Last Film Show(2021 インド、フランス)
監督/脚本/美術:パン・ナリン
製作:パン・ナリン、ディール・モーマーヤー、マルク・デュアル
撮影:スワピニル・S・ソナワネ
音楽:シリル・モーリン
出演:バビン・ラバリ、リチャー・ミーナー、バベーシュ・シュリマリ、ディペン・ラバル、ビーカス・バータ
①ノーマルスタイルのインド映画!
インドの田舎町で父のチャイ売りを手伝う少年サマイは、ある日父に連れられて初めて観た映画に魅せられ、映画を作りたいと願いますが、父は映画を下劣なものだと考えて認めてくれません。学校を抜け出したサマイは映写技師のファザルと出会い、母が作ってくれたお弁当と引き換えに映写室に入れてもらいます…。
インド映画です。
インド映画といえば、昨年10月公開の「RRR」がまだ上映中。すごいロングランですね。
「RRR」は3時間あって歌と踊りがあってコッテコテの因縁バトルが展開する「ザ・インド映画」でしたが。
本作は2時間弱で歌と踊りなし。
映画に憧れる少年を描く、欧米映画スタイルの一般的な作品になっています。
監督の自伝的なストーリーで、映画館を舞台に少年と映写技師の交流を描く。
といえば「ニュー・シネマ・パラダイス」ですが、その趣は感じつつ、そこまで感傷的でもない。
湿っぽい情緒に流れない、インド映画らしい勢いとバイタリティを感じる作品でした。
②映画への熱い想い
冒頭から、キューブリック、タルコフスキー…などへの献辞があります。
ラストにも、スピルバーグ、タランティーノ、黒澤、小津…などの名前が。
本作はそんな「映画についての映画」の1本です。
で、監督が投影されたサマイ少年が映写室に潜り込んで映画に夢中になるわけだけど、インドなので当然インド映画。
インドは年間に制作される映画の本数では世界一なんですよね。ハリウッドを遥かに凌ぐ。
アクションや歌やダンスやお色気に満ちたインド映画から、キューブリックやタルコフスキーにどう繋がるかは謎ですが。
引用される数々のインド映画、正直一つもわかりませんが。
インド映画の重要人物たちの名前も、映画の中のある場面で登場してきます。ここも、わかったのはスーパースター・ラジニカーントくらいだけど。
でもまあ、細かいことはさておき、インドの人々の映画への熱い情熱は伝わります。
牧場を騙し取られてチャイ売りに身を落としてしまった父の手伝いで日々を過ごすサマイの目が、映画の中の華やかな世界でぱーっと開いた、ということも。
世界のどこでも、映画館のスクリーンは鬱屈した心にとってのどこでもドアなんですよね。
③少年映画としての魅力も
「ニュー・シネマ・パラダイス」では少年はただ映画を観ることに夢中になるだけなんだけど。
本作では、サマイは映画を上映することにのめり込んで行きます。
スクリーンの中の世界だけでなく、映画館の闇に放たれる光に心を奪われるサマイの様子が印象的です。
廃棄されるフィルムを集め、フィルムの一部を拝借して…やがてはロールごとフィルムを盗み出して、仲間と共に隠れ家に運び込むサマイ。
映写機も、ゴミやガラクタを使って何とか自分たちで作ります。
「3分の1は闇を見ている」という映画の仕組みを理解して、少しずつ自力で本格的な映写機に近づいていくのがすごい。
それぞれ家庭に鬱屈を抱える少年たちが、線路を歩いて子供だけの秘密基地へ。そこは「スタンド・バイ・ミー」の趣です。
サマイがフィルムを盗んで警察のご厄介になる悪たれぶりは、「大人は判ってくれない」を思い出します。
そんな様々な映画的記憶を辿りながら、でもしっかりとインドならでは、本作ならではのオリジナルな少年映画、青春映画になっていました。
④カレー!カレー!カレー!
それから本作の大きな見どころは、カレー!
お母さんがサマイのために毎日作ってくれるお弁当。インドなのでカレーなんですが。
これが、めちゃくちゃ美味そうなんですね。
床の上にすり鉢置いて、スパイスをすり潰すところからカレーを作っていく。
カレーをポットに入れて、ナンを折りたたんで、唐辛子と何か香辛料みたいな野菜と一緒に風呂敷に包んでくれる。
毎日カレーなんだけど、バリエーションもすごい豊か。ナスに挟んだりオクラに詰めたり、餃子みたいに皮に包んだり。
それを基本すべて手で、てきぱきと作っていくお母さんの手際が実に美しい。
そして美味そう。お腹が空いたし、猛烈にカレー食べたくなりました。
お腹が空く映画はいい映画!だと思います!
⑤未来を開く映画とカレー
このカレー弁当はただ美味しそうなだけではなくて。
サマイに映画への道を開く、そのきっかけにもなってるんですよね。
お母さんの深い深い愛情が、少年の未来への道を開いていく。
大人は判ってくれない少年たちの悪行も、未来への展望を開くことに繋がっていく。
映画に夢中になって、自分も映画を作りたいと思うことが、サマイが勉強したい、田舎町から世界に出て行きたいと思うモチベーションになっていく。
サマイの先生が「インドには今は2つのカーストしかない」と語るのが印象的でした。(それが現代の実態として本当なのかは、わからないですが)
「英語を話せるか、話せないかだ」
「そのためにはまず、この町を出ることだ」
チャイ売りとして人に差別されているサマイの父だったり、フィルムからデジタルへの転換で簡単にクビを切られてしまうファザルだったり、貧富の格差はやはり厳しいけれど。
でも、やる気さえあれば道は開ける、そんなチャンスのある世界でもある。
そのやる気を起こさせるのが映画であり、お母さんのカレー弁当であるわけですよね。
フィルムの映画や、少年期をモチーフにしつつ。
ノスタルジーでなく未来を向いた、あくまでも前向きな作品。
後味も心地良い映画でした。
アカデミー賞にもノミネートされてる今の大ヒットインド映画。
線路と少年、といえばこれですかね。
筋だけ聞くと似てるけど、方向性はかなり違う作品です。