サカサマのパテマ(2013 日本)

監督/脚本/原作:吉浦康裕

製作:小野幹雄、稲垣亮祐

作画監督:又賀大介

キャラクター原案:茶山隆介

美術監督:金子雄司

音楽:大島ミチル

主題歌:大島ミチル

出演:藤井ゆきよ、岡本信彦、大畑伸太郎、ふくまつ進紗、土師孝也、安元洋貴、加藤将之、内田真礼

 

①「テネット」と共通するアイデア一発SF!

厳格なルールに支配された世界で暮らす少年エイジは、ある日地面に開いた大穴から空へ向かって「落ちて」きた少女パテマと出会います。パテマにはエイジと逆向きに重力が働き、エイジが捕まえていないと空に「落ちて」しまうのでした。

この世界では、過去に科学実験の失敗から重力が逆転した人々が空へ落ちてしまい、生き残った人々はサカサマ人として地下世界に暮らしていました。世界を支配する君主イザムラはサカサマ人を罪人として忌み嫌い、パテマを捕えて地下世界の人々を摘発しようとします。エイジはパテマを助け出し、地下世界に送り届けることを目指します…。

 

この映画は2013年の公開ですが見過ごしていて、最近たまたまテレビで観て、とても面白かったので!紹介したいと思います。

 

観て連想したのは、クリストファー・ノーラン監督の「TENET テネット」です。

共通するのは、秀逸な1つのアイデアのみで、長編の物語を成立させていること。

「テネット」は「もしも時間を逆向きに進めたら」というアイデアでした。本作では、「もしも重力が逆向きに働いたら」というアイデア一発で、全体が貫かれています。

 

感じる重力が、通常と逆向きになる。だから、天地がさかさまになって、空へ向かって落ちていく。

重力が逆向きの2つの世界が存在する…のではなく、人単位で重力を逆に体験するというのがポイントです。その点が、「テネット」と同じ。

だから、サカサマ人と通常人が入り混じることになる。

 

世界全体が逆行するのではなく、個人単位で時間が逆に流れるのが「テネット」のミソでした。だから、時間を順行している人と逆行している人が出会うと、互いに因果関係を逆向きに体験しながら戦ったりするという複雑怪奇な現象が起こります。

「サカサマのパテマ」は重力なので、時間ほど複雑ではないですが、互いに上下を反対に感じる人同士がやりとりするのは、なかなか面白い構図になってきます。

 

サカサマ人のパテマは重力が逆に働くから、開けた空間にいると、空に向かって果てしなく落っこちてしまう。

だから、地上では屋根のある場所にいるか、エイジに捕まえておいてもらわなくちゃならない。

捕まえておく…といっても、重力の向きが互いに逆だから、パテマを捕まえているとエイジの体も軽くなる。

ここでパテマが重しをつけてると、上向きの重力の方が強くなるから、エイジごと空に上がっていってしまう…

 

…って、文章で説明しようとすると、非常に分かりにくくなってしまうんだけど。

実際に映画の中で映像として見ると、一目瞭然。ぱっと見でそれほど混乱なく、理解することができます。

だから、非常に映画向きのアイデアですね。適度に頭を使う感じで、見ていてとても楽しいです。

 

そういうルールなので、主人公であるパテマとエイジは映画の大半の時間、互いにしがみついて落っこちないように支えてないといけない。

ドラマを展開させる上で、なかなか大変な制約だと思いますけどね。それでも決して淀むことなく、うまいこと展開を作っていたと思います。

 

②世界観の反転の面白さに集中

「テネット」を感じたのは、本作が本当に最後まで、この「重力逆転」という1アイデアだけで乗り切っているところ。

話が逸れていかないんですよ。「この世界がどうなっているのか」という謎から逸れず、実直に謎を追いかけていって、謎解きの結末に着地します。

 

言い方を変えれば、人間関係を深く掘り下げるとか、深遠なテーマが現れてくる…とかいうこともない。

その辺に関して、浅いと感じる人もいるかもしれないな…とは、思います。

 

ただ、僕は個人的には本作のアプローチはとても好きな方向性で、まったく不満は感じませんでした。

「テネット」に人間ドラマがない…とか、テーマの深みがない…とかいう批判がされることが結構あって、そう言いたくなる気持ちは確かにわかるんだけど、でも僕は「テネット」大好きだ…というのと同じで。

人間ドラマの発展なんて別になくていいよ。だって、それよりよっぽど面白い、こんなに魅力的なアイデアがあるんだから…っていうふうに感じてしまいます。

 

「重力の向きがサカサマな人が混じる」ことによって起こる出来事の様々な可能性を追求して、映像として見せていく、その面白さ。

そして、世界観が二転三転、まさしく「サカサマに」ひっくり返る、驚き

 

映画中盤での世界観の反転は鮮やかです。言葉で多くを語らず、美しくダイナミックな映像で、それまでの世界の見え方をガラッと変えて見せてくれる。

そして、最後にもう一捻り。世界観に起因する差別、「見下し」も、きれいにくるっとひっくり返す。

 

本作が人間ドラマに深く入り込んでいかないのも、主人公たちの恋愛描写が薄いのも、悪役がステレオタイプなのも、すべてはストーリーをシンプルにして、世界観の反転の面白さに集中させるため。

だって、そこが面白いところなんだから。今回はそこに集中して映画にするんだ!と、本作を作った吉浦康裕監督も、「テネット」のノーラン監督も、考えたんだと思います。

 

もちろん、掘り下げていく映画もそれはそれで面白いんですけどね。あくまでもメインとなるアイデアに、最後までこだわり抜く作り方もある。そうでないと追求できない面白さもある。

アイデアストーリーSFが好きな人は、わかってもらえるんじゃないでしょうか…。

そういう意味で人を選ぶ作品かもですが、共感してもらえる人には、オススメです。