Fall(2022 イギリス、アメリカ)
監督:スコット・マン
脚本:スコット・マン、ジョナサン・フランク
製作:ジェームズ・ハリス、マーク・レーン、スコット・マン、クリスチャン・マーキュリー、デビッド・ハリング
撮影:マクレガー
編集:ロブ・ホール
音楽:ティム・デスピック
出演:グレイス・キャロライン・カリー、バージニア・ガードナー、メイソン・グッディング、ジェフリー・ディーン・モーガン
①落ちる、というシンプルなスリル状況
山でのフリークライミング中、落下事故で夫を亡くしたベッキー(グレイス・キャロライン・カリー)は、1年経っても悲しみに沈んでいました。そんなベッキーを立ち直らせるため、親友のハンター(バージニア・ガードナー)は危険な冒険に誘います。それは、巨大な廃棄されたテレビ塔に登るというもの。なんとか登り切った2人ですが、老朽化したハシゴが壊れて落ちてしまい、2人は地上600メートルの不安定な足場に取り残されてしまいます…。
流行りの、限定状況シチュエーションスリラー。
ロケーションもセットもキャストも最小限、すなわち予算も最小限で済む、作り手にとっては魅力的なジャンルです。
一方で、登場人物ができることも極めて限定されるので。
アイデアが上手くなければ、全然盛り上がらないことにもなりがちです。
本作はそんな中でも、かなり究極的な限定状況。
2人の主人公が立つのは、せいぜい半径1メートルくらいの円形の足場。
アクションは極めて限定されるのだけど、その動けないこと自体がスリルになってるんですね。
ちょっとのミスでうっかり踏み外したら、600メートル下まで真っ逆さまだからね。
だから全然動けないのだけど、緊張感は半端ない。
最後まで、非常に心臓に悪いスリルが途切れず持続することになります。
数ある限定状況スリラーの中でも、本作はとてもよく出来てたんじゃないでしょうか。
②「高所の恐怖」が全編持続!
本作はとことん、「高い場所への人間の生理的な恐怖」を煽っていく作りになっています。
なので、本作の怖さは観る人がどれくらい高いところが苦手か、によってくるかもしれません。
僕はといえば、めっちゃ怖かったです!
何度も「もう見てられない」って気分になって、目を伏せたり背けたりしてました。座席でずっとモゾモゾしてたと思う。
これまで、映画でどれだけ血が出ようが人が殺されようが、目を背けたりしたことなかったですけどね。
その点では、これまでに観たすべてのホラー映画と比べても、もっとも怖かったかもしれない。最恐映画だと思います。
(いわゆる一般的な意味でのホラーの怖さとは、また違う気もしますが)
僕は高いところは苦手な方です。高所恐怖症…とまでは行かないかもだけど、人より苦手だと思う。
飛行機好きじゃないし、ジェットコースター苦手だし。
バンジージャンプとかスカイダイビングとか、絶対やりたくない。
それどころか、観覧車とか、リアルな高さも苦手だったりします。
高いビルの上の方の階の廊下とか、手すりがあって落ちるわけないと分かっていても、下を見ると吸い込まれそうな感覚があって、ゾワっとします。
あと、「高いところにいる人」を見るのも苦手です。
よく観光地の崖とかで、端っこの方に行ってふざけてる人とか見かけると、ダメです。胸がドキドキして見ていられなくなります。
人には、自分のことじゃなくても共感して怖さを感じる能力が備わってるんでしょうね。
それでいて、ネット上の「高所自撮り動画」みたいなのはついつい見ちゃう、というのも不思議です。
見て、ぞわぞわして、目を背けるんですけどね。まさしく「怖いもの見たさ」なんでしょうね。
そういう意味では、正しくホラーを見る心理そのものですね。
本作はもう、まさしくコレです。
この、ぞわぞわする感覚。足元がふわふわして落ち着かなくなって、お尻の辺りがヒュン!ってなる何とも言えない感覚。
それがもう、全編に渡って続きます。
高いところ苦手な人は要注意であり、また最大限に楽しめるんじゃないかと思います。
(逆に、高いところ全然怖くない人が本作を観て面白いのかどうか、僕には見当もつかないです。)
③怖さを増幅させる見せ方が上手い!
そうは言っても、ただ高いところが出てくるというだけでは、そこまで生理的に来ないと思うので。
本作はやっぱり、見せ方がとても上手いのだと思います。
登っていく段階から、既に怖い。
ちょっと登って下を見下ろした時点で既に、僕にとっては十分怖い「リアルな高さ」なんですよね。
半分まで登って、「今でエッフェル塔」とか言うんだけど、その時点でもう尋常じゃない超高所です。
「原野の真っ只中にそれだけポツンとある鉄塔」という設定が絶妙で、あらゆるアングルで「高さ」を感じることができるし。
オープンエアの開放感が「どこにもとっかかりのない頼りなさ」に繋がって、景色が絶景で美しければ美しいほど怖い…という感覚になっています。
2人だけの登場人物、ベッキーとハンターのキャラ配置も上手い。
ベッキーは要所で怖がったり尻込みしたりしてくれるので、観客の感情をトレースしてくれる役回り。
ハンターは怖いもの知らずなので、それこそ「高所自撮り動画」で無茶する奴の役回りですね。常にハラハラさせられます。
そんなハンターに引っ張られて、ベッキーも結局無茶をしていく…というのも上手い。
観客自身が巻き込まれていくような臨場感になっているんですよね。
ある高さを超えた時点で、もう何もしてなくても怖い。
ただ鉄塔に寄りかかって立って、リュックから水筒出して水を飲むと言うような、何気ない動作の一つ一つがもう怖い。何かの拍子に、踏み外しそうで。
鉄塔が錆びてる様子とか、ネジが緩む様子とかをインサートするのも効果的です。
主観視点で足元をぐーんと見下ろすのも怖いし、引きの視点で何もない虚空の足場で頼りなげな様子を見るのも怖い。
ただ立ってても怖いし、座ってても寝てても怖い。あらゆる瞬間、あらゆるアングルで怖いので、安心できる瞬間が全然ないという。
これは本当に、よく出来てると思いましたよ。
④自然さと映画らしいぶっ飛び方のバランス
ハシゴが落ちて、どうにも降りられなくなって。
ただそこにいるだけでも怖い地上600メートルから、どうやって脱出する?というサバイバルに、後半は展開していきます。
出来ることが極端に少ないので、これで面白くするのはなかなか困難だと思うんですけどね。
本作は上手く工夫して、最後まで飽きずに楽しめる展開を作っていたと思います。
スマホ。塔の上は高すぎて電波が通じない。
ドローン。でも手の届かない場所にある。
それに、サバイバルの要である水筒。これも、手の届かない位置にある。
脱出のために使えるアイテムは以上3つくらい。しかも2つはとりあえず手元にはない。シビアですね。
脱出へ向けての試行錯誤は、前半に描かれた何気ないシーンを伏線として、描かれていきます。だから唐突感がない。
シンプルなプロットの中で、自然に(これ見よがしじゃなく)伏線を散りばめ、回収していくのは巧みだと思います。全体設計が上手い。
自然である一方で、映画的なケレン味ある意外性も用意されてるんですよね。
ハンターをめぐるある展開と。
ハゲワシをめぐるビックリ展開。
ただ破綻がないだけでは、やはり盛り上がらないのでね。
ハゲワシや嵐、夢のシーンなど、程よく映画らしい「ぶっ飛んだ」場面もあって。
いいメリハリになっていたと思います。
⑤再生と自立というテーマに帰結
そしてこの「無茶な」サバイバル、脱出劇は、本作のメインテーマに収束していきます。
それは、実は本作で序盤から一貫して描かれていたもの。ベッキーの再生と自立というテーマですね。
人生においてダメージを負って、生きる力を失った主人公が、生きるために必死になることを余儀なくされて、精神的に再生し、再び前を向いて生への道を歩み出す。
「主人公が思いがけないピンチに遭って乗り越える」タイプの映画では、帰着点にされることが多いテーマですが。
本作は、全体のストーリーの中に上手く馴染ませていましたね。
ベッキーと父の関係、夫との関係、そして夫とハンターの関係を通して、「生への実感」だけじゃなく、「ダメ男からの自立」という現代的テーマにも繋げているのが巧みです。
立ち入り禁止の鉄塔に登るのはそもそも違法行為で、それが動画でバズるためとなれば誰も同情できない感じで、今どきの「若者の迷惑行為」にも通じちゃう。ピンチになっても自業自得…となりそうなところですが。
でも動画のためだけでもなくて、「生の実感を得るため」「夫の死のショックを乗り越えるため」で、一定の共感が得られるようになっている。
なりふり構わず生き抜くことで、生きることのリアルをがっちり感じるラストに至って、バカみたいな高所に登るバカみたいな行為にも、一定の意味があるように思えてきます。思わぬ共感に至らされてしまうのも、物語の効果ですね。
本作の撮影、決してスタジオのグリーンバックではなく、実際にロケで撮られてるそうです。
もちろん本当に600メートルの塔に登ったわけではないですが。高い山の山頂に実際よりも低い塔のセットを作って、横から撮ることで超高所にいるように見せてるそう。
なるほどですね。本作の臨場感は、そんなロケ撮影の工夫からも来てるものだと言えそうです。
まったく、手汗いっぱいかきました。いわゆるホラー映画ではないけれど、「怖さ」をたっぷり感じたい人にはオススメです!
高所恐怖映画って、探してみたけどあんまり見当たらないですね。狙い目ジャンルかも。
本作は海上を空中に、サメをハゲタカに置き換えた「サメ映画のバリエーション」でもあります。