Reminiscence(2021 アメリカ)

監督/脚本:リサ・ジョイ

製作:ジョナサン・ノーラン、リサ・ジョイ、マイケル・デ・ルカ、アーロン・ライダー

撮影:ポール・キャメロン

編集:マーク・ヨシカワ

音楽:ラミン・ジャヴァディ

出演:ヒュー・ジャックマン、レベッカ・ファーガソン、タンディ・ニュートン、ダニエル・ウー、クリフ・カーティス、ブレット・カレン

 

①魅力的な世界と、微妙なドラマ

戦争を経て、温暖化によって街が水に浸かった近未来。ニック(ヒュー・ジャックマン)エミリー(タンディ・ニュートン)と共に、顧客に望む記憶を追体験させるレミニセンスを仕事にしていました。ある日客として訪れた酒場で歌う歌手のメイ(レベッカ・ファーガソン)にニックは強く惹かれ、付き合い始めます。しかし、ある日を境にメイは消えてしまい、ニックは彼女の行方を探し求めます…。

 

記憶を追体験する技術を中心にしたSFサスペンス。

クリストファー・ノーランの弟で、「ダークナイト」「インターステラー」などで共同脚本を手掛けているジョナサン・ノーランが製作。

その妻で、共にドラマ「ウェストワールド」を製作したリサ・ジョイが監督/脚本。本作は彼女の映画監督デビュー作となります。

「レミニセンス」とは心理学の用語で、直後よりもしばらく経ってからの方が、記憶をよく思い出すことができる現象だそうです。

 

記憶をめぐるSFということで、クリストファー・ノーラン監督の「インセプション」をイメージさせる宣伝になっている本作ですが。

観てみると、「インセプション」のような難解さはないですね。出てくるのはシンプルに「記憶を見る」装置で、それによって隠された秘密を探っていく。ミステリの側面が強いものになっています。

 

魅力的なのは、水没した都市のビジュアル

温暖化で海面上昇して、沿岸の都市が水に浸かった未来世界。イメージ自体は目新しいものではないけど、それをきっちり正面から映像化しているビジュアルは新鮮で、非常に見応えがありました。

この水没都市のビジュアルだけで、本作はSF映画として見る価値あり!と言いたいです。

 

ドラマの方は…ちょっと微妙な感じでしたね。

気持ちは分かるんだけど…って感じ。

ハードボイルドの探偵ものを目指したんだと思うけど、かなり空回りしてる感がありました。

 

②美しい水没都市のビジュアル

というわけで、僕のこの映画のイチオシは、水没世界のビジュアルイメージです。

地球温暖化がこのままのペースで進み、南極やグリーンランドの氷床が溶け出せば、世界の海面は2100年までに2メートル上昇するそうです。

その際には、ニューヨーク、サンフランシスコ、ボストン、ニューオリンズなど多くの都市が水没すると予想されています。

 

映画では、水没したマイアミの風景が描かれています。

高層ビルが水に浸かり、中層階に生活の拠点が置かれていて、人々はボートで移動する。あちこちに堤防が築かれて水が堰き止められ、それでも繁華街は膝まで水に浸かっていたりする。

 

世界は水没しただけでなく、戦争のダメージも受けていて、また格差が強調された世界でもあります。

戦争のドサクサに金持ちが土地を安く買い占めて、乾いた土地は富裕層に独占されています。

庶民は水没した街に追いやられ、不自由な狭い領域での暮らしを余儀なくされています。

 

面白いのは、気温が上がって昼間は暑過ぎて活動に適さず、人々のライフスタイルが夜行性に変わっているというところ。

昼は静かな水没都市が、夜になると賑わい出すんですね。

滅亡後を思わせる昼間の水没都市の静寂な風景が、夜には明かりが灯っていって、水面に光が映って美しく輝く。ボートが行き交い、そして音楽が流れる…。

 

壊れている世界のイメージは、なぜか強く惹きつけるものがあります。

水没した遊園地。水面に映るネオンサイン。

街から街へ、海の上を渡っていく電車…。

とても美しい「壊れた世界」の情景を、本作ではたくさん見ることができます。もうそれだけで、僕はだいぶ満足でしたね。

③古典的ハードボイルドの探偵もの

メインプロットは、消えてしまった「謎の女」を探す人探し。

典型的なハードボイルドの構図です。

ニックは探偵じゃないけど、メイに激しく取り憑かれ、ズタボロになりつつも執念深く追いかけることになります。

そして、メイは赤いドレスを身にまとい、場末のバーで歌い、秘密を抱えた謎の女。典型的なファム・ファタールですね。

 

退廃的な未来世界と、ハードボイルドの組み合わせ。これは「ブレードランナー」ですね。本作の基本的なイメージが「ブレードランナー」に感化されていることは間違いないと思います。

記憶再生というガジェットが出てくるけど、SF的な道具立ては、本作ではあまり多くはない。

展開は極めてオーソドックスな探偵もののセオリー通り、手がかりを求めて歩き回り人に会い、地道に真相に迫っていくことになります。

 

水没世界で展開される、極めて古典的な探偵ものミステリ。この方向性自体は、僕は結構好みでした。

作り手の作りたい世界観が明確で、それをしっかりビジュアル的に再現して映画にしてるのは、好感が持てるところだったと思います。

④ニックの感情描写の稚拙さ

ただ…と、ここから不満点に入りますが。

どうも脚本の作り込みが、今一歩足りていない印象を受けちゃいました。

枠組みが、シリアスなハードボイルドであるだけにね。人間描写や設定の甘かったり雑だったりする部分が、かえって目立ってしまうんですね。

 

どうも、肝心の主役であるニックの心情に、共感しにくいんですよね。本作はニックの心情で終始引っ張っていく物語なので、ここでつまずくと最後まで尾を引いてしまいます。

 

一目惚れをして、激しく恋に落ちて。

メイが去ってしまうと腑抜けになって、毎日メイとの記憶に入り浸ってる。

エミリーという女性が、すごく献身的に支えてくれるだけにね。聞き分けを持たず振られた女にこだわり続けるニックが、ただ情けない男のように見えてきます。

 

ニックがメイにそこまでこだわる理由が、どうも伝わらない。

特に理由もなく、一目惚れしたから。”運命の人”だから…というだけで、そこはこの手の物語のお約束ということで、簡単に済まされてるように感じます。

 

それにしても、聞き分けなさ過ぎるんですよね。やることがめちゃくちゃ。

まるで恋に盲目になった乙女のように、後先考えない行動を繰り返します。

うーん…なんか、大人の男の感覚に見えない。中学生くらいの幼い感じに見えてしまいます。

⑤設定の矛盾点いろいろ(終盤のネタバレあり)

いろいろと、粗いところが目につく映画ではありました。以降、終盤のミステリ的なネタバレを含むので未見の方は読まないことをおすすめします。

 

レミニセンスのルールが、どうも緩い。

記憶なんだけど、一人称の主観映像が見えるのではなくて、記憶の本人の姿を含んだ客観的な映像として見える。

これ、最初の方でニックが「ファーストキスを思い出す」ことを例にして、「誰だって自分の姿を含む客観的な形で記憶を思い出す」と説明づけてましたけど。

これ、そうか〜?って思っちゃいましたが、どうですかね。無理がある説明な気がしたけどなあ…。

 

見ていないことは、記憶に残っていないので見れない。ということだったはずだけど。

だとしたら、メイの記憶を見た時に、自分で気づかず鍵を落とした客観的映像って、見られるはずはないのでは?

あ、あれはわざとだったから見えるのか。となると逆に、あの時点で鍵を落としたのはわざとだったと分かってしまうのでは?

 

エミリーの記憶を見るシーンでは、エミリーが記憶ポッドに入ってしまって、絶対見てないはずの「メイが倉庫に侵入するシーン」が見えてましたね。

鍵の件はまだ、無意識のうちに見てたとか言い訳できるかもだけど、こっちはなんぼ何でも無理ですよね。メイは「エミリーが見てない隙に忍び込んだ」のだから。

ただ記憶を追体験する装置だったはずが、いつしか時間を遡って過去を見られる万能のタイムテレビみたいなものに変質しています。

 

メイの任務は地主の不倫相手の記憶を盗み出す(そして破棄して、不倫の証拠を消す)ことだったわけですが、でもこの記憶カード、そこまで回りくどい手段を使って手に入れないといけないほど重要かな?

盗み出されなければ、ニックはそこに映ってるのが地主だと気づいてなかったわけで。別に誰も気にせず、倉庫で眠ってるだけだったのでは…。

 

何ヶ月もかけて記憶カードを盗み出すまで、不倫相手を殺さなかったのはなぜでしょう。

記憶カードを手に入れないと所在が分からなかった…わけじゃないよね。彼女がニックのところに通ってたのは知ってたんだから。

 

いちばんどうかと思ったのはラストでした。

記憶ポッドに入って、メイとの思い出の中で生きることに決めたニック。時は流れ、老人になったエミリーが見にくると、年老いたニックは今も記憶ポッドの中に横たわっているのでした…

…って、おい! 記憶ポッドに入ったら、食事も排泄も不要になるの?

この事務所の維持費は? 電気代は誰が払ってるの?

コールドスリープじゃないんだから。なんか、どんどん便利な設定が後から付け足されていく…。

 

見せたいイメージが先行した結果…なのかな。細かい部分の整合性とか、大きな部分の矛盾点とか、いろいろとおざなりな映画になっていたように思います。

水没世界のビジュアルがかなり好きだっただけに、SF的アイデアの要の部分で雑さを感じてしまったのは、残念でした。

 

 

 

 

 

ヒュー・ジャックマンとレベッカ・ファーガソンの共演作品。

 

レベッカ・ファーガソンの前作。