林道入口に到着したが、勿論というか、やっぱりというか、相方の車は…居なかった。
やはり、シンノスケ迂回林道側の「ユニ石狩登山口」に行ってるのだろう。
とりあえず、血糖値を上げて明晰な頭脳を取り戻そう。
林道に転がしたザックに腰掛け、行動食を頬張った。
タバコを立て続けに吸いながら、考える。
バス停のある「十勝三股」には、国道273号を「三国峠」を越えて行かねばならない。
「十勝三股」に行っても、温泉も無けりゃ、ビールも売っていない。カフェ一軒と民家が一軒あるだけだ。
それに、帰るべき「旭川」とは反対方向になってしまう。
「層雲峡」に行けば、温泉とビールはあるが、「十勝三股」よりは遠い気がする。
果たして陽のあるうちに到着出来るか微妙だ。
しかし、ヒッチハイクを試す価値はある。
前回、東大雪縦走を目論んでヒッチハイクした経験もあるし、行き止まりの「天人峡」とは違い、「旭川」から「帯広」や「北見」に抜ける主要国道ナノだ。遠距離ドライブに退屈したドライバーも居る筈だ。
よしっ。
とりあえず、「層雲峡」方面に向かって歩く事にしよう。
「層雲峡」に近づけば、電波も採れるし相方とも連絡がつくだろう。
でも、もしかしたら…「あ、メールを良く読んだら、ユニ石狩林道って書いてある。あの変態の事だから、崩落した林道を歩いて、三国橋の方に下山したのかも知れない」と相方が気付いて、この林道入口にやってくるかも知れない。
その時の為にメッセージをデポしておく事にした。
「層雲峡方面に向かって歩いてます。このメッセージを見たら、追い掛けて拾ってネ」と走り書きしたノートの切れ端を、小雨模様だったので、濡れないよう…ジップロックに入れて、目印にボッコ(木の棒)にオレンジ・テープ(普通のピンクテープと混同しないよう、マーキングにはオレンジを使ってる)を巻き付けて、ジップロックと一緒に林道入口の地面の上に国道から見えるように置いておいた。
さて、下界に下りたと言っても、ここは…大雪山系の山奥だ。
人間の居る場所までは、まだまだ遠い。
縦走の余韻に浸りながら…ブラブラ歩いていると、何かの工事中なのか、道端に…ゆるキャラみたいな愛嬌のある若い警備員のニイチャンが所在なげに一人立っていた。
久し振りに人間を見た気がする。
作業員達は昼飯休憩中なのか、付近には居らず…一人で退屈そうにしてるので、「層雲峡まで何kmぐらいあるかな?」と立ち止まって話し掛けた。
さぁ?と小首を傾げる彼の傍らには、通いに使ってるらしい彼の車があったので、「車で何分ぐらい?」と質問しなおすと、「25分ぐらいですかね?」と応えてくれた。
やっぱり、20km以上あるかぁ。
時速3kmとして、7時間。
完全に真っ暗になる。
こりゃあ、ヒッチハイクを真面目に頑張るしか無いな。
「ありがと」と礼を言い、「層雲峡」に向かって左車線の路肩を歩きながら、後方から車の音が聞こえたら、道路側の右手を真横に上げ、親指を立てた。
山奥の下り坂の一本道だから、車は100km/h近い速度を出してるので、早めに親指を立てる。
因みに、大型トラックや営業車は最近乗せてくれなくなったので、走行音がトラックだった場合はスルーする。
何台か通り過ぎたが、思っていたより車は通るので、可能性はあるかも知れない。
そうこう思っている内に、一台のラグジュアリー感たっぷりなワゴン車が追い越してから減速した(ラグジュアリーって、何?)。
ラッキー♪
止まってくれたら、こっちのもんだ。ネゴらせたら(※ネゴシエーション 交渉する事。TV番組ブギウギ専務内の隠語)ヒッチハイク百戦錬磨の腕がものを言うノダ。
「何処まで行きますか?層雲峡通ります?」
「札幌までだけど、乗せて欲しいのかい?」
恰幅の良いラグジュアリー感たっぷりのオジサンが、ウィンドウを開けながら尋ねてきた(だから、ラグジュアリーって、何?)。
「層雲峡まででイイんですけど、お願いできますか?」
「いいよ、じゃ後ろに乗って」
ラグジュアリー感たっぷりのワゴン車の後部スライドドアが自動で開いた。
暫く文明から遠ざかっていたから、自動で動くものを見ただけで未開部族のように驚いてしまった。
足元にザックを転がし、座席に座るが汗に濡れた背中を背もたれに付けないよう…気を遣い前傾姿勢になる。
ラグジュアリー感たっぷりなオジサンは、道東から帰札する途中らしい。
話好きらしく、色々と尋ねられる。
普段は面倒臭い世間話も、5日振りの人間との会話なので、嬉しくなって拙者もつい饒舌になる。
縦走の顛末を話しながら、自分なりに回想出来て、有難かったりする。
車は、30分も掛からずに「層雲峡」に到着した。
わざわざ「黒岳の湯」の裏まで着けてもらって、お礼を言ってオジサンと別れた。
とりあえず…風呂だ、ビールだ、ごくごくだっ!
一週間振りの風呂は、なまら…気持ちが良かった。
この気持ち良さは、味わった者にしか分からない…ので、詳細は秘密にする。
風呂上がりに休憩室やフロント辺りをウロウロして、缶ビールの自販機を探すが見当たらない。
フロントのオジサンに訊くと、一階のレストランから生ビールを出前してくれると言うではないか。
休憩室で生ビールを待ちながら、相方に電話すると…電波を求めて「糠平」に居るという。
やはり、シンノスケ迂回林道側の「ユニ石狩登山口」で待っていたそうだ。
途中で、メールの「ユニ石狩林道」の記述に気付いて行ったらしいが、どうやら…すれ違いだったらしい。
「一応、林道入口にメッセージをデポしといたんだけどなぁ」「あ、オレンジのテープは見たけど、通行止めの印かと思ったんだよぉ」
久し振りに会いたいからと、「層雲峡」まで来るという相方に、林道入口のデポ・メッセージを回収しとくように頼んだ。
「知らないヒトが見たら、名前書いてあるから、恥ずかしいから~」
「層雲峡」に到着した相方に、今回の縦走のアレコレを報告した。
「ウチに泊まっていけばイイのにぃ」という…お誘いを断って(明日から仕事やっちゅうねんっ)、すっかり暗くなった「層雲峡バスターミナル」から、「旭川」行きのバスに乗った。
今回、ほぼ10年越しの目標であった…(晴れた)東大雪縦走を、やっとこさ果たしたワケだが、三回目ともなると幾ら初めての晴天の稜線歩きと言えども、新鮮な驚きや感動は無かったのが正直なトコロだった。
北海道移住を果たし、大雪山縦走に通い始めて幾星霜(24年かな?)、大雪山のほぼ全てのルートを歩いてしまったワケだが(故意に歩いてないルートもある)、今回の東大雪縦走でひとまずの区切りがついたような感じがある。
何度も歩いたルートは、ほぼ記憶してしまうぐらいになり新鮮な驚きは無いし、慣れ過ぎてしまった感も否めない。
だが、自分が歩いた大雪山は…広大な山域のほんの僅かであるのも確かだ。
今迄、日記には…なかなか書けなかった寄り道散策(世の中には、融通の利かないウルサいヒトが居るからな)で、登山道から外れた場所を歩いていると、登山道を歩いてるだけでは絶対に判らない…大雪山の本当の姿を目の当たりにする。
例えば…拙者の大好きな「ヒサゴ沼」も、沼を周回する踏み跡があったりする。
沼の対岸に渡り、「ヒサゴ小屋」越しの「化雲岳」は、一幅の絵画のように美しい。
例えば…「日本庭園」も、ルートを外れて岩峰によじ登ると、全体の様子が良く見えるし、登山道からは見えない沼の存在に気が付く事もある。
例えば…「ロックガーデン」をルートから外れてガレ場の東端まで回り込むと、「ニペソツ」が良く見える絶景ポイントがある。
例えば…「三川台」から見下ろす…通称「ユートムラウシ花園」(ユートムラウシ川の源頭がある)には、今は使われなくなった、「二つ沼」と呼ばれる古いテン場がある。
そういう場所には、実は…薄い踏み跡が、かなりの確率で残っている場合が多い。
今ほど、環境保護に煩くなかった時代に、先人達が歩いた跡だったり、或いは鹿や羆の通り道だったりする。
沢登りをやるようになって、遡行した人間が源頭を詰めて、登山道に乗る場合の踏み跡も沢山ある事を知った。
登山道というのは、そもそも…人間が歩き易い場所に残った踏み跡が経年固定したものと、意図的な開削を行って人工的に作り上げたものに大別される。
歴史ある内地の山などは、杣道(そまみち=木こりの作った道)や、修験者が歩いた道や、山間部落の生活道路がその始まりな場合が多いが、北海道の場合は登山団体(地元山岳会)や自治体が開削したものが多いようだ。
我々登山者がアプローチに利用する林道の殆どは、造材伐採用に嘗て作られた作業道の跡だし、それらは…山奥の名も無い山々の隅々まで張り巡らされていて、驚く事が多い。
使われなくなった林道は、数十年から百年以上を経て草木が茂り自然復元したり、雨や雪で浸食され崩落し、パッと見には林道とは気付かない場合も多い(慣れてくると、造成跡が判るようになる)。
札幌近郊の山など、至る所に林道が張り巡らされていて、植林された二次林や、伐採後に放置され間伐材が茂った雑木林が殆どだ。
本当の原生林など、国立公園か演習林や、山岳稜線に上がらないと見られない程だ。
大雪山系だって例外では無い。
比較的早い時期に国立公園指定をされた為に表大雪は残っているが、東大雪などは…かなり奥深く伐採されている。
人間の営みが環境に及ぼす影響は、その目的が開発であれレクリエーションであれ、皆無になる事は有り得無いし、ある程度の規制や秩序が必要なのは間違いないだろう。
環境保護とレクリエーションとしての登山との兼ね合い、関係性についても、様々な意見があるし、一家言お持ちの方々も居られるだろう。
討論をふっかける積もりは毛頭無いが、しかし…と思う。
出来得れば…もっと自由に、いや…もう少しだけ自由に歩けないだろうか、と願って止まない。
山菜やキノコ採りなどで山に入る時、アプローチに林道や登山道を使うが、本格的な探索になると、藪を掻き分けつつ道も無い山中を徘徊する事になる。
獣たちと同じように。
勿論、歩ける場所は傾斜や藪の濃さなどで限られてるし、労力もハンパないのは確かだ。
しかし、その時の開放感と、相反する緊張感、自身の感覚が研ぎ澄まされて行く感じは、形容し難い自由さに満ち溢れている。
拙者が山に入る目的は、登山であれ、山菜採りであれ、キノコ採りであれ、雪山であれ、沢登りであれ、「自由になるため」に他ならない。
勿論、山だからと言って、無制限の自由があるワケでは無い。
むしろ、環境の厳しさから云えば制約だらけだし、放縦に振る舞えるワケでは無い。
但し、山の事を知り、経験値を上げ、技術やスキルを鍛えると、その自由度は増して行く。
山との距離感が縮まり、やがて…その一部になったような心地良い融合感を味わえるようになる。
その感覚を初めて感じたのが、北海道の山であり、大雪山であり、トムラウシだったのだ。
その日から、拙者の長い旅は始まったのかも知れない。
そして、思う。
今も、未だ、その長い長い旅の途上に自分は居る。
もっと自由に、もっと遠くに、彷徨うように、この山を歩いていたい。
そう強く願って止まない。
さて、一区切りついた大雪山縦走だが、やりたい事はまだまだある。歩きたい場所も、泊まりたい場所も、まだまだある。
未だ見ぬ、素敵な場所もあるだろう。
この旅は、まだまだ…終わりそうに無い。
おわり。
読了したいただいた皆様、或いは…わざわざコメントをいただいた皆様、深く感謝いたします。
本編は真面目な文体で書いた為、あとがきは少々…おちゃらけました。鋭いツッコミを戴けたら幸いです。
2017年11月25日 十勝にて。
もじょ。
【写真】は縦走よりベストショット三葉







