Sleep(2023 韓国)

監督/脚本:ユ・ジェソン

撮影:キム・テス

編集:ハン・ミヨン

音楽:チャン・ヒョクジン、チャン・ヨンジン

出演:チョン・ユミ、イ・ソンギュン

①ジャンル自体がネタバレ対象

出産を控えるスジン(チョン・ユミ)と、俳優のヒョンス(イ・ソンギュン)の夫婦。ある夜から、ヒョンスが眠りにつくたびに異常な行動を起こすようになります。ヒョンスは病院で夢遊病の診断を受けますが、スジンの母は巫女からもらったお札を勧めます…。

 

本稿は構成の都合上、最後までネタバレしています。

映画の構造についてのネタバレなので、どんでん返しとかって訳ではないのですが、出来れば先入観なしで観た方が面白いと思います。

ですので、未見の方、これから観る予定の方はご注意ください。

 

で、ネタバレというか、本作のポイントなのですが。

本作は、ジャンルそれ自体がネタバレ対象になってる。

心霊の恐怖を描いたオカルト映画なのか。

人の心の恐怖を描いた人怖サスペンス映画なのか。

それを最後まで、どちらとも決めずに引っ張っていくんですね。

 

②観客の思い込みを誘導するミスリードの巧みさ

本作では、観客の思い込みを誘導するのが実に巧みです。

ストーリー自体はシンプルで、実のところ奇をてらったこともしていないのだけど。

その時々の観客の気持ちをコントロールすることで、クルクルと様相が変わっていくのですね。

 

導入の描写は、非常に「ホラー映画的」です。

主人公であるスジンが深夜に目を覚ますと、隣で寝ていた夫のヒョンスが起き上がっていて、黙って身じろぎもせず、虚ろに闇を見つめている。

これ、怖いですね。眠っている時って、人にとってもっとも無防備な時だから。

近くでよくわからない行動をとられると、本能的な不安を感じてしまう。

 

問いかけに答えないヒョンスは、一言「誰か入ってきた」と言って眠ってしまう。

安心するスジンだけど、誰もいないはずの部屋で物音が聞こえる。

ビクビクしながら見に行くと、ベランダの扉が風で音を立てている…。

 

ありがちな描写だし、実のところ異常なことは何も起こっていないと言えるのだけど。

我々はそもそも、ホラー映画を観に来てる訳で。そのことが既に、思い込みを誘発するミスリードになってる。

「誰か入ってきた」という言葉には当然ホラー映画的な解釈をするし、不気味な気配も心霊的な受け取り方をしてしまう。

その後の展開で、奇行が病気で説明つくものだとわかっても、「誰か入ってきた」が俳優であるヒョンスが練習していたセリフとわかっても。

それでもやっぱり、ホラー映画的な思い込みによってしっかり誘導されていく訳です。

③人怖とオカルトは視点次第

そこはやはり、それが「ホラー映画の定番」だから。

主人公たちが異常な現象に悩まされ、最初は医学や科学に頼るけれど、なかなか事態は好転しない。

それどころか、身近な対象に危険が及ぶに至っていく。本作では前半は飼い犬が、後半は赤ちゃんがその対象になるので緊迫感はいや増します。

その一方で、霊的な解釈を補強する事実が少しずつ見えてくる…。

 

ホラー映画として観ている観客は、「早く霊であることに気づいて対処しないと!」という思いに誘導されるんですよね。

「病院なんか行ってる場合じゃないだろう! 早く悪霊を祓える人を呼ばないと!」という。

「エクソシスト」がまさにそんな展開であり、それがホラー映画の王道なので、自然とそう誘導されるのだけど、それが巧妙なミスリードになってるんですね。

 

その「ホラー映画の通常モード」に観客はすっかりシンクロさせられ、いかに悪霊に打ち勝つのか…という興味で観ていくと、終盤にヒョンスに視点が移って、映画はがらりと様相を変えることになります。

薬を変えて入院したら、「きれいに全快」したヒョンスが家に帰ってみると、スジンは家中にびっしりお札を貼って、すっかり「あっち側」の人になっている…。

 

これは見事に、ホラーが「視点の問題」であることを示していると思います。

ここ、映画の視点がヒョンスに切り替わっているので、観客はスジンが異常になってしまった…と感じることになるのだけど。

もし視点がスジンの側にあるままだったら、これは普通にホラー映画のクライマックスのシチュエーションになるでしょうね。

真実を見抜いて、体を張って悪霊と戦いヒョンスを救おうとするスジンと、それを理解しようとしないヒョンス…という構図になるはずです。

 

スジンの視点では、心霊オカルトホラー。

ヒョンスの視点では、人怖サイコホラー。

観客は巧みに誘導され、そのどっちが正しいのかわからないまま翻弄されることになります。

ラストの展開は、「遂に霊が正体を現した」とも、「ヒョンスが(俳優の演技力を発揮して)演技した」とも、どちらとも受け取ることができる。

 

現実でも、どこまでも明確に割り切れないことが多いのだろうと思えます。

「エクソシスト」のように空中に浮いたりしてくれれば、はっきりするけど。そんな派手な超常現象は、めったに起こらない。

そんな心の隙に、宗教や霊能者が入ってくる…。

そんな有り様を描いていて、本作は非常に「リアルな超常現象映画」と言えるんじゃないかと思います。

 

拙著ホラー小説の自家製PVはこちら

 

拙著ホラー小説も、合理的な解釈も可能な余地を残している点で、似ていると思います。

 

現象→医学→宗教 という過程を経るホラーの典型。見方によれば、これこそがまさに宗教や霊能者の思う壺…ですね。

 

この映画でも、序盤に「精神医学的解釈による悪魔払い」の様子が描かれます。