浜の朝日の嘘つきどもと(2021 日本)

監督/脚本:タナダユキ

製作:菅澤大一郎、藤原努、宮川宗生

製作総指揮:斎藤裕樹、津嶋敬介

撮影:増田優治

編集:宮島竜治

音楽:加藤久貴

主題歌:Hakubi「栞」

出演:高畑充希、柳家喬太郎、大久保佳代子、甲本雅裕、佐野弘樹、神尾佑、竹原ピストル、光石研、吉行和子

 

①人柄が伝わるやりとりの面白さ

南相馬の小さな映画館・朝日座の支配人森田(柳家喬太郎)は、震災も乗り越え100年続く映画館を守ってきましたが、コロナ禍にあって遂に閉館を決心します。取り壊しを来月に控えたある日、茂木莉子(高畑充希)と名乗る女性が現れ、朝日座を立て直すと宣言します。彼女の本名は浜野あさひ。彼女が朝日座にこだわる理由には、高校時代の恩師・田中茉莉子先生(大久保佳代子)の存在がありました…。

 

いやー良い映画でした!

久々に映画館でマジ泣きしました。号泣レベル。

泣けて笑える。下手なキャッチコピーみたいだけど本当に。なんか映画館で本気で涙流して笑い泣きしましたよ。

 

「やりとり」が最高に面白いです。

莉子(あさひ)と森田の、毒舌なやりとり。

あさひと茉莉子先生の、ちょうどいい距離感のやりとり。

そこにバオくんが加わった時の、いい具合に脱力するようなやりとり。

 

本作は基本セリフ劇なんですね。展開のほとんどがやりとりだし、莉子が長々とセリフを話すシーンも多い。

でもテンポが良くて、間延びしない。作りもののセリフを取ってつけた感がないので、とても心地良い時間が流れていて、ずっと聞いていたい気持ちにさせられます。

 

やりとりを通して、それぞれの登場人物の人柄が滲み出てくる。みんなを好きになっていくんですよね。

どんどん感情移入が高まっていく。本当に、仲間意識みたいなものを感じていきます。だからこそ、中盤のあの展開がショックだし、思わず感情を掻き乱されてしまいます。

 

②不要不急なあれこれへの愛着

本作は映画館をめぐる映画。最近よく目につく、映画をめぐる映画の1本と言えます。

「サマーフィルムにのって」「映画大好きポンポさん」「キネマの神様」もそうでしたね。

「サマーフィルム」では映画の将来についての危惧、「キネマの神様」では映画館の存続についての不安が描かれていましたが、そこは本作も同様。

ただでさえ厳しくなっていたのが、コロナ禍によっていよいよ追い詰められている映画館の現状が描かれています。

 

登場する朝日座は、福島県南相馬市に実在する映画館だそうです。

シネコンじゃない、小さな町の映画館。

おしゃれなミニシアターともまた違う、昔ながらの地元の映画館ですね。さすがに、身近にはもう見当たらないですね…。

 

確かに、子供の頃には地元にも映画館があって、自転車で「ガンダムⅢ」と「フラッシュ・ゴードン」の2本立てとか観に行った記憶があります。

そこももうだいぶ前に潰れて、今はパチンコ屋になってます。

 

本作はやはり、映画を愛し、映画館に強い愛着を持つ人々の物語。

同じように映画館に愛着のある人は、少なからずグッとくるんじゃないかと思います。

フィルム上映は半分は暗闇を見てるから、ネクラが映画に惹きつけられるのかもしれない…とか、印象に残るセリフも多いです。

 

映画は不要不急かもしれないけれど、映画館の闇の中で心を癒され、救われる人は必ずいるはずだから…という、莉子や森田の思い。

それはもちろん、自分たちも同じような経験をして、それを実感しているから、ですね。

 

いまだコロナ禍の中にあって、いろんな物事が不要不急と決めつけられて、存在を否定されかかっている現在だから。

このテーマはただ小さな映画館だけにとどまらず、一般に不要不急とされがちな多くの文化に当てはまると思います。

③茉莉子先生のリスペクトすべき親切

気持ちのいい、思わず好きになってしまう人物ばかりが出てくる映画ですが、その中でももっともみんなが「好きにならずにいられない」のが、大久保佳代子演じる田中茉莉子先生じゃないでしょうか。

主人公もバオくんも、この人に人生を救われるのだけど、ちっとも押し付けがましくない。

自然体で、ただ自分の好きなことをやっているだけのように見える。

 

茉莉子先生は、当たり前のように、息をするように自然に、人に親切にすることが出来る人…ですね。

決して大げさなことじゃない、日常的な親切。

電車で席を譲るとか、エレベーターで降りる時に開ボタンを押しておいてくれるとか、そういうごく普通の親切

 

打算とか、考えてそれをやるんじゃない。ただ、自然と体がそういうふうに動く。そういうナチュラルに親切な人っていますよね。

そういう人って、ごく自然に親切をこなすから、周りの人はあまり気がつかなかったりする。

それほど感謝されることもなく、賞賛を浴びることもない。

何だったら、それによって自分は少しずつ損をしていたりもします。エレベーターでいつも開ボタンを押してたら、いつも降りるのは最後で、お店の列に並ぶのも最後尾…ってことになったりね。

 

でも、普段からそういう人だから、あさひの孤独にすっと自然に手を差し伸べることができる。いかにも怪しい外国人であるバオくんに、ラーメンを奢ってやることができる。

誰も信用できないと思っていたあさひ、日本人なんて嫌いだと思いかけていたバオくんの、心の壁を越えることができる。親切って、誰でもできるわけじゃないんですよね。

 

茉莉子さんは本当に親切な人で、近くにいる人たちはみんな茉莉子さんってすごいと思っているんだけど、でも現実的に報われる思いをすることは、茉莉子さんは少ない。

茉莉子さんはいつでも、他人に親切にすることで手いっぱいで、自分の幸せにまで意識が回らないんですね。

だから大抵、損をする。必ずしも自分がやらなくちゃならない訳でもない役回りを背負い込み、結果しんどい思いをしたりする。

生き方としては全然上手じゃない。でもやっぱり、自分が得するために小賢しく立ち回る人よりも、茉莉子先生みたいな人の方が素晴らしいと思うし、できれば幸せになって欲しい…と思わずにはいられません。

 

そんな茉莉子先生という人を、大久保佳代子がどハマりで演じています。

もう本当に、そういう人なんかな…と思ってしまうくらい。

他の誰がやっても、ちょっと出来過ぎでイヤミみたいなところが出てきたかもしれない。他の誰かが思いつかない、完璧なキャスティングだと思います。

そしてもちろん、本職の俳優ではない彼女を補佐する、高畑充希の信頼感も。若いけど、もう本当に堂々たる安心感のある女優さんですね。

 

(以下ネタバレ)

常に自分じゃなく、自分以外の誰かに行動原理がある人。

なんと、死の瞬間でさえも、それを貫くんですよね。驚くべきことに。

自分自身の不安や怖さ、苦しさよりも、自分じゃない誰かのことを考えてしまう。

自分の大好きな人たちに泣いて欲しくない、笑って欲しいから。

死の瞬間に、あんなこと言って周りを笑わせてしまうんですね。本当にすごいキャラクターなのです。

④世の中の歪みは画面の外に

茉莉子先生以外でも、出てくる人たちみんなに、好感を持って見ることができる。基本、いい人しか出てこない映画です。

いい人というか、嫌な歪んだ人格が出てこない。ストレスを感じさせる人物がいない。

 

かと言って絵空事の世界でもなくて、嫌なことはしっかりと存在している。ただし、すべて画面外に存在しています。

震災やコロナによる辛い状況。

震災後の父親の行動をきっかけに、あさひを中傷し、疎外するクラスメイト。

家出したあさひを、世間体だけのために連れ戻そうとする母親。

そういう本当に不快な奴らは、誰一人として画面に出てこない

まさに「そんな奴らは相手にするだけムダ」という茉莉子先生のアドバイス通りに、映画もなっているようです。

 

朝日座を買い取って取り壊しスーパー銭湯を建てようとする会社社長や、浜野家の崩壊を招いたあさひの父親は、本作の中では悪役のようなポジションにありますが。

でも、そんな彼らにしても、悪意で行動しているわけではない。彼らなりに、高齢化した町や震災後の社会にとって良かれと思って、自分に出来ることを頑張っているに過ぎません。

だとしたら、本当に不快だと思われた連中にしても、彼らなりの何らかの理由があって、そうなってしまっているのかもしれない…。

 

だから、いちばんしんどい時に、そんな奴らと真っ向対決する必要はないんだ…という茉利子先生のスタンスは正しいんですよね。

そんな戦いで自分を消耗させるより、その時間で1本でも映画を観る方がずっと楽しいし有意義。

映画館の闇の中で一人なら、誰に傷つけられることもないし、誰を傷つけることもないのだから。

それは逃避のようだけれど…逃避に違いないのだろうけど…それでもそうしてエネルギーを回復して、また前を向くことができるなら、良い逃避ですね。

映画館は、そんな時のために役立つ場所でもある。それこそ不要不急と言われちゃいそうだけど、でも人生において大切な、なくしちゃいけない要素だと思えます。

 

⑤ドラマについて

本作は「福島中央テレビ開局50周年記念作品」とのことで、映画と同時にドラマも制作されています。

ドラマ版は既に放送されているのですが、僕は未見です。地元では深夜枠だったようで、やってることすら気づかず過ぎちゃいました。

映画はドラマの前日談に当たるのですが、特にドラマを観てないとわからないところはなかったと思います。

 

唯一、映画のラスト部分、竹原ピストルの出てくるところが、ドラマにつながる部分のようですね。そこだけは、映画だけではちょっと分かりにくかったです。

また、タイトルの「嘘つきども」というのも、どうやらドラマの設定と関連するようで。

映画を観ただけでは、嘘つきなんて特に出てこなかった気がするので。そこはちょっと残念でした。

でもまあ、ドラマも観たくなりました。映画の後、ドラマを観る楽しみがありそうです。