●第3日目

今日も島の朝は早い。
つか、昨日にも増してカラスがやたら騒がしい。
相方に尋ねると、昨日採集したキノコを、近くのバーベキューコーナーにイタズラされないよう網でガードして置いてあるという。
そりゃあ、見知らぬ袋を発見したら大騒ぎになるわさ。
仲間を呼び寄せ、わーわー騒いで、朝からパーティー状態だ。
島のカラスは、人間がちょっとでも隙を見せると容赦なく、荷物であれ食糧であれ、荒らしに来る。
拙者も以前、豚丼用のロース肉300gを丸ごと…かっぱらわれた事があった。
昨日の朝も、撤収作業を済ませた単独の登山女子のオネイサンが、ザックを置いてトイレに向かった隙を見計らって、ザックの雨蓋のジッパーを開いて中身をついばみ始めたノダ。
それを見た相方が飛んで行って、カラスは退散したが、相方はオネイサンがトイレから戻るまでザックの番をし続けていた。
その…オネイサン情報に因れば、テントを破かれて中の食糧を荒らされた人も居たという。
それを聞いた我々は、テントの中央にザックや食糧を集めて置いて、更に…昨年、大雪山「クランナイ源頭泊」の折にキタキツネ対策にやった、「ラヂオを点けっぱなし作戦」で欺瞞工作を施してから、キャンプ場を出発したノダ。

さてさて、今日も南寄りの風が強く「利尻岳」山頂はガスの中だ。
テントでゴロゴロしたそうな相方だったが、太陽光を浴びたテントは温室状態で、「寝てらんない」と訴える。
芝生敷きの広々としたサイトには、殆ど木陰というものが無い。
そもそも、お盆を過ぎた「利尻島」で夏日になる事自体が異常ナノだ。
秋口の利尻礼文という事で、拙者のザックには、ダウンもフリースも入っているが、一度も袖を通していない。
炊事場近くの木陰のあるサイトに居た…外国人の自転車カップルが撤収作業をしているのを発見した相方は、しきりに「引っ越し」を提案してくる。
「え~、だって、アソコ…炊事場の隣りだし、トイレに行く人通りもあるし、あづましくないもん」
それなら…と、隣りのサイトの木陰を見つけてきて、生命保険の営業オバサンのような口調で、更に引っ越し勧誘を続ける。
余りの勧誘のしつこさに根負けした拙者は、渋々ながら癌保険…じゃなかった、引っ越しを承諾し、荷物をまとめ、テントを移動して、新居に移った。
これで涼しくなって、ゴロゴロ出来ると喜んだ相方だが、生憎…太陽は雲に隠れてしまい、引っ越した効果は無くなってしまった。
日差しが無くなったので、外にマットを出してゴロゴロし始めた拙者だが、相方は意地になってテントから出てこない。
「外は、涼しいョ~」

今日は休養日にしようと決めた我々は、やっと午後になって散歩と買い出しに出掛ける事にした。
「利尻富士温泉」の隣にある高山植物園(無料&花は終わってる)をひやかし、運動公園を通って「鴛泊」の街をぶらリサーチする。
「せっかく島に居るのだから、海鮮を食べたい」という拙者のリクエストで、町外れにある「ホーマック ニコット」へ。
道民にはお馴染みのホーマックに、食料品売り場もあるという情報を昨日、キャンプ場の管理人さんに教えてもらったノダ。
しかし、夏日の暑さにヤラレ、途中にあるセイコマでアイスを買って休憩する。
「ニコット」に到着して店内を物色したが、お目当ての海鮮にはありつけず、明日の「利尻岳」アタックに向けての行動食だけ買って、港にある漁協の「くみあいストア」に向かう。
途中、漁港に寄り道したが、「ぞわぞわする」と言って相方は縁っぺりに近付こうとしない。
ふざけて押そうとしたら、真剣に怒られた。

漁協の「くみあいストア」にも、新鮮な海の幸は見当たらなかった。
全て冷凍物で、カチンコチンに凍っている。
港に上がった魚は、直ぐに保冷処理されて北海道本土へ運ばれるか、冷凍保存される。
島の人は、島で上がった魚は食べないのかな?という相方の問い掛けに…
「ま、狭い島だからね。知り合いに漁師の一人や二人は居るから、みんな貰うんだよ。」と島事情を解説する。
あとは、島の旅館やホテルや居酒屋に卸されて、一般の商店には並ばない。
従って、キャンプ旅人は…お馴染みのレトルトやインスタント食品に依存せざるを得ないノダ。
しかし、礼文島は少し事情が違う。
これは、追って解説したいと思う。

海鮮にありつけなかった我々は、仕方なく…「うまい棒」の「利尻昆布味」と「うに味」を購入した。
ふと、飲み物コーナーを見やると、そこに「ミルピス」を発見して、店の前の公園で飲む。
皆さん、この…「利尻島」のローカル飲料を御存知だろうか?
むしろ、道民は知らない人が殆どでは無いだろうか。
観光客向けのガイドブックの端っこに載っていたりする事はあるが、それ故に道民は「ミルピス」を知らない人が多い。
この…「カルピス」のパッチモンみたいなネーミングから解るように、牛乳(ミルク)を主成分とした乳酸菌飲料だと思えば間違いない。
懐かしい牛乳瓶に入った「ミルピス」は、少量生産の為に、流行りのタピオカドリンク並みの値段がする。
味は…貧乏な家のカルピス(昔、濃縮液を水で割って作ってた)ぐらい薄い、という他に比喩しようが無い感じだ。
余りミルク感は感じない。

キャンプ場への帰り道、「利尻神社」へ参拝する。
無人の社殿の引き戸を開けて、拝殿で二礼二拍手一礼。
御守りが無造作に並べられていて、代金は賽銭箱に入れるようになっているらしい。
なんなら…タダで持ち去っても分からないシステムだが、流石に…そんな罰当たりな人は居ないようだ。
キャンプ場に戻って、今日も温泉へ。
湯上がりに休憩室で、持ち込んだ竜田揚げやうまい棒を肴にビールで乾杯する。
キャンプ場に帰って、管理棟の隣りの売店で買った「焼きうに」と「シュウマイ揚げ」を肴に酒盛りの続き。
昼間も来ていた近所の野良猫が遊びに来て、おつまみの「イカ天」をあげると、ムシャムシャ食べていた。
相変わらず南風が強く、時折…突風のような強風が吹き付けている。
その刹那、一陣の突風…というか、空気の塊みたいな風が「利尻岳」から吹き降りてきた。
拙者は、とっさにテントのポールが折れないよう押さえた。
ふと相方を見ると、自分のビールと、自分の「焼きうに」を押さえていた。
人間の本性というのは、咄嗟の時に出るものだ。
拙者が共同装備でもある大事なテントを守ろうとしたのに対して、相方は…自分のビールと焼きうにだけを守ろうとした。
嗚呼、利尻岳におわす神よ、願わくば、どうか…この薄情な相方に神罰を与えたまえ。

●第4日目

夜明け前に起き出した我々は、「利尻岳」アタックの為に午前5時にキャンプ場を出発した。
舗装道路を40分程歩いて、登山口のある「北麓野営場」に辿り着くと、立派な管理棟や真新しいキャビンが建ち、少し陰鬱な印象だったキャンプ場がすっかり様変わりしていて驚いた。
管理棟のポストに「登山計画書」(良く登山口に見かける入林届では無い)を記入し投函する。
用紙には、下山届も付随していて下山後に投函するようだ。
日本百名山でもある「利尻岳」には、全国の百名山ハンターや登山ツアー客だけで無く、ちょいとハイキング気分の観光客が登ってくる事がある。
そんな観光客が遭難騒ぎを度々起こす事があったらしい。

「利尻岳」は、上り6時間下り4時間、獲得標高差1700mという…かなり、ハードな山だ。
カテゴリー的には、中~上級に属する山でもある。
ちょいとハイキング気分で簡単に登れるような山では無い。
海に起つ単独峰であるが故に、ガスも発生し易く、遮るものも無く一年中強風が吹き付ける。
長い長い樹林帯の尾根歩き。
上部は火山礫の堆積した急傾斜のルートが待ち受け、登山道脇は現在も絶賛崩落中の断崖があり、幾人もの滑落事故者を出してきた。
普段山に通ってる者ですら、ある程度の覚悟を持って登るような山に、普段山を歩いたりしていない人間が挑むには、過酷過ぎる山ナノだ。

「甘露泉」で飲み水を汲んで、取り付く。
良く整備された登山道は、この山の人気の高さを伺わせるに充分過ぎる。
浮き石も無く、藪被りな場所も殆ど無い。
なだらかな登山道を、緩やかに高度を上げて行く。
今日は、キノコ禁止令が相方から出たので、真面目に歩くしかないが、一昨日からキノコアイ・センサーは稼働しっぱなしだ。視線だけは、登山道脇の藪に注がれる。
島に羆は生息していないと分かっていても、体が勝手に羆センサーのスイッチを入れてしまい、自然と辺りの気配を探ってしまう。
三合目で早くも一回目の小休止。
八合目の「長官山」までは、「利尻岳」の御尊顔を拝する事は出来無い。
暫くは、退屈極まりない樹林帯歩きが続く。
以前は、ルート上に岳樺の枝が張り出して(ダケカンバ・チョップだな)、何度も頭をぶつけたが、邪魔な枝は全て切り払われ、大層歩き易くはあるが、一般ルートの退屈さに変わりは無い。
五合目を過ぎた辺りで、やっと尾根に乗り少し展望が開ける。
海の青が眩しい。
吹き下ろす風が心地良いが、相変わらずの南風なので、ガスは出そうだ。
やっとこさ、八合目の「長官山」に到着すると、山頂には次々と湧き上がった雲(ガス)がかかり、躍動感が半端無い。
これはこれで見応えはあるが、山頂に行っても展望は期待出来無いかも知れない。
高度的には八合目まで上がってきたが、この先の二合分を詰めるのに、此処までと同じぐらいの時間が掛かるノダ。

ルートは避難小屋のある平坦な尾根筋を通り、一旦コルに下ろされる。
この辺りで次々と下山者とすれ違い始めた。
この時間に下りて来るという事は、皆さん…まだ暗い午前3時頃には登り始めているのだろう。
拙者が初夏に登っていた時は、ツアー登山者とかち合わないように午前3時頃に取り付き、昼過ぎには下山する作戦をとったが、花の終わった…この時期、ツアー登山客も居ないだろうからと、遅い出発にしたノダ。

九合目のテラスに到着すると、本格的にガスに巻かれ始めてしまったが、時折…抜ける時もあり、山頂に到着するタイミングで晴れてくれれば良いのだが。
さてさて、此処までは…言わば、イントロみたいなもので、これからが「利尻岳」の正念場、急勾配のザレ場の難所が始まるノダ。
意気込んで難所に差し掛かった我々の前に、信じられない光景が広がった。

つづく。

【写真1】高度を上げると、眼下に鴛泊の町と海が見下ろせた。
【写真2】長官山からの山頂。南風が山体にぶつかり、モクモクと雲が湧く。
【写真3】避難小屋前の素敵な源頭地形(やっぱり、源頭萌えなんだな?)。


●第2日目

島の朝は早い。
先ずは、出漁する漁船のエンジン音が響き渡り、次いでネグラの森から出てきたカラスの騒がしい訪問で目を覚まされる。
夏至を過ぎて3ヶ月も経つが、この時期でも…4時半には白々と山端が明るくなりだす。
早出発ちの旅人が撤収支度をし始める頃、我々はのんびりとコーヒーを沸かし、アルファ米を戻し、朝飯を喰らう。
キャンプ場からは、「利尻岳」山頂部が遠望出来るが、今朝は頭にガスを被っていて、その姿は見えなかった。
日程には余裕がある。なるべくなら、コンディションの良い日を選んでアタックしたい。
…という事で、今日は何をしよう?
ま、島に居ようと札幌に居ようと、やる事は決まっている。
キノコ散策だ。
地形図を観察すると、島の大部分の植生は…蝦夷松を主体とする、白樺やナラ等の広葉樹との混交林ようだ。
麓に近い一部にだけ、トウヒ等の二次林がある。
恐らく…島の開発に必要な分だけが伐採され、島外へ持ち出される事は輸送コストを鑑みて殆ど無かったと思われる。
つまり、北海道の失われた原風景が島には残っているのだ。

キャンプ場をあとに、「利尻岳登山口」に向かう道路を進む。
すると、「利尻富士温泉」の隣のカルチャーセンター施設の庭の芝生の上に大量の巨大なキノコを発見し、駆け寄ってみると…「テングダケ」(毒)だった。
しかし、我々は落胆しない。
「テングダケ」があるという事は、つまり…同時期に出るイグチ系やタマゴダケ等の夏のキノコも期待出来るという事だ。
暫く進むと、左手に登山口を示す看板が現れた。
地形図には描かれていないルートだが、看板に因れば…「ポン山」への散策路に合流するようだ。
舗装道路の両側は、根曲がり竹の凶悪な藪になっていて、キノコは期待出来無いので、その登山道を歩き始める。
幾つか最近の踏み跡もあり、人は入っているようだ。
拙者が「キノコアイ」と呼ぶ、探索用のセンサーのスイッチを入れ、ゆっくり歩きながら左右の地表を観察する。
暫く進むと、チラホラと藪の間にキノコを発見し始めた。
時折、ルートを外れて探索に入るが、大物は無い。
その時、相方が「タマゴダケ」を発見した。
おぉ…。
ケバケバしい赤い色は、一見すると…毒キノコにしか見えないが、食べたら実に美味いキノコなのだ。
本来、レア(希少)な筈の「タマゴダケ」だが、今年は何処の山でも発見出来る。
週末毎に良く雨も降ったから、今年はキノコの当たり年なのかも知れない。

ルートは緩やかに高度を上げながら続いていたが、ルートを外れる踏み跡は殆ど見当たらない。
島には、羆どころか、狐も蝦夷鹿も居ないので、踏み跡は全て人間が付けたものだ。
島のヒトは、キノコ狩りをしないのだろうか。
この植生ならば、山菜やキノコもかなり期待出来ると思うのだが…

それにしても、酷い暑さだ。
9月の利尻礼文ならば、最高気温は20℃に届くかどうか…が普通ナノだが、今日は朝の時点で既に25℃を超えていると思われる。
普段なら、山なんか見向きもせずに沢に向かう気温だ。
風の抜けない樹林帯を、ノンビリ進む。
1時間程歩いたトコロで、「利尻岳」へ向かうルートに合流した。
この下に、日本百名水に選ばれた「甘露泉」がある。
見ると、観光客が行列を作っている。
「利尻岳登山口」から、この…「甘露泉」までは整備された遊歩道が続いているので、観光客もが水を汲みに来るのだ。
行列が無くなるのを待って、プラティパス1本分の水を汲んだ。
さて、このまま…キャンプ場へ引き返してもイイのだが、まだまだ午前中だし、キノコの収穫も期待出来る事だし、「ポン山」を経由して、「姫沼」までハイキングコースを行ってみようか。

ルートに復帰して直ぐに、「ポン山」へ向かう分岐に差し掛かった。
「ポン山」は海底火山「利尻岳」が噴火した後に陸地化し、出来た小噴火口跡だろうと思われる。
標高は444m程で、かなり風化浸食され、のっぺりとした山容をしている。
もしかしたら、噴火せずに…マグマが地下隆起しただけかも知れない。

「ポン山」に取り付いて、相方の足元にイグチ系のキノコを発見して声を掛けたが、相方は反応しない。
「それ、イグチでしょー」と近づくと…、ただの石ころだった。
「いやいや、丸いし…イグチに見えたんだもん」と言い訳をしたが、相方に馬鹿にされ、それからも道端の石ころを見つけては、「あ、イグチだよ!」と馬鹿にされ続けた。
チキショー、覚えてろョ。

かなりな密度の根曲がり竹の刈り分け道を登って行くと、「姫沼」との分岐で、ガイドに引率されたジャージ姿の中学生の一団とスライドした。修学旅行か何かだろうか。
根曲がり竹の藪を過ぎると、植生がハンノキとダケカンバに変化した。
低層部も藪では無く、枯れ葉の堆積面で、キノコが出る雰囲気が抜群だ。
ルート脇にイグチ系のキノコが沢山出ていたが、キノコ図鑑を見ても同定出来無かった。
うーん、何なのだろう。
ヤマイグチの仲間だとは、思うのだが…
去年、ドクヤマドリに当たってから、不用意にイグチ系を採れなくなってしまったノダ。

更に進むと、突然…ハイマツが出現し、見晴らしの良い山頂に到着した。
ドドーンと「利尻岳」の勇姿が視界一杯に広がった。
しかし、「利尻岳」から吹き下ろした風が15m/s程吹いていて、座って一服も出来無い。
仕方なく見晴らしの無い、風の当たらないハイマツ帯に戻って、休憩する。

「ポン山」を下り始めると、分岐があり看板に「小ポン山」と書かれている。
「そもそも、アイヌ語のポンは…小さいって意味だからね。この場合は、ポンポン山って事になるから」とクレームをつけたら、相方は「行ってみたい」と言う。
マジで?
「地形図見ても、一旦コル(鞍部)に下ろされて、結構な登り返しがあるよ。」
「でも、今行っておかないと、もう二度と登る事は無いでしょ?」
まぁ、確かに…そう言われれば、そうかも知れんが。
渋々、「ポンポン山」へのルートを進む。
踏み跡はハッキリしているが、藪が被り気味で、見るからに登山者が少なさそうだ。
ちょっと雰囲気のあるコルから登り返して、山頂と思われる場所に着いたが、朽ちたベンチだけが残り、見晴らしは全く無かった。
なんか釈然としないまま、同じルートを分岐に戻る。
「姫沼」へのルートを進むと、初めて見る珍しいキノコが次から次に現れる。
図鑑片手に立ち止まってばかりで全然進まない。
濃い紫色の見た事の無いイグチや、一抱えもありそうなぐいデカい「ニンギョウタケ」(ダンボールかじってるみたいで食えなかった)、超ビッグサイズの「タマゴダケ」もあり、キノコを入れた紙袋が一杯になるぐらいの収穫を得た。
「姫沼」へのルートは、幾つかの涸れ沢を乗越して、ハイキングコースと呼ぶには、かなり…ハードな行程だった。
ヘロヘロになりながら「姫沼」に到着すると、観光バスで乗り付けたらしいツアー観光客で賑わっていてビックリした。
冷たいジュースが飲みたかったが、沼畔には…コジャレた風景写真を売る売店があるだけで、自販機の一つも無く、仕方なく…「甘露水」と梨を剥いて喉の渇きを癒やした。

さて、ここからキャンプ場に戻るのも一苦労だ。上手い具合にバスがあれば良いのだが…
そんな我々の期待も虚しく、次の「鴛泊」行きのバスまで2時間もあった。
仕方ない、歩くかぁ。
既に6時間近く山を歩いた後の舗装道路歩きは辛いが、今夜のキノコパーティーと、ごくごくをモチベーションに「鴛泊」に向かって歩き出した。
「利尻島」は島を一周する道路が走っているが、御多分に漏れず島も車社会ナノで、公共交通を利用する人は少ない(歩く人は更に少ない)。
歩き出して暫くすると、海沿いの防波堤の脇に川砂利を敷き詰めた場所があった。
「そこは、昆布を干すハマだから、歩いちゃダメだよ」
相方は、海で何かしらの収穫を得たくてウズウズしてるようだ。
流石の「利尻島」でも、その辺りにウニや昆布は落ちてはいない(密漁だし…な)。
30分程歩くと、道端の小さな商店の前に自販機を見つけた。
冷たい飲み物を買って、辺りを見回すと…道路の反対側にバス停があり、ベンチが置かれていた。
その脇には、小さな犬小屋がありシェットランド・シープドッグが繋がれていた。
都会じゃ部屋で飼われる室内犬も、島じゃ外に繋がれてんだな。
人慣れしてるようで、尻尾を盛大に振って歓迎してくれたので、相手をしてあげる。
ワンコと遊んでると、商店のオバサンが顔を出し「犬、大丈夫ですか?アレだったら、中に入れますけど?」と気を遣ってくれたが、生憎…二人共、ワンコは大好きだ。
6時間山を歩いて汗だくになって、塩を吹いた我々の腕が美味しいらしく、腕をベロベロ舐められてしまった。

1時間程歩いて「鴛泊」に戻り、港にある「鴛泊漁協くみあいストア」に寄ったが、閉店間近だった為、狙っていた海の幸にはありつけなかった。
仕方なく街の小さな商店でホタテを買った。
昨晩は到着した時は暗くて分からなかったが、街のメインストリートが拡張されて綺麗になっていた。
メインストリート沿いに建つ家も、真新しく立派だ。
そこに暮らす人々にとっては、新しい暖かい近代建築の家は当然なのだろうが、画一的な家並みは島の情緒を感じられない、と思うのは…恐らく、通過者に過ぎない旅人の我が儘なのだろう。
新しくなったフェリーターミナルや、整備された街並みに落胆してしまうロマンチシズムは、中高年の回顧趣味とは自覚しているが、なんだか…つまらない時代になってしまったな、と思わずにはいられなかった。

暮れなずむ街並みを眺めながら、キャンプ場に戻った。
明日は、利尻岳にかかっていたガスは晴れてくれるだろうか。

つづく。

【写真1】ポン山山頂から見上げる利尻岳(爆風)。
【写真2】巨大なタマゴダケを手に入れ、ほくそ笑む男。



●ブロローグ

初めて、その島に行ったのは…もう20年以上昔だったろうか。
今はもう無くなった夜行列車に揺られ、早朝…最果ての駅に降り立ち、島へ向かうフェリーに乗り込んだ。
海にそそり立つ…その単独峰を初めて船から目の当たりにした時の衝撃は忘れられない。
水平線から緩やかに伸び上がった尾根は、高度を増す毎に垂直に近付き、やがて…その鋭峰を鈍色の虚空に突き上げていた。
アイヌ語の【海にある山】という名前を持つ、その山は初めて訪れた日と変わらぬ姿でそこにあった。
潮風を浴びながら、暮れはじめた山の姿を少し懐かしい気持ちで眺めながら隣を見ると、初めて訪れた…あの日の自分と同じように、少し高揚した不安そうな目で島影を眺める彼女の姿が其処にあった。
船が入港を知らせる汽笛を二度鳴らした時、僕たちの短い島旅が始まったのだった。


●島旅1日目

週間天気予報を見ながら、出発の前々日まで行き先が決まらなかった。
本来なら、恒例になった「大雪山縦走」に向かう筈だったが、一日毎にコロコロ変わる天気予報に気持ちは揺れ、迷い、唸ったり、うなだれたり、ごくごくしたりで、なかなか行き先が決まらなかった。
天気以上に不安の種だったのは、一週間も前の歩荷訓練の筋肉痛が未だに抜けていない事だった。
たかだか、1000m級の山泊如きに筋肉痛になっていて、あの…厳しい「大雪山縦走」が出来るのだろうか?
それもこれも、毎週土曜日毎の降雨のせいで、マトモな山行や遡行(沢登り)に行けず、2ヶ月間で4回しか歩けていない事への体力不足の懸念だった。
折しも、時間がとれた相方が、今年は同行するという。
自分一人ならば、少々無理をしたりも出来るが、パーティーを組むとなれば単独行のような無茶は出来無い。
計画したコースは、比較的オーソドックスなものだったが、ディープ大雪山に入るアプローチ(天人峡ルート)が問題だった。
今シーズンは小屋の補修で「ヒサゴ沼避難小屋」(テン場も)が使えないというから、初日からビバークとなる。
稜線に上がらないと飲み水は採れないので、2日分の飲料水を担ぎ上げなければならない。
ザック重量は35kgを超えるだろうし、春先のイグルー泊以来デカザックも担いでいない。
意気込んで出掛けた歩荷訓練でも筋肉痛にヤラレまくり、未だに「イテテテ…」などと言っている。
こんな事じゃ、到底…「大雪山」なんか歩けるワケが無い。
稜線じゃ紅葉は始まっているらしいが、それは…最低気温が氷点下に近い事を示しているという事だ。
いつ初雪が降ってもおかしく無いという事だ。
準冬季装備も必要だろう。
週間天気は雨マークが並び、モチベーションは上がらぬまま、食糧の買い出しを始めなければならなくなった。

そんな時、ふと…思い出した。
暫く行っていない、利尻礼文への島旅の事を。
最後に島を訪れてから何年経ったのだろう。
そういえば、相方も利尻に登りたいと言っていたっけ。
島は、ちょうど…観光のハイシーズンを終え、落ち着いている頃だ。
登山道に連なっていた高山植物目当てのツアー登山客も消え、夏よりは比較的…天候も安定している筈。

そんな紆余曲折があって、出発2日前になって、利尻&礼文への島旅を決めた我々は、稚内行きの長距離バスに乗り込んだ。
出発間際に色々な忘れ物に気付いて、発車時刻1分前にギリギリ間に合うというハプニングはあったが、無事に札幌を出発したバスは道央道から深川留萌道を経て、オロロンラインから稚内へ到着した。
乗車時間6時間の長旅は、なかなか…ヤラレるものはあったが、利尻行き最終便のフェリー出発前に稚内駅前のスーパー「あいざわ」に食糧の買い出しに向かう。
フェリー最終便は、日没後に「鴛泊」(おしどまり)に到着する為に、キャンプ場に直行する我々は稚内で食材を調達する作戦ナノだ。
こういう…何気ない機転は、島旅を経験した者にしか利かない。
レジ袋一杯の食材を抱えて、フェリーターミナルに戻ると、最終便待ちの乗船客でターミナル待合室はごった返していた。
驚いている相方に「夏場は、この三倍ぐらいの乗船客がいるからね~」と解説する。
馬鹿デッカいキャリーバッグをゴロゴロ引きずったツアー観光客等が行列を作る様を見ながら、「行列好きな馬鹿な民族だ」と馬鹿にする。
ハイシーズンとは違い、客席には十分余裕があるというのに、何故…そんなに目の色を変えて行列に並ぶノダ?
乗船時間になり、進み始めた行列を見ながら…我々は、相変わらず椅子に腰掛けている。
行列が消えかけた頃を見計らって、乗船口に向かう。
昔は、岸壁からタラップでフェリーに乗り込んでいたが、今は…飛行機のように、フェリーに直結する搭乗橋で結ばれている。
これでは、島に上陸する一歩目が分からんではないかっ。
利便性を追求する事は、旅情を放逐する事に他ならない。
つまり、逆説的には…旅情を感じたければ、便利な飛行機では無く、フェリーを選ぶ事だ。
フェリーに乗ってこそ、島への「上陸」を体感出来るノダ。
相方を後部甲板デッキにいざなって、離岸作業を見物する。
3000tクラス以上の船の離岸着岸作業は一見の価値がある。
50mもの巨大な船体を岸壁に繋留するのは、順序とバランスの職人技ナノだ。
相方に、もやいを緩めて、巻き取る一連の離岸作業を解説するが、残念な事に相方には…この面白さは伝わらなかったようだ。

船は、実に呆気なく、岸壁を離れ防波堤を迂回し、航跡を曳きながら外洋へ漕ぎ出した。
予報に因れば、今日の海上の波は2m。
3000tクラスの船なら、かなり…揺れる波高だ。
初めての船旅になる相方は、船酔いにおっかなびっくりだ。
面白いので、揺れるとガブる船首の二等和室に連れて行った。
昔は良く帰省に「小樽~敦賀」を結ぶ新日本海フェリーを利用していた拙者は、船旅には慣れている。
正月帰省に乗った…冬の日本海では、7mクラスの高波を経験してるし、内臓が口から出そうな船酔いも体験している。

やがて、船窓から薄暮に浮き上がる島影が見え始めた。
期待した夕陽は、雲に遮られて見られなかったが、その代わりに島の上に月齢6の月が浮かんだ。
入港を知らせる汽笛が二度鳴り、船は「鴛泊港」に着岸した。
ターミナルには、泊まり客を迎える宿の人々と、ツアー客でごった返していた。
人混みをすり抜け、すっかり夜の帳(とばり)に包まれた「鴛泊」の街へ向かう。
今日は、このままキャンプ場に直行して、温泉に入って、ごくごくして寝るだけだ。
記憶を辿りながら、「ゆーにキャンプ場」へ向かう。
利尻登山の基地とするなら、登山口近くにある「北麓野営場」が便利だが、市街地や温泉から遠く不便なので、10年程前に出来た「ゆーにキャンプ場」をBCにする。
漁師が「やませ」と呼ぶ東風が強く吹いている。
「利尻神社」の横を過ぎ、「利尻富士温泉」の向かいにあるキャンプ場に。
キャンプ場は、オフシーズンには珍しく高校生のグループが居たり、ライダーやチャリダーの旅人のテントが10張り以上あった。
相方に、風が当たらないサイト探しをまかせ、受付に向かう。
管理棟の隣に小さな売店が出ていて、冷たい生ビールやつまみが買えるようだ。
こういう利便性は、大歓迎だ。
受付を済ませ、近くにテントが無い若い桜の木陰に設営する。
やませが吹いているので、アンカーと張り綱をシッカリ張り、早速…利尻富士温泉に向かう。
少しぬるめの露天風呂に浸かっていると、観光客らしき博多弁の男性が地元の漁師の爺様達と歓談中だった。
「いやあ、北海道は何を食べても美味いですね。自分はジンギスカンの匂いがですね、苦手だったんですが、こっちに来たら美味いのにビックリしました」
(北海道の羊肉は、大体…ニュージーランドからの輸入だけど…な)←心の中のツッコミ

「明日の天気は、どうですかね?先輩」
「あぁ…良くなるんじゃねぇかな」
「それは、やっぱり…漁師の勘ですか?」
「いや、さっき…スマホの天気予報見たんだぁ」
流石の拙者も、この受け答えには吹き出してしまった。
21世紀の令和時代に、空模様で天気を見る漁師は居ない。
漁船には何百万円もする最新鋭の魚探やGPSや積まれていて、LINEで漁場の情報交換をしているノダ。
離島だからと、旅人は過度を期待をしがちだが、「利尻島」は「礼文島」とは違って、観光に頼らず、漁業を生業として自立している島なのだ。
漁師は、最先端の機械を扱えなければ、成り立たない職業ナノだ。

風呂上がりに、キンキンに冷えたクラシックで乾杯し、キャンプ場に戻って、稚内で仕入れてきたホルモンを肴にごくごくしながら、島旅の第1日目は暮れて行くのであった。

つづく。

【写真1】後部甲板デッキで黄昏る女一人…船酔いにビビってる。
【写真2】夕景に島が近付いてきた
【写真3】月をバックに島影が…ブレブレ