枝尾根末端の藪の薄そうな、立木の根元に取り付き根曲がり竹を掻き分けた。
その密度たるや…恐ろしくなるぐらいに濃く、オマケに雪に押し潰され竹の先端は斜面下部に向かっているから、顔面目掛けて襲いかかって来る。
下りなら根曲がり竹を踏み潰しながら進めるが、上りとなると一筋縄にはいかない。
20本ぐらいを束にして、まとめて掴んで膝で押し潰し乗り越える。
当然ながら、遅々として進まない。体力だけ消耗する。
時折、折れて尖った先端が露出した肌に刺さって悲鳴をあげる。
25mぐらい高度を上げて、流石にへばってきて、先頭を相方に交代して貰う。
小柄な相方は、根曲がり竹を潜り抜けて上手く前進するが、大柄な拙者は真似出来無い。
40m程高度を上げたので、そろそろトラバースに移る。
根曲がり竹を踏みつけながら、下り気味にトラバースして行く(真横のトラバースは不可能)。
時折、立ち止まって滝音に耳をすませて滝の位置を計る。藪に視界を閉ざされているので、音を頼りに上手く滝上部に抜けなければならないノダ。
やがて藪の隙間から、白濁した沢の流れが見え始めたので下降してみる。
滝の10mぐらい上流部に抜けられた。
いやはや、この高巻きに30分以上掛かってしまった。
とりあえず、休憩して気持ちをリセットする。
藪漕ぎ中は必死で分からなかったが、首筋や顔面の肌が露出した部分がヒリヒリ痛む。かなり、傷付けられたようだ。
モンベルあたりから、藪漕ぎ用のフルフェイスマスクが発売されないだろうか(買うヒトは少ないだろうナ)。
地図を見ると、この先…渓の傾斜は少しずつ緩くはなるようだ。
しかし、安心は出来無い。
また、滝が出てきて高巻きを繰り返すと、明るい内に下山出来無くなる。
ま、一般登山道に出れれば、アトは何とかなるだろうが、明るい内には渓を脱出したい。
遡行再開。
そろそろ、廃道になった旧道合流点が右岸に現れても良さそうだが、相変わらず渓相は両側に切り立ったスラブ壁があり、水量は多く、ヒトの痕跡は見当たらない。
嘗て、トムラウシ温泉コースは、 「カムイ天上」から「カムイサンケナイ川」沿いに一般登山道が付けられていた。
拙者が、30数年前に初めて「トムラウシ」に来た時は、そのルートを歩いた。
しかし、今から20年前ぐらいに、増水した沢に流されて一般登山者が亡くなって、すったもんだがあって、尾根伝いに新道が開削された。
廃道になって20余年、嘗ての登山道が自然復元するには十分過ぎる年月が経っている。
登山道があった筈の右岸には、何カ所も土砂崩れの跡があり、雨水路や相変わらずのスラブ壁ばかりで、登山道の痕跡は発見出来無い。
新しい地図には、旧道の記述が無いので拙者の古い記憶頼りだが、なんとなく…見覚えがある地形があるが、踏み跡やピンクテープの跡も無い。
時折現れるナメ滝を越え、釜をへつり、遡行を続ける。
青空が覗いていた空も雲が覆い尽くし、ガスが降りてきた。
上空に寒気が入っているようで、時々…小雨が落ちてくる(雷も鳴った)。
渓の湾曲部を曲がる度に、ドキドキする。
また、直登出来無い滝があったら、どうしよう。
へつれ無い釜や函(ゴルジュ)があったら、どうしよう。
いつもなら、ワクワクする湾曲部で先を見るのが怖い。
曲がった先に、白く飛沫を上げる物が見えようものなら、怖くて進みたくなくなる。
相方を振り返って、「ヤバいもんが見えたっ」と泣きそうな顔で伝える。
それが、小滝やナメ滝ならホッとする。
精神的に、かなり追い詰められてきてるのだろう。
暫くは、難所も無く進んで来たが、行く手に両側の壁が狭く立っている場所が見えた。
まだ、渓の中は見えないが…ヤバい何かがある。
あの狭まり方は、きっと…滝に違い無い。
近付くに連れ、両側に逃げ道の無いスラブ壁が迫ってきた。
ヤバいョ、ヤバいョ~(余裕あるだろ?)。
切り立った岩壁が狭まり、ほぼ垂直に見える。
きっと、直瀑だ。
精神的不安感から、足が前に進まない。
先頭に立っていた相方が、滝を見上げている。拙者は、滝を直視出来無い。
相方に追いついて、恐る恐る…滝を見上げる。
ガガーン!(昭和なリアクション)
やっぱり、直瀑だった。
高さは7~8mぐらいだろうか。両側の壁は垂直に切り立ち、巻き道は採れそうに無い。無意識に左右の壁を見渡し、高巻きルートを探るが、相方は滝を見上げている。
まさか、直登しようというのか?
ナメ滝じゃ無く、直瀑だよ?
高いョ?ぞわぞわするョ?
拙者も仕方無く、直瀑を観察すると…想像していた直瀑とは違う違和感を感じた。
なんか、水が…少ない?
その険しい見た目に反して、流れ落ちる水量は僅かだ。
足元を流れる水量とは明らかに差がある。
水流は飛沫もあげず、チョロチョロと流れ落ちている程度だ。
んん?何処かに伏流しているのだろうか?
水流の横には、柱状節理が風化したような階段状の足場が、絶える事無く上部に続いている。
アタマの中で素早くシュミレーションしてみる。
手掛かりも足場も揃っている。
足らない場所は無い。数は足りている。
岩も花崗岩のような…掴んだ突起が剥がれるような脆い岩盤では無く、堅い岩のようだ。
高ささえ無視すれば、攀じ登れそうだ。
近付いて更に観察する。
滝の下は、深そうな釜が冷たい蒼い澄んだ水を湛えていて、堕ちても怪我はしなさそうだ。
滝直下に取り付く為に、少しだけ泳ぐ必要はあるが…(やだな~)。
相方と顔を見合わせ、「いけそうだね?」と確認しあう。
逡巡している拙者を尻目に、相方がトップで取り付く(男前だっ)。
ホールドは豊富で安定してそうだ。
スルスルと、いとも簡単に直登してしまった。
うーん、なるべくなら…濡れたくないな~
この期に及んで濡れたがらず逡巡している拙者だが、相方は既に滝の上だ。拙者だけ高巻くワケにはいかない。
透明度が高い釜の水底に、足場になりそうな岩を見つけ大股に飛んでみる。
うぐぐぐ…。
首まで浸かった。
透明度が高過ぎて、深さが分からんノダ。
ゴルジュ帯のような凍える冷たさでは無いが、やっぱり…ちべたい。
滝直下の岩に這い上がって、直瀑を見上げる。
血糖値が下がって、集中力が落ちている。怪我しないよう、慎重に上がろう。
なんとか直登し、滝の上に出ると、渓相が一変した。
渓の幅は広がり、安山岩のガレが続き、涸れ沢の中には水流が見当たらない。
やはり、伏流しているのだ。
コマドリ沢の渡渉部には、ちゃんと流れがあったから、いずれ…復活するのだろう。
濡れなくて済む、というだけで…少し安心した。
シャリバテに似た疲れがあったので、補給休憩する。
時刻は15時になろうとしていた。
あと1時間で夏道に合流出来るだろうか。
遡行を再開すると、時折…岩陰にピンクテープの欠片を発見し始めた。河岸の藪の中には、薄い消えかけた踏み跡らしきものもある。
恐らく…旧道の痕跡だろうが、沢に降りる合流点は見当たらなかった。
幾つか怪しい雨水路や、土砂崩れ跡もあったが、30年前の記憶も曖昧過ぎた。
旧道取り付きが見つかったら、「カムイ天上」に逃げようと思っていたが、仕方無い…このまま…新道合流点に向かおう。
暫く進むと、伏流していた流れが戻ったので、濡れないよう巻ける場所は巻いて遡行する。
左右の尾根が段々低くなり始めた。距離的にも新道合流点が近い筈だ。
不意に、巻き道の藪の中にトラロープが現れた。
旧道の踏み跡に迷い込まないように付けられたロープだろう。
新道合流点だっ。
「その先の赤いのは何?」
「ヒトだよ~」
藪を抜けると…新道の尾根への取り付き部に、下山中のオジサン×1、オバサン×2が休憩中だった。
「はぁ…もう泳いだり高巻きしなくてイイんだよね~」と安心して、思っている事が言葉になってしまった。
あとは、一般登山道を短縮登山口に下山すれば良いだけだ。
もう…高巻きもしなくてイイ。ゴルジュ泳ぎもしなくてイイ。ルーファイに悩まなくてイイ。へつりにビビったり、滝に緊張しなくてもイイ。
刈り取りされ、固く踏まれた登山道を、何も考えずに…のほほんと歩けばイイだけだ。
時刻は、午後4時を回っていたが、なんとか…明るい内に下山出来そうだ。
「下りたら、温泉は…東大雪荘でイイよね?キレイ過ぎて面白く無いけど、今日はワイルドなオソウシ温泉より、キレイな温泉に入りたい」との相方の提案に、全面的に賛成した。
ワイルドさは、十分過ぎるぐらい堪能した。今は…人工的で、ヒトが沢山居て、混み合ってる温泉に入りたい。
タバコを二本立て続けに吸って、面白みも何も無い…新道の登り返しに取り付いた。
途端に大粒の雨が降り出した。
拙者は、寒かったので合羽を着ているが、相方は濡れっぱなしだ(男前だ)。
「カムイ天上」近辺の…トムラウシ名物の泥ぬた地獄には、朝方登山口で準備していたボランティアの皆さんによって、木道が敷かれていたが…こんな事を言うのもナンだが、「ビミョーに違うんだよな~」と言いたくなる場所に設置されている。
おかげで、底の凹凸の無い沢靴の拙者は、二度ほどスッコロンでしまった。
「百名山なのに、全然…整備されてないじゃないか!?」と激昴するオヤジも居るというから、整備したんだろうが、北海道の山を内地の山のように、過保護に整備するのは反対だ。
嫌なヒトは来なくてイイ。公園みたいな内地の山で遊んでなさい。
荒々しい剥き出しの自然こそが、北海道の山…大雪山らしさナノだ。
更に、面白い事に…現地で角材を釘を打って作り上げてるようで、釘打ちを失敗し折れ曲がった釘が何本もあった。
一本の角材に5本もの折れ曲がった釘が残ってるのには、笑った(練習してこいョ)。
午後6時、無事に下山。
虫が酷いので、東大雪荘に行ってから装具を解いた。
生憎、夕飯時で風呂には誰も居らず、貸し切り状態だった。
湯上がりに休憩室に行くと、珍しく早めに上がった相方がゴロゴロしていた。
「もう沢音を聞きたくないから、露天も入らなかったョ」というセリフには笑った。
「カムイサンケナイ川」は、大雪山らしいスケールの大きな渓だった。
普段…拙者が遊んでいる低山の沢とは、水の冷たさも藪漕ぎの厳しさも全く違う、荒々しさに満ちていた。
そして、沢登りの怖さやシビアさを、痛い程…身に染みて感じた。
しかし、それ故に…あのゴルジュの美しさや、澄んだ水のきらめきが、今も脳裏から離れない。
おわり。
【写真1】こ~ゆ~ナメ滝は楽しい
【写真2】直瀑を越えると涸れ沢だった(ガスってきた)
【写真3】遡行中、一番苦労したゴルジュ(首を横にしてご覧下さい)








