いやはや、この「手稲山麓バリエーション探索」シリーズも10回目を迎えたが、まだまだ…知らない面白い場所があるもんだと、ゴクゴクしながら唸っておる…「頑なにラッセル泥棒をしない登山家」のもじょでございまする。
手稲山麓探索の過去に歩いたルートは、地形図上に赤いボールペンで線を引いており、かなり…残されたルートは少ないのだが、今回は…その中の空白地帯でもある「永峰沢」源頭部を探索してみようと思い立った次第である。
一昨年、下降に「永峰沢」源頭部を使った事はあったが、詳しくは観察しなかったルートでもあり、「源頭マニア」な血が騒ぎ始めたノダ。
積雪期の沢遡行は、これ以上気温があがると雪崩れる心配もあるので、今週しか機会は無さそうだ。
2週間前にイグルーを作った…発寒川左岸の小高い山腹にある宅地造成地が取り付きポイントだ。
此処から樹林帯に入り、「永峰沢」を目指す。
樹林帯に入って暫く進むと、一週間ぐらい前のトレースを見つけた。
新雪が被っていて、山スキーかスノーシューか分からないが、「永峰沢」に続いている。
こっそりトレースを拝借して、なだらかな林道跡がある右岸に渡る渡渉部に向かう。
すると、件のトレースの主も渡渉部へ向かっているようだった。
渡渉部には、細かくジグを切って登り返した跡があり、トレースの主がスノーシューである事が判明した。山スキーでは、こんな細かいジグは切れない。
スノーブリッジを渡って右岸に渡ると、トレースは林道跡のある河成段丘には乗らずに、「永峰沢」沿いに続いていた。
うむ?このトレースの主も「永峰沢」探索が目的なのだろうか?
目的が同じなら、敢えて…ルートを外す事も無いだろう。
ラッセル泥棒をしない主義だが、新雪のおかげでトレースに乗っても脛近くまで埋もれてしまうので、ラッセル泥棒にはならないだろう、と勝手に解釈する事にした。
トレースを辿りながら、「永峰沢」上流に向かう。
トレースの主は、その痕跡から推察するに…かなり几帳面な性格のようだった。
拙者なら、ショートカットして直登してしまうような場所も、律儀に教科書通りにジグを切っているし、地形の最低部を選んで辿っている。
「アニマル・トラッキング」という野生動物の足跡を追跡する雪山遊びがあるが、拙者も…このトレースの主の足跡を追跡したくなってきてしまった。
足跡から、その主である動物を推察するように、このトレースの主の性格やキャリアや考え方を推理するというのも、面白いかも知れない。
沢筋に沿って続いているトレースは、沢の湾曲部にあるスノーブリッジを渡って再び左岸に渡渉した。
「永峰尾根」へ向かうならば、右岸の枝尾根に取り付く筈なので、トレース主の目的地は「永峰尾根」では無さそうだ。
暫くすると、トレースは「永峰沢」を外れ河成段丘の上を「ネオパラ」方面に向かっていた。
この先には、拙者が初めてイグルーを建てて泊まった「イグルー・ポイント」がある。
この辺りは、伐採後に放置され自然復元した雑木林が主体だが、所々にトドマツやカラマツの二次林も見受けられる。
低層は笹の植生なので、夏場は近付く事すら叶わない。
「永峰沢」を遡行した記録も殆ど無いが、幾つかの小滝も存在するというハナシだ。
帰宅後調べると、「永峰沢」から「ネオパラ」(俗称ネオパラダイス=手稲山第二峰)に積雪期にアプローチした幾つかの記録もあったが、このトレース主も「ネオパラ」を目指したものと思われる。
「ネオパラ」へのアプローチは、西区西野の浄水場から取り付き、長大で広く緩やかな「ネオパラ尾根」を使うのが一般的で、山スキーには最適な疎林が広がっている。
もし「ネオパラ」に向かうなら、幾つかのルートが考えられるが、「ネオパラ尾根」の南側は「手稲山」ではお馴染みの「崖垂」と呼ばれる崩落崖が立ちふさがっていて、尾根から派生する枝尾根は数が少なく、どれも急峻だ。
そうこうしてる内に、トレースは懐かしい「イグルー・ポイント」横を通り過ぎ、少しずつ傾斜を増し始め、源頭近くにある枝尾根に向かっていた。
高度を上げた事で積雪量が増し、どんどんトレースが判別しにくくなってきた。ルーファイしてるようで面白い。
曇天からは絶え間なく小雪が舞い続けていて、風も出始め、気温も下がりだした。
遠くからは、テイネハイランド・スキー場のラウドスピーカーからのアナウンスが聞こえ始めてきたが、どうやら…何かの競技をやっているらしい。
確か…現在「イランカラプテ(アイヌ語の挨拶) くしろさっぽろ国体」が開催中な筈で、関連する何かのアルペン競技をしているのかも知れない。
枝尾根に取り付いたトコロで、補給休憩にする。
時刻は正午を過ぎている。
歩き始めて1時間半経っていたが、トレースを拝借したおかげで、まだ…足は残っている。
地形図で確認すると、この枝尾根の上部はかなりな傾斜が予想され、「ネオパラ尾根」に乗るには、かなりの労力と時間を費やしそうだった。
しかし、此処まで来たからには、このトレース主の成果を見届けないワケにはいかない。
休憩後、灌木が増し始めて歩きにくくなってきた枝尾根を、トレースを探しながら登坂して行くが、所々に登坂用にジグを切ったトレースの横に、下山に使ったと思われるショートカットのトレースが現れ始めた。
トレース主は、下山にも同じルートを使ったのだろうか…。
もし車で来ていたら、同じルートを戻るのも致し方ないが、下山するなら「ネオパラ尾根」を下ったほうが、時間も労力も節約出来る筈だ。
自分なら、そうする。
枝尾根の肩に乗る急斜面をトレースをなぞっていたが、増えた積雪のせいで不明瞭になって、何度かトレースを見失った。
…ので、独自のルート取りで大きくジグを切り上がったトコロで、目の前に30m程の…ほぼ「崖」と形容したくなる斜面が現れた。
地形図には崖表記は載っていないが、恐らく…「ネオパラ尾根」を流れた平坦面溶岩の枝分かれした末端が固まった部分だろう。
崖にこびりつくように樹木が生えてはいるが、ギャップが多く雪が付いていない場所も見られ、尾根上を攀じる事は、経験上…不可能に思えた。
崖の両側は、切り立ってはいるが、左側の斜面ならジグを切って斜行を繰り返せば、なんとかなるかも知れない。
しかし、再び発見したトレースは、灌木の多い右側の斜面に続いていた。
どう考えても、弱点は左側斜面しか無い。
灌木を手掛かりに、捕まりながら攀じったのだろうか…。
倒木と思われる雪の塊を回り込んだところで、唐突にトレースが消えていた。
そこで、同じルートを下った…トレースの、その理由が判明した。
この30mの崖を見て、諦めて引き返したのだ。
単独フルラッセルで消耗していたのもあるだろう。
長い「永峰沢」を此処まで詰めたとしたら、3時間は掛かっただろう。
先週は、「阿部山」ですら尾根上は脛ラッセルだったのだ。尾根上から吹き飛ばされた雪が溜まり易い谷の中なら、それ以上の膝ラッセルだったとしてもおかしく無い。
一週間経った今でも、トレースが残っている事を考えれば、その苦労も容易く想像出来るというものだ。
恐らく、拙者でも引き返したかも知れない。
几帳面なトレース主の性格を思えば、リスクを鑑みて此処で引き返した選択も納得出来る。
しかし、拙者はトレースのおかげで、体力も時間も節約出来た。
ここは、トレース主の果たせなかった最後の詰めをやるべきではないか…。
頭の中で最後の詰めに要する時間と、下山に要する時間と、日没時間を計算した。
「ネオパラ尾根」末端まで行けば、その先は何度も歩いた場所だ。地形は半ば記憶している。
暗くなっても市街地が近いから、その灯りを目印に下山出来るだろう。
よし、やろう。
崖を左側斜面に回り込み、慎重にルートを考えながら、何度もジグを切り攀じって行く。
短くしたストックで確保しながら、膝でステップを作りつつ、乗れば崩れる脆い雪を漕いで固めて、体を持ち上げる。
息が上がり、乳酸が溜まり始めた。
20分程掛かって崖の上に上がると、見上げた雪面の上に鈍色の空が見えた。
最後の20mを詰めるのに、更に10分を費やした。
尾根に上がると、一気に見晴らしが開け、広い尾根に疎らに立つ、枯れた古い蝦夷松と巨大な岳樺に迎えられた。
なだらかな広尾根の向こうの立木の隙間から、人工的な建造物の影が見えた。
近付いてみると…今は使われていないリフト乗り場だった。
看板には「第三ペアリフト」の文字がある。
地形図を見ると、「ネオパラ」山頂に向かっているリフトのようだった。
丁度、Co690の等高線のあたりに居るようだ。
現在地同定が出来たから、これで一安心だ。
相変わらず雪雲が空全体を覆っており、眺望は無かった。
とりあえず、腹が減った。飯にしよう。
時計を見ると、14時を過ぎていた。流石に、「ネオパラ」に登る余裕は無かった。
西風が2~3mあり、時折…5m/sの風も吹いていたので、スノーブロックを積んで壁を作り風除けにした。
雪も降り続いていたが、シートで屋根を葺く余裕は無いので、省略した。
テルモスに入れてきた…お湯でうどんを茹で、レトルトカレーを二袋ぶっかけ暫く煮込む。
温まった「なんちゃってカレーうどん」に、ガラムマサラを足して、一気にすすりこむ。
さて、下降は…やはり「ネオパラ尾根」を下るのが妥当だろう。
なだらかな「ネオパラ尾根」では尻ボは使えないが、尾根末端には急斜面があった筈だ。
下りとは云え、ノントレースのフルラッセルが必要だ。
ま、2時間もあれば西野の市街地に辿り着ける筈だ。
夕方5時には下山出来るだろう。
日も長くなった事だし、暗くなる前には…なんとかなりそうだ。
広い「ネオパラ尾根」の南側に寄って下山を始めた。
時折、崖垂に近付いて「永峰沢」を覗き込んでみる。
尻ボですら太刀打ち出来無い急斜面が落ち込んでいて、高度感がハンパない。
「永峰沢」から「ネオパラ尾根」に乗るには、あのルートが一択だったようだ。
トレース主は今シーズン中に、再び…このルートのリベンジを果たすだろうか。
雪が締まった春先ならば、今回程の苦労は無さそうだ。
「手稲山」をバリエーションで楽しむ同好の士として、是非ともリベンジして貰いたいものだ。
今日一日、同じルートを歩いた事によって、まだ見ぬトレース主に親近感すら覚え始めている自分に気付いた。
「手稲山」をアイヌの人々は、「タンネウエンシリ」(長い悪場のある山)と呼んだそうだ。
長大な「永峰尾根」と、そこに連なる崖垂の事を指しているのだろう。
でも、この山は細かく歩いてみると、そんなに悪場ばかりじゃ無い事に気付く筈だ。
面白い場所も沢山ある。
そうじゃなきゃ、何度も何度も拙者が通うワケ無いもんな。
傾き始めた冬陽を背負いながら、ココロの片隅に不思議なあたたかさを感じつつ下山を再開した。
おわり。
【写真1】制作後2週間を経たイグルー(かなり天井が落ちてる)
【写真2】ネオパラ尾根直下の30mの崖(登れんのか?)
【写真3】ネオパラ尾根にあったリフト乗り場








