Occhiali neri(2022 イタリア)

監督:ダリオ・アルジェント

脚本:ダリオ・アルジェント、フランコ・フェッリーニ、カルロ・ルカレッリ

製作:コンチータ・アイロルディ、ラウレンティーナ・グィドッティ、ノエミ・ドゥビド、ブラヒム・シウア、バンサン・マラバル

撮影:マッテオ・コッコ

美術:マルチェッロ・ディ・カルロ

編集:フローラ・ボルピエール

音楽:アルノー・ルボチーニ

出演:イレニア・パストレッリ、アーシア・アルジェント、アンドレア・ゲルペーリ、シンユー・チャン

①懐かしの正調ジャッロ映画

娼婦のディアナ(イレニア・パストレッリ)は娼婦ばかりを狙う連続殺人犯に追われ、事故を起こして視力を失ってしまいます。ディアナはその事故で両親を失って孤児になった少年チン(シンユー・チャン)を助け、リータ(アーシア・アルジェント)の助力で生活を立て直していきますが、再び殺人犯が近づいてきます…。

 

「サスペリア」ダリオ・アルジェント監督、10年ぶりの最新作。

傑作ダークヒーロー映画「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」でヒロインを演じたイレニア・パストレッリが、盲目の主人公を演じます。

 

ローマを舞台に、娼婦の喉を掻っ切る猟奇殺人の恐怖を描いた、昔懐かしいムードのジャッロ映画です。

見せ場としての殺人シーン、過激に強調された流血や残酷描写、ノワール的な夜の闇、扇情的なシンセ音楽、ホラーでなくミステリを前提とした全体構造。

現代が舞台だけど、ほとんど70年代や80年代の映画を観ているような。

ストーリーの綻びや、間延びする展開まで再現されてるのはどうかと思いますが。

 

でも、娘アーシアと仲良さそうで微笑ましいし。

御大が80歳を超えて、ここまで正調のジャッロ映画を撮ってくれるだけで、感動的ですね。

 

②ムード抜群の導入部

このテの映画は雰囲気が命

冒頭から導入部、特に前半部分の雰囲気、ムードがとても魅力的でした。

 

主人公ディアナが移動していく、白昼のローマの街。

あちこちで人々が、黒いグラスを通して太陽を見上げている。日食が起きるのだ。

ディアナを車を降りて、人々に加わり、太陽を見上げる…。

 

これ、本編とはまったく関係のないエピソードなんですけどね。

でも、日食という現象の持つどこか不気味な、怖いような感覚が、不吉な予兆のように感じられます。

ディアナが影に呑まれていくイメージ。やがて来る残酷な運命を、太陽を見るダークグラスに象徴させて…。

 

そこから、娼婦として生きるディアナの日常と、連続殺人の起こっていく様子を並行して見せていく導入部。

ディアナは娼婦であってもプロ感があって、自立してるんですよね。媚びてはいなくて、好感が持てる。

シンプルな状況設定で、ディアナに起きることを予想させて、緊張感を高めていく。

そして、突然のカークラッシュで弾ける。この一連の見せ方は、さすがの手練ぶりですね。

③自立した主人公の生き方への確信

命は取り留めたものの視力を失い、絶望し、しかしリータ(アーシア・アルジェント)の助力と盲導犬との絆で生活を立て直していく…

という過程を、映画はじっくり描いていきます。殺人鬼はしばしお休み。

 

本作の魅力はまず第一に、常に自立して生きていこうとするディアナの前向きなキャラクターにあるんですよね。

盲目という大きなハンデを負わされて、すべてに絶望してしまいそうでもそうならずに、それまでと同じく自分一人の力で生きていく。

特に何のためらいもなく、スッと元の娼婦業に戻っていくのがいいですね。プロ意識。

 

もちろんそこには、周りの人の助けがあって。リータのアドバイスを、素直に受け入れていく。

盲導犬に対しても、心を開かないと上手く使いこなすことはできない。

そうやって上手に「助けてもらう」ことができるから、ディアナは孤児になった少年チンを「助けてあげる」こともできるんですよね。何のてらいもなく。

この辺りの丁寧な描写には、年齢を経たアルジェントの人生哲学のようなものも感じられます。

 

チンを助けることでディアナは、警察を避けることにもなっていく。

権力に対しては、一定の距離を置く。決して権力にべったりと依存してしまわない。

たとえ大きなハンデを負っていてもなお…ですね。

生き方の根底には常に長いものに巻かれない反骨心があって、それが自立した主人公の魅力になっています。

 

また、チンを守って警察を避けることで、後半の殺人鬼の活躍の余地も作っているんですよね。

中弛みするギリギリのところで、本題であるサスペンスに戻っていきます。

④後半になるほど、間延びが…

殺人鬼の魔手は徐々に近づき、犬が、リータが、取り除かれていく。

そしてディアナとチンだけになり、目の見えない女性と幼い少年vs殺人鬼という、スリル抜群の局面になっていきます。

 

…なんだけどね。後半の追いかけっこが、かなりグダるんですよね。

夜の森での追いかけっこが長々と続くのだけど、メリハリがなくて、行き当たりばったりに見えちゃう。

 

そもそもが圧倒的に不利な、見つかったら即死につながるしかないような、そんな対決であるはずなのに。

普通以上にグズグズしてるんですよね。野原の真ん中で立ち止まって延々と話してたり、大声で名前を呼び合ったり。

それなのに、全然追いつかれない。なので、どんどん緊張感が削がれていきます。

ディアナもチンもまるで聡明に見えなくなってしまうので。中盤までのキャラクターの魅力が、だんだん無くなってしまうのが残念でした。

 

ここはやはり、圧倒的不利を機転で覆して、見えないことを活かして逆襲に転じるような、緊張感ある駆け引きが見たかったなあ…。

そういうグダグダ感も含めてらしさだ!という見方もあるとは思いますけどね。どうせなら、完成度は高くあって欲しかったです。

⑤ストーリーを超えるムードの魅力が、アルジェント流

代表作といわれる「サスペリア」でも、ストーリー面ではやはり破綻が目立って弱いのだけど、そんなことはもうどうでもいい!と思わされるような魅力があったんですよね。

映像と音響、つまりはムード。ちょっと他の映画にないような一種独特な世界があって、もうストーリーなんてどうでもよくなってしまう。

 

本作も、導入部や前半はそのムードを強く感じたし。

後半若干迷子になるものの、ラストの「犬」を使った締めくくり方は、いかにもアルジェントらしくて気持ちのいいものになっていました。

だから、総じて楽しかったですよ。観てよかったし、もっと撮って欲しい!と思います。

 

 

 

アルジェント監督の出世作オカルトホラーです。

 

イレニア・パストレッリがヒロインを演じた日本アニメにリスペクトするイタリア産ダークヒーロー映画。面白いです!