枝尾根末端の藪の薄そうな、立木の根元に取り付き根曲がり竹を掻き分けた。
その密度たるや…恐ろしくなるぐらいに濃く、オマケに雪に押し潰され竹の先端は斜面下部に向かっているから、顔面目掛けて襲いかかって来る。
下りなら根曲がり竹を踏み潰しながら進めるが、上りとなると一筋縄にはいかない。
20本ぐらいを束にして、まとめて掴んで膝で押し潰し乗り越える。
当然ながら、遅々として進まない。体力だけ消耗する。
時折、折れて尖った先端が露出した肌に刺さって悲鳴をあげる。
25mぐらい高度を上げて、流石にへばってきて、先頭を相方に交代して貰う。
小柄な相方は、根曲がり竹を潜り抜けて上手く前進するが、大柄な拙者は真似出来無い。
40m程高度を上げたので、そろそろトラバースに移る。
根曲がり竹を踏みつけながら、下り気味にトラバースして行く(真横のトラバースは不可能)。
時折、立ち止まって滝音に耳をすませて滝の位置を計る。藪に視界を閉ざされているので、音を頼りに上手く滝上部に抜けなければならないノダ。
やがて藪の隙間から、白濁した沢の流れが見え始めたので下降してみる。
滝の10mぐらい上流部に抜けられた。
いやはや、この高巻きに30分以上掛かってしまった。
とりあえず、休憩して気持ちをリセットする。
藪漕ぎ中は必死で分からなかったが、首筋や顔面の肌が露出した部分がヒリヒリ痛む。かなり、傷付けられたようだ。
モンベルあたりから、藪漕ぎ用のフルフェイスマスクが発売されないだろうか(買うヒトは少ないだろうナ)。

地図を見ると、この先…渓の傾斜は少しずつ緩くはなるようだ。
しかし、安心は出来無い。
また、滝が出てきて高巻きを繰り返すと、明るい内に下山出来無くなる。
ま、一般登山道に出れれば、アトは何とかなるだろうが、明るい内には渓を脱出したい。

遡行再開。
そろそろ、廃道になった旧道合流点が右岸に現れても良さそうだが、相変わらず渓相は両側に切り立ったスラブ壁があり、水量は多く、ヒトの痕跡は見当たらない。
嘗て、トムラウシ温泉コースは、 「カムイ天上」から「カムイサンケナイ川」沿いに一般登山道が付けられていた。
拙者が、30数年前に初めて「トムラウシ」に来た時は、そのルートを歩いた。
しかし、今から20年前ぐらいに、増水した沢に流されて一般登山者が亡くなって、すったもんだがあって、尾根伝いに新道が開削された。
廃道になって20余年、嘗ての登山道が自然復元するには十分過ぎる年月が経っている。
登山道があった筈の右岸には、何カ所も土砂崩れの跡があり、雨水路や相変わらずのスラブ壁ばかりで、登山道の痕跡は発見出来無い。
新しい地図には、旧道の記述が無いので拙者の古い記憶頼りだが、なんとなく…見覚えがある地形があるが、踏み跡やピンクテープの跡も無い。
時折現れるナメ滝を越え、釜をへつり、遡行を続ける。
青空が覗いていた空も雲が覆い尽くし、ガスが降りてきた。
上空に寒気が入っているようで、時々…小雨が落ちてくる(雷も鳴った)。
渓の湾曲部を曲がる度に、ドキドキする。
また、直登出来無い滝があったら、どうしよう。
へつれ無い釜や函(ゴルジュ)があったら、どうしよう。
いつもなら、ワクワクする湾曲部で先を見るのが怖い。
曲がった先に、白く飛沫を上げる物が見えようものなら、怖くて進みたくなくなる。
相方を振り返って、「ヤバいもんが見えたっ」と泣きそうな顔で伝える。
それが、小滝やナメ滝ならホッとする。
精神的に、かなり追い詰められてきてるのだろう。

暫くは、難所も無く進んで来たが、行く手に両側の壁が狭く立っている場所が見えた。
まだ、渓の中は見えないが…ヤバい何かがある。
あの狭まり方は、きっと…滝に違い無い。
近付くに連れ、両側に逃げ道の無いスラブ壁が迫ってきた。
ヤバいョ、ヤバいョ~(余裕あるだろ?)。
切り立った岩壁が狭まり、ほぼ垂直に見える。
きっと、直瀑だ。
精神的不安感から、足が前に進まない。
先頭に立っていた相方が、滝を見上げている。拙者は、滝を直視出来無い。
相方に追いついて、恐る恐る…滝を見上げる。

ガガーン!(昭和なリアクション)
やっぱり、直瀑だった。
高さは7~8mぐらいだろうか。両側の壁は垂直に切り立ち、巻き道は採れそうに無い。無意識に左右の壁を見渡し、高巻きルートを探るが、相方は滝を見上げている。
まさか、直登しようというのか?
ナメ滝じゃ無く、直瀑だよ?
高いョ?ぞわぞわするョ?
拙者も仕方無く、直瀑を観察すると…想像していた直瀑とは違う違和感を感じた。
なんか、水が…少ない?
その険しい見た目に反して、流れ落ちる水量は僅かだ。
足元を流れる水量とは明らかに差がある。
水流は飛沫もあげず、チョロチョロと流れ落ちている程度だ。
んん?何処かに伏流しているのだろうか?
水流の横には、柱状節理が風化したような階段状の足場が、絶える事無く上部に続いている。
アタマの中で素早くシュミレーションしてみる。
手掛かりも足場も揃っている。
足らない場所は無い。数は足りている。
岩も花崗岩のような…掴んだ突起が剥がれるような脆い岩盤では無く、堅い岩のようだ。
高ささえ無視すれば、攀じ登れそうだ。
近付いて更に観察する。
滝の下は、深そうな釜が冷たい蒼い澄んだ水を湛えていて、堕ちても怪我はしなさそうだ。
滝直下に取り付く為に、少しだけ泳ぐ必要はあるが…(やだな~)。
相方と顔を見合わせ、「いけそうだね?」と確認しあう。
逡巡している拙者を尻目に、相方がトップで取り付く(男前だっ)。
ホールドは豊富で安定してそうだ。
スルスルと、いとも簡単に直登してしまった。
うーん、なるべくなら…濡れたくないな~
この期に及んで濡れたがらず逡巡している拙者だが、相方は既に滝の上だ。拙者だけ高巻くワケにはいかない。
透明度が高い釜の水底に、足場になりそうな岩を見つけ大股に飛んでみる。
うぐぐぐ…。
首まで浸かった。
透明度が高過ぎて、深さが分からんノダ。
ゴルジュ帯のような凍える冷たさでは無いが、やっぱり…ちべたい。
滝直下の岩に這い上がって、直瀑を見上げる。
血糖値が下がって、集中力が落ちている。怪我しないよう、慎重に上がろう。

なんとか直登し、滝の上に出ると、渓相が一変した。
渓の幅は広がり、安山岩のガレが続き、涸れ沢の中には水流が見当たらない。
やはり、伏流しているのだ。
コマドリ沢の渡渉部には、ちゃんと流れがあったから、いずれ…復活するのだろう。
濡れなくて済む、というだけで…少し安心した。

シャリバテに似た疲れがあったので、補給休憩する。
時刻は15時になろうとしていた。
あと1時間で夏道に合流出来るだろうか。
遡行を再開すると、時折…岩陰にピンクテープの欠片を発見し始めた。河岸の藪の中には、薄い消えかけた踏み跡らしきものもある。
恐らく…旧道の痕跡だろうが、沢に降りる合流点は見当たらなかった。
幾つか怪しい雨水路や、土砂崩れ跡もあったが、30年前の記憶も曖昧過ぎた。
旧道取り付きが見つかったら、「カムイ天上」に逃げようと思っていたが、仕方無い…このまま…新道合流点に向かおう。

暫く進むと、伏流していた流れが戻ったので、濡れないよう巻ける場所は巻いて遡行する。
左右の尾根が段々低くなり始めた。距離的にも新道合流点が近い筈だ。
不意に、巻き道の藪の中にトラロープが現れた。
旧道の踏み跡に迷い込まないように付けられたロープだろう。
新道合流点だっ。
「その先の赤いのは何?」
「ヒトだよ~」
藪を抜けると…新道の尾根への取り付き部に、下山中のオジサン×1、オバサン×2が休憩中だった。
「はぁ…もう泳いだり高巻きしなくてイイんだよね~」と安心して、思っている事が言葉になってしまった。
あとは、一般登山道を短縮登山口に下山すれば良いだけだ。
もう…高巻きもしなくてイイ。ゴルジュ泳ぎもしなくてイイ。ルーファイに悩まなくてイイ。へつりにビビったり、滝に緊張しなくてもイイ。
刈り取りされ、固く踏まれた登山道を、何も考えずに…のほほんと歩けばイイだけだ。
時刻は、午後4時を回っていたが、なんとか…明るい内に下山出来そうだ。

「下りたら、温泉は…東大雪荘でイイよね?キレイ過ぎて面白く無いけど、今日はワイルドなオソウシ温泉より、キレイな温泉に入りたい」との相方の提案に、全面的に賛成した。
ワイルドさは、十分過ぎるぐらい堪能した。今は…人工的で、ヒトが沢山居て、混み合ってる温泉に入りたい。
タバコを二本立て続けに吸って、面白みも何も無い…新道の登り返しに取り付いた。
途端に大粒の雨が降り出した。
拙者は、寒かったので合羽を着ているが、相方は濡れっぱなしだ(男前だ)。

「カムイ天上」近辺の…トムラウシ名物の泥ぬた地獄には、朝方登山口で準備していたボランティアの皆さんによって、木道が敷かれていたが…こんな事を言うのもナンだが、「ビミョーに違うんだよな~」と言いたくなる場所に設置されている。
おかげで、底の凹凸の無い沢靴の拙者は、二度ほどスッコロンでしまった。
「百名山なのに、全然…整備されてないじゃないか!?」と激昴するオヤジも居るというから、整備したんだろうが、北海道の山を内地の山のように、過保護に整備するのは反対だ。
嫌なヒトは来なくてイイ。公園みたいな内地の山で遊んでなさい。
荒々しい剥き出しの自然こそが、北海道の山…大雪山らしさナノだ。

更に、面白い事に…現地で角材を釘を打って作り上げてるようで、釘打ちを失敗し折れ曲がった釘が何本もあった。
一本の角材に5本もの折れ曲がった釘が残ってるのには、笑った(練習してこいョ)。

午後6時、無事に下山。
虫が酷いので、東大雪荘に行ってから装具を解いた。
生憎、夕飯時で風呂には誰も居らず、貸し切り状態だった。
湯上がりに休憩室に行くと、珍しく早めに上がった相方がゴロゴロしていた。
「もう沢音を聞きたくないから、露天も入らなかったョ」というセリフには笑った。

「カムイサンケナイ川」は、大雪山らしいスケールの大きな渓だった。
普段…拙者が遊んでいる低山の沢とは、水の冷たさも藪漕ぎの厳しさも全く違う、荒々しさに満ちていた。
そして、沢登りの怖さやシビアさを、痛い程…身に染みて感じた。
しかし、それ故に…あのゴルジュの美しさや、澄んだ水のきらめきが、今も脳裏から離れない。

おわり。

【写真1】こ~ゆ~ナメ滝は楽しい
【写真2】直瀑を越えると涸れ沢だった(ガスってきた)
【写真3】遡行中、一番苦労したゴルジュ(首を横にしてご覧下さい)



いやはや、やっとこさ蝦夷梅雨も明けて、大通りビアガーデンも始まり、北海道にも本格的な夏がやって来ました。
夏と言えば…「沢登りでしょー」と、相変わらず沢に行く事と、ごくごくの事しか考えていない…頑なに登山道を歩かない登山道の「もじょ」でございまする。

さて、今回の月イチ恒例となった相方との十勝遠征旅の行き先は…「トムラウシ」である。
言わずもがな、日本百名山に名を連ね、残念ながら「トムラウシ大量遭難事故」で一般人にも名を知られる事になってしまったが、山を志す者ならば死ぬまでに一度は登りたいと願って止まない日本中の岳人の憧れ、大雪山連峰最南端に位置する秀峰である。
勿論、毎年…大雪山縦走をしている拙者は何度も登った事もあるし、今更ながら感も否めないが、今回は初めての…沢を使ってのアプローチである。
「カムイサンケナイ川」は、一般登山道を使って登った場合、「コマドリ沢」に取り付く前に渡渉する小さな流れの事であると説明すれば分かって貰えよう。
沢登りのガイドブック等に記述は見かけ無いマイナーな沢だが、比較的簡単な沢だという情報をネットから仕入れた。
下降は一般登山道を使えるし、拙者の大好物な小滝やゴルジュもあるらしい。
何より、愛してやまない「トムラウシ」に沢を利用して近付けるのだから、惹かれないワケが無い(頑なに山頂を踏まない登山家である故、勿論ピークに立つ事は考えていない)。

前日、帯広の「Jチャイナ」という中華バイキングで栄養を採った我々は、土曜日早朝…「トムラウシ短縮登山口」を目指し浜田省吾をBGMに北上する。
先月、同じ道を「ポン十勝川」を目指して走ったばかりだ。
午前8時、短縮登山口に到着。
予想はしていたが、沢山…登山者の車が停まっている(一般登山者だけど)。
駐車場で、大量の角材を背負子にくくりつけ準備中なのは、「トムラウシ」名物の「カムイ天上」近辺の泥ぬた地獄に木道を設置する為のボランティア集団だという。
小雨がパラついて、イマイチ…モチベーションが上がらぬ中、車中で入渓地点の相談をする。
一般登山道は尾根沿いにあるので、渓に入るには、結構な高度を下げなければならない。
勿論、道なんて無いから、根曲がり竹の藪を漕いで入渓するしか無い。
登山口から15分ぐらいの、「温泉コース」との分岐点あたりの沢形地形を使って降下出来無いか?と相談して、藪の中に突入する。
藪の薄そうな弱点を探りながら、雨水路を頼りに沢形を探すが、藪が濃過ぎてサッパリ分からないので、強引に下降して行く(やっぱり強引なんだな?)。
途中、伐採林道跡のような怪しげな幅員も発見したが、自然復元が進んで藪まみれで役に立たなかった。
沢音を頼りに地獄の藪漕ぎ20分で、沢を見下ろせる河成段丘の上に出た。河床まで10mぐらいだが、ロープを出すまでも無く草付きを利用して降りられそうだ。
渓相は…白い花崗岩と、赤茶けた鉄分を含む岩石がナメを作る、澄んだ水が印象的な渓だった。
初めての渓なので、分からないが若干…増水気味だろう。
藪漕ぎで汗だくになった顔を洗った水は、かなり冷たい。
時期的には、まだ上流の稜線や谷には雪渓が残り雪代が入っている時期ではある。
一服したアト、出発したが、二枚重ねのTシャツの懐に入れていた地形図が無い事に気付いて、休憩地点に戻ったが見当たらない。
恐らく…凶悪な藪漕ぎ途中に失ったのだろう。
ザックのウエストベルトで腰が締まっているから、大丈夫だと相方のアドバイスに従ったが、生憎…拙者は腹にメタボリックな出っ張りが無いので、隙間から落としたのだろう。
後続していた相方が気付きそうなもんだが、奴も余裕が無かったのだろう。
予備に持ってきた大雪山のカラー地図を頼るしか無いが、等高線が薄く起伏や傾斜が分かりにくい。
ま、間違えるような二股や枝沢は一ヶ所しか無いから、大丈夫だろう。
気を取り直して再出発。
左右にグニャグニャ蛇行しながら、所々の短いナメを通過する。曲折部の河岸は、至る所で削られたり崩れたりしている。
渓に人間の入った痕跡は無く、先行者も居ない模様だ。
1時間程遡行して、少し退屈し始めた頃、渓は左右にV字状に深く浸食された地形に変わり、その谷の向こうに小さな雪渓を散りばめた「ポントムラウシ」と思われるピークが見えた。
途中にある二股を右に行くと、あの麓に着くようだ。

左右に切り立った壁は、スラブ(一枚岩)状になっていて攀じる事は難しそうだ。
それは、この先に逃げ道が無いという事を示している。突破不可能な滝やゴルジュが出てきた場合、引き返すしか方法が無いという事だ。
次第に狭まり始めた渓の先に、ゴルジュと小滝が見えた。
退屈し始めていた拙者は、喜々としてゴルジュに近付いて突破ルートを探したが、ナナメった側壁に足場や手掛かりは見当たらず、小滝下に挟まったチョークストーンまで、深く澄んだゴルジュ(函)が満々と冷たそうな水を湛えているだけだった。
うむむむ…これは、初っ端から泳がねばならぬようだ。
ま、汗ばむぐらいに暑かったから、丁度良いタイミングだ。
手始めに拙者が、3m先のチョークストーンに向かって、ゴルジュにダイブした。

うぎぎぎぎ…
つ、つ、つべたいっ!!
氷水のように冷たい沢水からチョークストーンに必死に這い上がると、後続する相方に「メチャクチャ冷たいぞぉ」とジェスチャーで伝える。
下手をしたら、一桁の水温かも知れない。
夏場は、水風呂に良く浸かるし…ゴルジュ泳ぎが好きな拙者が驚くような、水温だ。
「めっちゃ、冷たいな…」と到着した相方に伝えると、奴も笑いながら同意した。
しかし、二人共に笑えたのは…この最初のゴルジュだけだったかも知れない。
チョークストーンを乗り越えた先には、更なるゴルジュ地帯が待ち受けていた。
事前に観察した地形図でも、ゴルジュ帯は予測出来たし、それが楽しみで、この渓を選んだのだが、この水温は予測していなかった。
今迄に体験した(大して経験してないが)どのゴルジュや釜の水より冷たかった。
相方は、ゴルジュ泳ぎを予測して、長袖のセパレート水着を着ているが、拙者は普通のドライ生地の長袖Tだ。
水から上がった直後から、体が小刻みに震えてきた。
ゴルジュ帯の中洲のような小石が溜まった場所で休憩していても、体の震えが止まらない。
相方は、特に寒がってもいない。やはり、女性とは体の脂肪量が違うのだ。特に相方は…いや、なんでも無い(汗。

次なるゴルジュは…と詳しく説明したいが、実は昨日の事なのに、良く覚えていないノダ(二度ぐらい泳いだんだっけ?)。
寒さにヤラレていたのもあるだろうが、ゴルジュ帯を通過した後には、更なる難関が次から次に現れて、さながら…沢登りの中華バイキング状態だったノダ。
つまり、余りにも色んな物を食べ過ぎて、結局…何を食べたか、良く覚えていない。という状態だったのだ。
その証拠に…9時間に及ぶ全行程に比べて、我々二人が撮った写真は極めて少なかったノダ。
次々に追加される…インスタ映えする料理が多すぎて、写真を取り忘れる状態だ。
正直言って、カメラを取り出す余裕も無かった。
次々に現れる難関、その度にルーファイを時間を掛けて検討し、取り付く場所を探し、偵察し検討し…と、見所にカメラを向けるココロの余裕が無かった。

「もう泳ぐのは、イヤだ」
最初のゴルジュ泳ぎで、拙者のココロは既に折れていた。
単独なら、潔く引き返していたかも知れない。
しかし、引き返すにしても、再び…あのゴルジュを泳がねばならぬ。それなら、頑張って遡行を続けて、一般登山道との合流点に向かったほうがマシだった。

連続したゴルジュ帯が途切れ、少し安心した我々の前に現れたのは、高さ5m程の釜持ちのナメ小滝だった(※釜=淵、滝壺。※ナメ滝=ナナメった岩盤上を水が落ちる滝)。
うむむむ…小滝の左右どちらも、直登出来そうだが、足場や手掛かりは殆ど見当たらない。沢靴のフリクション(摩擦抵抗)を生かして、ズリズリ上がるしか無い。
落ちても…下は満々と水を湛えた釜(死ぬほど冷たいが)だし、50度ぐらいの斜面をずり落ちるだけで、ヒドい怪我はしない筈だ。
沢登りを始めたシーズンに、メチャクチャ落ちた為に落ちる事自体にさほど…拙者は恐怖を感じ無いが、ブランクの長かった相方は、自信がなさげだった。
試しに、拙者がトップで取り付いてみる。
生まれたての子馬のように、砂岩の斜面をヨタヨタズリズリとずり上がって、3m上の小さなテラスにたどり着いた。
た、高いっ。
相方を見下ろすと、その現実に急に気付いて、ヘッピリ腰になってしまった。
後続の相方が取り付いたが、上手くフリクションを生かせないようで、なかなか…二歩目が出ない。
沢靴の底は、ゴムやフェルトの違いはあれ、フリクションを出せるよう…フラットになっている。
そのフラットな面全体にまんべんなく均一に力を加える事により、靴底の素材の摩擦抵抗を生かせる。
しかし、これが…なかなか難しい。
斜面に対して靴を横にして(がに股ね)、摩擦面積(接地面)を増やしてやらねばならない。
何度か挑戦するものの、半分ぐらい登っても結局ずり落ちてしまった相方は、自力での登攀を諦めてしまったようだ。
仕方ない、シュリンゲ(=スリング。輪っか状のテープ)を出してみるが、少し届かない。
「ロープ出すかい?」と叫ぶと、渋々ながら頷いた。
ザックからロープを出して、下に垂らしてやる。
「もじょは、大丈夫なの?」
ああ、そうか…こういう場合、確保する側が一緒に落ちないよう…セルフ・ビレイ(自己確保)を取らなければならないノダ。
ビレイ・ポイントを探して斜面を見上げると、2m程上にアンカー(支点)が取れそうな灌木を見つけた。
ロープをくわえて斜面を攀じるも、斜面に薄い土が乗っていてフリクションが取れない。
なんとか…ミヤマハンノキの幼木に掴まり体を持ち上げたが、ビレイ・ポイントまで届かない。
やっぱり、セルフが取れないと危ないよな。
手掛かり代わりにロープを掴む負荷は、なんとか保持出来るが、落ちたら引き込まれちゃうよな。
うーん、これは…此方側は無理だな。
上から、こうして観察すると…右岸側の傾斜が緩い気がする。
それに、アチラ側は砂岩では無く、手掛かりのありそうな岩だ。
ジェスチャーで、右岸側に移る事を説明して、滑り台の要領で滑って河床に戻った。
右岸側に来て近付いて観察すると、ちゃんと手掛かりも足場も取れそうじゃないか…。
うーん、最初から…此方を選ぶんだった。
さっきまで、ズリズリしていた相方もスルスル登ってしまった。
ふう。
次から次に色々なアトラクションが出てくるなぁ。
でも、もう…泳ぎたくない。
あの氷水に浸かるのは、二度とゴメンだ。


唯一のランドマークの二股を越えた先で、陽が差し始めやっと震えが止まった拙者の目の前に現れたのは、15mの直瀑だった。
手掛かりは多そうだが、3mにビビってる拙者に15mなんかやれる筈が無い。
左岸の壁は、切り立った岩壁。右岸は崩れた土斜面と、その上に凶悪そうな根曲がりの藪。
高巻くしか無いのかぁ。
先週の「湯の沢」で高巻いたばかりだからな~。
高巻きトラバースは、大嫌いだっ。
しかし、引き返して…氷水ゴルジュを泳ぐなんて、まっぴら御免だ。
相方と、巻き方を相談して…二股の間の尾根を利用して、根曲がり竹の藪に向かって高度を上げる事にした。


つづく。

【写真1】ゴルジュ帯の始まり。写真撮る余裕はあった。
【写真2】ここは、左側が正解だった。
【写真3】出たっ!15m直瀑。何処から巻く?



いやはや、沢登りシーズンが開幕したものの、蝦夷梅雨降雨続きで、渓が増水して、なかなか入渓出来ず、仕方なく…ごくごくしてばかりの「頑なに登山道を歩かない登山家」のもじょでござりまする。

しか~し!
増水如きで臆していてどーするっ。少しばかり、水嵩が増えただけじゃないかっ。そこは、気合いで何とかするのが、旧軍以来の伝統だ。
という事で、増水覚悟で「空沼岳」は「湯の沢」に出陣する事にした。
なに、ヤバい場所は巻け(迂回)ば良いだけのハナシだ。

季節運行の「空沼岳登山口行き」の中央バスの始発に乗り、登山口へ。
「湯の沢林道」から入渓地点の枝沢合流部を目指すが、林道には新しい踏み跡は見当たらないので、今日はまだ誰も入渓していない模様だ。
こないだ、手稲山のガレ場天幕泊の帰路、大挙して「発寒川」に入渓するジジイ達を見ていたから、ある程度は覚悟していたのだが、昨日も雨が降ったし、入渓を諦めたのかも知れない(シメシメ♪)。
「発寒川」に比べると、確かに…滝場は多いし、巻き道も不明瞭だし、距離も長いが、下降に登山道も使えるし、昼には「万計沼」でごくごく出来る…お手軽で面白い渓ナノだ。

いつもの入渓地点に到着して、とりあえず…増水具合を確認する。
確かに、いつもより僅かに増水しているが、決して遡行出来無い水量では無い。
幾つかある小滝も、大半はナメ滝だし、巻き道もある。
但し、核心部の急峻な谷に挟まれたゴルジュ状の難所だけが、唯一の心配だった。
ま、行けば…なんとかなるだろう。

午前8時半、入渓。
気温は12℃。曇天。
雪代は入っていない季節だが、沢水は結構な冷たさだ。
下界は、ほぼ無風だが、渓の中は1m/s程の下降流が常に吹いていた。
遡行して20分程で、最初のナメ地帯。
沢の屈折点から、何段もの小滝とナメが連続する。
試しに、小滝を直登してシャワークライミングしてみる。
しぶきを浴びてみると、確かに…冷たい。
しかし、水圧は思った程では無い。
これなら、核心部も突破可能だろう。

連続ナメ地帯を過ぎると、渓相は平凡な沢に戻る。
右岸には、渓に沿って延びる林道跡の造成が見えている。
途中には、大規模な土砂崩れ跡や倒木地帯の悪場はあるが、これは…一昨年の三連発台風の被害では無く、それ以前の「空沼岳登山口」の林道を崩落させた…7年前(平成23年)秋の大雨の影響だ。
倒木地帯で、タモギタケとウスヒラタケを収穫する。
蕗の補食痕が沢山あったが、羆か鹿かは分からない。葉の下の柔らかい部分だけを選んで食べているので、羆かも知れない。

ちょうど1時間程遡行すると、二股があり休憩場所にちょうど良い広い日当たり良好な河原がある。
補給をして、一服する。
行程的には、此処で約半分だが、これから渓は傾斜を増し、谷が狭まって小滝が連続する。
休憩後、地形図に無い枝沢が左右から滝状に落ちてきて、気になるが、攀じるには余りにも傾斜が急だ。
谷が狭まって、ギャップが連続する。
そろそろ、核心部が近付いてきたようだ。
右手への屈折点から、ナメと小滝が連続して現れる。
久し振りのシャワークライミングに、ニタニタが止まらない。
左手への屈折点の3mの小滝を越えると、狭まった谷の奥にゴルジュと5mの直瀑が見えた。ピリリと精神の奥の方が緊張するのが分かる。
うむむむ…
け、結構…迫力あるスプラッシュじゃないか?
左右から張り出し懸崖が、V字状に狭まって、50cmぐらいの岩溝のような隙間から、激しく水しぶきを吹き出している。
見た目は、かなりの難所だが、白濁した水しぶきの中には、ちゃんと足場がある。
渇水期なら、難なく通過出来る場所だが、今日のスプラッシュは今迄に見たものより、かなり迫力がある。
意を決して、突入する。
昨年来た時から、スプラッシュの中に一本の倒木が挟まっていて、これを足場に左足をスプラッシュの中の足場に伸ばす。
むぎぎぎ…スゴい水圧だっ。
足場は確保したが、右手を引っ掛けるホールドが見当たらない。
いや、ホールドはあるのだが、上半身に受ける水圧に負けて、そこまで手が伸びないノダ。
つ、つ、つべたいっ。
ここは一旦仕切り直しだっ。

ハァハァハァハァハァ…
もう少しなんだけどなぁ。
こうなりゃ、ちょっと作戦を変えてみるか…
狭まった岩壁に両足を突っ張って、スプラッシュを避けられないだろうか?
慎重にスプラッシュに近付いて、倒木を足掛かりに左右の壁に両足を突っ張る。
す、滑る…
ダメだ。突っ張るにも岩壁の間隔が広く力を入れられ無い。

再度、仕切り直し。
うむむむ…どうにか、あのスプラッシュを越えられないだろうか?
アタマの中に幾つものパターンをシュミレーションしてみるが、どうしてもホールドの数が足らない。
人工登攀なら、岩壁に一枚ハーケンでも打って、それを手掛かりに出来るのだろうが、生憎…ハーケンもハンマーも持って無い。
忍者の鉤縄のように…ロープに石をくくりつけて、スプラッシュの向こうに投げて、引っ掛ける事は出来無いだろうか?
或いは、スプラッシュを避けて巻くルートは採れないものか?
しかし、左右の壁は傾斜もキツく、ホールドや足場になるような出っ張りが殆ど見当たらない。
これが、パーティー遡行なら、助けを借りて一人が無理やり突破して、後続にロープを出す事も可能だろうが、単独だと…それも出来無い。
力任せの無茶な挑戦をして、落ちて怪我でもしたら大変だ。

かれこれ、15分近くも此処に居る。
スプラッシュを浴びて濡れた体に、瀑風が当たって震えるぐらい寒い。
仕方ない。
ここは、諦めて…高巻いてみようか。
見上げた岩壁は、左右共30m近くせり上がっていて、草付きはあるものの、アソコをトラバースするのは、流石におっかない。
ならば、その上の根曲がり竹が生えているアタリまで登って、根曲がり竹に掴まりながら、トラバースするしか無いだろう。
そうなれば、20m程下流の左岸のルンゼ(岩溝)を利用して、高巻くしか無いだろう。
残念だが、ここは…安全第一に迂回するしか無い。

20m程下流に戻って、左岸のルンゼを見上げて観察する。
細かい砂礫に埋もれてはいるが、笹も生えてるし、手掛かりはありそうだ。
ルーファイの技術とは、その選択したルートが安全かどうかを、見極める能力に他ならない。
こればっかりは、経験が全てだと言わねばならない。
「安全に歩けるか」は、安全で無い場所を歩いて、やらかした経験が判断力をつけるノダ。

足場を確かめながら、ルンゼに取り付く。
雨に流されて落ちてきた角礫がバラまかれているが、その下にはスラブ状のシッカリした岩盤がある。
10m程上がると、左手の草付きに今シーズン付いたと思われる薄い踏み跡があった。
同じように、ゴルジュ突破を諦めた誰かが高巻いた痕跡だろう。
しかし、草付きのトラバースは、かなり危うく見えた。
手掛かりになるのは、浅くしか根を張っていない草だし、岩盤の上に堆積した土も薄いだろう。
ビレイ(確保)してくれる誰かが居れば、行ってもイイが、単独行には危険過ぎる。
見上げた斜面には、もう少し上がると根曲がり竹の生えた部分があった。
シッカリ根を張る根曲がり竹ならば、手掛かりには申し分ない。
ルンゼを更に高度を上げる。
根曲がり竹の藪に到着して、足場を確保して、渓を見下ろした。
ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…
た、た、高いっ。
40m近く高度を上げたせいで、ゴルジュ帯が真下に見える。
これは、このままの高度でトラバースして、ゴルジュの先にある5mの直瀑の上に出たほうが安全だろう。
一応、下降用のロープや下降器も持っているが、20mの短いロープなので、1ピッチでは谷底まで届かない。
根曲がり竹を束ねて掴んで、慎重にトラバースして行く。
時折ある、灌木のねじ曲がった幹に足場を確保して、ルートを見極める。

結局、5分で抜けられるゴルジュの迂回に30分以上費やしてしまった。
時刻は正午を過ぎていた。
ゴルジュの先にある、15mの直瀑にたどり着いて休憩する。
もうここから難しい場所は無い。30分程で林道に出る。
緊張が弛んで、どっと疲れてしまった。
「万計沼」へは、林道を20分程歩くから、昼飯は1時を過ぎてしまうな。
直瀑の巻き道は、右岸の土砂崩れ跡だ。30m程高度を上げて、右手の藪に残る薄い踏み跡を辿る。
曇天だった空には、所々青空が覗き始めて気温は一気に20℃近くに上昇した。
林道に到着すると、上昇した気温に活発になった藪蚊の大歓迎を受ける。
「万計沼」に到着すると誰も居らず、山荘のテラスのベンチで装具を解いて、ごくごくした。

帰りのバスの時間を計算して、沼で1時間程ノンビリしてから、超スローペースで下山する(暑いから)。
登山口の河原でクールダウンして、林道をバス停に向かってダラダラ歩いていたら、突然…左手の笹藪を凄まじい勢いで掻き分ける音がした。
笹藪の中に黒い大きな毛の固まりが見えた。
羆だっ。
警戒心を解いて、ノホホンと歩いていたから、ビックリして思わず3m程飛び退いてしまった。
羆は、笹藪を掻き分け沢に向かって走って逃げてしまった。
距離的には20m程しか離れておらず、もし…あの勢いで向かって来られたら、どうしようも無かったろう。
かなり大型のオスの成獣だった。
しかし、拙者の3分程前にバス停に向かう40歳ぐらいの男性が歩いていた筈だが、奴は気配を消して潜んでいたのだろうか。
何故、拙者を見て…突然逃げたのだろうか?
恐らく、音も立てず気配もさせず歩いていた拙者に気付いて、ビックリして逃げ出したのだろう。
先行していた男性は、熊鈴を鳴らしていたから、早めに気付いて気配を消して潜んでいられたが、何の音も立てずに突然現れた…ワイルド感溢れるデカい拙者にビビったのかも知れないな(むふ♪)。

しかし、なかなか立派な個体だった。背中に金毛が見えなかったから、まだ若い個体かも知れない。
羆に何度も遭遇した経験があるが、警戒心の強いオスに遭うのは珍しい。
彼の大きな黒い後ろ姿を思い出しながら、ニコニコしながら帰路に就いた。

おわり。

【写真1】増水小滝へシャワークライミング
【写真2】問題のゴルジュ。一番狭いトコが大変ナノだ。
【写真3】高巻き中、ゴルジュを見下ろす(ひぇぇぇ高いっ)