返校 Detention(2019年 台湾)
監督/脚本:ジョン・スー
製作:リー・リエ、アイリーン・リー
撮影:チョウ・イーシェン
編集:ライ・シュウション
出演:ワン・ジン、ツォン・ジンファ、フー・モンボー、チョイ・シーワン、リー・グァンイー、パン・チンユー、チュウ・ホンジャン
①時代背景について
台湾のホラー映画。白色テロ時代の1960年代を舞台にしています。
1947年の二・二八事件以降、台湾は戒厳令下となり、国民党政権によって自由は大幅に制限されました。国民は相互監視と密告を強いられ、中国共産党のスパイと疑われた者は当局によって連行され、残酷な拷問を受けたり、あるいはそのまま二度と帰ってこなかったり…といったことが起こりました。
この時代が白色テロ時代と呼ばれ、1987年に戒厳令が解除されるまで、実に40年も続いたことになります。
台湾にとって負の歴史と言えるこの暗い時代は、ホウ・シャオシェン監督の「悲情城市」(1991)や、エドワード・ヤン監督の「牯嶺街少年殺人事件」(1991)で描かれています。近しい人がある日突然スパイの疑いをかけられ連行される恐怖。
僕は最近たまたま、映画「アーク」をきっかけに読んだケン・リュウの短編小説「文字占い師」(「紙の動物園」収録)でこの時代の描写に触れて、慄然としたところでした。
上記映画にしろ、小説にしろ、極めてシリアスな重い作品です。そりゃ、題材が重いんだから普通はそうなる…わけですが。
この「返校」がユニークなのは、その時代の弾圧を真っ向描いていながら、ホラー映画であるということ。
なおかつ、ゴリゴリの超自然ホラー。クリーチャーが登場する、オカルトホラーであるということ。
しかも、原作はゲーム…ホラーゲームであるということ。
つまり、自国の負の歴史、非常にシリアスな重みを持った近代史を、エンタメとして料理している。
これは、日本だったらどうなるんだろう。戦時中の軍の弾圧を背景にしたホラーとか? こちらはそれよりも時代が新しくて、生々しいですね。
これはなかなか珍しい、意欲的なアプローチの作品だと思うのです。
微妙にオカルト色は薄めてある気がする予告編
②ホラーと歴史の絶妙なバランス
1962年。女子高生のファン・レイシンが目を覚ますと、そこは廃墟と化した無人の学校でした。校内をさまようファンは、彼女を慕う後輩のウェイに出会います。ウェイはチャン先生が主催する秘密の読書会のメンバーでした。この時代、多くの本が当局によって禁じられ、隠れて本を読むことすら命の危険を伴うものになっていました。ファンとウェイは学校から出ようとしますが、どうしても脱出することができません。やがて二人は、チャン先生の読書会が告発されたこと、誰かが密告したことに気づきます。そして、不気味な怪物が襲いかかります…。
目覚めるとなぜか誰もいない夜の学校にいて、どうしてもそこから出ることができない。
学校は廃墟のようになっていて、無数のお札が貼られ、不気味な幽霊も出没している。
しかも、恐ろしいモンスターがうろついていて、捕まると殺されてしまう。
主人公はモンスターに捕まらないよう注意しながら、あちこち歩き回り、謎を解く手がかりを探していく…。
これはまさしくゲームのパターンですね。よくあるやつ。
最初、このいかにもなゲーム設定に、ちょっと大丈夫か?という気になったんですが。
現実の歴史である弾圧を描くシリアスな部分とのギャップが大きすぎるんじゃないか?と。
そこはでも、観ているうちに気にならなくなりました。映画全体として、結構バランスが取れている。
廃校をうろつく悪夢パートの合間に、回想の形で現実の学校生活の描写が挟まれていく形式になっているんですが、そこはやはり現実の歴史だけあって、重厚で真に迫っているんですね。
全体の中では結構なボリュームを割いて、権力に抑圧された学校生活を描写している。
だから、そこで登場人物たちに深く感情移入させられてしまいます。
ホラー映画的な悪夢パートが、全体の中ではアクセントになっている印象です。
ゲーム的なファンタジーの世界から回想することで、ハードでシビアな現実生活の描写が、シリアス一辺倒で暗い気分になり過ぎず、むしろ観やすくなっっている。
これは、エンタメ要素の正しい活用と言えるんじゃないでしょうか。
③謎でリードするホラーパート
全体は3つのパートに分かれています。
1つ目は「悪夢」。異世界めいた学校を舞台に展開するホラーパートです。
ここでは、この世界はいったい何なのか、主人公たちに何が起きたのか、を謎として、ミステリー的な牽引力で引っ張っていくことになります。
荒れ果てて、無数のお札が貼られた学校のビジュアルイメージが不気味でいいですね。忌中とか、漢字なので意味が分かって面白い。
暗がりからワッと脅かすいかにもなホラー的シーンもあるけれど、主要なのは雰囲気の恐怖ですね。
暗がりや鏡を効果的に使って、なかなか緊張感のあるムードを高めてくれます。
この世界が現実でないことは早々に分かるので、謎は現実的な脱出法より、これが誰の、何を意味する世界なのか…ということが焦点になっていきます。
現実世界の読書会の告発をめぐる悪意や悔やみ、怨念が、この悪夢世界を形作っている。
悪夢世界における怪奇現象やモンスターも、現実世界で起きたことの象徴なんですよね。だからホラーシーンも何でもありにならず、焦点の絞れたものになっていると言えます。
④悲劇的な青春ドラマとしても
2つ目のパートは「密告者」。時間を巻き戻して、密告者がその行為に至った背景を描きます。
ここでは、シリアスな現実のドラマを丁寧に描いていきます。
超自然的な要素はほとんどないパートになるんだけど、また別な意味で怖い。
実際にあった権力の暴走の怖さ。現実的なホラーですね。
じっくりと描かれていくのは、暗い時代を背景として、抑圧された青春を送る高校生たちの心理。
抑圧に耐え日々をおとなしく過ごしつつ、内面に蓄積していく鬱憤は、いつ爆発するか分からないくらいに膨れ上がっている…。
高校生たちも軍服のような制服を着て、名札と共に番号が付けられ、徹底的に管理されたディストピアのような軍事独裁政権下の社会。
でも、その中にも若者の当たり前の青春はあって。日々の暮らしがあり、恋愛がある。
普通に生きたいと思うのに、歪んだ社会の抑圧の中で、思わぬ残酷な運命を選んでしまう子供たち…。
まさに「牯嶺街少年殺人事件」で描かれていたような情景です。
近代史の闇を背景にした若者たちの悲劇としても、十分に見応えのある青春ドラマだったと思います。
⑤高め合うホラーと歴史
3つ目のパートではまた悪夢の世界に戻って、様々な謎が判明していきます。
謎が解けて伏線が解消されて、スッキリ…しつつも、非常に重くてシビアな真相がズッシリとのしかかってくることになります。
いいなと思ったのは、歴史的な重厚な悲劇を描きつつも、ホラー映画としての解決をつけることもしっかりと筋を通していること。
決して、歴史を描くための方便ではない…のですね。超自然も蔑ろにしていないというか。
歴史を描くためにホラーの枠組を利用している…わけでもなく。
ホラーの道具だてとして、歴史を安易に利用しているわけでもない。
ホラーも歴史も同等に入念に描いて、どちらの完成度もきちんと高い。
その結果、ホラーの背景としての歴史的悲劇は強い説得力を持っているし。
また、ホラー要素を使って歴史的悲劇を現代の観客に届きやすくすることにも、上手く成功している。
互いに要素が高め合って、映画としての完成度を高めています。
こんな意欲的な作品がゲームを原作として、いまだに政情が安定してるとは言えない台湾で作られるというのが、面白いなあと思います。
日本でも、こういうチャレンジ精神のあるホラー映画が登場して欲しいですね。








