になってこぼれ、笑いがこみ上げてきた。
長い縦走旅が終わった瞬間だった。

おわり。

次回、エピローグにて完結いたします。

【写真1】林道崩落箇所

【写真2】無惨に引きちぎられた橋



【第5日目】

雨粒がフライシートを叩く音で目が覚めた。
予報通り低気圧が雨雲を連れて来たようだ。
ただ、この…「ぶよ沢」のテン場は、西側に樹林があり風も当たらないし、水捌けの良さそうな砂礫地にあり、雨天時停滞には最適な場所だった。
一昨年、東大雪縦走を目論んで、「十勝三股」から林道を歩き「ユニ石狩登山口」から入山したものの、悪天候に進む事が出来ずに、このテン場に三日間停滞した事を思い出す。

この時期の大雪山系は、夏と秋の空気が入れ替わる時で、天候が不安定なのだ。
場合によっては、北上した秋雨前線や、台風にぶち当たる事もある。
ただでさえ難しい山岳気象なのに、更に天候予測が難しくなる。
数々の悪天候を経験してきて、結局…出した対策は、「天候には逆らわない」という至極真っ当な事だった。

「トムラウシ大量遭難事故」の例を引くまでも無く、大雪山では無理な行動は命取りになる。
アプローチが不便な大雪山系では、「荒れたら停滞」というのは常識だ。
停滞予備日の無い登山計画は、大雪山系では通用しない。
数多の犠牲者を出した…遭難事例から導き出された…この教訓は、大雪山の「掟」とも言えるだろう。
大雪山縦走を特別難しい山行だとは思わないが、多くの犠牲者を出してきたのは、ひとえに…天候判断の難しさと、悪天候を突いた無理な強行軍と、長距離長時間の行動だと言える。
それらへの対処として、個人的にビバークを推奨してきたが、そのタイミングの判断や場所の選定…等、思っている程簡単な事では無い。
どの程度の荒れ方で、どの程度の疲労度で、ビバークを判断すべきか。
個人差のある事だし、状況次第とも言えるので、一概には言えないが、「ヤバい」と思った時には既に手遅れな場合が多い。
経験則から言えるのは、「辛い」と感じた時に、ビバークを考えるべきだと思う。
一個の生命体として働く防衛本能は、我々が考えるよりも意外に正確に危機を感じとるものだ。
その防衛本能に気付き、対処するには経験が必要かも知れない。
しかし、その「気付き」こそが、生死を分かつポイントには間違いないだろう。

今回の、東大雪縦走コースは天候に恵まれれば、本来なら…最短で2泊3日で歩ける筈の距離だ。
そこを…短く刻んで、ここ迄4泊しながら歩いて来た。
この時点で、予備日を消費していないので下山まで2日の余裕がある。
つまり、全行程4泊5日で予備日を1日設けている。
大雪山系を一週間ぐらいのスパンで縦走する場合、停滞予備日を必ず1日は用意すべきだろう。
勿論、エスケープ・ルートの確保や、予備の食糧の準備も併せて必要だ。

結局、その日は一日中雨が降り続き、トイレ以外はテントから一歩も出ずに、読書と昼寝をして引きこもって過ごした。
下山日の明日は、回復してくれるだろうか。

【第6日目】

夜半まで降り続いていた雨は、明け方には止んでガスもとれ、テン場正面には「ユニ石狩岳」が見えていた。
今日は下山するだけなので、いつもより更にノンビリして、午前8時に出発する事にした。
濡れたテントを乾かして、撤収する。
今朝方、テン場近くに蝦夷鹿の家族が上がって来たが、様子を窺おうと外に出ると、大袈裟な警戒音を発して大慌てで逃げられてしまった。
一昨年、子連れで遊びに来てくれた個体では無かったようだ。
テン場を後にすると「十石峠」へ続く稜線に登り返す。
本格的な雨は止んだが、上空には不安定そうな雲が残っていて、時折…小雨をパラつかせていた。
幾つかの小ピークを乗越して、1時間程で「十石峠」へ到着する。
さて、どうしよう。

実は、一昨日…石狩稜線でビバークした折に、相方と連絡をとると、「登山口まで迎えに行こうか」とメールを貰っていた。「それじゃあ、ユニ石狩林道の入口に」と返信したが、奴は「由仁石狩川」沿いに走る…通行止めの「ユニ石狩林道」を知っているのか不安になった。
迂回路として新たに作られた「音更川」側の「ユニ石狩登山口」に来る可能性もある。
むしろ、普通に考えたら…それが当たり前で、通行止めの「ユニ石狩林道」を下りるとは思わないだろう。
そこで、確認の為のメールを送ろうとしたが、ガスってしまい送信が出来無くなってしまった。
電話をするも、「電源が入っていないか、電波の届かない場所に…云々」というお決まりのメッセージが流れるだけだ。
一応、メールには…ちゃんと「ユニ石狩林道」と書いたし、この変態の事を理解していれば、通行止めの「ユニ石狩林道」だと気付く筈だ。恐らく、多分。
しかし、「ユニ石狩林道」に下りて、林道入口のある「三国橋」に下山しても、迎えが来なければどうしようも無い。
交通機関は全く無いのだ。
バス停のある「十勝三股」までは、「三国峠」を越えて国道273号線を20km近く歩かねばならないし、反対側の「層雲峡」にも25km程の舗装路歩きがある。
下山しても、谷あいの山奥なので…電波がとれて相方と連絡がつくとも思えない。
それに、ヒッチハイクを試みても成功する確証は何も無い。
さて、一体どうしたものか。

大人しく「音更川本流林道」側の「ユニ石狩登山口」に下りるか、それとも「ユニ石狩林道」側の登山口に下りるか。
30分近く逡巡した末に、結局…「ユニ石狩林道」側の登山道を下りる事にした。
新しく開削された「音更川本流林道」側の「ユニ石狩登山口」の様子が分からなかったし、それに…単純に林道崩壊した「ユニ石狩林道」の様子を見てみたかった。
なにより、「ユニ石狩林道」側のルートが素敵ナノだ。
下山してからの事は、下山してから考えよう。

「十石峠」から下り始めたが、ルートは暫く使われていないせいで、下草が伸び放題になっていて、踏み跡が良く分からない。
以前歩いた時の記憶を呼び起こしながら、なんとなく…それらしき場所を下りて行く。
この辺りは、「由仁石狩川」の源頭部にあたり、擂り鉢状の典型的な源頭地形を成している。
ルートは、「由仁石狩川」沿いに付いているので、沢形に沿って下りて行けば問題は無い筈だ。
暫く下りると、踏み跡がシッカリし始めた。
ルートは、なかなかの規模のガレ場を横切っている。
通称「大崩れ」と呼ばれるガレ場は、「ユニ石狩岳」の山体が崩れて岩雪崩を起こした跡だと云われている。
今は、比較的のっぺりとした印象の「ユニ石狩岳」だが、足元のガレを見ると、所々に柱状節理のような板状の礫が見える事から、以前は節理の発達した険しい山容をしていたと想像出来る。
柱状節理は、噴出した溶岩の塊が冷えた時に柱状に割れ目が出来る事から作られる。
東大雪末端の「ユニ石狩岳」も、元々は火山だったのだろう。

「大崩れ」を下りて行くと、左手に「由仁石狩川」源頭部の沢が現れた。
しかし、ここにも水流は見当たらず、ただの涸れ沢になっており、沢は倒木に埋まっている。
そこで、踏み跡が突然途切れ、前方を灌木の藪に遮られた。
どこかで踏み跡を外れたのだろうか。
沢形を見渡しても、他にルートらしきものは見当たらない。
ルートを探すのも面倒だ。どうせ、沢沿いに下りれば、何処かでルートに合流するだろう。
そこで、涸れ沢に沿って下りてみる事にする。
不安定な倒木に乗らないよう、足元を確かめながら慎重に下りる。
暫く下りると、右手斜面中腹の灌木の枝にピンクテープを発見した。
沢を下降すると足元を確かめながらナノで、どうしてもスピードが遅くなる。
そこで、ピンクテープを目指してガレた斜面を登り返して、本ルートに復帰する。
ピンクテープの灌木の下には、シッカリとした踏み跡が残っていた。

本ルートに復帰したものの、50mも行かない内に、再び涸れ沢に出てしまい、踏み跡は荒れた涸れ沢の中に消えていた。
以前来た時に、こんな開けた涸れ沢があっただろうか。
涸れ沢には、大量の倒木が散乱していた。
これは、もしかしたら…昨年の台風増水の爪痕だろうか。
川幅は20m以上に広がっていて、足元のゴロタ石も浮き石だらけだ。
源頭から大して下っていないのに、この荒れようだったら…林道のある下流域は、一体どうなっているのか…。

荒れた涸れ沢を下降して行くが、もうピンクテープは何処にも見当たらない。
登山ルートは、完全に消失してしまった。
これは…なんだか、楽しくなってきたぞぉ。
こうなったら、アタマを「縦走モード」から「沢登りモード」に切り替える必要がある。
登山ルートに固執せずに、地形を見ながら下降して行くしか無い。
リセットする為に、ザックを一旦下ろして、補給休憩をし一服する。
ここからは、登山道を歩くような…ノホホンな気分では駄目だ。
地形を観察しながら、ルート・ファインディング(※注 以下…ルーファイと略す)で探り探り行かねばならない。

下降を再開して荒れた涸れ沢の中を進んで行くと、右手の樹林帯の中に踏み跡らしきものを見つけた。
なんとなく見覚えのある風景だ。
沢筋は左手に逸れているので、踏み跡を辿ってみる。
最近の新しい踏み跡は無いが、これが本ルートだろう。
広葉樹林帯の中の踏み跡は、段々ハッキリしてきて記憶の中のルートと合致し始めた。
暫く歩くと庭園風の場所に出た。
通称「鳴兎園」と呼ばれるガレ場だ。
勿論、この名前の由来の兎は「ナキウサギ」の事だ。
今は、ナキウサギ達は引っ越してしまいその姿は見えず、名前だけが残っている。
道端に建っている標柱は、初めて東大雪を歩いた年に設置され、標柱には…羆が自分のテリトリーに出現した見慣れぬ物体にマーキングした爪痕が残っている。

「鳴兎園」からのルートは、林間を抜ける作業道跡に切られており、踏み跡はシッカリ残っている。
踏み跡の縁には、濃緑の水苔がビッシリと生えており、巨木が立ち並ぶ神秘的な森は、静謐さに包まれており、素敵なルートだ。
だが、再びルートは生い茂った…背の低いチシマザサの藪の中に消えてしまっていた。
林道が通行止めになって、登山者が歩かなくなって6年経ち、登山道は急速に自然復元し始めているようだ。
ただ、良く良く見ると、作業道として造成された痕跡が、なんとなく判るので、藪を漕ぎながら、それを辿って行く。
確か、地形的には…この辺りに、嘗ての登山口があった筈だ。
前回、登山口に前泊した折、飲み水を汲みに沢筋に30m程降りた筈だ。
左手に見える沢筋から林間との距離を測っていると、唐突に視界が開け登山口が現れた。
そうだ。この場所だ。
しかし、そこには…前回泊まった駐車場広場はあるものの、雑草が生い茂っていた。
大きな大雪山系の案内板は残っているが、入山届を出すポストも、駐車場脇に建っていた監視小屋も無くなっていた。
駐車場から延びる林道にもイタドリや蕗、細い灌木が生い茂っている。
しかし、とりあえず…登山口には下山出来た。
確か、国道から林道を2時間程歩いた筈だから、昼頃には国道に出られるだろう。
一服してから、林道を歩き始めたが、500mも行かない内に、その目論見は容易く消え失せた。
目の前には、信じられないような光景が広がっていた。

次回、最終回へ…つづく。

【写真1】ぶよ沢のテン場を撤収
【写真2】十石峠で考え込む
【写真3】大崩れまでは、ちゃんとルートがあった