笑いのカイブツ(2023 日本)

監督:滝本憲吾

脚本:滝本憲吾、足立紳、山口智之、成宏基

原作:ツチヤタカユキ

撮影:鎌苅洋一

編集:村上雅樹

音楽:村山☆潤

出演:岡山天音、松本穂香、菅田将暉、仲野太賀、前原滉、板橋駿谷、片岡礼子

①そういうふうにしか生きられない…こともある

ツチヤタカユキ(岡山天音)はテレビの大喜利番組に投稿するため、5秒に1本ネタを考えることを自分に課して6年。いよいよ「レジェンド」に選ばれ、膨大なネタを携えてお笑い劇場を訪れ、作家見習いに。しかし人間関係が苦手なツチヤは周囲とギクシャクするばかりで…。

 

「伝説のハガキ職人」と呼ばれたツチヤタカユキの自伝を、岡山天音の主演で映画化。監督の滝本憲吾は長く助監督として下積みをしてきた人です。

芸人ではなく、お笑いの「作家」を目指す人というのはあまり見たことがなかったので、新鮮です。

お笑いは好きだけど人前に出たくはない人が作家を目指す…のかな。

芸人ならキャラクターとかリアクションとかで勝負することもできるけど、作家の場合は純粋にネタの面白さで勝負することになりますね。芸人よりもシビアな世界と言えるかもしれない。

 

お笑いの作家を目指すにしても、それなりに真っ当な道というのがあるのだと思いますが。(劇中の先輩が「俺は金を出して養成所に通った」って言ってましたね)

5秒に1本ネタを出すとか、6年もひたすら応募してレジェンドを目指すとか、やることがヘンテコで。

真っ当な道をコツコツと進んでる人は眉をひそめるし、実際問題としてそっちの方が早道というわけでもない。傷だらけにならないと進めない、イバラの道なのだと思いますが。

 

でも、それしか選べないのでしょうね。器用に生き方を選べない、どうしてもそういうふうにしか生きられないということは、ある。

血の出るような痛々しい青春が、じっくりと描かれていきます。

 

②自分が思う自分と、周囲の評価の落差

家に閉じこもり、壁に頭を打ちつけながら、黙々とネタを書き続けるツチヤ。

何も持たない、何者でもない彼は、でも「自分には面白いネタが書ける」という強い思いだけは持っている。

それは今のところ何の根拠もない思い込みでしかないのだけれど。

「面白いかどうか」なんて、明確に測れるわけじゃないですからね。自分で自分を信じられなくなったら、それで終わり。

それだけに、強い思いにしがみついて、ひたすら視野を狭くして書いて書いて書きまくるしか、ないのだろうけど。

 

そして、自分には出来るはずと思うことが、思うようにならない辛さ

そもそも自分には出来ないと思っていたら、別に焦ったりもしないんだけどね。

なまじ自信があるだけに。「人より自分の方が上手くできる」「才能がある」と思っちゃうだけに。

それなのに評価されない。自分が思う自分の評価と、他者が下す評価が一致しない。そのフラストレーション。その、息ができない泥沼の中でもがくような苦しさ。

 

自分自身の話をちょっとだけすると、僕は子供の頃から小説家になりたくて、「書ける」という根拠のない自信だけはずーっとあって、でも賞にはなかなか引っ掛からなくて、落胆を繰り返して…というのがあったので、このしんどさはよく分かるのです。

でも、僕はツチヤのような、まともな人生は捨ててもあくまでもそれ一筋にやり通す生き方は選ばなかった。そんな生き方も、選べたはずなのに。

まあ、もし選んでいたらきっと今より不幸になっていただろうけど。

自分には選べなかった生き方。そこにはやはり、いくらかの憧れを感じます。

③傍迷惑なまでに純粋であることの美しさ

せっかくチャンスを掴みかけても上手くいかず、人とぶつかって、結局自分から逃げ出してしまう。

ツチヤはそんなことを繰り返します。その有り様は、共感も同情もしにくいものではあるんですよね。

 

観てると、小賢しい「アドバイス」や上から目線の「説教」はいくらでも思いつく。

「誰でも若いうちは下積みなんだから、最初のうちは我慢しろ」とか。

「大人なんだから、最低限の礼儀や愛想くらいは覚えろ。いつまでもガキみたいに拗ねてるんじゃねえ」とか。

まあ、正論なんだろうけど。

 

でも、そんなふうに知ったような言葉を言えるのも、僕がツチヤではないからで。

その時、その状況のその人には、他人には簡単だと思えることがどうしても出来ない。そういうことは実際にある訳で。

 

大人の目線で見れば、ツチヤから見れば「つまらないくせに評価されている」と思える氏家なんかは、人々の間を上手く取り持つという役割によって、ツチヤなんかより遥かに役に立っている。

ツチヤにはそれが見えてないだけ。…なのだけど。

 

でも、そんな大人の小賢しさを無視して、ただ「面白いか面白くないか」だけを評価の基準にしようとするツチヤの若い純粋さは、眩しくもあるんですよね。

それは現実では通用しない、他人も自分も幸せにしないと分かっているだけに。

どこにも辿り着かない、でも確かに純粋さだけはあるというその若さが、羨ましくも感じられるのです。

④最後に支えるのは人間関係

いくら純粋でも、美しくても、それは現実的には傍迷惑な存在でしかなくて、ツチヤは孤立していく。

夢が破れて、絶望して、自分で自分を傷つけてズタボロになって、どんどん悪い方へ押し流されていくのだけど。

でも、その最後のところで彼を押しとどめてくれるのは、友達や母親、尊敬する笑いの師匠などの人間関係なんですよね。

 

人間関係が苦手にも程があるツチヤなのだけど、不思議と引きこもりにはならない。ホストとか接客業とか、いかにも向いてなさそうな仕事に飛び込んでいって、その都度迷惑をかけまくってズタボロになることを繰り返します。

これも、彼の理解しにくいところで。あえて自分から喧嘩を売りに行くような行動をとる。

本気でちゃんと仕事をしようとしてるようには初めから見えないので、ネタを仕込みに行ってるようにさえ見えるのだけど。

 

でも、ツチヤが引きこもりにはならず、苦手な人間関係に自分から飛び込んでいくことで、彼を理解してくれる人との繋がりも生まれてくるんですよね。

ミカコ(松本穂香)ピンク(菅田将暉)、それに西寺(仲野太賀)

めちゃくちゃなツチヤに呆れつつも見離さず、絶望の淵に立った時に手を差し伸べてくれる。

 

何もなくなって帰ってきて、振り出しに戻ってしまった息子に対して、表面上はきつい言葉を吐きながらも、温かく迎えてくれるおかん(片岡礼子)もいいですね。

自分から孤立を選ぶような生き方を描きつつも、人を救うのは結局のところ人間関係であることが、じんわりと浮き上がってきます。

そんな複雑な人間ドラマを支える、若い俳優たちの魅力がたっぷり堪能できる映画でもあります。岡山天音はじめ、上にあげた俳優たちみんな素晴らしかったです!

 

 

 

近頃で岡山天音といえばこちら。

 

松本穂香主演作。片岡礼子さんも出てます。

 

菅田将暉はこちら。声だけど。