鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎(2023 日本)
監督:古賀豪
脚本:吉野弘幸
原作:水木しげる
キャラクターデザイン:谷田部透湖
美術監督:市岡茉衣
撮影監督:石山智之
制作:東映アニメーション
出演:関俊彦木内秀信、種崎敦美、小林由美子、白鳥哲、飛田展男、中井和哉、沢海陽子、山路和弘、皆口裕子、釘宮理恵、石田彰、古川登志夫、沢城みゆき、庄司宇芽香、松浦雅也、野沢雅子
①広い層に開かれた本格アニメ作品
「ゲゲゲの鬼太郎」と言えば子供の頃に見ていた「野沢雅子の鬼太郎」のイメージが強いのですが、その後もずーっと続いていて。
最新のテレビシリーズは第6期にもなっていて、野沢雅子は目玉おやじ。全97話というから堂々たる人気作ですね。
本作はその第6期の劇場版に当たるわけですが、映画館は満員。
「ゴジラ」よりも「首」よりもぎっしりの劇場で、ものすごい熱気の中で観ることになりました。すごいですね鬼太郎の根強い人気。
第6期の…と言いつつ、本作は独立した物語になっているので、アニメシリーズを観ている必要はまったくない作りになっています。
とりあえず鬼太郎と目玉おやじくらいを知っていれば、それで十分。誰でも、敷居なく楽しめる作品です。
実際、満員の劇場はアニメシリーズのファンの人たちから、鬼太郎ファンの子供を連れた家族づれ、更に評判を聞いて駆けつけた映画ファンまで、非常に広い客層でした。
映画はPG12になっていて、残酷な描写や、大人っぽい表現も多い。小さな子供にはちょっと怖すぎるかも……とは感じました。
僕の観た回は休日の昼間で、子供づれも多かったのだけど、それでも途中で騒がしくなったりってことはなかったですね。すごく固唾を飲んで観ている、物語に集中している雰囲気がありました。
エンドクレジットも、最後まで誰も出ていかず。(それはまあ、エンドクレジット中も絵でストーリーが展開するからでもあるんですが。でも小さな子供だと、トイレとかで大慌てで出て行くことも多いので。)
大人っぽいドロドロした愛憎劇なので、小さな子供に見せるべきじゃない…と感じる人もいそうではありますが、僕は個人的には、子供に見せても全然大丈夫じゃないかなとは思いました。
勧善懲悪なので。残酷だけど、望ましい正義のあり方を見せていく内容なので。
「怖さ」にはある程度耐性は必要だけど、ちゃんと子供「にも」向けた作品になり得てるんじゃないかなあ…と思いましたよ。
②横溝正史世界と昭和の再現
昭和31年。血液銀行に勤めるサラリーマンの水木(木内秀信)は、得意先の龍賀製薬を経営する龍賀一族の当主・時貞翁が死去したとの報を聞き、謎の血液製剤Mの秘密を掴むため一族の本拠地・哭倉村へやって来ます。龍賀一族が集う場で遺言書が読み上げられ、長男・時麿が当主に指名されますが、時麿は惨殺されてしまいます。妻を探しに来たというよそ者の男が疑いをかけられ、水木はゲゲ郎(関俊彦)とあだ名をつけたその男に接近していきます…。
…というストーリーからもわかるように、物語の骨格は「犬神家の一族」。
まさしく横溝正史ばりの、因縁と因習に満ちた土俗的本格ミステリが展開していきます。
単なる表面的な真似っこではなく、非常に本格的な描写になってる。
宗教的儀式のみに生きてきた長男、婿養子である俗物社長を傀儡にして暗躍する長女、派手好きでアル中の次女など、いかにもそれらしく分厚い人物配置。
そして、村を出て都会へ行くことを夢見る薄幸な美少女。次期当主になることを運命づけられた少年など、感情移入しやすいキャラクターも用意されていて。
そして、その中で当然のように起こっていく連続殺人。死体の描写もなかなかドギツくて凄惨です。
屋敷のデザインや人物の衣装、煙草を吸いまくる描写など、「昭和」の再現も手を抜いていなくて周到です。
また、水木が戦争帰りであることも物語やテーマに生きている。
水木しげるの実際の体験に根差した「総員玉砕せよ」などの物語の要素も盛り込んで、命を使い捨てにする戦争の恐怖と罪、その「後遺症」としての人々の傷を描いていくのは、奇しくも同時期の「ゴジラ-1.0」と共通するところがありますね。
戦後復興に貢献した怪しげな薬「M」の正体が徐々に明かされることで、弱者を犠牲にする最悪なシステムが見えてくる。玉砕を命じたのと同じ精神が、戦後も生き延びて弱者を搾取している…。
そんなシビアな問題提起。そこも「ゴジラ-1.0」と通じる要素になっています。
③情緒を振り回す怒涛の展開!
本格ミステリ要素に関しては、まあ途中から妖怪が出てくるので、推理ものになることはないのですが。
物語の中心がゲゲ郎に移っていくと共に怪異が前面に出てきて、伝奇的ホラーとして見応えのあるものになっていくので、興味は削がれず持続していくことになります。
しかし終盤、明らかにされていくのは、妖怪よりも恐ろしい人間の怖さ。
欲に取り憑かれた人間が、ゲスの極みのような最悪の行為をなしていく様子を、じっくり、たっぷり、これでもかと言うほどに描写していきます。
その気の悪さはもう、A24か!と思うくらい。
敵は憎たらしいほど、その後の逆転のカタルシスは高まるものではあるけどね。
それにしても本作の敵のゲスっぷりは徹底していて、観ていてムカムカイライラしてきます。
そりゃもう見事に、こちらの情緒を弄んでくれます。ヤバイです。
更にヤバイのは、この胸クソ展開のその先に、今度は感動の涙がやってくるところ。
ゲゲ郎と妻の悲恋と、水木との熱いバディ展開。そして悲劇的な鬼太郎の誕生へ…
まさに感情のジェットコースターのように、上へ下へと情緒が引っ張り回されます。日頃から情緒が乱れがちな人は、気をつけた方がいいかも。
上にあげた「胸くそ描写」の長さなど、やや冗長に感じる部分はないではなかったです。もうちょっとテンポが良くても良かった…という気も。
ただ、そのような「お腹いっぱい感」が情緒にダイレクトに訴える強さにもなってた気がするので、一概には言えないかな。
驚くべきことに、本作の感情の高まりは物語がクライマックスを迎え、エンドクレジットが流れる間もなおも続いていきます。
本作はエンドクレジットの最後の最後にタイトルが出て、そのまま場内が明るくなる…というちょっと珍しい構成なのですが、その「放り出され感」がもたらす余韻もなんだか凄いです。明るくなった劇場がざわついてましたからね。
ざわ……ざわ……って感じで。なんかすごいもの観たね……って感じで、多くの人がなかなか立たない。
(そこで「鑑賞後に開けてください」と書いてある入場特典の袋を開けて中の絵を見ると、情緒にトドメを刺される、という。そこまで含めて、よく出来てました。)
本作のような映画は割とファン向けというか、一般的な観客は度外視した作りになりがちなものだと思うのですが。
本作は、ファンの中だけに閉じず、一般の客層に開かれたものになっていたと思います。
横溝的ミステリや、人怖系ホラーを観たい人は、先入観を持たずに観ることをオススメします!
本作の世界観が属する第6期テレビシリーズ。
本作がつながる「鬼太郎の誕生」を描いたダークなシリーズ。
初期貸本版を読んでいると、わかりやすくはあります。