Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb(1964 イギリス、アメリカ)

監督:スタンリー・キューブリック

脚本:スタンリー・キューブリック、ピーター・ジョージ、テリー・サザーン

原作:ピーター・ジョージ

製作:スタンリー・キューブリック、ヴィクター・リンドン

撮影:ギルバート・テイラー

編集:アンソニー・ハーヴェイ

音楽:ローリー・ジョンソン

出演:ピーター・セラーズ、ジョージ・C・スコット、スターリング・ヘイドン、スリム・ピケンズ

 

①美しいオープニングとエンディング

本作に関しては、オープニングとエンディング。

いや、もちろん本編も素晴らしい、大変面白い映画なんだけど。

何より印象に残るのは、甘美な音楽に乗せて終末を感じさせるオープニングとエンディングです。

 

雲海の上で、優雅に空中給油を受けるB-52爆撃機。

その様子をまるで踊っているかのように感じさせる、”Try a little tenderness”の甘い旋律。

飛行機が飛んでるだけの映像を、セクシーに見せてしまう。次の「2001年宇宙の旅」でオリオン号や宇宙ステーションにワルツを踊らせることになる、キューブリック監督のセンス爆発の映像です。

これ、好きなんですよね。ほれぼれしてしまう。いつまでも見ていたい気分にさせられます。

 

そして、核爆発のキノコ雲に「また会いましょう」を乗せた、あまりにも有名なエンディング。

これはもう、これだけでアートだし、一つの作品になってますね。

歌詞が強烈なメッセージになっていて、皮肉でもあり、切ない人類への惜別の歌にもなっている。そして何より、美しい。映画史に残るエンディングの一つだと思います。

 

②今も昔も厄介な陰謀論

本編では、今回久々に見直して印象的だったのは、勝手に核攻撃命令を出してすべての発端になるリッパー准将です。

切り裂きジャックから名前をつけられたジャック・リッパー准将は、最初いかにもタフガイの、保守的だが思慮深い典型的な米軍将校に見えるんですが。

実は、共産主義者の陰謀を病的なまでに信じている。「水道水へのフッ素添加はアメリカ人の体液のエッセンスを汚染するためのロシア人の陰謀だ」という都市伝説を大真面目に信じていて、水は雨水しか飲まない。酒は薬用アルコールしか飲まない。

要はどっぷり陰謀論にハマってる人物なのですね。

 

本気で信じてるから、説得しても聞く耳を持たない。

自分の考えに反対する意見は、すべて敵の謀略であると考える。

自分だけが真実を知っていて、周りはみんな騙されてると考えるから、意見を聞かないことが正義だと考えちゃう。無敵の人になってしまうのです。

 

あらためて、いちばん怖いのは、陰謀論と権力が結びつくことなんだなあ…ということを思わされました。

そして、60年代の冷戦時代から、2020年の今に至るまで、何も変わっていないのだなあ…ということも。

 

本作の中でリッパー准将は「狂人」として扱われていて、イギリス軍将校のマンドレイク大佐が腫れ物に触るように扱うのが「ギャグ」になってるんだけど、現実の今のアメリカでは現職大統領が陰謀論にハマってるんだから、シャレにならないですね。

本作の中では陰謀論にハマってるのはリッパー准将だけで、その上にいる大統領はまだしもマトモな人物に描かれているのだから、映画の方がマシだったりするという、これもう笑えない事態ですね。

③タイムリミットサスペンスでも、ある

本作はブラックコメディなんだけど、最初に「爆撃機が引き返せないタイムリミット」が設定され、後半に向かうほど秒読みのスリルが高まっていく。サスペンスの教科書のような展開でもあります。

 

そのタイムリミットも「20分」とかなので。シーンが進行している間にも、刻一刻と減っていく。

秒単位で破滅へ向かっているのに、画面では要領を得ない会議をやっている。将軍が威張った口調で回りくどい説明をして、その間大統領はじーっと黙って待っている。噛み合わない会話で、ムダな時間が過ぎていく。

ていうか、それ以外の出席者たちは本当に何もせず、ただ座ってるだけですからね。

 

つまりは、通常のサスペンスの逆

普通は、ヒーローが知恵と勇気でギリギリでピンチを切り抜けていく。

本作では、えらい人たちがみんなバカで、どんどん事態を悪くしていく。

 

映画のクライマックスでは、通常の定石がこれまた逆手に取られてます。

キングコング少佐の指揮する爆撃機が、1機だけ攻撃中止命令を受け取らず、爆撃目標へ向かって飛び続ける。

キングコング少佐、よりにもよってここで通常の映画のヒーローになっちゃって、どんな困難もギリギリのところで乗り越えて、突き進んじゃう。

 

通常と逆向きの、どこまでも皮肉なカタルシス

そこで、あのエンディングですからね。強烈な印象なのです。

④指導者のバカっぷりが笑えない現代

取り返しのつかない水爆投下シーンのその後で、更にしょーもないやり取りがひとくさり続くんですよね。

人類存続のため、シェルターの男女比率は1:10だとか言って、みんな満更でもない感じになったりしてる。この緊張感のなさ。

 

この指導者たちのバカっぷりは、あくまでもナンセンスなギャグだったはずなんだけど。

なんか今、笑えないですね。権力者に危機感がないのも昔も今もおんなじで、たぶんそれは彼らが心の底では「自分だけは特別だ」と考えてるからなんだろうなあ…とか。

いろんな国民への要請も、自分は出す側であって、自分も守る必要があるなんてカケラも思ってないんでしょうね。

そして、自分だけ優先でシェルターに入る気なんだろうなあ…。当然のように。

 

別にそんなつもりで見始めたわけじゃなかったのだけど、こんなに現在の状況と重なって見えるとは。

キューブリックすごいと言うべきか、政治家というのはいつの時代もこうなのか。

本作のようなブラックコメディの名作を楽しむためにも、現実の政治家にはせめて賢いふりだけでもして欲しいものです。