ゴールデンカムイ(2024 日本)

監督:久保茂昭

脚本:黒岩勉

原作:野田サトル

撮影:相馬大輔

美術:磯見俊裕、露木恵美子

編集:和田剛

音楽:やまだ豊

出演:山崎賢人、山田杏奈、眞栄田郷敦、工藤阿須加、

柳俊太郎、泉澤祐希、矢本悠馬、大谷亮平、勝矢、高畑充希、木場勝己、大方斐紗子、秋辺デボ、マキタスポーツ、井浦新、玉木宏、舘ひろし

①「漫画原作の実写化」について

「漫画原作の実写化」にまつわる問題が、大きな話題になっています。

映像作品が、原作にどれほど忠実であるべきなのか…は、昔から度々議論される問題です。

好きな原作の映画やドラマを楽しみにして観て、あまりの変貌ぶりに愕然として、失望する…という経験は、これまで何度もしてきました。

 

昔の方がひどかったと思うんですよね。漫画作品が忠実に映像化されるなんて、昔はアニメですら稀なことだったから。

実写化ではなおさら。登場人物の年齢が、出演者に合わせて変えられる。ひどい時には性別まで変えられたりして。

オリジナルの登場人物とかオリジナルの展開。いっそジャンルさえ変わっていたりする。

大好きな漫画がドラマ化・映画化されるというので楽しみにして観てみたら、まったく別物になっていて、失望する…ということが、何度も何度もあったものです。

 

いつもそういう時に思うのは、なんでわざわざ原作を使って、全然別のものを作ろうとするのか。

原作が良いと思って、原作の世界を映像にしたいと思うから、映像化する訳でしょう。

わざわざ別のものに作り変えるなら、その原作を使う必要ないじゃない。

独自の世界を作りたいなら、初めからオリジナルでやればいいのに。

原作を映像化したいなら、原作の通りにやればいいのに。

もしかして、実は映像の作り手には「原作の良さを引き出したい」という思いなんて元よりなくて、ただ「企画を通しやすいネームバリュー」として利用しているだけなのでは…?

…という、今回の件で多くの人が感じたであろう問題は、もう何十年も前からずっと繰り返されてきているのです。

 

そういう時にテンプレ的な言い訳として言われるのは、「漫画と映像ではそもそも媒体が違うのだから、ある程度のアレンジは仕方がない」ということ。

まあ、それはそうか…とは思って、これまで自分を納得させてきたのだけど。

そこで、この「ゴールデンカムイ」ですよ。

いや、できるやん! アレンジなんて必要ないやん! 漫画のまま何も変えずに、これだけレベルの高い映画ができるやん!

 

それは単純に、漫画の絵にいかに似せるか…ということだけではなくて。

原作にある「世界観」を、いかに描き出すことができるか。

原作に込められた「精神」を、同じように感じることができるか。

つまり、絵と実写という表現の違いはあれど、それが「同じ作品である」と感じることができるかどうか……だと思うのですが。

 

映画「ゴールデンカムイ」は、それが極めて高いレベルで達成されていると感じました。

これは、「漫画原作を実写化する時」の一つの指標、基準になり得るのではないでしょうか。

 

②「原作再現」の究極

漫画の絵を再現すること。

漫画は小説と違って、最初からビジュアル化されている表現ですからね。漫画で描かれたビジュアルイメージを実写に移し替えることは、漫画を実写化するからにはまずは第一のハードルです。

それさえも、「いや、無理だから大胆にアレンジ」って逃げちゃってた作品がこれまでは多かった訳だけど。

 

原作の個性的な登場人物たちの再現が、今回すげえな!と思いました。

杉元山崎賢人と聞いた時は、正直かなり不安に思ったのだけど。またかよ!って思ったし。

でも実際に映画を観たら、杉元を演じるべき役者は山崎賢人しかいない!って思えましたよ。見事に一体化してる。

 

アシリパ山田杏奈も、発表時は決して歓迎ムードじゃなかったと思う。年齢が違う!とか。

でも、映画の中のアシリパは、本当にアシリパだったからね。漫画のコマそのまんま。

変顔とかだけではなくて、たたずまいがアシリパ。漫画から抜け出てきたようでした。

 

抜け出てきたといえば白石矢本悠馬という人、もう本人としか思えないですね。

原作の登場人物の中でもいちばん漫画的というか、デフォルメのきつい、実写化したら浮きそうなキャラクターなんですよね。

それが、全然浮いてない。ちゃんと馴染んでいる。リアルな人間に見えて、それでいて漫画のぶっ飛んだ描写が全部再現されている。

 

他の登場人物たちも全部、演者のネームバリューや人気より「似せる」ことを優先してキャスティングされていて。

まずはそこに、原作への強い愛情とリスペクトが溢れていました。

 

驚くべきだと思ったのは、コスプレに見えないことです。

「役者さんたちが漫画のコスプレをしている」恥ずかしさがない。「そっくりさん大会」みたいになっていない。

それぞれがちゃんと人として息づいていて、漫画のコマをただトレースするんじゃなく、「このキャラクターなら、こんな時にはこんなふうに動くだろうな」と想像される、そのように行動してくれる。

行動のタイミング、喋り方のテンポや間の取り方…なんてところは、漫画じゃわからない訳じゃないですか。そういう実写で付け足されたところが、ことごとく「確かにそのキャラクターの動き」に見える。

 

いや本当に。途中から、この実写作品が先にあって、それに合わせて漫画が描かれたような錯覚さえ覚えてしまうくらいでした。

それは要するに、原作漫画がいかに人間のリアルを描いていたか…ということだと思うのですが。

③映画としての構成の巧みさ

原作漫画に忠実であることと、1本の映画としての完成度を上げることは、両立させるのは難しいことだと思います。

原作は何十巻も続いていく大河長編で、映画はその中から2時間に収まる範囲をかい摘むしかない訳ですからね。

そこも、これまで「だから改変しないと…」という理由になってきた部分だと思いますが。

本作では、原作の本当に序盤部分だけであるにも関わらず、ちゃんと2時間の映画としての起伏、起承転結がある。

 

凄絶なバトルで、見事な掴みになるアバン

泥と埃にまみれた残酷な肉弾戦という映画全体のトーンを端的に示しつつ、作り物に見えない臨場感で、映画への信頼度をグッと上げてくれます。

杉元という人物の背負った業を、短いシーンで説得力をもって感じさせるのも的確です。

 

そして、雄大なロケーションで北海道の広さ、寒さをじっくりと感じさせる本編へ。

少ない登場人物でゆったりと語り始めつつ、ストーリーとしてはすぐさま本題に入っていく、ためらいのなさ

常に事態を止まることなく動かしていって、アクションの連続でストーリーを進めていく。

 

アシリパ、白石、と登場人物を徐々に増やしていく「承」の部分。

土方や鶴見中尉など、原作ならではのエキセントリックな登場人物にも視点を移しつつ、絶妙な時間配分でとっ散らかった印象にはならない。

尾形や谷垣など、原作を知らなければほぼモブにしか感じないと思うのだけど、それはそれで支障のないように構築されているのは、上手いバランス感覚だと思います。

 

アイヌのコタンへ立ち寄るシーンが「転」ですね。ここで一旦スピードを落とし、ラストへの「溜め」を作る。

アイヌの文化をしっかりと描写して、表面的なアクションだけじゃない奥行きを感じさせる。

 

「ゴールデンカムイ」はすごく登場人物の多い群像劇で、序盤である本作でもどうしてもゴチャついてはくるのだけど、その中でも本筋は常に杉元とアシリパの関係性に置いて、ブレないのが素晴らしいと思います。

アシリパの背景を理解した杉元が、アシリパをコタンに置いて一人立ち去るシーンが映画的な転換点としてとてもよく効いていて。

そこから「結」となるラストのシークエンスも、杉元とアシリパが再び結びつくことへ向けて集約されていく。

大長編の序盤である以上しょうがない、実はクライマックスでそれほど重要なことが展開している訳でもない…という弱点も、杉元とアシリパの再会が軸となることで、弱点と感じなくなっていると思います。

 

…と、書いているすべては原作にあるものな訳で、原作のストーリーの構築に隙がない!ということだと思うのですが。

でもその「要点」を上手く映画の上映時間の中に配分しているのは、映画の作り手の確かな理解と構築力があってのことですね。

④気になる点と続編への展望

漫画の実写化としては陥りがちな、常にグリーンバックで芝居しているような嘘くささと無縁であるというのも、素晴らしいところでした。

全編、北海道の実際の雪景色の中でロケ撮影をしていて、これは演者もスタッフも相当過酷だったと思いますが。

それによってもたらされる、本物の臨場感は見事でしたね。CGでは、こうはいかないと思います。

 

予告編で気になった「衣装のピカピカさ」は、確かにちょっと気になりました。杉元のマフラーとか、青いコートとか。

着たきりすずめで、野外で何日も野宿してるならそうなるであろうヨレヨレ感がないんですよね。上着も常に綿が膨らんでフカフカに見えちゃう。

ただ、まあ、あまりヨレヨレにするとロケーションの寒さに演者が耐えきれないというのはあったかもですね。

 

あと弱点を挙げるとすれば、やはり「終わっていない」「続きありきである」ということになるかとは思うのですが。

でも、まあ、それこそ「ゴールデンカムイ」を映画化するのであれば、1本で終わらないのは初めからわかってることなのでね。

1本で終わらせたいのなら、それなりの分量の原作を選べばいいだけのことなのだから。

 

ただ、2作目以降もこのペースでやるとしたら、完結までには相当な本数になってしまいそう。

それに、今後のエピソードを漏らさず映画化していくとしたら、PG12では済まないんじゃないか…。

原作に忠実に…と言いつつ、2作目以降はある程度エピソードを取捨選択して、最後まできちんと完走できる本数にまとめてくれた方がいいんじゃないかな…と個人的には思います。

映画の作り手たちが原作をしっかり理解していることは、この1作目で確立されたと思うのでね。それこそ「アレンジ」をしても、信頼できるものになるんじゃないかと思えます。

 

 

 

本作の、「原作に忠実」「キャラクターの再現度が高い」「原作序盤に絞った映画化」そして「山崎賢人」などの要素で思い出したのは、ここで触れてる実写映画版「ジョジョの奇妙な冒険」でした(岸辺露伴の方ではなくて)。僕は好きだったのだけど一般的な評価は高くなく、「続きありきだったのにそれっきり」になってしまったんですよね。原作に忠実という点ではとても頑張っていたと思うのだけど、やはり「それだけでもない」のですよね…。

 

漫画じゃないけど、過去に原作と映像化の関係について文句を書いていたなあ…と思って見返したらコレでした。原作を気にしなければ、割と良いアクション映画だと思うんですけどね。

 

一方で、原作者のスティーヴン・キングは激怒して忌み嫌っているけど、でもキューブリックが「改変」した映画もどう考えても大傑作である…というケースもあるので、なかなか一概には言えないのです。