『暗闇五段』というマンガ | 上条武術研究所

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・自宅ジムを開放(不定期)
・武術系、介護系の同人誌制作

柔道漫画玄人のコーナー!

というわけで、新しい柔道漫画を手に入れたので、紹介します。
『暗闇五段』

最初に、私が柔道漫画を好む理由を説明しときます。

劇話内に描かれる荒唐無稽な必殺技やテクニックの中に、実際の柔道やレスリングに使える技のヒントが隠されているのではないか?
これが理由です。

なので、柔道漫画玄人を自称してますが、近代武術史や技術論に高い興味を持っているだけで、漫画史や漫画自体について、あまり詳しくありません。

ただ、この暗闇五段を説明するには、漫画史のほうをメインに説明したいと思っています。
この作品はそちら側に焦点をあてて、説明するべき柔道漫画である!

柔道漫画玄人ならぬ、漫画自体素人ながら、なんとか解説をしてみましょう。


という前置きをおきまして…作者の名前を見てください。

寺田ヒロオ。


そう、あの『マンガ道』に登場するトキワ荘の住人、テラさんである。

テラさんという人物は、「漫画とは児童書」と考えており、『ゴルゴ13』のさいとうたかおや梶原一騎らが牽引した劇画ブームについていけず、漫画界から身を退いたとされています。


先ほども書きましたが、私は漫画史についてはあまり詳しくありません。
寺田ヒロオなる漫画家については、ザックリと上に書いた内容の人というくらいの認識しかなく、寺田ヒロオ先生の作品を読んだことはありませんでした。

なので、この『暗闇五段』も児童書の類いの漫画だと思って読み始めました。
ちなみに昭和44年の作品です。

確かに絵柄は、貸本時代の児童書で見られる画風でした。柔道漫画で言えば、イガグリくんとかの時代の絵柄です。
正確には、もう少し後かしら。

しかし、そのストーリー構成は、定番と言えば定番なのですが、展開や謎解きが素晴らしくで、2時間の映画を見ているようでした。

昭和44年の作品ですし、今から暗闇五段のストーリーを楽しむという人もいないでしょうから、その素晴らしいストーリー構成を全て書きます。

ネタバレ注意!一応。


~もうれつ道場の後継者として期待されていた柔道家倉見。五船(!)師範から、五段昇進と日本一を達成すれば道場を譲ると告げられます。
倉見は五段昇進はしたものの、日本一を決める大会を前に「重圧に耐えれない」と失踪します。
五船師範は、勝つことだけを求めているわけではないと落胆しますが…。
(この武道としての教えも素晴らしい!)

倉見が欠場した日本一を決める大会に、もうれつ道場代表で出場することになったのは、その道場で最も強い悪名高い先輩となります。この先輩は出稽古と称して道場破りをし、金品を巻き上げたりしていましたが、実力で日本一になります。
先輩は「道場後継の条件を満たした!」と、師範に主張を始めます。

その状況を打破するため、道場の後取りと結婚することになる娘は、もうれつ道場と交流のあった古流柔術家のおやじ(見た目はひげ面でルンペンみたい)に、失踪した倉見を探して欲しいと依頼します。
柔術家のおやじは色んな町道場を出向きますが、倉見は見つからず。

一方、倉見はどこかの旅館で保護されていました。しかし、崖から転落していたようで、失明して記憶を失くしていました。
(作品内では、めくらと表現されてますが、昭和44年の作品ですから今の感覚で読んではダメです。)
倉見自身は、あんま師を目指すことを決意しますが、たまたまテレビで見た柔道日本一を決める大会で、先輩の名前に反応を示し、柔道をしていたことは思い出します。
ただ、正確な記憶は思い出せません。

倉見を保護した旅館の娘は、倉見の所持品からもうれつ道場を知り、倉見のことを伝えますが、その時倉見はすでに旅館を離れていました。
ただ、倉見があんま師になっているという情報もありました。
古流柔術のおやじがその情報を下に倉見の店を探し出し、ついに倉見と出会います。
(この辺りの微妙なすれ違いも、ストーリーにアクセントを与えて良いです。)

倉見の柔道の実力は衰えてないものの、失明しているため本調子ではないと考えた古流柔術のおやじは、もうれつ道場への帰路にある町道場で練習しながら帰ることを考えつきます。
倉見も柔道をしたいという気持ちだけはありました。

倉見はその帰路において、古流柔術のおやじから「倉見五段」と呼ばれるのですが、倉見自身は自分の名前を忘れているので、めくらであることに掛けて、自分のことを「暗闇五段」と名乗るようになります。
(話の後半でタイトルが繋がる!)

元々、日本一の実力があったため、いなかの町道場の柔道家では相手になりません。
ただし、倉見は道場破りをする気はないため、町道場の師範にはわざと負けたりはします。

そんな『暗闇五段』の強さは、柔道界の噂として広まり、悪名高い先輩の耳にも入ります。
先輩は、暗闇五段が倉見ではないかと推理します。
何故なら、倉見を崖から突き落としたのは、この先輩だったからです。倉見の失踪の置き手紙も捏造でした。

なんだかんだあって、倉見はもうれつ道場に戻ります。

五船師範の提案で、もうれつ道場の後継者は、第二回の日本一を決める大会で優勝した者にするということなり、先輩は承諾します。
なお、この大会は一道場に一人しか出場できないため、倉見は古流柔術のおやじの鬼天流源治道場代表で出場します。

倉見の実力を知っていた先輩は、愚連隊を使って、再び倉見を崖から突き落とそうと企みますが、命の危険を感じた倉見は、これをきっかけに記憶が戻ることとなります。

そして、日本一の大会を決める当日。

倉見の記憶が戻ったことを知った先輩は、倉見の下を訪れ、何故に警察に行かないのかを尋ねます。
倉見の答えは、先輩は道場の発展に必要な人だからと。

大会の結果、日本一は倉見。
なお、決勝戦は倉見VS先輩の因縁の対決なのですが、試合自体はマンモスマンVSレオパルドン並みの瞬殺で終わります。

そして、倉見はもうれつ道場を継ぎます。
五船師範は、自分がいたらなかったために今回の騒動が起きたと倉見に詫びます。
そして、先輩は自分を恥、旅に出る。
(偉い人が自らの非を詫びるシーンや、先輩が単なる悪人ではなく、最後に武道家としての描かれている点も素晴らしい。上品な漫画という印象。あと先輩の「心の目が開いたら戻る。」とかセリフ回しとかも上手いの。)

めでたしめでたし。

終わり~



というストーリー。
練りに練られた上品な定番もの…といった感じでしょうか?

この『暗闇五段』の素晴らしいストーリーを読んで思ったことなのですが、漫画史における劇画ブームって、単に絵柄がリアルになったというだけでなく、週刊誌の発行で、その週、その回を盛り上げることを優先したストーリーを求められていたんじゃないかなと思うんです。

そうなると、この暗闇五段のような映画のような定番ストーリーって、当時の漫画業界では書くことができなかったんではないかな~と想像されるんですよ。意外性や熱さが求められた時代というか。

まあ、この辺りの考察は間違っているかもしれませんし、キン肉マンみたいに人気重視の週刊誌特有の熱さや、出てくる矛盾にツッコムのも好きだったりしますが…。


なんとなくね、他のトキワ荘住人である赤塚不二夫、藤子不二雄、石ノ森章太郎等と比較すると、漫画家として一枚くらい格が落ちる印象であったテラさん。

そんなテラさんを、柔道漫画から再評価するとは思いませんでした。

イガグリくんとかの、暗闇五段より前の世代の柔道漫画との比較も書きたかったですけど、今回は『テラさんの凄さ』について驚かされたことをメインに書きました。

漫画も武術も何事も、時代によって失われた技術に本物があったりしますね。



巻末に作者の住所が書かれているんだが…。


まあ、そんな時代。